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第1章 胎動編
ACT.6 葛西サクラ
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ドリフト走行会から2日後の3月22日、午前6時。
目が覚めた瞬間、まだ夢の中にいる気がした。
視界はぼやけ、指先には鉄臭い熱が残っている。
……あれは、夢じゃない。
あの赤いワンエイティの背中は、網膜じゃなく、心に焼きついていた。。
――スパッ、と切られた。背後からじゃない。もっと深いところ、心の真ん中を。
「……ワンエイティ……」
その名を呟くたび、心臓のどこかが軋むように疼いた。
いつもの服に着替え、リビングへ向かう。家族が用意した朝食を前に、椅子に腰を下ろした。
うちは母と、3つ下の妹が2人――ヒマワリとモミジ――の4人家族だ。ヒマワリはお調子者で、モミジは頭脳派だ。妹たちは二卵性の双子で見た目も性格も正反対。父はオレが3歳のときに病気で亡くなった。
家は昔からのクルマ屋で、チューニングショップ兼整備工場をやっている。「Speed葛西」――母さんの代から続く屋号だ。チューニングから修理まで幅広く手掛けている。
朝食を終えると、オレは席を立った。
「……行ってくる」
「どこへ?」
「ちょっと走ってくるだけ」
母さんは呆れたように笑ったが、いつも通り送り出してくれた。
「いってらっしゃい。早めに帰ってきなさいよ」
母さんの声を背に、ガレージへ向かう。
黒いJZA80――オレの愛車が静かに待っている。
ドアを開け、運転席に滑り込むと、自然と心が研ぎ澄まされていくのを感じる。
「ワンエイティ……今度こそ……」
エンジンをかけた瞬間、記憶がフラッシュバックした。
従姉妹で妙義最速の矢口真綾姉さんと母さんに憧れ、走り屋の道を選び、母の手ほどきを受け、赤城の走り屋たちを次々と倒し、ナンバー2の称号を得て、さらに速さを追い求めてきた。雨原さんという母の弟子を支える立場にもなった。
でも――何かが足りない。
「オレは……何を見落としているんだろうか?」
ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。
「もう二度と、同じことは繰り返さない……」
午前8時………和食さいとう。
外では2JZシングルターボの音を流す黒いJZA80が来た。 サクラが和食さいとうにやってきて、店の中へ入る。
「日曜は休みだぞ、しかも朝からなんて珍しいな」
「……大崎翔子に用がある」
「オオサキか、いるぞ。お前に客だ」
智姉さんに呼ばれて、すぐ玄関へ向かう。
「……葛西サクラ? なんで……ここに?」
和食さいとうに彼女がいることにビックリする。 おれを恨んでいるかもしれない。 あんな走りをしたから。 けど、睨んでいる表情はしていない。
「大崎翔子・・・・・・来たな。お前に用がある。バトルを挑みに来た」
彼女の目的はこれだった。 やっぱりそうだった。
「下り一本勝負。赤城全域を使う。ルールは車両制限なし、攻撃技(覚醒技)ありのフルスペックバトル」
それを受けるかどうか、尋ねてくる。
「日程は3月28日の午後10時、どうだ? 挑むのか?」
「オオサキ、どうしようか」
考えた結果、答えを言う。
「……やるよ。受けて立つ」
あの夜から、ずっと決めてた。勝つためじゃない。挑むために――走る。
「……いいだろ。3月28日、土曜の夜10時。赤城で待ってる」
こうして、赤城ナンバー2と戦うことが決まった。 いきなり素人のおれが強敵に挑むとは、なんだかシンデレラストーリーみたいだ。
時間は過ぎ、夜10時の暗い赤城山。
黒いJZA80が走る。運転席にいるのは母さんで、オレは助手席に座っている。
「調子は悪くないわね。エンジンはよく回っているし、変な音もしない。20年近く前の車とは思えないわ」
母さんが運転しながら言った。オレもその感想には同意だ。
昔、峠で母さんが走っていた――JZA80の動きは、現役さながらだった。
「オレもそう思う。遅いと感じたことなんて一度もない。でも、やっぱりあのドライバーが速すぎるんだ……大崎翔子は怪物だ」
「サクラのせいじゃないってことね」
今日、オレたちが走った限りでは、車にもコースにも問題は見当たらなかった。ならば何が原因だったのか。単純に相手が強すぎたから?
母さんが次のセクションを告げる。
「次はナイフ型ヘアピン! サクラ、運転変わるわよ」
一旦停止して、オレと母さんはポジションを交代する。運転席に座り直したオレはハンドルを握り締めた。
「中速セクション、“サクラ・ゾーン”。ここだけは、誰にも、絶対に負けなかった…………なのに、夢じゃない。いや、“夢”の中でオレは――確かに、刺されたんだ。猛獣みたいに牙を剥いたワンエイティに、インから。」
母さんが少し驚いた顔をする。
「あんたの得意な場所でしょ?」
「そうなんだ……だからこそ悔しいんだ……」
現実ではなく夢の話――だけど、正夢になる可能性もある。それが気になって仕方がない。
その後もJZA80は軽快に走り続け、ふもとの駐車場に到着した。エンジンを止めると、母さんに今日の出来事を報告する。
「バトルを挑んだんだ……大崎翔子に。ドリフト走行会のリベンジとして」
母さんは驚きつつも、少し呆れたように言った。
「なるほどね、あんたの“ドライブ”ってのは、そういうことだったのね」
「そうさ。リベンジのためだ」
「黙って挑みに行ったの?……チューナーとして言わせてもらうわ。あの子に、ナメてかかったら――マシンも、あんたも、潰れるわよ」」
……胸の奥が、また少しだけ軋んだ。
母さんの言葉は、いつだって真実だ。
母さんには今の今まで秘密にしていた。
(同じ夢をもう一度見るのは嫌だ。けど――その夢の続きを、現実で塗り替えるために……走るしかない)
オレの無念を隠しておきたかったからだ。だけど、もう隠しておけない。
「赤城山全体を使ってあいつとバトルしたい。オレの得意な区間なら負けない……サクラ・ゾーンで“サンズ・オブ・タイム”を使うオレに勝てるか? 怪物め……」
そう言い切ると、母さんは静かに頷いた。
「今度のバトルは、私の娘VS斎藤智の弟子になると思うわ」
「そうかもしれない……」
この“サクラ・ゾーン”が勝負の分かれ目になるだろう。
次のバトルに向けて、心はもう決まっている。
次は、違う。
あのワンエイティが何者でも構わない。
“サクラ・ゾーン”だけは、絶対に譲らない――
……これが、オレの意地だ。
The NextLap
目が覚めた瞬間、まだ夢の中にいる気がした。
視界はぼやけ、指先には鉄臭い熱が残っている。
……あれは、夢じゃない。
あの赤いワンエイティの背中は、網膜じゃなく、心に焼きついていた。。
――スパッ、と切られた。背後からじゃない。もっと深いところ、心の真ん中を。
「……ワンエイティ……」
その名を呟くたび、心臓のどこかが軋むように疼いた。
いつもの服に着替え、リビングへ向かう。家族が用意した朝食を前に、椅子に腰を下ろした。
うちは母と、3つ下の妹が2人――ヒマワリとモミジ――の4人家族だ。ヒマワリはお調子者で、モミジは頭脳派だ。妹たちは二卵性の双子で見た目も性格も正反対。父はオレが3歳のときに病気で亡くなった。
家は昔からのクルマ屋で、チューニングショップ兼整備工場をやっている。「Speed葛西」――母さんの代から続く屋号だ。チューニングから修理まで幅広く手掛けている。
朝食を終えると、オレは席を立った。
「……行ってくる」
「どこへ?」
「ちょっと走ってくるだけ」
母さんは呆れたように笑ったが、いつも通り送り出してくれた。
「いってらっしゃい。早めに帰ってきなさいよ」
母さんの声を背に、ガレージへ向かう。
黒いJZA80――オレの愛車が静かに待っている。
ドアを開け、運転席に滑り込むと、自然と心が研ぎ澄まされていくのを感じる。
「ワンエイティ……今度こそ……」
エンジンをかけた瞬間、記憶がフラッシュバックした。
従姉妹で妙義最速の矢口真綾姉さんと母さんに憧れ、走り屋の道を選び、母の手ほどきを受け、赤城の走り屋たちを次々と倒し、ナンバー2の称号を得て、さらに速さを追い求めてきた。雨原さんという母の弟子を支える立場にもなった。
でも――何かが足りない。
「オレは……何を見落としているんだろうか?」
ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。
「もう二度と、同じことは繰り返さない……」
午前8時………和食さいとう。
外では2JZシングルターボの音を流す黒いJZA80が来た。 サクラが和食さいとうにやってきて、店の中へ入る。
「日曜は休みだぞ、しかも朝からなんて珍しいな」
「……大崎翔子に用がある」
「オオサキか、いるぞ。お前に客だ」
智姉さんに呼ばれて、すぐ玄関へ向かう。
「……葛西サクラ? なんで……ここに?」
和食さいとうに彼女がいることにビックリする。 おれを恨んでいるかもしれない。 あんな走りをしたから。 けど、睨んでいる表情はしていない。
「大崎翔子・・・・・・来たな。お前に用がある。バトルを挑みに来た」
彼女の目的はこれだった。 やっぱりそうだった。
「下り一本勝負。赤城全域を使う。ルールは車両制限なし、攻撃技(覚醒技)ありのフルスペックバトル」
それを受けるかどうか、尋ねてくる。
「日程は3月28日の午後10時、どうだ? 挑むのか?」
「オオサキ、どうしようか」
考えた結果、答えを言う。
「……やるよ。受けて立つ」
あの夜から、ずっと決めてた。勝つためじゃない。挑むために――走る。
「……いいだろ。3月28日、土曜の夜10時。赤城で待ってる」
こうして、赤城ナンバー2と戦うことが決まった。 いきなり素人のおれが強敵に挑むとは、なんだかシンデレラストーリーみたいだ。
時間は過ぎ、夜10時の暗い赤城山。
黒いJZA80が走る。運転席にいるのは母さんで、オレは助手席に座っている。
「調子は悪くないわね。エンジンはよく回っているし、変な音もしない。20年近く前の車とは思えないわ」
母さんが運転しながら言った。オレもその感想には同意だ。
昔、峠で母さんが走っていた――JZA80の動きは、現役さながらだった。
「オレもそう思う。遅いと感じたことなんて一度もない。でも、やっぱりあのドライバーが速すぎるんだ……大崎翔子は怪物だ」
「サクラのせいじゃないってことね」
今日、オレたちが走った限りでは、車にもコースにも問題は見当たらなかった。ならば何が原因だったのか。単純に相手が強すぎたから?
母さんが次のセクションを告げる。
「次はナイフ型ヘアピン! サクラ、運転変わるわよ」
一旦停止して、オレと母さんはポジションを交代する。運転席に座り直したオレはハンドルを握り締めた。
「中速セクション、“サクラ・ゾーン”。ここだけは、誰にも、絶対に負けなかった…………なのに、夢じゃない。いや、“夢”の中でオレは――確かに、刺されたんだ。猛獣みたいに牙を剥いたワンエイティに、インから。」
母さんが少し驚いた顔をする。
「あんたの得意な場所でしょ?」
「そうなんだ……だからこそ悔しいんだ……」
現実ではなく夢の話――だけど、正夢になる可能性もある。それが気になって仕方がない。
その後もJZA80は軽快に走り続け、ふもとの駐車場に到着した。エンジンを止めると、母さんに今日の出来事を報告する。
「バトルを挑んだんだ……大崎翔子に。ドリフト走行会のリベンジとして」
母さんは驚きつつも、少し呆れたように言った。
「なるほどね、あんたの“ドライブ”ってのは、そういうことだったのね」
「そうさ。リベンジのためだ」
「黙って挑みに行ったの?……チューナーとして言わせてもらうわ。あの子に、ナメてかかったら――マシンも、あんたも、潰れるわよ」」
……胸の奥が、また少しだけ軋んだ。
母さんの言葉は、いつだって真実だ。
母さんには今の今まで秘密にしていた。
(同じ夢をもう一度見るのは嫌だ。けど――その夢の続きを、現実で塗り替えるために……走るしかない)
オレの無念を隠しておきたかったからだ。だけど、もう隠しておけない。
「赤城山全体を使ってあいつとバトルしたい。オレの得意な区間なら負けない……サクラ・ゾーンで“サンズ・オブ・タイム”を使うオレに勝てるか? 怪物め……」
そう言い切ると、母さんは静かに頷いた。
「今度のバトルは、私の娘VS斎藤智の弟子になると思うわ」
「そうかもしれない……」
この“サクラ・ゾーン”が勝負の分かれ目になるだろう。
次のバトルに向けて、心はもう決まっている。
次は、違う。
あのワンエイティが何者でも構わない。
“サクラ・ゾーン”だけは、絶対に譲らない――
……これが、オレの意地だ。
The NextLap
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