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第五章

063:ニューアイテム

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「ただ挨拶するだけだったのに、結構長居させてもらっちゃったな」


 『悪食』のランチにお邪魔させてもらってから、ハムハムさんやショウさんを始めとするメンバーの皆さんと談笑させてもらってたら、気付けば結構な時間が経過していた。
 実はここまで長居する予定はなかったのだが、黒衣の料理の腕前の話になった途端にハムハムさんが「食べたい!」と我儘を言って聞かなかったので、『清澄の波紋』の拠点ができたらショウさんと一緒に遊びに来てくださいということでなんとか落ち着いてもらった感じだ。


「なんか賑やかで楽しい人たちだったね」

「私も思いました。あの方たちはダンジョン攻略というより、食材が全てなんでしょうね」

「あぁ、だからこそなのかも知れないけど、ハムハムさんも悔しそうだったな」


 ハムハムさんを筆頭に、『悪食』のメンバーは食に対するこだわりがとても強い。
 恐らく彼女たちにとって、攻略は二の次で未知の食材を求めて、嚥獄にダイブしているのだと思う。
 俺たちとは目標は違うのだが、嚥獄のもっと深い階層には彼女たちがまだ出会ったことがない魔獣がたくさんいるのだ。
 しかし、彼女たちだけでは22階層に行くことが限界なのだという。

 彼女たちと別れて、14階層に降りる階段を探し始めて15分くらいが経過していた。
 ここまで来たら、ドローンを飛ばしても問題はないだろうと思い、『撮るんだ君』を起動させる。


「配信を止めてしまってすみません。他のクランと会ってしまったので、一度配信を止めさせてもらいました。これから14階層に続く階段を探したいと思うので、また配信を見て頂けたら嬉しいです」

「コメントもたくさんもらえると嬉しいです」

「お願いします」


 俺に続いて瀬那と黒衣も挨拶をしたので、『撮るんだ君』を追尾モードに変更して、俺たちはダンジョン攻略に集中する。


「14階層への階段が見つからないわね」

「あぁ、やっぱりこの広さは厄介だよな……」


 ここら辺の階層の魔獣は、俺たちにとってあまり脅威とはならなかったのだが、どうしても下の階層に行く階段を見つけるのがキツかった。
 だけど、この苦労は今だけかも知れない。
 と言うのも、先日のキャンプで凛音に広すぎて階段が見つからんと愚痴っていたら「じゃあ、ちょっと考えてみるよ。そのためにもダンジョンについて教えてほしいな」と言われて、ダンジョンについて色々と説明をしたのだ。
 そこで、凛音が引っかかったのが、下の階層に行くと魔素量が増大するというところだった。
 ひょっとしたら、階段付近は下の階層から魔素が漏れ出ていて、魔素の量が増えてる可能性があるとのことなので、その微かに増える魔素を感知することができたらすぐに見つけられるかも知れないというのだ。
 今日の夜キャンに、魔素量を測るアイテムを持ってきてくれるらしいので、明日はそれを使って本当に魔素量が増えているのか調べることになっている。
 結局14階層の階段を見つけたのは、『撮るんだ君』を飛ばしてから1時間後だった。



 ―



「なんか今日は進みが悪かったわね……」


 瀬那が疲れ切った声を出しているが、俺も同様に疲れ切っていた。
 目標としていた、16階層目に降りる階段を見つけて、キャンプをセッティングしているのだが、ここに至るまで結局20時くらいまで掛かってしまったのだ。
 魔獣自体は問題ではないのだが、やっぱり階段が見つからないのは精神的にかなり来るものがあり、そのせいで昨日よりもかなり疲労が溜まっているのだ。


「正直山勘で歩いてるだけだしな。――それに比べて黒衣はタフだよな」

「えぇ。黒衣ちゃんだけ、全然堪えてない感じだったわよね」

「多分だけど、黒衣は人間だったとき、怪の国や森をひたすら歩いてマーキングしてたみたいだし、こういう当てのない旅みたいなのは慣れてるんだろうな」


 俺たちは大きくため息を吐くと、「お疲れ様だよー!」と元気な声が背後から聞こえた。


「お疲れ様! 今日は配信どんな感じだった?」

「んふふ。今日のコメントとかはまだ内緒にしておくよ。家に帰った時にみんなで一緒に見ようよ」

「え? なにそれ、めっちゃ気になるんだけど……」

「楽しみはとっておこうよ、ねっ」


 凛音はニコニコ笑顔で俺に向かってウィンクをしてくるが、チャットがどんなことになっていたのか気になって仕方がない。
 今日は配信を変なところで中断もしたし、またディスられてなければいいんだけどな……。
 まぁ、凛音が怒ってないみたいだし、そんなに深刻でもないか。

 俺は気を取り直して、キャンプの準備に戻る。
 こっちに戻ってきたばかりだというのに、黒衣は早速夜ご飯の準備をしていた。
 この子の体力は本当に凄いな……。

 そして時は流れて、俺たちは今日も黒衣の料理に舌鼓を打った後、今日配信を止めたときにあった出来事を凛音に一通り説明した。


「あの有名な『悪食』のハムハムさんに挨拶できるなんて凄いね!」

「あぁ、偶然だったけど、Sランククランに出会えたのは良かったな。しかも、かなり良い人たちだったし」

「多分だけど『悪食』は食に意識が向いてるから、新しい勢力とかあまり気にしないんだろうね」

「あぁ、それはあるかも。かなり食に対してのこだわりがありそうだったし。その分、まだまだ未知の魔獣が下の階層にいるにも関わらず、自分たちで先に進めないのが悔しそうだったけどな」


 俺がそういうと、凛音は少し考えたあと「私にちょっとしたアイデアがあるかも」と呟いた。


「アイデア?」

「うん。今回30階層を突破したら、『悪食』に取り引きを持ち掛けようと思うんだよ」

「どんな取り引きをするんですか?」


 黒衣が質問をすると、凛音はニヤリと不敵に笑う。


「私たちが下の階層に行って魔獣を狩ったら、『悪食』にその魔獣を卸すんだよ」

「えっとぉ、それってハンター協会に卸すのと何が違うの?」

「私たちの売上的にはあまり変わらないよ。――だけど、『悪食』は通常よりも安価に購入できるし、私たちとしてはSランククランとの繋がりは強くなるからメリットがあるって感じかな」

「なるほど。つまり凛音は『悪食』との関係性を強化したいってことなのか?」

「うん、そういうこと。もちろん協会にも卸すけど、『悪食』にも卸すことで売上以上の価値が出てくるんじゃないかなって思うんだよね」


 確かに凛音が言うように、Sランククランとの関係を強化することで、俺たちの力はもっと増すことになるだろう。
 今嚥獄に潜っているのも、ダンジョンプレイで配信しているのも全て『清澄の波紋』の価値を示すためだ。
 諺に出る杭は打たれるというものがあるが、いずれ何かしらの力が俺たちに及んでくるかも知れない。
 しかし、Sランクとして確固たる地位を築いているクランと繋がりを強化することで、俺たちの地位をジャンプアップさせる目論みがあるのだろう。


「確かに凛音の言う通りかもな。――よし、今回のダイブが終わって、拠点を見つけたら早速彼女たちを招待して話を持ちかけてみよう」

「うん。分かった! じゃあ、私はみんなが戻ってくるまでに良さそうな拠点の情報も集めておくね」

「あぁ、助かるよ」

「えぇ、私たちだけでしたら『悪食』との関係まで考えが及びませんでしたしね。凛音さん流石です」

「凛音ちゃんの期待に応えられるように、私たちも頑張るね!」

「みんなお願いね。このアイデアが成功するかは、みんなの力に掛かってるからさ」


 凛音の激励に、俺たち3人は大きく首を縦に振り「任せてくれ」と伝える。
 俺たちの表情を見た凛音は満足そうに笑うと、「あっ、明日からこれ使ってみて」と一昔前に使用されていたという、スマートフォンのようなガジェットを手渡してくる。


「これはなんだ?」


 凛音は「ふふん」とドヤ顔しながら電源をオンにすると、ディスプレイに矢印が表示された。
 その矢印は下の階層に進む階段を指している。


「これは魔素が多いところを感知して、その場所を示してくれるガジェットだよ。階段探しに梃子摺ってるのを見てさ、ちょっと作ってみようって思ったんだよ」


 俺は体の向きを変えて試してみると、凛音が言うように階段の方をずっと矢印は指していた。
 凛音は以前から魔素を使ったガジェットを試作で色々と作っている。
 俺たちが今も身につけている、疑似的にオーラーを出しているように見せる『纏うんだ君』もその一つだ。
 凛音は「今までガラクタを作ってたから、それをちょっと改造しただけだよ」なんて気軽に言っているが、このガジェットが市場に出回ったらダイブのあり方を変えてしまうくらいの発明だった。
 当初の予定では、魔素量を測るだけの予定だったのに、まさかもう完成品を作ってくるなんて本当に規格外だな。


「これヤバイな! ダンジョン攻略がかなり捗りそう」

「うん。役に立ってもらえると嬉しいな。だけど、大体300メートルくらいまで近付かないと感知できないかも……」

「いや、十分だろ! 明日から早速使わせてもらうな! ところで、今回のこのガジェットの名前はなんて言うんだ?」

「え? か、考えてなかった……。うーん。『探るんだ君』……にしようかな」


 ニコッと笑顔でそういう凛音のネーミングセンスは、相変わらず冴え渡っていた。
 それはそうと、俺と瀬那は嚥獄の広さに嫌気が差していたところなので、この『探るんだ君』は渡りに舟だった。
 明日はボスの階層前までの目標にしているので、今日と比べてどれくらい捗るかとても楽しみだ。



 ★☆★☆★☆★☆★☆

 凛音も『清澄の波紋』のメンバーなので、学校を休んでおります。
 学力至上主義なので、成績さえ落ちなければ比較的自由なのでセーフです。
 別の学校だったとしても、高校生でBランクハンター以上になっていたら、ダンジョンにダイブするという目的だったら、比較的自由に休ませてもらえたりします。
 高ランクのハンターがいるってだけで、その学校への志望者も増えるのが理由のひとつです。
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