私と君の永遠の物語

英華

文字の大きさ
上 下
2 / 4

残酷

しおりを挟む
階段から降りてくる足音に男は頭を下げた。

「帰ったか」
「ただいま帰りました、ジャン兄様」
「...お前の部隊は先に帰ってきておった。何をしていた」
「怪物を、倒していました」
「ほう...。1人でか?」

階段から降りてきた男...ジャンは、レイナを抱えたままの男と向き合った。
ジャンの冷めきった緑色の瞳は目の前にいるはずの男を映していなかった。

「1人で倒せる相手でしたので」
「それで?その娘はなんだ」
「怪物が襲っていたもので...」
「助けたのか...甘いな。人への情けは捨てろと言ったはずだ」
「それでも...それでもこの人を...!」

ジャンを見上げようとした男は突然、言葉を止めた。自分を見下ろす目が有無も言わせない瞳をしていたから。

「っ、...言葉が過ぎました。申し訳ありません」

頭を下げ、その場から立ち去ろうとしている男がジャンの横を通ると同時にジャンが、腰に下げていた剣を抜いた。そのままその剣を男の肩に乗せ、首の近くに寄せた。
男はピタッと動きを止め、ゆっくりと首だけ後ろを振り返った。

「なぜ避けなかった」
「この人が起きてしまいますから」

肩に剣が乗っているのにも関わらず、歩き始め階段を上っていった。
ジャンは男の背中を見たあと、剣を収めた。そして歩き出しながら少し顔を歪め呟いた。

「運命は残酷だな...。そうだろ、弟よ」

男は2階の突き当たりの部屋で足を止めた。扉を開けるとレイナをベッドに寝かせ、ゆっくりと椅子に腰をかけた。

「...ジャン兄様はなんて...」
「残酷だ、か?」
「っ、」

いつの間にか目を覚ましていたレイナが起き上がってベッドに座っていた。

「いつ目をっ...」
「この屋敷に入った時ぐらいかな」
「なら先程の話も...」
「全部聞いていた」

レイナの言葉に男は苦笑いを浮かべため息をついた。
男は立ち上がり、レイナの前に立った。

「あなたの名前は?」
「レイナだ、お前は?」
「ノエル...。ノエル・ハワード」
「ノエルか、ありがとな」
「えっ...」
「ああ、この世界で礼を言われても困るだけか。すまなかっ...」

男の顔を見たとき、レイナの瞳にまったく見なくなった眩いほどの優しい笑顔が映った。

「いえ、俺にはその言葉だけでも嬉しいですから」

笑顔のまま答えたノエルにレイナは近づき、頬にそっと手を添えた。

「っ、レイナ、さん...?」
「お前はまるで...」

レイナが何かを言おうとしたとき、ドォン!!とものすごい爆発音が響き渡った。
反射的に剣に手をかけたノエルの手は力強かった。そのとき、ちょうど扉が開き、騎士が入ってきた。

「ノエル様!ジャン様たちがっ...!!」
「兄様に何かあったのか?!」
「背中に黒い翼を生やした男に襲われて...!」
「黒い翼だと?何者なんだ?」
「白き翼は神からの贈り物、黒き翼は暗闇に囚われた者たちへ吸血鬼が贈ったもの」

レイナの呟きにノエルが振り返った。

「吸血鬼...?」
「人の心に潜む闇のようなものだ」
「あ、あのノエル様、その方は?」
「それはあとで説明する。今は兄様を助ける方が先だ!行くぞ!」
「はっ!」
「レイナさんはここにいてください」

迷いながらも頷いたレイナに一度頭を下げた後、部屋を出ていった。
ドアが完璧に閉まるとさっきノエルの頬に触れた手を見つめた。

「この世界は残酷すぎる...。お前もそう思うだろう...」

そう問いかけると、手をギュッと握りしめた。そしてレイナもノエルと同じように部屋を出ていった。
部屋を出ると長い廊下が続き、そこに不気味な叫び声が聞こえた。それでもレイナは冷静さを保ち、歩いて廊下を進んでいった。
叫び声が大きくなってきたとき、階段が見え、そこからは言葉にできないほど恐ろしい光景が広がっていた。
レイナの足元には騎士たちがぐったりと倒れており、階段の下にはノエルと吸血鬼が対峙しているのが見える。

「ノエル...」

そう呟く声は、自分の走り出した風の音でかき消された。レイナはそのまま走りながら床に落ちていた剣を拾い、吸血鬼に向かって投げた。

「っ!」

剣に気づいた吸血鬼がその剣を弾くと、その後ろにレイナが現れ吸血鬼を蹴り飛ばした。
そのまま吸血鬼は壁にぶつかり、壁を破壊するほど体がめり込んだ。

「ここから立ち去れ、さもなくば...」
「さもなくば、なんですか?」

壁を壊したときに舞い上がった砂煙に紛れた吸血鬼が勢い良く出てきて、その手にはさっきレイナが投げたはずの剣が握られていた。

ー  あの一瞬で剣を拾ったのか?

受け止めることができないと判断したのか、避けようとした同じタイミングで、前をノエルが通り剣を受け止めた。

「ノエルっ!なんでそこにっ...!」
「ここにいる者を傷つけさせない!」

そう、レイナがいたところの後ろには、攻撃を受け倒れている騎士たちがたくさんいた。この人たちをかばっていたのだった。

ー  自分の命より人の命を...

理解し難い未知の考え。
レイナは片手に剣を召喚した。真っ白な綺麗な剣。その剣を握る手にゆっくりと力を入れると、吸血鬼に向かって走り剣を軽く横に振った。
それと同時にレイナは姿を消し、ノエルの後ろに現れ肩に触れ後ろの兵の1人に触れるともう一度姿を消し、元いた場所に戻った。
レイナが放った剣の軌道は徐々に速さを増し、吸血鬼に向かっていった。しかし、吸血鬼にはあたらず、後ろに建っていた柱に直撃し、横に真っ二つに斬れた。
まさに軌道がやいばのようだった。

「今のは...」
「軽く剣を振っただけだ。ま、当たらなかったがな」

レイナはノエルの肩から手を離しながら答えた。ノエルはただ呆然とレイナの後ろ姿を見ていた。

ー  軽く振っただけ?それだけであんなにも強い攻撃ができるはずがない...。レイナさんは一体...

ノエルの心の中の問いかけに答える者はいないが、レイナがノエルの手をつかんだ。

「レイナさん?」
「安心しろ、お前の大切な者は必ず守ってやる」

力強く握られた手に、ノエルの不安などどこかに飛んでいっていた。そして何の迷いもなく頷いた。
ノエルの頷きを見たレイナが少し微笑んだように見えた。そう見えたのもつかの間、レイナは吸血鬼と向き合い、一度周りを見渡した後、剣を力強く握り直した。

「なぜ吸血鬼のおまえがここにいる?」
「私たち一族は自由ですから」

不気味な笑みを浮かべた吸血鬼は恐ろしかった。何を企んでいるかわからない、そんな表情にレイナの体が無意識に小刻みに震え出した。

「消そうとしても消せない過去」

笑みを浮かべていた表情が変わり、冷たい表情を見せた。

「それがあなたが背負うべき罪」

突然吸血鬼の前に剣が突きつけられた。喉元に近づいている鋭い刃は触れただけで斬られそうなほど繊細だった。

「...黙れ」

今までの声より冷淡で低い恐ろしい声だった。しかし吸血鬼は笑みを浮かべ、レイナに告げた。

「なら今度は守ってあげてください」
「なんだと...?」

レイナの声のあと、吸血鬼は一歩下がり後ろを向くと翼を羽ばたかせ、ジャンの元へ勢いをつけながら片手に持つ剣を構えた。

ー  なぜあいつを...っ、まさか!

レイナは急いでジャンの元へ走った。間に合わない、そうわかっていたが足をは止まることをしなかった。
吸血鬼の持つ剣とジャンの距離が10mほどになったとき、ジャンの前にノエルが立ち塞がった。

「お前...」
「兄様をお守りすると父様に誓いましたから」

そう話している間にも吸血鬼はあと6mほどにまで近づいていた。

「ノエルっ!!」

レイナの叫び声が聞こえたのか、ノエルと視線が交じりあった。
レイナの悲痛な表情にノエルは優しく微笑んだ。そのとき、どこからか風が舞い、レイナの髪を揺らした。
吸血鬼は1mまで近づくと剣を突き出した。ノエルとジャンはギュッと目をつぶった。
しかし次の瞬間、吸血鬼は動きを止めた。
斬られた感覚がなく、恐る恐る目を開けるとノエルの顔の前で止まっている剣が目に入った。

ー  これは一体...あれ、この気配は...

上を見上げるノエルの瞳に何10本もの剣が映されていた。
そう、吸血鬼が動きを止めた理由はこれだった。そしてノエルが少し視線をずらすと、黒いけど輝きを放つ翼を生やし、周りに羽を舞い踊らせているレイナの姿が見えた。赤い瞳が吸血鬼の男に似ていたが、少し雰囲気が違った。

「...なぜこの人たちを守るのです」
「あいつがこの世界を...民を愛していたから」

静かに剣を収めたレイナに吸血鬼は気に食わなそうにため息をついた。

「今回はこれで終わりましょう。興が冷めました、ですが面白いものを見つけました」

そう言って細められた瞳が怪しげに光った。その瞬間、レイナの前から吸血鬼の男は消え去った。
レイナが何10本もの剣を指を鳴らし消すと、周りのピンッとした空気が和んだ気がした。しかし、

【パチンッ!】

鈍い音がレイナの耳に届き、後ろを振り返るとジャンがノエルの頬をひっぱたいていた。

しおりを挟む

処理中です...