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水着のようなきわどいメイド服を着て、股を広げる扇情的なポーズをとる幼馴染のママ

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「ママさん……いますか?」

 ガチャリ、と白兎《はくと》はリビングに続く扉を開ける。
 信じられない光景を目にして間抜けな声が漏れた。

「……はぇ?」
「……え?」

 水着のようなきわどいメイド服を着て、股を広げる扇情的なポーズをとる幼馴染のママ――淡雪《あわゆき》と目が合う。
 時が止まったかのような沈黙。
 淡雪が持つスマートフォンが、パシャリとシャッター音を鳴らす。
 カチ、カチ、カチと時間の進む音が流れ――2つの悲鳴が上がった。

「きゃぁああああああああああっ!?」
「わぁあああああああああああっ!?」

 どうしてこんな事態になってしまったのか。
 時は朝へと戻る。


 ■■

「いってきまーす」

 マンションの一室から出てきた男子高校生、白兎《はくと》。
 つま先で地面を叩いて、かかとを合わせる。
 靴に足が収まったのを確かめ、歩き出そうとすると隣の扉がガチャリと音を立てて開いた。

「雫」
「ん」

 部屋の中から出てきたのは、同じマンションに住む隣人。そして、幼馴染でもある雫《しずく》だ。
 端正な顔立ちに、艶やかな黒髪。スラリと伸びた肢体は美しく、全体的に知的な美少女、といった印象だ。
 けれど、眠気のせいかとろんっとした表情からは、知的さは感じられない。

「おはよう」
「ん」

 朝の挨拶をするが、返ってくるのは生返事。
 目覚めの悪い朝の雫は、決まってこんな調子だ。
 そんなぽやぽやした雫の後から出てくるのは、困ったような顔をした美女だ。

「しっかりしなさい、雫」
「ママさん」

 雫の母である淡雪《あわゆき》。
 白兎とは幼い頃からの付き合いだ。小さな時からの呼称である『ママさん』は、言い慣れてしまっていて直せないでいる。
 声をかけられ白兎に気が付いた淡雪が、ふんわりと微笑む。雪が溶けたかのような表情に、白兎の心拍が1つ上がる。

「おはよう、白兎《はくと》くん」
「お、おはようございます」

 白兎の声がうわずる。
 娘の雫とは違い、出るとこは出ている肉感的な美人だ。特に胸は大きい。たぷん、と揺れる胸から視線を逸らすのに、白兎は苦労している。

 だらしない娘の様子に、母は整った眉を申し訳無さそうに下げる。

「ごめんなさいね。この子、朝弱くて。挨拶もしっかりできないんだから」
「してる」
「"ん"の一言はあいさつとは言わないわ。まったく」
「ん」

 再び返ってくる一言に、淡雪は頬に手を当ててため息をつく。

「いつも申し訳ないけれど、心配だから一緒に登校してもらえる?」
「あ、……はいっ。大丈夫です!」
「ふふ、ありがとう。いってらっしゃい」

 その元気な返答が微笑ましかったのか、暗い表情を明るくした淡雪は、小さく手を振って二人を見送った。

 ――

 淡雪に見送られて、マンションを出た白兎と雫。
 まだ眠気が覚めないのか、雫は白兎に寄りかかるように歩いていた。
 そうして、通学路にある歩道を歩いていると、不意に雫が白兎を呼ぶ。

「白兎」
「なに?」
「鼻の下伸びてる」
「ふえっ!?」

 慌てて白兎は鼻の下を隠す。
 白兎の反応は無意識であったが、雫は冷たい目を白兎に向けている。
 まるで証拠を掴んだ探偵が、犯人を問い詰めるかのように。

「嘘」
「なんでそんな嘘ついたの!?」
「けど、ママの前だとデレデレしてる」
「う……」

 言われて、白兎は言葉に詰まってしまう。
 白兎にデレデレしていたつもりはなかったが、雫からはそう見えていたのだろう。
 彼女に浮気を指摘される彼氏のような心境。焦りから口が回らず、しどろもどろになりながらも白兎は弁明をする。

「そ、そういうわけじゃないけど……。でも、ママさん美人だし」
「おっぱいも大きい」
「お、おっぱいは関係ないでしょ!?」

 つい、白兎は淡雪の豊かな胸を思い浮かべてしまう。
 服の上からでもわかる、大きくて柔らかそうな胸。弾み、揺れる様を思い出してしまい、白兎の頬が赤く染まる。
 彼の変化を見た雫の目が、一層冷たくなる。

「白兎、コンビニで牛乳買ってきて」
「なんで急にパシられなきゃいけないの!?」
「血筋的に私も大きくなる」
「え……いやぁ」

 雫の言葉に、知らず知らず白兎の視線が落ちる。そして、引っかかることなく地面に落ちてから、視線を上げ直す。
 止まった場所はぺたんっとした胸部。母親とは違い、服の上からでは存在を確認できない胸を見て、これから成長できるとは、白兎には断言できなかった。

「誰が女児並のまな板だ」
「そんなこと思ってないよ!? ぺったんこだなって――」
「はよいけ」
「――いたぁっ!?」

 加減なくお尻を蹴られてしまう。
 なにやら理不尽極まりないが、白兎は痛むお尻を抑えながら、脱兎のごとく駆け出した。


 ■■

 放課後を迎え、揃ってマンションに返ってきた白兎と雫。
 家の鍵を開けた雫が言う。

「今日は私の部屋で遊ぶ」
「なにするの?」
「映画観賞」

 そう言って扉を開けようとした雫であったが、なにかを思い出したかのように動きを止める。

「あ」
「どうかした?」
「学校に忘れ物してきた」
「なにを?」
「パンツとブラ」
「今までノーパンノーブラで授業受けてたの!?」

 というかそのまま帰ってきたの!?
 想像だにしなかった事態に、白兎は飛び退くほど驚く。
 その態度に、雫はむっと不機嫌な表情を浮かべる。

「失敬な。水着は着てる」
「……あぁ、プールで。いや、着替えようよ」

 体育のプールで着替えてそのままなのだろう。
 けれども、なぜそのまま水着を着っぱなしだったのか。白兎には理解不能だった。
 そんな白兎の疑問に答えることもなく、鍵を回収した雫は突然走り出した。

「先、部屋で待ってて」
「へ!? ちょっと雫さんッ!?」

 白兎が呼び止めるが効果はない。
 学校に下着を取りに戻ったのだろう。瞬く間に、雫の姿は見えなくなってしまった。

「えぇ……」

 白兎は困惑する。
 幼い頃から親しみのある家とはいえ、他人の家であることに変わりない。同伴者もなく、勝手に上がるのは気が引ける。
 だからと言って、鍵を開けっ放しで放置するわけにもいかない。
 しょうがない。肩を落とした白兎は、諦めて部屋に上がる。

「お邪魔しまぁす」

 心臓に悪いドキドキ感。靴を脱ぎ、ゆっくりと足を踏み入れる。

「ママさん……いますか?」

 淡雪が居れば一言告げて自宅に帰る。いなければ、雫の部屋で小さくなって待っている。
 そのつもりで、慎重にリビングのドアを開けた白兎だったが、信じられない光景を目にして間抜けな声が漏れてしまう。

「……はぇ?」
「……え?」

 水着のようにきわどいメイド服を着て、股を広げる扇情的なポーズをとる幼馴染のママ――淡雪と目が合う。
 時が止まったかのような沈黙。
 淡雪が持つスマートフォンが、パシャリとシャッター音を鳴らす。
 カチ、カチ、カチと時間の進む音が流れ――2つの悲鳴が上がった。

「きゃぁああああああああああっ!?」
「わぁあああああああああああっ!?」

 そして、冒頭に至る。

 ――

「娘には、娘にはどうか秘密にして!」

 白兎の出現に絶叫を上げた淡雪は、状況を理解して顔を青ざめさせた。
 絶句する白兎の前で、流れるような土下座をする。それも、水着のような布面積の少ないメイド服で。

「娘にこんなはしたない姿を見られたら私、もう一緒に暮らしていけない!」
「や、やめてください!? と、とにかく、頭を上げて着替えてくれませんか!?」
「お願い、お願いだから!? なんでもするから!」
「そんな格好で近づかないでくださいよ!?」
「ドン引き!? 良い歳したオバさんがこんな格好して恥ずかしいって、そう言いたいの!? うわぁああああああんっ!?」

 遂には子供のように泣き出してしまう。
 欠片も状況についていけない白兎は途方に暮れながらも、どうにか淡雪をなだめにかかる。
 感情に理性が追いつかないのか、幼子のように慌てふためく淡雪。どうにかこうにか落ち着かせると、淡雪は鼻をすんすんさせながら床に正座する。

「ごめんなさい。取り乱したわ……すん」
「え、えぇ。落ち着いていただけたなら、よかったです」

 心の底からそう思う。
 けれど、それ以上なんて言葉をかけたらいいのか見つけられなかった。

「……」
「……ぐす」

 漂う沈黙。針のむしろのようだ。
 淡雪が鼻をすするたび、居たたまれなさが増していく。
 沈黙に耐えきれなくなった白兎が質問する。

「あの……どうして、そんな格好で自撮りを?」
「そ、それは……」

 淡雪は言い淀む。
 再び重くなった空気に、聞くんじゃなかったと白兎が後悔する。けれど、白兎が質問を撤回する前に、淡雪が答えを返した。

「自撮り写真をネットに公開していて」
「ネットで!?」
「ごめんなさいごめんなさい!?」

 予想だにしなかった内容に、白兎は思わず叫んでしまう。
 責められたのかと思ったのか、またしても淡雪は土下座をする。

「お、大声上げて申し訳ありませんでした」
「あぁ、恥ずかしい……穴を掘って地盤沈下させたい」

 世界よ滅べとでも言いたいのだろうか。
 
 ネットで、ネットで。白兎は頭の中で淡雪の言葉を吟味し、再び問う。

「そういう写真をネットにって、あの……いわゆる裏垢ですか?」
「……ク」
「く?」
「……クリエイター支援サイトで販売しています」
「ハンバイ……? ………………………………販売ッ!?」
「全世界の人に恥知らずな写真を売っていてごめんなさいぃぃいいいいっ!!」

 床に顔を伏せて淡雪はわんわん泣き出してしまう。
 けれども、白兎にはもはや彼女を慰める気力もなかった。驚きすぎて言葉もでない。
 清楚で美人な、幼馴染のママさん。小さな頃から抱いていた憧れは脆くも崩れさる。目の前では変態的な格好で泣き崩れる憧れの人という、目を覆いたくなる惨状が広がっていた。
 遠い目をして白兎は呟く。

「ママさんが支援サイトでエッチな写真を販売…………」
「エッチな写真って言わないでぇっ」

 淡雪の嘆きは届かない。
 けれど、彼の記憶を揺り起こすことには成功する。

「あ……」

 さーっ、と白兎の顔から血の気が引いた。
 クリエイター支援サイト。
 エッチな写真。
 アワユキ。
 それらが白兎の中で一つになって、ある答えを導き出す。

(僕、『アワユキ』さんって人の支援サイト登録してるんだけど?)

 白兎も思春期だ。性的な知識に興味はある。けれど、それを表に出すのは恥ずかしい。
 その結果、クリエイター支援サイトにこっそりと登録し、エッチな写真や動画を観覧しているのである。アダルトではなく、あくまでグラビア程度のモノであるが。
 
 そんな中、顔こそ隠しているが、気になっている女性に名前と容姿が似た投稿者が居た。いけない。そう思いつつも見てしまう。
 他人の空似と思っていた投稿者『アワユキ』さんは、幼馴染のママさんである『淡雪』さんその人だったわけだ。まったく笑えない。

 冷や汗をダラダラ流し始めた白兎を見て、淡雪が不思議そうに首を傾げている。

「白兎くん?」
「なななななんでせうかアワユキさん……ッ!?」
「淡雪さん?」
「はぐっ!?」

 動揺していたとはいえ、投稿者の名前を口にしてしまうミス。
 白兎の焦りはピークに達するが、名前だけならばまだ気づかれない余地がある。
 そう考えていた。が、

「もしかして、支援してくれてる?」
「ち、ちがっ」

 淡雪の直感は冴え渡っていた。

「もしかして、シロうさぎさん?」
「へぐぅっ!?」

 コメント投稿時に使用している名前すら的中してしまう。

「『凄くお綺麗ですね』『今日の写真はとってもエッチでした!』『可愛すぎて萌死にます』って、毎回コメントを残してくれるシロうさぎさん?」
「あんぎゃぁあっ!?」

 どこから出したかわからない悲惨な悲鳴を上げる。
 もはや、現在進行系で生まれる黒歴史だ。今から家に帰ってアカウントごと削除したい衝動に駆られる。

「えっと……いつもご支援ありがとうございます?」
「……ッ、いっそ殺してくださいぃいいいっ!?」

 幼い頃から面倒を見てもらっていた幼馴染の母親を、エッチな目で見ていたという事実。そのことが本人にバレてしまうという、容赦のない追い打ちに白兎の精神はもはや死にかけだ。母親にエッチな本の隠し場所がバレるよりたちが悪い。
 もはや死体同然だが、もう少しすると雫が帰ってくる。それまでに、最低限の収拾をつける必要があった。

「アワ……げほんげほん! ママさん」
「ママさんっていうのも、この流れだと背徳的ね?」
「やめてくださいこれから呼べなくなります」

 もはや白兎のほうが涙目だ。

「ここはお互い見なかったということで終わりにしませんか?」
「そ、そうね。そうしましょう」

 淡雪が頷く。
 こうして事態は収拾……したわけでなく、臭い物に蓋をして見なかったことにしただけ。

((今後、どんな顔をして接すればいいのか))

 背を向けあった二人は、揃ってため息をついた。


 ■■

「ただいま……って、どうして死んでるの?」
「……死んでないよぉ生きてるよぉ」

 帰ってきた雫が、自身の部屋で死んだ魚のように横たわる白兎を不思議そうに見る。

「……?」
「おかえりなさい、雫」
「ママ」
「――ッ!?」

 ビクンッ、と白兎の身体が跳ねる。

「幼馴染だからって、あんまり白兎くんを待たせちゃダメよ?」
「ん」

 雫と話す淡雪の声は、いつも通り落ち着いている。
 まるでなにもなかったかのような声音だ。

(気にしてないのかな?)

 気になって視線を向けると、淡雪と目が合ってしまう。
 困ったように笑う淡雪。雫に見えないよう気を遣いながら、しーっと人差し指を唇に当てる。
 秘密のやり取りに、ドキドキしながらも白兎は小さく頷く。

「挙動不審。どうかした、白兎?」
「い、いやぁ? なにも」

 雫は訝しむが、白兎は知らぬ存ぜぬを突き通す。
 幼馴染のママとの秘密の共有は、しばらく続きそうだ。
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