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第8話 もらう

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「そうか……あの敗戦を一族郎党にまで責任をか……あの国もまた古臭いことをするものだ……まぁ、平民出のテラが疎まれていたというのは聞いたことはあったが……そうか。アレほどの英傑を人類は称えずに……なんとも愚かな……おまけに、愚民共が王国の姫の命まで奪うとは……」

 クローナの話を聞き終えたキハクは空を見上げながら目を細めた。

「たしかに、あの戦ではどうもテラの軍の動きがいつも以上に悪かった……何か罠かとも思ったが、そういった要因で連携が悪かったとも言えるのかもしれんな」

 同情? 哀れみ? 違う……そんな安っぽいものじゃない……だからこそ、訳が分からない。
 何で兄さんを殺した奴がそんな風に兄さんを想うんだよ。

「なんでだよ……」
「?」
「兄さんは敵だったんだろ! クローナもそうだったけど、お前ら何なんだよ! 敵である兄さんを尊敬してるとか、惜しかったとか……なんで、何で人間じゃなくて、お前らがそうやって想うんだよ!」

 その答えは分かっている。
 さっきクローナが言っていた。
 

――テラは我ら魔王軍と何度も戦った……その強さ、その在り方、その勇敢さ、そして降伏した相手に対する慈悲の心を持ち合わせた寛大さ……まさに勇者の名に恥じぬ男でした。六煉獄将全て……そして大魔王にすらも一目置かれた……立場や種族は違えど、尊敬すべき敵でありました!

「互いに多くのものを背負い、命と魂とあらゆるものを懸けて戦い、同じ時代を生きた男だ。吾輩にとっても生涯忘れることのない宿敵であると共に、敬意を払うべき男だったからだ。貴様等の兄は強く勇敢な素晴らしき武人であった。貴様らの兄と戦えたことを吾輩は誇りに思っている。貴様らの兄はそれほどの男だった」


 そして、キハクも迷いもウソ偽りもない真っすぐな目で、俺たちにそう言ってきた。

「うぅ……くそぉ……くそぉ!」

 その瞬間、俺ももう涙が止まらなかった。
 そして……

「うぅ……ぐしゅ……」

 ジェニはキハクの足にしがみつき……

「かえしてよぉ……」
「……」
「ほめるなら……テラお兄ちゃんを……おねえちゃんを……かえしてよぉ」
「ッ!?」

 ただ、そう泣きじゃくった。

「……それはできぬ」
「うぅ、うう~~~!」

 そのジェニの言葉に、キハクは何も答えられずにただ無言で目を瞑り、そんなジェニをクローナは……


「ごめんなさい……ジェニ。あなたのお兄さんを返すことも、奪ってしまったことも、そのことが要因でシス姫が亡くなってしまったことも……そして、あなたたちを不幸にしてしまったことも……謝ることができないのです……謝れないこと……ごめんなさい」

「ふぐ、うぅ……うう!」


 魔族のくせに……兄さんの仇のくせに……聖母のように優しくジェニを抱きしめて、クローナの瞳にも涙が流れていた。
 そうなっては俺ももうどうしようもなくて……

「くそ……戦争なんてしてんじゃねえよ……クソ野郎共……」

 そう、嘆くしかなかった。
 そして、もうその場には、ジェニの泣き声しか聞こえない……はずだったのだが、その時だった!

「ぬっ……百人ほど……近づいてくるな」
「え?」

 キハクが目を開けてある方角を見る。
 そして、俺も、ジェニも、クローナも顔を上げる。
 本当だ。
 こっちに向かってきているな。
 ゾロゾロと……これは……


「おい、さっき音がしたのはこの辺りだよな! ああ……って、いたああああ!」

「おお、見つけた! 見つけたぞ、戦犯勇者の弟妹!」

「こんな所まで逃げてやがったか、手間を取らせやがって!」
 
「おいおい、待てよ、魔族までいるぞ!」

「連合軍の兵たちが倒れて……おい、カーヌが居るぞ!」

「本当だ! 一体これは……」


 ゾロゾロと胸糞悪い気配と声を感じ、顔を向けると、そこには見知った甲冑を纏った兵士たちが居た。

「連合軍……」
「いえ、クローナ様……甲冑が違います。アレは……」

 それは、俺たちを追っていた王国の騎士団連中だ。
 どうやらようやく追いついてきたようだ。

「く、お、おお……我が故郷、クンターレ王国の誇り高き戦士たち!」

 と、そこでカーヌの野郎がボコボコに腫らした顔で声を上げた。
 さっきまで故郷の兵たちをボロクソ言ってたくせに……


「カーヌ坊ちゃん、我らは王国から逃げた戦犯勇者たちを追いかけ……八勇将のギャンザ様にも一応伝令は送っておりましたが……これは一体?」

「全て、そのガキどもの仕業だ! 僕たちは正義のために悪しき魔族共を討伐しようとした矢先に、味方であるはずの我らに対して攻撃をしかけて魔族を助けた、人類の裏切り者だ!」

「な、なんだと!? こいつら……人類に多大な被害を与えたカスのテラだけではなく、こいつらまで!? 何という腐った一族だ! 人類世界からの永久追放……すなわち死刑ですら生温い!」

「そうだ、今こそ正義の力を示せ! そして、その二人……その二人も討ち取るのだ! 六煉獄将の一人、キハク!」

「「「「「え……」」」」」

「そして、女の方は……」

 
 意外と元気だったようで、カーヌが騒ぎ出し、そして騎士団連中は俺たちに怒り、キハクの名に驚き、そして……


「魔王軍の王……大魔王の娘とされる、クローナだ!」

「「「「ッッ!!??」」」」


 そりゃ姫とか言われてたから、そうなんだろうけど……もうさっきからそれに驚くよりも先に色々あり過ぎて……
 

「本来なら何万もの大軍の後ろにしかいない二人がこの場に居る! 討ち取れば、国の英雄どころか世界の英雄として史に刻まれ、一族全てに莫大なる恩賞をもたらされること間違いない! 魔王軍の援軍が来る前に、その四人を……一人残らず討ち取れえええええ!!!!」

「「「「「お、おおお……うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 そして、もはやその瞳に正義の欠片もなく、ただ欲望のみにしか見えない表情で一斉に我先にと騎士団連中が向かってきやがった。
 本当にもうこいつらは……


「やれやれ、身の程知らず共が……何故吾輩が一人で先に来たと? その何万もの大軍よりも吾輩の方が強いということすら分からんとはな」


 ……だろうな。さっきの攻防で分った。
 騎士団百人ぐらいなら俺もジェニも楽勝だ。
 だけど、このキハクは俺とジェニが二人がかりでも手も足も出ないほどに強い。


「激・活ッ!!!!」

「「「「「ッッ!!!!?????」」」」」



 向かってきた騎士団全員に向けて、圧倒的な気迫をぶつける。
 ただ、それだけだった。

「あ……わ……あ……」
「な、こ、ころされ……る……」
「ば、バケモノ……」

 ただそれだけで、欲にまみれて飛び掛かってきた騎士団百人全員の動きが止まり、その場で腰を抜かし、全員が恐怖で顔をひきつらせ、中には漏らしている奴らまでいた。

「情けないものだ。テラの弟妹達は果敢に立ち向かい、それどころかこの吾輩の身体に傷をつけたというのに、貴様らでは吾輩と同じ空間に立つことすら許されぬ愚物……確かに、こんな奴らに中傷されては、テラも弟妹達もあまりにも哀れ……近い将来間違いなく人類の英雄となり、我が魔王軍の最大最強の宿敵になったかもしれん弟妹を追放するとは……救いようのないバカ共だ」

 触れることすらせずに、気迫だけで百人の騎士団たちの戦意を一瞬で奪う……

「つ……ツエー……これが、兄さんの……宿敵……六煉獄将」
「あぅ……あ……」

 本来なら、俺とジェニもきっと一瞬で殺されるぐらい力の差があるんだろう……それを分からされちまった。


「そ、そんな、な、何をやっているのだ、お前たち! そ、それでも、それでも誇り高き騎士団……ひィ……」

「さて……そういえば、貴様らは我ら魔王軍の女神を辱めようとしたのだったな……お前たちの方こそ死ぬぐらいで許されると思うなよな?」

「ひ、ひいい、や、やだ、ひ、助け、ま、ママーーーー!」


 そして……これは言葉にして口には出せないが……兄さんを殺した憎むべき許せねえ野郎なのに……それなのに俺は……こんなスゲー奴に尊敬されていた兄さんをより一層誇らしく思ってしまった。
 すると……

「キハク、待つのです!」
「……ぬぬ? 姫様……またでしょうか?」
「ええ。彼らに少々話があります」

 クローナが止めた。そして、クローナは怯えるカーヌたちに……

「一つお尋ねします。もう王都に……エルセとジェニの居場所はない……そのことに間違いはないのですね? 人類世界から追放……すなわち、どのようなことがあっても死刑は免れないと……」

 それはあまりにも意外なことを尋ねていた。
 すると、その問いにカーヌではなく、騎士団の一人が震えながら頷いた。


「そ、それは……もうすでに、こ、国王様からもその二人は連合国全土に通達を……生死問わずで……と」

「……そうですか。なら、もう結構です」


 クローナは怒っている様子で鼻息荒くし、そしてジェニを抱きしめたまま、俺も一緒に抱きしめて……


「この世界に、人間の世界にエルセとジェニの居場所が無いというのなら……お二人は私がもらいます! 今後お二人の一切の責任を私が持って、二人を保護します!!」

「え……?」

「ふぇ?」

「ぶほっ!? ひ、姫様?!」

「「「「…………は?」」」」

 
 ……は?
 俺は理解できなかった。


「ジェニ、少し目を瞑って耳を塞いでくださいね~。エルセも、教育に悪いのは、めっ、ですからね。では……キハク……もう止めません。この者たちを―――」

「……は、はい……」


 ただ……


「———葬りなさい」


 その決断と発言だけは全て本気だというのは分かった。


「……あ、う……あ~……とりあえず、御意に」

「「「「「ッッッ!!!???」」」」」 


 そして、その場に居た俺たち以外の人間は全て―――
 

「や、め、まってくれ! ぼ、僕は王国の貴族で、そ、そうだ、僕を生かせば……軍の情報だって、……ひ、いや、だ、やだあああ、しにだぐな、ひぎゃ、ば、や、やめ――――」

「安心しろ。すぐに死にたいと思うようになる」

「がふゅっ!?」


 ジェニの目と耳を塞いでクローナがその場から離れるとき、俺は振り返ってチラッと見てしまった。
 キハクの手刀がカーヌの「脇腹」を貫く。
 カーヌの脇腹の肉が抉られ、大量の血が飛び散る。
 しかし、それだけではまだ死なない。
 キハクはそれを……


――ギコギコギコギコ


 ノコギリのように、そしてゆっくりジワジワと脇腹を反対の脇腹まで胴体を――――

「ぱがやあああああ、うびゃあああ! あぴゃああああ! ぎゃあぱあああああああああ!!」

 もはや悲鳴を超える狂気の叫び。
 一瞬ではなく、苦しみながら確実に―――

「ひいい、カーヌ隊長!?」
「あ、あわ、や、あ、助けてくれぇええ! 嫌だぁあああ!」
「お、お願いだ、お、俺は、俺はクローナ姫に指一本触れてねぇ!」
「俺もだ、本当は嫌だったんだけど仕方なく!」

 もはや哀れ。
 そして身動きも取れず逃げることもできないあいつらは、騎士や戦士の誇りもなく泣き叫ぶだけ。



 だが、それでも俺はあいつらを、「可哀想だから助けてやろう」とは微塵も思わなかった。

 
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