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第五章
067:もう一人の『清澄の波紋』
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詩庵がバジリスクを討伐する2日前に遡る。
これから『清澄の波紋』による2日間のライブ映像は、『ダンジョンプレイ』史上で一番の盛り上がりを見せることになるのだ。
しかし、そんなことを詩庵たちはおろか、凛音すら想像出来ていなかった。
いや、もちろん凛音は嚥獄ダイブをきっかけに『清澄の波紋』は一気に注目されると確信をしていた。
ただ、その注目が先を見通す力に長けている凛音の想定すらを簡単に凌駕したのだ。
―
「配信準備しよっと」
私はキャンプから帰ると、部屋にあるソファーに腰をかけてから目を閉じて、動画配信サービスの『ダンジョンプレイ』を開いて配信準備をした。配信作業自体は難しいことはなく5分程度で終わってしまう。
あとはしぃくんが『撮るんだ君』の電源を入れるだけで、自動的に配信が開始されるね。
そう思ってコーヒーを淹れにソファーから立ちあがろうとする。
しかし、ダンプレの視聴者数がもの凄い速度で増えていることに気が付いて体が固まってしまった。
……1,000
……3,000
……9,000
……18,000
……36,000
……54,000
まだ配信準備をして5分程度しか経っていない。
ディスプレイには『配信準備中』というテキストが浮かんでいるのみ。
それにも関わらず、視聴者数はまだまだ増え続けている。
「うわぁ……。黒衣ちゃんと瀬那ちゃんの人気かな……」
黒衣と瀬那の人気。
もちろんそれはある。
だが、日国で一番凶悪と言われている嚥獄に3人でダイブして、どのパーティよりも圧倒的な速度で成果を出している『清澄の波紋』は日国で最も注目されているパーティへとなっていたのだ。
「と、取り敢えずコーヒー取ってこよっと」
思った以上の注目度にちょっと驚きながらも、遠からずしぃくんたちが実力で注目されることは必然だと思っていたので、すぐに頭を切り替えることにした。
そして再びソファーに座ると、ゆっくりとコーヒーを口に含んで昨日のキャンプのことを思い出す。
私はダンジョンに入ったことは一度もなかった。
戦う力がないことを自覚しているので、彼らと一緒にダンジョンで過ごすことを半ば諦めていたのだ。
しかし、嚥獄にダイブする前に詩庵が「ダンジョンで戦うのは難しいかもだけど、キャンプだったら一緒に過ごせるんじゃないか?」と言ってくれたので、先日初めてダンジョンの中に入ったという訳だ。
普通ならキャンプのときだけ参加するなんてことは出来る訳が無い。
しかし『清澄の波紋』には、マーキングさえすれば日国と怪の国を行き来することができる霊扉というチートスキルを持つ黒衣ちゃんがいる。彼女のその力を使って、キャンプのときだけ迎えに来てくれるというのだ。
この提案に私はとても歓喜した。
だって、しぃくんと一緒にダンジョンで過ごすことができるのだから。
「んふふ。とっても楽しかったなぁ」
何度思い出してもニヤニヤが止まらない。
昨日の会話を最初から思い返していると、しぃくんが「嚥獄の階層が広すぎて、魔獣を倒すよりも階段を探す方がしんどい」と言っていたことを思い出した。
気になった私は詳しく話を聞いてみると、どうやらダンジョンとは階層を降ると魔素の濃度が上がるとのことだった。
では、もし下の階層から漏れ出た魔素が階段付近の魔素量が増えているとして、それを検知さえできたら階段を早く見つけることができるのではないだろうかと思いついたのだ。
(ひょっとしたらアレが使えるかも)
アレとは、魔素を探知したらアラートと方向を示してくれるガジェットのことだ。
このガジェットは、日国に怪が現れる時と隠世を展開すると魔素が溢れ出るということを教えてもらったので、自分の身を守るために護身用として持っていたものだ。
これさえあれば自ら怪の張った罠に飛び込む心配もなかった。
まぁ、真上に現れたりしたらどうしようもないのだが。
階段付近は魔素量が増えるという仮説が正しければ、今のガジェットを少し改造するだけで、恐らく階段を探すのに役立つだろう。
私はしぃくんが喜んでくれる顔を想像しながら、ガジェットの改造作業を開始した。
―
「ふぅ。これで完成かな」
作業的には3時間程度で完了したのだが、実際に階段を指し示すかは嚥獄に入ってみないと分からない。
もし万が一不具合があったとしてもすぐに対処できるように、今日のキャンプには工具などを一式持っていくつもりだった。
とりあえず完成したので休憩しようと思っていると、しぃくんからコネクトで連絡が来た。
『どうしたの?』
『突然すまん。嚥獄の中で別のパーティと遭遇したから、一旦配信を切ろうと思う』
『うん。分かった。じゃあ私は、配信が切れた後にSNSで事情を説明するね』
ダンプレの生配信をしているときに、別のパーティが映り込むのを撮影するのはマナー違反なのだ。
もちろん魔獣と戦闘中だったりと、配信に気を回せない時の映り込みは許容されている。
私は配信が止まったことを確認すると、各種SNSに情報を発信したり、チャットに再開されたら連絡する旨を伝えた。
すると、チャットで遭遇した人たちがSランククランの『悪食』であることを教えてくれた。
そのことをしぃくんに伝えると、なんか興奮しててちょっと可愛いなと思ってしまう。
しぃくんにとってSランクハンターは昔から憧れの存在だったのだ。
そんな彼らに会えることを素直に喜んでいる姿を想像して「ふふっ」と笑みが溢れてしまう。
(さてっと。拠点の情報でも探そうかな)
私は『清澄の波紋』の拠点が出来るのが実はとても楽しみだったりする。
しぃくんの家でも良いんだけど、人の家だと遠慮とかしちゃうからね。
ちなみにお父さんとお母さんの許可はもうもらっているから、その点でも安心だった。
正直拠点を作ることは反対されると思ったんだけど、大きな反対もされることがなかったのは意外だったな。
―
『ねぇ。2人に相談があるんだけど……』
『どうしたの?』
お父さんとお母さんが、仲良くARディスプレイでテレビを見ていたときに、意を決して話し掛けた。
私の真剣な表情を見て、2人はすぐにテレビを消して私の方に意識を向けてくれる。
『あのね、私が今しぃくんと一緒に『清澄の波紋』でハンタークランをやってるじゃない? ひょっとしたらクランで拠点を作るかって話になってるんだ』
『拠点? それって所謂オフィスのようなものだろ? 何か問題でもあるのか?』
しぃくんのことはお父さんも知っていた。
クランを結成するときに、しぃくんが家に来てお父さんとお母さんに説明をしっかりしてくれたのだ。
私はお父さんも学生起業してたから、説明しなくても別に問題ないよと言ったのだが、それでもちゃんと筋は通したいとわざわざ家まで来てくれたのだからしぃくんは本当にしっかりした人だと思う。
まぁ、そういう人だって分かってたから、私もしぃくんにクランのことを提案できたんだけどね。
そうじゃなかったら、一緒にクランやるなんて考えられないよ。
お父さんとしては、別に失敗しても学生なんだからチャレンジしてみたら良いよくらいの感覚だったらしいけど、私たちがSランククランになったと伝えたときは本当に驚いてて笑ってしまった。
そして、それと同時に私たちのことをとても認めてくれている。
だから、拠点のことも大丈夫だと思うんだけど、普通に考えたら男の子がいる拠点に一人娘が入り浸ることを良しとしないだろう。
『えっと……』
私がどう説明したものかと悩んでいると、お父さんの隣で聞いていたお母さんが『別にいいわよ』と笑顔で言ってきた。
『大丈夫。私はあなたたちのことを信頼してるから。他にもメンバーもいることだしね』
『ん? どういうことだ?』
『ハンターの拠点ってことは、忙しくて泊まり込みになることもあるってことよ。凛音はそれを理由に反対されるんじゃないかって心配してるの』
『あぁ、そういうことか……。確かに一人娘を何泊もさせるのを良しとしない親は多いだろう。ただ、お前たちが遊びでやってないことは分かってる。それに詩庵くんはちゃんと筋を通す男だし、凛音以外にもメンバーはいることだしな。変なことはしないだろう』
まさかお父さんが泊まり込みになる可能性があることも含めて、こんなに簡単に許してくれるとは思わなかった。
私が驚いていると、『おいおい。俺だって創業当時は会社に何連泊もしたし、お前たちにとって今が大切なことは理解している』と話を続ける。
『その代わりな、やるからには徹底的にやれよ。あのとき詩庵くんが日国で一番のクランになるって言ったのは忘れてないからな』
そして、お父さんはニヤリと笑って私に『頑張れ』って言ってくれた。
私は本当に良い両親に育てられて来たんだなって実感して、本当に嬉しくなってしまい涙をボロボロと流してしまった。
お父さん。
お母さん。
ありがとう、大好き!
★☆★☆★☆
次の回から掲示板回が続きます
これから『清澄の波紋』による2日間のライブ映像は、『ダンジョンプレイ』史上で一番の盛り上がりを見せることになるのだ。
しかし、そんなことを詩庵たちはおろか、凛音すら想像出来ていなかった。
いや、もちろん凛音は嚥獄ダイブをきっかけに『清澄の波紋』は一気に注目されると確信をしていた。
ただ、その注目が先を見通す力に長けている凛音の想定すらを簡単に凌駕したのだ。
―
「配信準備しよっと」
私はキャンプから帰ると、部屋にあるソファーに腰をかけてから目を閉じて、動画配信サービスの『ダンジョンプレイ』を開いて配信準備をした。配信作業自体は難しいことはなく5分程度で終わってしまう。
あとはしぃくんが『撮るんだ君』の電源を入れるだけで、自動的に配信が開始されるね。
そう思ってコーヒーを淹れにソファーから立ちあがろうとする。
しかし、ダンプレの視聴者数がもの凄い速度で増えていることに気が付いて体が固まってしまった。
……1,000
……3,000
……9,000
……18,000
……36,000
……54,000
まだ配信準備をして5分程度しか経っていない。
ディスプレイには『配信準備中』というテキストが浮かんでいるのみ。
それにも関わらず、視聴者数はまだまだ増え続けている。
「うわぁ……。黒衣ちゃんと瀬那ちゃんの人気かな……」
黒衣と瀬那の人気。
もちろんそれはある。
だが、日国で一番凶悪と言われている嚥獄に3人でダイブして、どのパーティよりも圧倒的な速度で成果を出している『清澄の波紋』は日国で最も注目されているパーティへとなっていたのだ。
「と、取り敢えずコーヒー取ってこよっと」
思った以上の注目度にちょっと驚きながらも、遠からずしぃくんたちが実力で注目されることは必然だと思っていたので、すぐに頭を切り替えることにした。
そして再びソファーに座ると、ゆっくりとコーヒーを口に含んで昨日のキャンプのことを思い出す。
私はダンジョンに入ったことは一度もなかった。
戦う力がないことを自覚しているので、彼らと一緒にダンジョンで過ごすことを半ば諦めていたのだ。
しかし、嚥獄にダイブする前に詩庵が「ダンジョンで戦うのは難しいかもだけど、キャンプだったら一緒に過ごせるんじゃないか?」と言ってくれたので、先日初めてダンジョンの中に入ったという訳だ。
普通ならキャンプのときだけ参加するなんてことは出来る訳が無い。
しかし『清澄の波紋』には、マーキングさえすれば日国と怪の国を行き来することができる霊扉というチートスキルを持つ黒衣ちゃんがいる。彼女のその力を使って、キャンプのときだけ迎えに来てくれるというのだ。
この提案に私はとても歓喜した。
だって、しぃくんと一緒にダンジョンで過ごすことができるのだから。
「んふふ。とっても楽しかったなぁ」
何度思い出してもニヤニヤが止まらない。
昨日の会話を最初から思い返していると、しぃくんが「嚥獄の階層が広すぎて、魔獣を倒すよりも階段を探す方がしんどい」と言っていたことを思い出した。
気になった私は詳しく話を聞いてみると、どうやらダンジョンとは階層を降ると魔素の濃度が上がるとのことだった。
では、もし下の階層から漏れ出た魔素が階段付近の魔素量が増えているとして、それを検知さえできたら階段を早く見つけることができるのではないだろうかと思いついたのだ。
(ひょっとしたらアレが使えるかも)
アレとは、魔素を探知したらアラートと方向を示してくれるガジェットのことだ。
このガジェットは、日国に怪が現れる時と隠世を展開すると魔素が溢れ出るということを教えてもらったので、自分の身を守るために護身用として持っていたものだ。
これさえあれば自ら怪の張った罠に飛び込む心配もなかった。
まぁ、真上に現れたりしたらどうしようもないのだが。
階段付近は魔素量が増えるという仮説が正しければ、今のガジェットを少し改造するだけで、恐らく階段を探すのに役立つだろう。
私はしぃくんが喜んでくれる顔を想像しながら、ガジェットの改造作業を開始した。
―
「ふぅ。これで完成かな」
作業的には3時間程度で完了したのだが、実際に階段を指し示すかは嚥獄に入ってみないと分からない。
もし万が一不具合があったとしてもすぐに対処できるように、今日のキャンプには工具などを一式持っていくつもりだった。
とりあえず完成したので休憩しようと思っていると、しぃくんからコネクトで連絡が来た。
『どうしたの?』
『突然すまん。嚥獄の中で別のパーティと遭遇したから、一旦配信を切ろうと思う』
『うん。分かった。じゃあ私は、配信が切れた後にSNSで事情を説明するね』
ダンプレの生配信をしているときに、別のパーティが映り込むのを撮影するのはマナー違反なのだ。
もちろん魔獣と戦闘中だったりと、配信に気を回せない時の映り込みは許容されている。
私は配信が止まったことを確認すると、各種SNSに情報を発信したり、チャットに再開されたら連絡する旨を伝えた。
すると、チャットで遭遇した人たちがSランククランの『悪食』であることを教えてくれた。
そのことをしぃくんに伝えると、なんか興奮しててちょっと可愛いなと思ってしまう。
しぃくんにとってSランクハンターは昔から憧れの存在だったのだ。
そんな彼らに会えることを素直に喜んでいる姿を想像して「ふふっ」と笑みが溢れてしまう。
(さてっと。拠点の情報でも探そうかな)
私は『清澄の波紋』の拠点が出来るのが実はとても楽しみだったりする。
しぃくんの家でも良いんだけど、人の家だと遠慮とかしちゃうからね。
ちなみにお父さんとお母さんの許可はもうもらっているから、その点でも安心だった。
正直拠点を作ることは反対されると思ったんだけど、大きな反対もされることがなかったのは意外だったな。
―
『ねぇ。2人に相談があるんだけど……』
『どうしたの?』
お父さんとお母さんが、仲良くARディスプレイでテレビを見ていたときに、意を決して話し掛けた。
私の真剣な表情を見て、2人はすぐにテレビを消して私の方に意識を向けてくれる。
『あのね、私が今しぃくんと一緒に『清澄の波紋』でハンタークランをやってるじゃない? ひょっとしたらクランで拠点を作るかって話になってるんだ』
『拠点? それって所謂オフィスのようなものだろ? 何か問題でもあるのか?』
しぃくんのことはお父さんも知っていた。
クランを結成するときに、しぃくんが家に来てお父さんとお母さんに説明をしっかりしてくれたのだ。
私はお父さんも学生起業してたから、説明しなくても別に問題ないよと言ったのだが、それでもちゃんと筋は通したいとわざわざ家まで来てくれたのだからしぃくんは本当にしっかりした人だと思う。
まぁ、そういう人だって分かってたから、私もしぃくんにクランのことを提案できたんだけどね。
そうじゃなかったら、一緒にクランやるなんて考えられないよ。
お父さんとしては、別に失敗しても学生なんだからチャレンジしてみたら良いよくらいの感覚だったらしいけど、私たちがSランククランになったと伝えたときは本当に驚いてて笑ってしまった。
そして、それと同時に私たちのことをとても認めてくれている。
だから、拠点のことも大丈夫だと思うんだけど、普通に考えたら男の子がいる拠点に一人娘が入り浸ることを良しとしないだろう。
『えっと……』
私がどう説明したものかと悩んでいると、お父さんの隣で聞いていたお母さんが『別にいいわよ』と笑顔で言ってきた。
『大丈夫。私はあなたたちのことを信頼してるから。他にもメンバーもいることだしね』
『ん? どういうことだ?』
『ハンターの拠点ってことは、忙しくて泊まり込みになることもあるってことよ。凛音はそれを理由に反対されるんじゃないかって心配してるの』
『あぁ、そういうことか……。確かに一人娘を何泊もさせるのを良しとしない親は多いだろう。ただ、お前たちが遊びでやってないことは分かってる。それに詩庵くんはちゃんと筋を通す男だし、凛音以外にもメンバーはいることだしな。変なことはしないだろう』
まさかお父さんが泊まり込みになる可能性があることも含めて、こんなに簡単に許してくれるとは思わなかった。
私が驚いていると、『おいおい。俺だって創業当時は会社に何連泊もしたし、お前たちにとって今が大切なことは理解している』と話を続ける。
『その代わりな、やるからには徹底的にやれよ。あのとき詩庵くんが日国で一番のクランになるって言ったのは忘れてないからな』
そして、お父さんはニヤリと笑って私に『頑張れ』って言ってくれた。
私は本当に良い両親に育てられて来たんだなって実感して、本当に嬉しくなってしまい涙をボロボロと流してしまった。
お父さん。
お母さん。
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