光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

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第6章 リベンジ編

ACT.36 帰ってきた

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 ――5月16日の土曜日……バトルの日を迎えた。

 朝飯、縁起担ぎのカツ丼。だがもう一杯、と言った瞬間――
 
 食べ終えると、おかわりしようとした。
 しかし、智姉さんに止められてしまう。

「太るぞ、オオサキ」

「勝ち運って、腹に宿るって言うじゃあないですか……!」

 勝つためにはそれが必要だ。
 運が悪いと事故で負けてしまう。

 今預けてあるワンエイティの話をする。

「剛性とパワーを強化しているワンエイティって今日返すんでしょうか? 今日はバトル当日だから、間に合ってほしいです」

「そういえば、今日だな。2週間で仕上げてくれると言っていたが……」

「バトルの時間までには届けてほしいです」

 果たして帰ってくるのか!?

 時間は夜8時……。

 Speed葛西のガレージに置かれているワンエイティを眺める。

「よし、ワンエイティの作業は終わりだね。後は届けるのみだけど、その前に最終確認をしようか」

 コンディションを確認するためにワンエイティの下へ潜り、骨のように組み立てられたパーツを眺める。
 その中で、私、明星名衣の頭にこんなことが過った。

「速く届けないとね……ワンエイティのドライバーを困らせちゃう」

 夜の9時の和食さいとう。
 バトルの時まで残り2時間となり、クルマたちの光が店の前を通りすぎていく。

 そんなおれの所にプラズマ3人娘が和食さいとうに停車し、それぞれのクルマからドライバーが降りる。

「来たけど、なんだべ?」

「まだワンエイティが来ないんだよ!」
 
 こんな状況なおれに対して、クマさんはこんな提案をしてきた。

「わだすのC33を貸してやっべ? こっちのほうが葛西サクラのJZA80よりパワーがあるから有利になるかもしれねーべ」

「ダメだよ。ワンエイティのほうが使いやすいと考えてるよ」

「じゃあくにちゃんのHCR32は?」

「それもダメ」

「うちのA31は?」

「それも、それもダメ!」

 そして智姉さんまで……。

「しょうがないな。私のR35、使っても構わないぞ。凄く扱いづらいが、とっても高性能だから下手でも勝てるかもしれないぞ」

「ダメです。おれは智姉さんのクルマを運転できるほどのテクニックじゃあないですし、智姉さんの大事なクルマを壊したくないですからね」

 つまり答えはあれしかない。

「待つしかありませんね。オオサキさんのワンエイティを待つしかありません」

「どうしようか。遅れてもいいから、ワンエイティが来るまで待とうか」
 
 クマさんは今の状況をこんな風に例えようとした。

「あと、こんな話をします。サキさんが変身ヒーローだとします。変身しなきゃ行けない時に変身アイテムがなく、代わりに魚が来たらどうしますか?」

「サバじゃあないよ!」

 ……その軽口の裏で、胸の奥はざわついていた。
 今の状況をそんな風に例えたクマさんに対して、某特撮ヒーロー物の台詞がでてしまった。
 ごめん、質問の意図が分からない。

 訴えられたらどうしよう。

 時計の長い針は「4」を差し、バトルまで残り40分を切った。
 葛西サクラのJZA80が店に来て、右側のドアからドライバーが降りる。

「なぜここに来たの?」

「お詫びをしに来た」

「お詫びって……ワンエイティのこと?」

「そうだ。
 ワンエイティは最終検査のため……遅れるらしい」

「やっぱそうか……」

 智姉さんの予感が的中したようだ。

「オレは先にスタート地点へ向かう」

 そう言い残したサクラはJZA80に乗り込み、2JZの野太いサウンドと共に出発する。

 バトルのスタート地点に到着して5分が経過した。

 ワンエイティが来ないため、ギャラリーたちやうちのチームのメンバーたちが騒いでいる。

「ワンエイティはどうなっているんだよ」

「遅れるってな」

「もしワンエイティが来なかったら、サクラさんとあの90マークIIのバトルになるぞ」

 ただし、オレはそのクルマは必ず来ると考えた。

 ダウンヒルではゴール地点で、ヒルクライムではスタート地点である場所、このバトルでは折り返し地点となる。
 ここに駐車している黄色いRX-8に乗る秋山は、それに参加しないのにも関わわらず闘争心剥き出しの雰囲気を出している。

「早く来いよワンエイティ……サクラさんとの勝負する前にあたしが相手をしてやるよ」

 彼女の両手はハンドルを潰しそうなほど握り締めていた。

 時間は9時45分を過ぎる。

「けど――遅れてもいいと考えると、不戦敗になってしまうね」

 その時、聞き覚えのあるエンジン音が耳に現れた。

「耳の鼓膜が壊れそうな――RB26の音」

 その音はもしかして……。

「おれのワンエイティ……」

 ついに、戻ってきたんだ!

「遅れてすみません。Speed葛西の明星名衣です。あなたのワンエイティが完成しましたよ」

「どうもありがとう」

 ワンエイティを持ってきた名衣さんは弄った所について説明した。
 おれはそれを聞く。

「なるほど、こんな感じに仕上がったんだね」

「少し重くなったけど……乗れば分かります。“さらに400馬力へ向上させました」

「それをバトルで確かめたいね」

「じゃあ、私は帰ります」

「代車として乗っていたZ32、返すからね」

「ありがとうございました」

 名衣さんは、智姉さんからZ32のキーを受け取り、そのクルマに乗って帰っていった。

「よしバトルへ行こう、ワンエイティ」

 久しぶりにこのクルマでのドライビングだ。
 心を踊らせ、アクセルを踏んでワンエイティを進ませる。

「おらたちも行くか」

「チビ全開!」

「行っくでー!」

「オオサキのバトルを見守るために出発だ」

 おれの後をついていくかのように、プラズマ3人娘と智姉さんはそれぞれのクルマに乗り込んで出発していく。

 後ろの4台を引き連れながら、赤城の道を登る。

 バトルの中間地点となる場所を過ぎると、付近の駐車場から1台の黄色いRX-8が目を光らせながら、おれとワンエイティとクマさんのC33の間を割り込み、パッシングする。

 その後ろのクルマの様子におれは怪しい雰囲気を感じた。

「なんなの、あのRX-8。おれを狙おうとしている感じがする」

「見つけたよワンエイティ。サクラさんと戦うその前に、あたしと勝負だ!」

 RX-8はおれのワンエイティのテールを見てパッシングする。

 ガソリンも、気力も、できれば温存したいところだ

「ヤベーベ、サキさん! 今挑んだら、ガソリンがもったいねー!」

「バザードを出して道を譲った方がいいぞ」

 RX-8のパッシングは終わらず、ワンエイティのケツをどんどん光らせてくる。

「しつこいね――けど相手がパッシングを止めないなら、挑むしかないのか」

 バトル前だけど、挑発を買ってしまった。
 気力、精神力、ガソリンが減るだけだよね……。
 仕方がない。

 ワンエイティとRX-8は、後ろの4台を引き離していく。

「入ちまったか、やれやれ」

「これじゃあサクラ戦はヘロヘロになるかもしれないね」

「サクラとの戦いのために、早う終わらんか」

「ガソリンが無くならないことを祈るか」

 その時、DUSTWAYのステッカーを貼った黄色いRX-8、通称「エイト」は前に出るのだった。

 ロータリー独特の甲高い咆哮が、赤城の空気を震わせる。
 RX-8 Type RSがスタート直後の第1セクション――5連ヘアピン地帯へと滑り込んだ瞬間、
 フロントの鋭い切り返しと後輪の絶妙なスライド量で、まるでクルマそのものが生きているかのようにラインを描いた。

「この速度であの舵角……やるね……!」

 おれの180SXがその後ろを追う。
 RB26のトルクを効かせ、脱出加速で詰めにかかるが、
 エイトのラインは“潰される”ことを許さない――まるでコースの内壁と意思疎通しているかのようだった。

 エイトはタイヤのグリップ限界を見切り、どこまでならスリップさせても帳尻が合うかを知っていた。
 滑らかで、それでいて鋭利な動き。
 その走りは「流れる」というより「切り裂く」に近い。

「速い……けど、焦らない。」

 おれは唇を引き結び、ステアリングを握り直す。
 相手に飲まれず、自分のリズムを保つこと。それが、勝ち筋を残すコツだ。

 エイトの動きが変わる。
 第3コーナー出口――一瞬、ペースを落とし、ラインを広げて見せる。

(抜けると思わせて……潰すつもりか)

 おれがインを窺えば、すぐさまタイトなラインへ切り返してブロック。
 その動きには寸分の迷いもない。

 次の左へ向かうブラインドコーナーでは、逆にオーバースピード気味に突っ込み、
 「どうせ失速する」と思わせた瞬間に、鋭くトレイルブレーキングからの立て直しでスライド量を抑える――

 まるで“嘘の失敗”を見せて、追走を躊躇させる心理戦だった。

「チッ……フェイク混ぜてくるんだ……!」

 おれの眼差しが鋭くなる。
 180SXが生むトルクの波を巧みに操り、あえて一瞬距離を空ける。

(エイトの術中にハマらない。ここから、こっちが仕掛ける)

 まさに戦術と感性の真剣勝負。
 赤城の空気が、ふたりの呼吸に合わせて波打っていた。

 テクニカルセクション――赤城中盤の急勾配タイトS字が連なる区間に突入した瞬間、エイトは、まるで自分の関節が増えたかのように、しなやかに切り返しを連続で決めていく。

 前輪がクイックに向きを変えるたび、リヤがわずかに滑り出しながらも粘り、その挙動を無駄なく前進エネルギーに変えていく様子は、“意志のある車”そのものだった。

「さあ、ここから引き離す」

 エイトの女はブレーキを軽く残したままハンドルを切り込み、インリフト寸前の状態で180度ターンをクリア。
すかさずアクセルを当ててスロットルオンの荷重移動。
「操る」ではなく、「共鳴する」ような走り。

 一方その後方――

「このセクションで引き離すつもりだね。でも……おれはここからが本領発揮。」

 おれの180SXが、一切の無駄を排したスムーズなラインで進入してくる。
 乾健人さんとの反復特訓で身に着けた**“トラクションを殺さない舵角”と、“ブレーキングから立ち上がりまでを一筆書きするようなリズム”が火を噴く。

 おれは、荒れたイン側の舗装ギャップをあえてタイヤで拾い、その反動を「次の向き変え」へと利用。
 細かな路面のクセを覚えているからこそ可能な、“グリップの再配置”だった。

「まだ、離れていない……いや、詰めてきてる……?」

 ミラーに映る赤髪のハーフアップと、黒いタイツが揺れた。

 エイトの女の手に、一瞬だけ汗が滲む。

 180SXは、旋回後の立ち上がりで“真っ直ぐに走る距離”を最大化させるラインを選択し、
 わずかな加速差を使って距離を詰める。
そのブレーキ、アクセル、ステアの全てが「焦っていない」。

 おれは“勝とう”としているのではなく、“正しく走っている”。

 それが――エイトの女にとって、最も恐ろしかった。

 頂上に近づくにつれ、赤城のコースは息を呑むようなタイトヘアピンと切り返しの連続。
 勾配はきつく、舗装の波打ちも激しい。
 ステアリングとブレーキ、そして視線のすべてを緻密に制御できなければ、一瞬でコース外へ吸い込まれる。

 エイトは、リズミカルなステアさばきでその地形を切り裂いていく。
 だがその走りには、わずかに“躊躇”が混じっていた。

「……彼女、本気で追いついてきた」

 ルームミラーの端、ライトベゼルの奥に、おれの180SXがじわりと浮かび上がる。
 ブレーキングで詰め、立ち上がりで間を詰め、まるでリズムの隙間に音を埋めてくるような追走。
 速度ではなく、呼吸で詰められている──そんな錯覚。

「でも、ここからは……あたしの領域!」

 エイトの女はギアを一段落とし、コーナーへのアプローチを鋭角に取った。
 ステアリングを瞬時に切り込み、ブレーキとアクセルを交差させるような“詰め”の操作。
 だが次の瞬間――

「……はらんだ!?」

 下りヘアピン出口で、リヤの荷重が予想より抜けた。
 イン側の舗装にうっすら浮いていた落ち葉がタイヤをわずかに滑らせたのだ。
その瞬間、ラインが半車身分、アウトへズレる。

 そこへ180SXが“滑り込む”。

 おれは迷わなかった。
 その一瞬を見逃さず、スロットルを踏み込む。
 400馬力へ向上したRB26が短く吠え、180SXのノーズがRX-8のドアをかすめるようにインへ差し込まれる。

 最終セクション──左右に振られたS字と、最後の急な上りヘアピン。
 エイトの女は、最後の賭けに出た。

 心理戦。

 ラインをやや中央へ寄せ、減速ポイントをいつもより早く取る。
「止まるなら、抜いてみな」と言わんばかりの挑発ブレーキ。

 だが、おれはそれすらも読んでいた。

「ブロックに見せかけた釣り……こっちが“上”だよ、エイトォ!」

 ブレーキをギリギリまで遅らせたおれは、アウト側ギリギリのラインを選択。
 ハーフロック寸前で姿勢を制御し、エイトの女のラインを“被せる”ように、外から包み込むように、加速していく。

 その瞬間、二台のライトが完全に並び――

 おれが前に出た。

「やられた……!」

 エイトの女の視界に、おれのリアバンパーが映った時、彼女は悟った。
 自分が、駆け引きで負けたことを。

 ただ速いだけじゃない。
 おれは、勝つための“理と魂”を持っていた。

 180SXが最終ストレートを駆け抜ける。
 その姿は、燃えるような赤と、静かな黒のタイツをまとった、ひとつの疾風。

 勝者:大崎翔子。

 だが、エイトの女の口元には――静かに、笑みが浮かんでいた。

「……こりゃ、惚れちゃうかもね。久々に、心ごと撃ち抜かれた」
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