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4章 港湾都市アイラ編
151話 慟哭
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漁村の村長宅、その一角に設けられた一室に男女が向かい合って座っている。
「あれから7年か……元気だったかい、シンドゥラ?」
シンドゥラ──シンを昔の名で呼ぶ女性は、努めて無表情を作るシンに向かって優しく話しかける。
「まあ……見ての通り、かな?」
「なんだい、それ?」
まるで借りてきた猫のような、慎重に言葉を選びながら、当たりさわりのない返事にカーシャは思わず苦笑する。
(あのやんちゃ坊主がこんなにオドオドして……違うか、脅えてるんだね)
カーシャは右手を上げると、シンに向かってその手を伸ばし、
クシャ──
「……?」
「バカだね……アタシが昔の事を思い出すんじゃないかってビビってるのかい?」
「ぅ……それは……だって」
「大丈夫、昔の話さ。そんな過ぎた事が原因でアタシの可愛い「弟」がヘコんでるんじゃあそれこそ気にしちまうよ」
「あ、う……ゴメン」
「まったく、一緒に水浴びや風呂に入る度にアタシとネーナのオッパイを凝視してた頃の元気はどこいっちまったんだい?」
「ちょ、まっ! いつの頃の話をしてんだよ!? そんなの何年も前の話!!」
「そうだっけ? アタシは昨日の事のように思い出せるよ?」
「いやいやいや、あれから何年経ったと思ってるんだよ!?」
ギュッ──!!
「────!?」
思わず乗り出して抗議するシンを、カーシャは強く抱きしめ、そして優しく告げる。
「そうさ……もうずいぶん昔の話さ。あんな事もこんな事も、ぜ~んぶ、ね」
…………………………。
少しの間そうしていただろうか、不意にカーシャはシンを突き飛ばし、
「ハイ、おしまい。昔はともかく、今はコイツはあの人のモンだからねえ、おいそれと触らしてやれないよ」
「ばっ……いらねえよ!」
「そうかい? そう言われると少しばかり寂しいねえ」
「勘弁してくれ……」
カラカラと笑うカーシャにシンも、なんとか普段の調子を戻しつつあった。
…………………………。
…………………………。
「で、シンドゥラ、今は何をやって──?」
質問するカーシャの言葉を遮るようにシンは手を挙げると、
「カーシャ姉さん、今の俺はシンだ、タンギルの町のシンドゥラなんてガキはもうこの世にはいない。今の俺は「旅の薬師のシン」なんだ」
固い意思のこもったシンの言葉にカーシャは、少し寂しげな笑みを浮かべ、
「そうかい、わかったよ……それにしても」
「それにしても?」
「ああ、アンタが昔の、優しい優しいシン坊のままだって事が分かって安心したのさ」
「別に優しくなんかねえって」
「なに言ってんだい! アンタだったらそれこそ冒険者にでもなってれば今頃もっと有名になってたさ。それを人様に薬を売って回る仕事だなんて」
「別に慈善事業をしてる訳じゃない、金はちゃんと払ってもらってるさ」
「そうだね、昔のアンタなら作った薬をただで配ってたかもしれないね、だから少しだけ安心したのさ」
「………………………………」
「まだ引きずってんのかい、アレはアンタのせいじゃないだろ?」
シンは黙る、カーシャに言われ、かつての自分を思い浮かべながら、そして俯き押し黙る。
沈黙が2人の間を漂う──。
……そしてシンは口を開く。
「いや、やっぱりアレは俺のせいだ……俺が皆を勘違いさせちまった、そして俺も勘違いしてた。俺ならやれる、それこそおとぎ話の主人公のように皆を守れるなんて、そんな夢を見た、そして見させた俺の罪だ」
「10になったばかりのガキに責任なんてあるもんかい! むしろ周りの大人はアンタから受けた恩恵を返すために頑張るべきだったんだ! それなのに──!」
「だからだよ! 俺がただのガキなら、少なくともガキの振りしてりゃあ誰も俺なんか見向きもしなかった! それをいい気になって、色んなもんをひけらかした俺に責任が無いなんて口が裂けても言えねえよ」
「シンドゥラ、あんた──!!」
「俺はっ!!」
いつの間にかシンは目に涙を浮かべていた。
昔の知り合いにあった気の緩みか、それとも取り戻せない過去を思ってか、普段、決して人には見せない弱気な表情を浮かべたシンの姿がそこにある。
そしてそんなシンを見たカーシャは口を噤んだ。恐らく初めてなのだろう、あの日、町を出て行ったシンがあの町の事を話すことなど無かっただろう。
誰にも言えなかった思い、訴える事の出来なかった苦しみを、姉の代わりに自分が受け止めてやらねばとカーシャは構える。
シンは話し出す。
「俺はっ、勇者になりたかった訳じゃない。世界を守る事なんか出来なくてもいい、自分の住んでる町が平和ならそれでよかった……だから、町が豊かになればと思って色んな事を教えた。それが町の幸せに繋がると思った!!」
──見返りが欲しかった訳じゃない──
「なのに、みんな言うんだ! もっと他に無いのか? もっと儲かる話は無いのか?」
──そんな言葉を聞きたかったんじゃない──
「帝国の奴らが町を襲ってきた時だって、みんなを守りたかったから戦ったんだ、それなのに!」
──なんで化け物を見るような目で見るんだ?──
「なのにあいつ等は、アイツ等は──!!」
大粒の涙を流し訴えるシンを、同じく涙を流すカーシャが抱きしめる!
「もういい!! もういいから、アンタは何も悪くない!!」
「いいや、俺のせいだ! 俺がいろんな事を教えたから、俺があいつ等を堕落させたから! 俺が──!!」
「あなたは幸せになって──ネーナの最後の言葉を忘れたのかい?」
「ねえ……さん……」
「アンタの自慢話をするネーナは本当に嬉しそう、幸せそうだったよ……そんなアンタが不幸を背負ってどうするんだい!」
「でも……」
「全部7年前に終わった事なんだ。アンタがシンドゥラじゃなくてシンだって言うんならなおの事、もう過去とはサヨナラするんだよ……」
「うん……」
「それじゃあホラ、ここならだれも見ちゃいないからさ、最後に思いっきり泣いて、それでスッキリしな、姉ちゃんが胸を貸してやるからさ」
そういってシンの頭を抱えたカーシャはそのまま胸元に引き寄せる。
「う……うわあああああああああ!!」
その懐かしくも安心感を憶える暖かい膨らみに包まれ、シンはその時だけ、10歳のシンドゥラに戻った。
──────────────
──────────────
シンとカーシャが話をしている間、残されたアリオスと若──名をナッシュと言う──は玄関近くの土間で茶を飲んでいた。
屋敷の反対側からでも聞こえるシンの慟哭の声にアリオスは意外そうな顔をし、
「あの男があれほど感情をむき出しにして泣くとは、意外だったな」
「そうなのか?」
「まあ知り合ったばかりだがな、とはいえ少なくとも年齢通りの中身では無いとは確信している、あなたはシンの事を奥方から何か聞いているのか?」
本人も大して期待はしていないが、シンの事を聞こうとする。
「奥方? ああ、カーシャの事か。あいにくシンなんて奴の話は聞いたことがねえな」
「そうか」
「ただ──」
「?」
「シンなんて男は知らんが、アイツの親友の弟でシンドゥラってガキの話なら散々自慢された事がある」
シンドゥラ──先ほどカーシャがシンに向かって告げた名だ。
アリオスは興味深そうにナッシュの話に耳を傾ける。
カーシャの親友ネーナには弟がおり、名をシンドゥラといった。
シンドゥラは幼い頃から才能の片鱗を見せており、2歳の頃には読み書きどころか、初歩の魔法を誰に師事する事無く行使できたと言う。
体力面でも同世代の子供とは比較にならず、隠してはいたが5歳の頃には町の大人たちよりも力持ちだった。
ただ、シンドゥラはそういった方面にあまり興味は示さず、もっぱら鍛冶屋や機織など、職人の仕事場に入り浸ってはその教えを乞い、たまにそこで作った作品をお土産にもって帰り、姉のネーナやカーシャにプレゼントしていた。
6歳の頃から一人で町の外へ出歩くようになり、海へ行けば知られていない豊漁ポイントを見つけ、山に出ては未発見の鉱山の場所を探り当ててきた。
そんなシンドゥラを町の住人は女神の寵愛を受けた子だと有り難がった。
「神童か……羨ましい限りだな」
「ほう、アンタはそう思うのか……育ちが良いんだな」
ナッシュの揶揄するような物言いにアリオスは不機嫌そうに顔を顰め、
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。考えても見ろ、年端の行かない坊主が女神の祝福を受けたかの様に次々と町に利益をもたらす、周りの大人たちはどうする?」
「……なるほど、子供にはあまり嬉しくない話か」
「ちなみにカーシャはここの生まれじゃない、北東にあるアトワルド王国のタンギルって名前の港町だ」
「ちょっと待て! その町はたしか──!!」
「そういう事だ、だからあんまり詮索してやるな。アイツもその親友とシンドゥラの話以外はしようとしなかった」
2人の間に重苦しい空気が流れる。
7年前に滅びた町の生き残り。別々の人生を歩んだであろう2人がたまたま再会し、そして聞こえてくる声、興味本位程度の覚悟で聞いてはいけないとアリオスは反省した。
そこへ、
ガラララ──
「おう、今帰ったぞ──ん、何だおめえら? こんな所に屯しやがって……ってコッチの兄さんは見たことねえな、ナッシュ、おめえの客か?」
玄関を開けて入ってきたのは50を過ぎているだろうか、いまだ現役の漁師と思われる見事な身体つきに所々白さの目立つ頭髪とアゴ髭をたくわえた老人だ。
「いや、オヤジの客だ。それともう一人いるが今は取り込み中だ」
「取り込み中?」
「シンドゥラ──いや違うな、シンって坊主が今カーシャと話をしてる」
「!!──そうか」
老人──村長はそれだけで事情を察したのか、渋い表情を作る。憐憫の感情が目に宿っているのを見たアリオスは、目の前の男が村長に足る徳と器の持ち主だと判断すると、立ち上がり名乗りをあげる。
「村長殿、私はシーラッド都市連合、連合防衛隊に所属するアリオスと申す。以後見知りおきを」
防衛隊の名を聞きナッシュは一瞬ギョッとするが、村長は動じない。そして自分も名乗り返す。
「こいつはご丁寧にありがとよ。ワシはサイモン、この村で村長なんぞをやっとる、コイツは倅のナッシュだ、よろしくな、兄さん」
笑って差し出された右手を掴むと、サイモンはその手に力を込める。
「……ほう、なかなか鍛えてるじゃねえか、優男かと思ったが気に入ったぜ!」
「村長殿も、その年では考えられない力強さだな」
「なに、わし等漁師はみんなこんなモンさ」
2人が笑いあってる所に家の奥からカーシャとシンが顔を出す。
「アラお義父さん、帰ってたんですか?」
「おう、今な。で、そっちの若いのかい、ワシに話があるって言うのは?」
「お初にお目にかかります村長殿、私はシン、アイラの執政官、タレイア様の使いでこちらに参りました」
明らかに泣きはらしたと思われる赤く腫れた目元を隠しもせず、シンはつらつらと言葉を並べる。
「執政官の使いね……で、どんな用向きなんだい?」
「はい、必要な設備や道具の手配はこっちが全部済ませますので、ちょっと金儲けしてみませんか?」
「はあ──?」
シンは努めて明るく、そう言い放った。
「あれから7年か……元気だったかい、シンドゥラ?」
シンドゥラ──シンを昔の名で呼ぶ女性は、努めて無表情を作るシンに向かって優しく話しかける。
「まあ……見ての通り、かな?」
「なんだい、それ?」
まるで借りてきた猫のような、慎重に言葉を選びながら、当たりさわりのない返事にカーシャは思わず苦笑する。
(あのやんちゃ坊主がこんなにオドオドして……違うか、脅えてるんだね)
カーシャは右手を上げると、シンに向かってその手を伸ばし、
クシャ──
「……?」
「バカだね……アタシが昔の事を思い出すんじゃないかってビビってるのかい?」
「ぅ……それは……だって」
「大丈夫、昔の話さ。そんな過ぎた事が原因でアタシの可愛い「弟」がヘコんでるんじゃあそれこそ気にしちまうよ」
「あ、う……ゴメン」
「まったく、一緒に水浴びや風呂に入る度にアタシとネーナのオッパイを凝視してた頃の元気はどこいっちまったんだい?」
「ちょ、まっ! いつの頃の話をしてんだよ!? そんなの何年も前の話!!」
「そうだっけ? アタシは昨日の事のように思い出せるよ?」
「いやいやいや、あれから何年経ったと思ってるんだよ!?」
ギュッ──!!
「────!?」
思わず乗り出して抗議するシンを、カーシャは強く抱きしめ、そして優しく告げる。
「そうさ……もうずいぶん昔の話さ。あんな事もこんな事も、ぜ~んぶ、ね」
…………………………。
少しの間そうしていただろうか、不意にカーシャはシンを突き飛ばし、
「ハイ、おしまい。昔はともかく、今はコイツはあの人のモンだからねえ、おいそれと触らしてやれないよ」
「ばっ……いらねえよ!」
「そうかい? そう言われると少しばかり寂しいねえ」
「勘弁してくれ……」
カラカラと笑うカーシャにシンも、なんとか普段の調子を戻しつつあった。
…………………………。
…………………………。
「で、シンドゥラ、今は何をやって──?」
質問するカーシャの言葉を遮るようにシンは手を挙げると、
「カーシャ姉さん、今の俺はシンだ、タンギルの町のシンドゥラなんてガキはもうこの世にはいない。今の俺は「旅の薬師のシン」なんだ」
固い意思のこもったシンの言葉にカーシャは、少し寂しげな笑みを浮かべ、
「そうかい、わかったよ……それにしても」
「それにしても?」
「ああ、アンタが昔の、優しい優しいシン坊のままだって事が分かって安心したのさ」
「別に優しくなんかねえって」
「なに言ってんだい! アンタだったらそれこそ冒険者にでもなってれば今頃もっと有名になってたさ。それを人様に薬を売って回る仕事だなんて」
「別に慈善事業をしてる訳じゃない、金はちゃんと払ってもらってるさ」
「そうだね、昔のアンタなら作った薬をただで配ってたかもしれないね、だから少しだけ安心したのさ」
「………………………………」
「まだ引きずってんのかい、アレはアンタのせいじゃないだろ?」
シンは黙る、カーシャに言われ、かつての自分を思い浮かべながら、そして俯き押し黙る。
沈黙が2人の間を漂う──。
……そしてシンは口を開く。
「いや、やっぱりアレは俺のせいだ……俺が皆を勘違いさせちまった、そして俺も勘違いしてた。俺ならやれる、それこそおとぎ話の主人公のように皆を守れるなんて、そんな夢を見た、そして見させた俺の罪だ」
「10になったばかりのガキに責任なんてあるもんかい! むしろ周りの大人はアンタから受けた恩恵を返すために頑張るべきだったんだ! それなのに──!」
「だからだよ! 俺がただのガキなら、少なくともガキの振りしてりゃあ誰も俺なんか見向きもしなかった! それをいい気になって、色んなもんをひけらかした俺に責任が無いなんて口が裂けても言えねえよ」
「シンドゥラ、あんた──!!」
「俺はっ!!」
いつの間にかシンは目に涙を浮かべていた。
昔の知り合いにあった気の緩みか、それとも取り戻せない過去を思ってか、普段、決して人には見せない弱気な表情を浮かべたシンの姿がそこにある。
そしてそんなシンを見たカーシャは口を噤んだ。恐らく初めてなのだろう、あの日、町を出て行ったシンがあの町の事を話すことなど無かっただろう。
誰にも言えなかった思い、訴える事の出来なかった苦しみを、姉の代わりに自分が受け止めてやらねばとカーシャは構える。
シンは話し出す。
「俺はっ、勇者になりたかった訳じゃない。世界を守る事なんか出来なくてもいい、自分の住んでる町が平和ならそれでよかった……だから、町が豊かになればと思って色んな事を教えた。それが町の幸せに繋がると思った!!」
──見返りが欲しかった訳じゃない──
「なのに、みんな言うんだ! もっと他に無いのか? もっと儲かる話は無いのか?」
──そんな言葉を聞きたかったんじゃない──
「帝国の奴らが町を襲ってきた時だって、みんなを守りたかったから戦ったんだ、それなのに!」
──なんで化け物を見るような目で見るんだ?──
「なのにあいつ等は、アイツ等は──!!」
大粒の涙を流し訴えるシンを、同じく涙を流すカーシャが抱きしめる!
「もういい!! もういいから、アンタは何も悪くない!!」
「いいや、俺のせいだ! 俺がいろんな事を教えたから、俺があいつ等を堕落させたから! 俺が──!!」
「あなたは幸せになって──ネーナの最後の言葉を忘れたのかい?」
「ねえ……さん……」
「アンタの自慢話をするネーナは本当に嬉しそう、幸せそうだったよ……そんなアンタが不幸を背負ってどうするんだい!」
「でも……」
「全部7年前に終わった事なんだ。アンタがシンドゥラじゃなくてシンだって言うんならなおの事、もう過去とはサヨナラするんだよ……」
「うん……」
「それじゃあホラ、ここならだれも見ちゃいないからさ、最後に思いっきり泣いて、それでスッキリしな、姉ちゃんが胸を貸してやるからさ」
そういってシンの頭を抱えたカーシャはそのまま胸元に引き寄せる。
「う……うわあああああああああ!!」
その懐かしくも安心感を憶える暖かい膨らみに包まれ、シンはその時だけ、10歳のシンドゥラに戻った。
──────────────
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シンとカーシャが話をしている間、残されたアリオスと若──名をナッシュと言う──は玄関近くの土間で茶を飲んでいた。
屋敷の反対側からでも聞こえるシンの慟哭の声にアリオスは意外そうな顔をし、
「あの男があれほど感情をむき出しにして泣くとは、意外だったな」
「そうなのか?」
「まあ知り合ったばかりだがな、とはいえ少なくとも年齢通りの中身では無いとは確信している、あなたはシンの事を奥方から何か聞いているのか?」
本人も大して期待はしていないが、シンの事を聞こうとする。
「奥方? ああ、カーシャの事か。あいにくシンなんて奴の話は聞いたことがねえな」
「そうか」
「ただ──」
「?」
「シンなんて男は知らんが、アイツの親友の弟でシンドゥラってガキの話なら散々自慢された事がある」
シンドゥラ──先ほどカーシャがシンに向かって告げた名だ。
アリオスは興味深そうにナッシュの話に耳を傾ける。
カーシャの親友ネーナには弟がおり、名をシンドゥラといった。
シンドゥラは幼い頃から才能の片鱗を見せており、2歳の頃には読み書きどころか、初歩の魔法を誰に師事する事無く行使できたと言う。
体力面でも同世代の子供とは比較にならず、隠してはいたが5歳の頃には町の大人たちよりも力持ちだった。
ただ、シンドゥラはそういった方面にあまり興味は示さず、もっぱら鍛冶屋や機織など、職人の仕事場に入り浸ってはその教えを乞い、たまにそこで作った作品をお土産にもって帰り、姉のネーナやカーシャにプレゼントしていた。
6歳の頃から一人で町の外へ出歩くようになり、海へ行けば知られていない豊漁ポイントを見つけ、山に出ては未発見の鉱山の場所を探り当ててきた。
そんなシンドゥラを町の住人は女神の寵愛を受けた子だと有り難がった。
「神童か……羨ましい限りだな」
「ほう、アンタはそう思うのか……育ちが良いんだな」
ナッシュの揶揄するような物言いにアリオスは不機嫌そうに顔を顰め、
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。考えても見ろ、年端の行かない坊主が女神の祝福を受けたかの様に次々と町に利益をもたらす、周りの大人たちはどうする?」
「……なるほど、子供にはあまり嬉しくない話か」
「ちなみにカーシャはここの生まれじゃない、北東にあるアトワルド王国のタンギルって名前の港町だ」
「ちょっと待て! その町はたしか──!!」
「そういう事だ、だからあんまり詮索してやるな。アイツもその親友とシンドゥラの話以外はしようとしなかった」
2人の間に重苦しい空気が流れる。
7年前に滅びた町の生き残り。別々の人生を歩んだであろう2人がたまたま再会し、そして聞こえてくる声、興味本位程度の覚悟で聞いてはいけないとアリオスは反省した。
そこへ、
ガラララ──
「おう、今帰ったぞ──ん、何だおめえら? こんな所に屯しやがって……ってコッチの兄さんは見たことねえな、ナッシュ、おめえの客か?」
玄関を開けて入ってきたのは50を過ぎているだろうか、いまだ現役の漁師と思われる見事な身体つきに所々白さの目立つ頭髪とアゴ髭をたくわえた老人だ。
「いや、オヤジの客だ。それともう一人いるが今は取り込み中だ」
「取り込み中?」
「シンドゥラ──いや違うな、シンって坊主が今カーシャと話をしてる」
「!!──そうか」
老人──村長はそれだけで事情を察したのか、渋い表情を作る。憐憫の感情が目に宿っているのを見たアリオスは、目の前の男が村長に足る徳と器の持ち主だと判断すると、立ち上がり名乗りをあげる。
「村長殿、私はシーラッド都市連合、連合防衛隊に所属するアリオスと申す。以後見知りおきを」
防衛隊の名を聞きナッシュは一瞬ギョッとするが、村長は動じない。そして自分も名乗り返す。
「こいつはご丁寧にありがとよ。ワシはサイモン、この村で村長なんぞをやっとる、コイツは倅のナッシュだ、よろしくな、兄さん」
笑って差し出された右手を掴むと、サイモンはその手に力を込める。
「……ほう、なかなか鍛えてるじゃねえか、優男かと思ったが気に入ったぜ!」
「村長殿も、その年では考えられない力強さだな」
「なに、わし等漁師はみんなこんなモンさ」
2人が笑いあってる所に家の奥からカーシャとシンが顔を出す。
「アラお義父さん、帰ってたんですか?」
「おう、今な。で、そっちの若いのかい、ワシに話があるって言うのは?」
「お初にお目にかかります村長殿、私はシン、アイラの執政官、タレイア様の使いでこちらに参りました」
明らかに泣きはらしたと思われる赤く腫れた目元を隠しもせず、シンはつらつらと言葉を並べる。
「執政官の使いね……で、どんな用向きなんだい?」
「はい、必要な設備や道具の手配はこっちが全部済ませますので、ちょっと金儲けしてみませんか?」
「はあ──?」
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