光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

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第6章 リベンジ編

ACT.39 決着

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 赤城──上りセクション中腹。
 草加の目が細められる。

「助けられた命で子どもたちを守ってるが……恩が返ったとは思っていない」

「返さなくていい」

 乾はぽつりと返す。

「……あの時の“私”は、何も考えてなかった。ただ、レーサーとして同じコースを走ってた奴が燃えてる。それだけだ。でも、私はその後、お前の背中を……何度も夢に見た。炎の中で叫んでる、お前の声をな」

 草加の拳が、無意識に震えていた。
 それを見て、乾はふっと笑う。

「お前の弟子、雅。悪くねぇ走りだった」

「……当然だ。あの子は、私が“父親として育てた”ドライバーだ」

「だったら、負けてよかったんじゃねぇか?」

「……何?」

「オオサキの勝ちで、お前はまた“お前の火”に怯えずに済んだ。なあ、草加──今でも本当は、アクセル踏みたいんだろ?」

 乾の声には怒気も憐れみもない。ただ、静かで重い事実だけがあった。

「……15分。たった15分の走りで死ねる身体だ」

「それでも、走りたくなるのがレーサーって奴じゃねぇのか」

 乾の言葉に、草加は顔を背けた。

 静かに、赤城の木々が揺れる。
 その向こう、おれの180SXが──ついに、マークIIをアウトから抜き去った。

「……見事だな。まるで、お前に似てる」

「……あいつは俺じゃねぇよ」

 乾の声は、ほんの少しだけ震えていた。

「オオサキは、俺が諦めたものを、まだ諦めてねぇ。……だから、負ける気がしなかった」

 二人は、それ以上言葉を交わさなかった。
 ただ、遠くで180SXのテールランプを見つめていた。

 かつて獣だった男たちの瞳に、
 あの夜だけは──灯火のような希望が、確かに灯っていた。

 バトルの熱は冷めずとも、空には薄明かりが滲み始め、
峠の木々が静かにその緊張をほどいていく。

 深夜の山肌に3台のマシンが響かせるエンジン音は、戦場の咆哮から精密な楽器の演奏へと変わっていた。

 ザァァン……ッ!

 登りの1速~2速、急勾配の立ち上がり。
 その瞬間、黒のJZA80スープラが爆発的なローギアードで前に出る。

 赤城サクラゾーン

 空気が張り詰めている。
 このセクションは赤城でも特に「喰いつくか、吹っ飛ぶか」が分かれる鬼門。
 ギャラリーしている秋山はガードレールの外、斜面に腰を下ろし、携帯の騒音録音を切っていた。

「……来る。」

 山の奥から獣の咆哮にも似た2JZの怒号と、スリムなボディが撒き散らすタービンの金属音。
 最初に現れたのは、サクラのJZA80スープラ。
 片目に隠れた前髪、トンネルを抜けた直後の冷たい反射光を浴び、車体は正確にインへ飛び込んでくる。

(あの重さで、あのライン取り……ブレーキを残して、尻が逃げるのを先読みしてる。頭だけじゃなく体で“止めてる”んだな)

 続いて。赤髪ハーフアップ、疾風の180SX。

 音は一段静か。だが、速い。
 アウト→ミドル→イン。タイヤの縁を撫でるようなトレースで、走りに**“乱れ”が一切ない**。

(……あたしの走りじゃ追いつけないかも)

 秋山はその事実に驚きながらも、なぜか笑っていた。

 オオサキの走りには“意思”があった。ただ抜くためでも、勝つためでもなく、そこにある道を「自分のもの」にする意志。

 追ってるくせに、追われてる側のような気迫がある。

 そして、九一三雅のJZX90マークIIが登場。
 咆哮はさらに太く、無遠慮なまでにインをえぐってくる。が――

「やりすぎだよ、あれは……!」
 秋山は眉をひそめた。

 明らかに突っ込み過ぎだ。リヤが横流れしてアンダーを打ち消す“芝居”は見えるが、クルマに無理をさせ過ぎている。
 直後の小さなバンプで、90マークIIの左リアが浮いた。ドリフトに見せかけたグリップ潰し。

(…あのライン、オオサキが見てたら……喰いつかれる)

 90マークIIが秋山の前を過ぎていく。

「こりゃ、面白くなってきた」

 ガードレールの奥で小さく囁いたその声は、ブロワー音にかき消されていった。

「……今なら──ッ!」

 葛西サクラの指先がステアリングを握り直す。
 ターボ378馬力、軽めのギア比で詰めたローギアード仕様。
 その出足の強さが、180SXを引き離す。

 だが──長くはもたなかった。

「……くっ、ギアが合わない!」

 中速セクション、パワーバンドを外れた回転数。ローギア仕様が牙を剥き、加速が鈍る。

 わずか一瞬。
 しかしおれは、その“音”を聞き逃さなかった。

「来ると思った……ここしかない──回転、落とすな……!」

 おれのワンエイティが滑らかにギアを繋げる。
 RB26のトルク特性を熟知した右足で、絶妙な回転維持。
 Z32で磨いたラインの再現性と、軽量FRの素直な応答性。

 おれは迷わず、インを突いた。

「ぬ、抜かれた……ッ!」

 サクラがステアを握る手に力がこもる。
 コクピットの中、彼女は歯を食いしばった。

  追うサクラ、崩れぬおれ

 サクラの目には、赤髪の影がまた遠ざかっていくのが見えた。
 一度は倒された、そして今日も一度抜いたはずの相手が──また前に立っている。

「……まだ勝負は終わってないぞ、オオサキ」

 JZA80のアクセルが床まで踏み込まれる。
 だが、ギアの選択肢が限られる。
 トルクはあっても伸びが足りない。
 赤城の上りは、狂ったように牙をむく。正確さと“耐える技術”がすべてを決める。

 前方──おれの180SXが揺るがない。
 重心移動も、ラインも、全てが冷静。
 サイドミラーの中の雅も、まだ迫ってこない。

 おれは、ただひたすらに集中していた。

「サクラ。……今のおれは、もう“追う側”じゃあない。自分でこのコースを切り開く」

 その声は、クルマと一体になっていた。
 ブレーキとアクセル、すべての動作が無駄なく、音のように流れる。

 現在の順位状況:

 1位:大崎翔子(180SX・400馬力)
 冷静なギア選択とライン取りで先頭キープ

 2位:葛西サクラ(スープラ・378馬力)
 ローギアードの恩恵が消え、失速中

 3位:九一三雅(マークII・490馬力)
 依然パワーを活かしつつも、最終セクションにて反撃を狙う。

 第2高速区間。
 ジグザグゾーンを抜けたあたりから、雅はおれたちを虎視眈々と狙い、右足をアクセルに集中させる。

「ここから行かせてくれないかしら」

 まず、ローギアードが裏目に出て失速中のサクラのJZA80の前を出る。

「非力さと低速重視のギアが裏目に出たか……」

 さらに前を走るおれまでを狙っていき、490馬力のパワーでワンエイティと頭を並べる。

「先を行かせるわけには行かない」

 サイド・バイ・サイドのまま、ハンマーヘッドへ突入。
 90マークIIの方が内側の位置におり、そこを抜けると1位へ踊り出た。

「パワーの差が出たか、もう後がない!」

 上り最終セクション──
 赤城の“終盤の戦場”。
 残りは数カーブ。ゴールはもう目前だった。

 夜風が切り裂かれ、3台のマシンが峠に火を刻む。
 先頭は九一三雅のJZX90マークII。
 490馬力の爆発的な加速。
 車体がうねるようにコーナーを食い、彼女はトップを死守しようとしていた。

「来ないでほしいかしら……大崎翔子……ここまで来て、“また”奪われたくないの……!」

 ミラーに映る赤い光。
 おれの180SXが、まるで風そのもののように滑らかに近づいてくる。

「……見えてる。全部見えてるんだ、雅」

 おれの目は、もう路面しか見ていない。
 照明も、月光も、ライバルの存在すらも、全てが背景になっていた。
 残されたコーナーの角度、路面の傾斜、わずかなバンプ──
 すべてが、彼女の脳内にラインの地図を描き出す。

 乾健人さんに叩き込まれた“本当のグリップ”。
 パワーに頼らず、タイヤの接地力で勝つ走り。

 そしてその意思が、
 最終コーナーである右ヘアピンで牙を剥いた。

「インは……閉じられてる。でも、まだ道はある!」

 おれはハンドルを切る。
 アウト側から、躊躇なく突っ込んだ。
 スリップラインの外。
 舗装が荒く、わずかに濡れている。だが、それでも構わなかった。

「なっ……!? 外から!?」

 雅のマークIIがわずかに揺れる。
 リアが荷重に負け、少しだけ姿勢が崩れる。
 その一瞬を見逃さず──

 おれの180SXが、90マークIIの前に躍り出た。

「……抜かれた……いや、まだ、まだ──っ!」

 雅が追いすがる。
 だが、もう足りない。
 400馬力の軽量FR、おれの走りに無駄が一切なかった。

 最終直線。
 RB26が最後の咆哮を上げ、おれの180SXが一歩先に──。
 ゴールラインを突き抜けた。

 その瞬間、マシンを停めるおれ。
 額に滲んだ汗が、冷えた夜風に吹かれる。
 口元が、ようやくほころんだ。

「勝った……!」

 数秒後、雅の90マークIIが続き、さらにサクラのJZA80も滑り込んでくる。

【最終順位】

 1位:大崎翔子(180SX・400馬力)
 2位:九一三雅(JZX90・490馬力)
 3位:葛西サクラ(JZA80・378馬力)

 この結果を聞いて、熊久保は驚きのあまり、言葉を失う。

「九一三雅にリベンジした上に、DUSTWAYのナンバー2の葛西サクラに2度も勝つとはすごいなぁ」

 川畑の顔には鳥肌が立っていた。

「このまま赤城最速の雨原芽来夜を倒すかもしれないね」

 小鳥遊の目には輝きを放っていた。

「糞(シット)ォ! サクラ姉ちゃんが2回も負けたぜェ!」

「負けちゃったね……サクラ姉ちゃん」
 
 ヒマワリとモミジは姉の敗北に悔しがっていた。
 悔しがるあまり、それぞれの愛車に乗り込んで誰よりも先に帰っていく。

「これでオオサキちゃんと戦えるのはあたしだけしかいなくなった」

 この後、雨原はFDに乗り込み上の方へ向かった。

「サクラの2回も倒すとは、流石だなオオサキ。私もお前の走りを育てた甲斐があったぞ」

 智は弟子の勝利に誇らしく思うのだった。

 折り返し地点前の駐車場…。
 ウメは、サクラの敗北を上からの情報で知る。

「今回の作戦は誤算だったわ。やっぱ上には上がいるのよ……」

 スタート地点兼ゴール地点前。
 バトルをした2人はそれぞれのクルマから降ると、会話を交わす。

「オレにはお前に勝つことなんて無理だと分かったよ……前よりも速くなったぞ……」

「いえいえ、君だって前よりも速くなった。あの中盤……正直、抜かれるかと思った」

「そうか……お前はいつか雨原さんを越えそうだな……」

 会話が終わると、サクラはJZA80に乗り込んで帰っていく。
 クルマの中で彼女はこんな事を考えていた。

「あいつは……雨原さんに代わって赤城最速になるかもしれない……」

 予言は的中するのだろうか?


 赤城の夜が終わろうとしていた。

 バトルの熱は冷めずとも、空には薄明かりが滲み始め、峠の木々が静かにその緊張をほどいていく。

 ゴールラインから少し離れた、かつてギャラリーが詰めかけていた中腹のその場所に、年齢も境遇も異なる四人の走り屋が立っていた。

 葛西ウメ(元・赤城の黒き猛獣)
 斎藤智(元・伝説の覚醒走り屋)
 草加幸平(かつて炎をくぐったGTファイター)
 乾健人(戦場を歩いた孤高のラリースト)

 それはまさに、“火を背負ってきた者たち”の集結だった。

「……三人とも、いい走りだったわね」

 最初に口を開いたのはウメ。
 冷静な口調ながら、唇の端には確かに熱があった。

「サクラも、ようやく“自分の足で火を踏める”ようになってきた。
あの子、もう私の背中じゃなくて、走りそのものを見てる。……少しだけ、誇らしいわ」

「オオサキも同じだ」

 智が頷く。

「勝ちに行く走りじゃなくて、“見せるための走り”になっていた。
相手の技を否定せず、自分の意志で上書きしていく。あれはもう“弟子”じゃあない、ひとりの“走り屋”」

「……雅も悪くなかった」

 ウメと智が視線を向けると、草加は夜の闇の奥を見たまま、静かに言葉を続けた。

「負けたとき、奴の目から“反射的な怒り”が消えていた。悔しさの中に、納得と学びがあった。……それだけで十分だ。あれは“私の走り”じゃない。“あいつ自身の走り”になりつつある」

「……らしくねーな、お前がそこまで言うなんて」

 乾が缶コーヒーを開けながら鼻で笑う。

「ふん、アンタが弟子を育てる方が似合ってないだろ」

「うるせぇよ。俺はただ……火を見てるだけだ。ちゃんと“燃えてるか”どうか」

「……じゃあ、こうしようか」

 唐突に、智が言う。

「このまま、それぞれの娘や弟子を“勝手に育てる”時代は終わりよ」

「……は?」

 乾が眉をひそめる。

「互いに競わせるだけじゃなく、横の繋がりを作ろうか。サクラもオオサキも九一三雅も、“一人の走り屋”として共に鍛え、伸ばすために……“走りの未来”を、育成という形で構築するの」

 ウメが腕を組む。

「……それってつまり、“塾”でもやる気?」

「塾じゃ堅すぎる……合宿所だ。走る、食べる、寝る、また走る。
それぞれが自分の“走り”と向き合う場所」

「なら名は要らない。“場”さえあればいい」

「峠じゃない。コースじゃない。
だが、走りのすべてを見直せる“空っぽの場所”が必要だ」

「あるぞ」

 乾がぼそっと言った。

 三人が乾に視線を向ける。

「榛名の裏手に、使われてねぇ旧農道の複合区間がある。舗装も残ってるし、峠に似た勾配も多い。地元の連中からも“走り場”としては忘れられてる」

「そこを整備するっての?」

 ウメが笑う。

「……あんたがやるには地味すぎる仕事ね」

「でも、火を継ぐにはちょうどいい炉だろ」

 乾の声は低かったが、確信を持っていた。

 最後に、智が微笑む

「“継ぐ者”のために、“かつての獣たち”が炉を作る。それ、最高にかっこいいじゃない」

「……まったく、年取ったな、私たちも」

「でも……だからこそ“まだ走れる”」

「……走るために生きるんじゃない。生きるために走る子たちの、土台になるのよ」

「よし、決まりだ」

 翌日、5月17日の日曜日、午前10時
 熱狂から一夜明けた場所に1台のクルマと1人の女がいた。

 それは赤城最速、雨原芽来夜だ。
 彼女は愛車FDと共に朝の大沼を眺めている。

 そこに師匠、ウメがJZA70と共に来る。

「ウメさん、相談があるぜ」

「何?」

「今度やるWHITE.U.F.Oの交流戦が終わったら、オオサキちゃんとバトルをすると決めたんだ」

 雨原の口から衝撃な一言が来たのだった。

TheNextLap
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