光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

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第6章 リベンジ編

ACT.35 それぞれの決意

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 5月14日木曜日の午後8時。
 闇の夜に包まれた赤城山のダウンヒルスタート地点付近の駐車場。

 オレと雨原さんは、それぞれの愛車のボンネットに腰を降ろしたまま会話していた。

「――大崎翔子という走り屋を初めて見たとき……オレはこんなことを思った……」

「どんなことを思っていたんだ?」

「凄く怯えていた……彼女のオーラが怖かった…………あの時、ただ“勝てる気がしなかった”。それだけだ。」

「オーラに怯えていたのか」

「――そうだ……年齢の幼さのあまりだ」

 雨原さんは缶ジュースをひと口飲み、ドリフト走行会でのオレを思い返すように語った

「ドリフト走行の時、なんか少し顔色悪かったな。あれはもしかして負けそうだと考える顔だったのか――」

「そうかもしれなかったな……この時……負けそうだという予感を感じてしまった……」

「オオサキちゃんには年齢が幼い割に伝説の走り屋と言われている斎藤智の弟子だから普通の走り屋より物凄いオーラがあるからな。その後、WHITE.U.F.Oの2人組、お前の妹2人を倒す凄い走り屋になるとはな……」

「そのオーラは本物だな……」

「大崎翔子のオーラは伝説の走り屋に近いものだった……けど……次のバトルは相手にビビったりしてないと決めている……もうそのようなことはしない……」

 さらに続き、次のバトルへの決意を固めた。

「それより……相手のことと自分に勝つことを考える――オレは前のバトルの時と違う……腕も覚醒技も車も……違うし……心も違っている……」

 缶ジュースを全て口に入れて立ち上がって、JZA80へ向かう。

「走ってこいよ……オオサキちゃんにビビらない走りをしてこい」

 練習へ向かうオレへ雨原さんはエールを送る。

 オレはJZA80に乗り込み、赤城の道路へ飛び出す。

 オオサキに抜かれたことを思い出していた。
 脳内に、この前のバトルで追い抜く大崎翔子のワンエイティの姿が焼き付く。

 前のバトルの風景が心で甦る。

「……あのときビビったんだ、正直。でも今は違う。速いって分かってるからこそ、真っ向からぶつかる」

 アクセルを踏み込みし、JZA80で赤城の山を下りていく――。

 赤城道路 午前5時48分
 霧がまだ地面を這うように残る未明。空は薄く白みはじめ、空気が凛と張っていた。
 2台のマシンが並ぶ。
 一台は、赤に塗られた代車のZ32 フェアレディZ──おれ、大崎翔子の今朝の相棒。
 もう一台は、白銀の巨艦、R35 GT-R。智姉さんこと斎藤智の愛車。エンジンを切ったまま、まるで獣が眠っているかのように静かだった。

 運転席のおれは、ハンドルを両手で握りながら深く息を吸った。
今日の彼女の目は眠たげではない。燃えている。いや、研ぎ澄まされていた。

「……ヘビーだよ、智姉さん……この空気だけで胃がキュッてなる」

 すると無言のまま、R35のエンジンが吠えた。
 雷鳴のような咆哮が山を揺らし、地を震わせる。

 智姉さんが微かに笑った。

「喋る暇があるなら、走れ」

「っ……うん、いく!」

 Z32のV6が唸りを上げ、GT-Rの後を追うようにスタート
 車体が山道を滑るように駆けていく。
 赤城の裏道、県道4号線──。

 R35が前、Z32が後ろ。

「R35……くっそ重いのに、どうしてあんなラインで曲がれるの……!」

 おれの息が上がる。ブラインドの先で、R35がスムーズにフルブレーキングしている。だがノーズは沈まない。跳ねない。暴れない。

 ──まるで……人間じゃあない。
 そんな錯覚すら覚える走り。

「こっちはZ32だよ! おれが合わせなきゃ!」

 おれはZ32の重いステアと格闘しながら、連続コーナーを切るように斜めに飛び込む。
 ブレーキポイントは極限。タイヤがギリギリまで鳴く。

 一瞬だけ、R35のリアが前方に大きく揺れた。

「……チャンス!」

 おれがアクセルを全開に──しかしその瞬間、R35が一気に姿勢を立て直し、飛ぶように再加速した。

「えっ!? もう踏んでるの!? いや……何で曲がってるのに踏めるの!!」

「オオサキ、そこまで。ブレーキが甘い。お前、今のコーナーで3回姿勢を殺した」

 智姉さんの冷静な声が無線越しに飛ぶ。

「姿勢? いや、踏み替えて……」

「踏み替えすぎだ。減速の“余韻”を捨ててる」

「よよよ余韻ってなにですか……!」

「止めようとするな。“落とせ”。流れを消すな。エンジンとタイヤを喧嘩させるな。全部“お前の手と足”で整えるんだ」

「人間やめろってこと!?」

「違う。“人間になる”ってことさ」

 Z32のハンドルを握り直し、オオサキは口元を引き締めた。

「……来いよ智姉さん。こんなんで終われるか!」

 R35が山道の先へ消える。おれが追いかける。
 Z32のタイヤが鳴く。Z32の心臓が叫ぶ。
 その奥で、おれ自身の感覚が目覚めていく。

 この日、おれのグリップは覚醒に一歩近づいた。
 “赤城の主”と呼ばれた師と弟子、サクラ戦を前に最終の誓いを交わす朝だった。

 残り1日というのに、まだワンエイティが戻ってこない。
 いつ戻って来るんだよ………。
 
 帰さないなら、泥棒と呼ぶよ(冗談だけど)

 7時ごろには和食さいとうに戻り、朝ご飯を食べながらこんなことを話す。
 これからのこの店についてだ。

「この店をリニューアルさせる予定だ。店の設備を良くし、さらには店員まで増やすつもりでいる。準備中の間は店を休ませるけどな」

「リニューアルするんですか、どんな風に変わるのかが楽しみですね!」

「新しい店員が入ってきたら、ちゃんとお世話しろよ。虐めるようなことはするな。お前は先輩だから」

「はいはい。虐めはしませんよ。ちゃんと教えますからね」

 夕暮れ時の“和食さいとう”に、張り紙がひとつ。『リニューアル準備中』。その文字を、静かに見つめる女がいた。
 その女性の髪形は青みのかかった黒髪のショートカットに、やや高めの身長をしている。

「しばらく入れないのですか――」

 女性は張り紙に書かれているある文字に目をそらす。

「従業員募集中。バイト・正規問いません……なるほど。なら、私もここで働いてみますか」

 そこに、身体の小さな女子高生も加わる。

 この女子高生の髪形は腰まで伸びる艶らかな黒い髪に、顔は幼さのある童顔だった。

「バイト募集中か……」

「あぁ、あなたもここで働きたいのですね」

「そうなんです。うち、どこかでバイトしとったんですけど……ブラック過ぎてやめたんです。ここがええバイト先だと聞いとったので、働いたいと思っとります」

「なるほど……昔、仕えてた家がありましてね。潰れちゃったけど。いろいろ、学ばせてもらいました。家事とか、人を見る目とか」

「へぇ、そんなことがあったんですか」

 次に、女子高生の喋り方が気にになった短髪の女性がこんなことを尋ねる。
 
「あと失礼な質問かもしれませんが、関西人でしょうか? 訛りが特徴的ですから」

「うち?  ちゃいますよ。両親は京都やけど、うちは群馬育ちやから」

 つまり、女子高生の訛りは親譲りってことだ。

「そうなんですか――けど、中々の訛りですね」

「いやいや、関西を知っとる親の方が訛っとります」

 この2人は、後にオオサキと智のお世話になるだろう。

 夕暮れの影が廊下を伸ばす頃、草加幸平はゆっくりと背の高い窓の前に立っていた。
 肺を労わるために装着された酸素吸入器は今は使っていないが、呼吸は浅い。
 高級なブーツの音が響いた。

 やがて現れたのは──九一三雅。
 赤いジャケットに、黒タイツに包まれた細い足を組んで立つその姿は、まるでガラス細工のように精緻だった。

「……来たか、雅」

「父さん。……ここ、相変わらず静かで嫌になるわ」

 言葉は柔らかだが、目に浮かぶ光は獣のそれだった。

 草加はわずかに目を細め、椅子に腰を下ろす。

「お前が“来る”ときは、大抵何か揉め事を持ってくる」

「ふふ、耳が早いのね。“あの子”とのバトルのことかしら?」

 草加の表情が微かに曇った。

「……大崎翔子。斎藤智の影にいる、赤髪の子だな」

 雅はうっとりとするように、目を細めた。

「そう、斎藤智の“隣”にいる資格のない娘。私はそれを正すだけ」

「……まだ言うか、あの人に“母になってほしい”なんて」

 草加の口調に、冷たさが混じる。
 雅は黙らない。

「だって智さんは……私の全てを教えてくれた人よ。ギャラリーしたとき衝撃を受けた。あの人だけが、私の母親になってくれるかもしれない女なのよ」

「そして、その人を奪ったのが……大崎翔子、というわけかな?」

 雅はゆっくりと首を縦に振る。

「私の願いは一つ。あの娘を潰す。その上で、智さんに選んでもらうの。私か、それとも“あんな薄っぺらな情念の女”か」

 草加の眉がわずかに動いた。

「お前の走り、昔の私に似てきたよ。鋭くて、速くて、独りよがりだ」

「それって……褒めているのかしら?」

「いや」

 草加はかすかに笑った。

「……哀しいってことだ」

 その一言に、雅の表情が一瞬、固まった。

「お前が一人で戦ってるのは分かる。だがな、雅。戦い続けた者の身体は、必ず壊れる。……私が、証明してるだろう」

 空気が冷えた。
 草加の胸元、火傷の痕を覆うインナーの布越しに、かすかに肌の呼吸が漏れる。
 9年前──富士スピードウェイ。
 彼は乾健人に命を救われた。

「……あのときの乾さん、あなたの命を背負って燃えるマシンから引きずり出したのに、いまは言葉も交わさないのかしら」

「……あいつとは、話すことがない」

「憎いの?」

「分からない。感謝しているのに、顔を見ると殴りたくなる」

 雅は小さく笑った。

「先生、やっぱりあなたも“歪んでる”のね。私の育て親として、誇らしいわ」

 草加は笑わなかった。

「勝つなよ、雅」

「……は?」

「そのままの走りで勝っても、誰の心にも残らない。お前の欲望だけじゃ、斎藤智の“隣”には届かん」

 雅の視線が殺気を帯びる。が、それ以上は何も言わず、踵を返す。

 その背中に、草加がぽつりと呟いた。

「せめて──孤児院の子たちが、お前を“ヒーロー”と呼べるような走りをしてくれればいいがな」

 ドアの閉まる音とともに、室内には再び、深い沈黙が戻った。
 草加幸平は胸を押さえ、静かに天井を仰ぐ。

「……乾。あのとき、お前は何を思ってた」

 缶コーヒーを手にしていたが、口はつけていない。

 いつものような雰囲気も、雅への遠慮もなかった。
 ただ、沈黙の中で火を見つめるような眼差しで、彼は語り出した。

「……ヴィーマックに乗ってた頃の話を、したことがあったか?」

「ヴィーマック? あなたが乗ってたGTカーのことかしら」

 雅は軽く首を傾げて返す。
 無垢なようで、そこに含まれるのは探るような毒。

 草加は頷いた。

「9年前、富士スピードウェイ。GT300の公式戦だった。私が乗っていたのは、ヴィーマックRD320R。フルカーボン、低重心、軽量シャシー……だが、燃えやすい車だった。……そして、実際に燃えた」

 雅の目が、少しだけ動いた。
 それは──火の匂いを想像した反応。

「……あのときのことを、今も夢に見る」

「……事故?」

「右リアが破裂した音。ヘアピン出口で尻が暴れ、壁が迫る。火花、煙、匂い。そして、炎。リアから壁に突っ込んで、燃料ラインが裂けた」

 缶コーヒーが、小さく缶鳴りした。

「……シートが焼けた。ロールバーが熱くなって、呼吸するたびに肺に火が入ってくる感覚だった」

「……っ」

 雅の顔から、初めて“感情”が抜けた。

「それでもアクセルを踏んでいた。……多分、もう諦めたかったんだろうな。自分のために走ってた気がしてたから、あのまま死んでいいって……少し思った」

「でも、死ななかった。乾健人が来たのね?」

「そうだ」

 草加の声は乾いた。

「いつもは横に並ぶのが精一杯のあいつが、火の中に飛び込んできた。私を引きずり出して、黙って背負って、何も言わずに……ただ助けた」

「……恩人じゃないの。どうして、そんなに複雑な顔をするの?」

 草加は黙った。
 しばらく風の音が吹き抜けた後、ようやく言葉が落ちてきた。

「憎かったからだ。私は、あの日、走りをやめたかった。でも、助けられて、生きてしまった」

「それは──」

「走りたいって気持ちも、死にたいって願いも、全部まとめて“置き去り”にされた気分だったんだ」

「雅。お前の“憎しみ”は、本当に大崎翔子に向けられるものか?」

 雅が反応しない。
 その整った横顔に、わずかな迷いの影が差す。

「……あなたは、私に“大崎翔子に負けた”と認めろと?」

「違う」

 草加の声がはっきりとした。

「私が言いたいのは、お前の中にある“炎”が何を燃やしてるかってことだ」

「……」

「お前が智を想う気持ちは嘘じゃない。だが、それが“自分の焦げ跡”から目を逸らすためなら──走りじゃなくて、復讐になる」

 雅は立ち上がりかけた。
 だが草加は、ふと肩をすくめた。

「私もまだわからない。あの火で何を燃やして、何を焼き捨てて、何を残したのか。でも――大崎翔子は、“焼けたまま進んでる”。お前は、止まってるだけだ」

 雅はしばらく背を向けたまま、何も言わなかった。
 その後ろ姿に、草加は一言だけ残す。

「……今度の赤城、見に行くぞ。自分の弟子が、本当に何と戦ってるのか。……焼け残りなのか、燃える意志なのか」

 その声に雅は何も返さなかった。
 ただ一度だけ、夕陽の差す方へゆっくり歩き出した。

 それはまるで──過去の火傷をもう一度、触れるための一歩のようだった。

 夜8時の赤城山。
 オレの80スープラと母さんが乗る剛性強化中のワンエイティが峠の道を下る。
 
 バトルの練習中だ。

「今日はサクラと互角に走れるほど手加減するわ」
 
 第3高速セクション前の左ヘアピン、サイド·バイ·サイドで母さんのマシンと並ぶ。

「やるわね」

 数々のセクションを通り抜けて……5連続ヘアピンの3つ目こと右ヘアピン。
 フェイントモーションを発生させる。

 仕掛けられた罠を避けるような動きで……母さんのワンエイティの前に出ていく。

 残りのヘアピンを抜け、ゴール近くの駐車場へ辿り着く。

  駐車場へ着くと……バトルの作戦のことを話す……。

「スタートは……先攻と後攻……どっちなの?」

「……後攻を選ぶ……」

「理由は?」

「あいつの成長と走りを、じっくり見極めてから攻めるつもりだ」

「先行が得意なサクラが後攻を選ぼうとしているなんて意外ね……」

 後攻を取るのはそれだけの理由ではない。
 今のオレの実力を見せてやりたいからな。

「……で、ワンエイティ、いつ返せばいい?」

「そうね……バトルが始まる前には返しておきたいわね……」

 オレたち親子が会話している所に……麓から黄色いRX-8がやってくる……。
 フロントバンパーやウイングの形から後期型だ……
 このRX-8はDUSTWAYのステッカーが装着されていた……。

 運転席のドアから……ドライバーが降りてくる……。
 顔は知っている……うちのチームの秋山だ……。 

「サクラさん――見かけたら……一発、実力見させてもらおうかなって」

「……やめといたほうがいい……」

「どうして?」

「……あいつはオレの妹でも勝てなかった」

「けど、実力を試すだけでも構わないから」

「……勝てないことは覚えといたほうがいい……」

The Next Lap
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