転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

174話 吐露

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「俺は彼女タレイアを愛してる──!!」
「…………………………」

 …………………………。
 …………頭が痛い。

 俺は今、フラッドおっさんに復讐を誓い、惨めに敗北した男を踏みつけている……んだよな?
 それが一体全体どこから愛してるなどと言う台詞が?
 それも相手はその仇の娘さんなんですけど?

「…………彼女タレイアは親の仇の娘じゃなかったのか?」
「それがどうした!!」
「仇の係累けいるいに憎しみを持たないのかって事だが……」
「ああ、最初はヤツを破滅させる為の駒として利用するつもりだった! しかし彼女は違った、本心から俺の掲げる理念に賛同してくれた! 俺と一緒にこのシーラッドを生まれ変わらせると言ってくれたんだ!」

 ……ああ、つまりタレイアはクレイスこいつの承認欲求を満たしてくれた訳だ。
 周りが敵だらけの中、たった一人自分の味方になってくれる人がいた、それがたまたま・・・・仇の娘だった。
 おーおー、ロマンスですなぁ……。
 ……………………………………。
 ……………………………………。
 ……ふざけてんのか?

「……なるほど、だからか?」
「? なに、がっ──!?」

 グリ、グリグリッ────!!

 俺は足に力を入れ、下で押さえつけられているクレイスの肺を圧迫する。

 ──この馬鹿、得心がいったぜ!

 そもそもアイラの、いや第4政都ひいてはシーラッドの経済を混乱させようと思えばもっと早くに出来てた。
 醤油工場を作れる技術があるんだから、それをまずは全ての村に造り、全力で生産されるだけで仕込みは済む。
 シーラッドだけでは消費しきれない醤油は必然的に輸出に回されるが、当然供給過多の醤油は買い叩かれて価格は下落、海路であれ陸路であれ商品の積載量は変わらない以上、商人は安い醤油を買い漁る。他の5品目は利益を下げてでもダンピング競争に参加せざるを得ない。
 当然5都市群から次回からの生産について警告は来るだろうが、下落した卸値の状態で発注してしまえば農民達は利益を得るため、去年と同様の量の醤油を作るだろう。
 それを上が買取を拒否すれば、彼等は生活の為に非合法の取引を始める、そちらで充分な利益が見込めるとなれば、今後彼等は上に対して面従腹背の態度に出るだろう。
 言うなれば、1手目で王手飛車取りが出来たはずだ、なのにコイツはやらなかった。

 なぜか──このクソッタレ、ミイラ取りがミイラになりやがった!!
 だから3年もかけて、健全に「改革」とやらを推し進めていたのか。

「色にけて目的を忘れるような阿呆に復讐なんぞできるかよ、このボケ!」
「グッ……復讐を、忘れた訳ではない! 破滅させるのでは無く、より優れた統治をする事でヤツが間違っている事を、父の正しさを証明するつもりだった!!」
「口だけは良く回りやがる……」

 日和ひよったってんだよ、そういうのは。
 それこそアイラの方が、絶体絶命の状況でも生き延びるためにオレに媚びるほど、全てを捨てる根性を持ち合わせていたぜ?
 ……そうか、妹か。

「妹は? アイラはどうするつもりだったんだ?」

 頃合を見て切り捨てるつもりだったのか?

「アイラ……不幸な形で再会した時、盗賊に身をやつした妹に対する愛情は薄れてはいなかった……だから、アイラがどうしても復讐を果たしたいと言うのなら協力は惜しまなかった」

 ……どっちつかず、一番ダメなパターンだな。
 ……………………………………。
 全てにおいて悪手……うん、こんなヘタレに復讐なんぞ無理だわ、イライラする、むしろコイツに対して怒りを覚える。

 スッ────────

「?──────がっ!?」

 俺はクレイスの背中を踏みつける足をどけ、今度はその首根っこを掴んで片手で吊り上げる。

「は、はなっ──んぐっ!!」

 抵抗するたびに指に力を入れて強制的に黙らせ、やがて抵抗しなくなった頃を見計らってクレイスを引き寄せ、真正面から囁くように喋りかける。

「腑抜け野郎の典型だな、お前。何年もあの男の下で復讐の機会を伺っておきながら、タレイアと恋に落ちて復讐の方法を変更? その上妹と再会したら今度は妹の復讐に加担? 世の中馬鹿にしてんのか?」
「なに、を──」
「そのくせ復讐を果たしたと確信したら「虚しい」だ? 徹頭徹尾、テメエにゃ生きる価値がねえよ」
「………………………………」
「復讐ってのはな、それが生きる為に必要だからするんだよ。復讐を果たす事で過去の自分に区切りをつけ、また一から人生をはじめる為に必要な儀式なんだよ、少なくとも、それが必要なやつにとってはな!」

 それを虚しい?
 生きる意味? 
 テメエは復讐それ自体を人生の目標にしちまった、ただの勘違い野郎だ!

「テメエがなぜ復讐に失敗したか教えてやろうか? お前は復讐を果たすつもりが無かったんだよ」
「!! そんなことがあるものか!!」
「いいや、あるね! お前は復讐のしかたを変えた。方法を変えたんじゃない、復讐の目的・・を変えた、殺すのではなく見返すとな! 本気で復讐をしたいやつがそんな事するかよ!」

 手段と目的を履き違えた間抜け──こんなヤツの為に犠牲になった人間があまりにも浮かばれない……無駄死にとなんら変わるところが無い。
 クレイスコイツは救いようのない馬鹿だし犠牲者は報われない、ならばコイツにはせめて、自分の罪の重さを自覚させてやるとするか。

「お前はタレイアを愛していると言ったな、それは嘘だ。お前はフラッドを破滅させる、その過程で産まれる混乱と犠牲を背負う覚悟が無かった、だからタレイアという逃げ道にすがっただけだ」
「嘘だ! 俺は心の底から彼女を──」
「ならばアイラが現れた時、どうしてその場で妹を切り捨てなかった? タレイアの事を愛しているのなら彼女は今後の障害になる事は見えていたはずだ!」
「それ、は──」

 両方を選ぶ選択肢が無かった訳じゃないがコイツはそれを選ばなかった、あまつさえどちらかを切り捨てることもしなかった。
 クレイスコイツは上手くいった方に乗っかるつもりだった──。

「お前は妹と恋人を天秤にかけたんだよ! しかも、盗賊団がフラッドを討てれば良し、ダメでも混乱の責任を取ってフラッドは領主の座を下ろされ、その後釜にお前かタレイアが納まろうなんて浅ましい考えでな!!」
「違う!!」
「違わねえよ!! だったらアイラの事をタレイアに話したか? 妹に仇の娘タレイアを愛している事を伝えたか? 下卑た男達の中で強かに生きてきた妹に、自分の計画を話したか?」
「黙れ!!」
「お前は自分から何もしていない、寝物語に話した理想に向かってタレイアが動いただけ、俺の儲け話に便乗して市場を混乱させただけ、妹の復讐の結果を見て今後の立ち回りを決めようと高みの見物を決め込んだだけ、お前は何かをしたつもりになってるだけで、その実何もしちゃいないんだよ!!」
「黙れええええええええ!!」

 俺に吊り上げられたままのクレイスは、絶叫と共に手足をばたつかせて暴れている。
 自分のやってきた事、いや、やってこなかった事を俺に突きつけられてガキのように喚いている。チッ、見苦しい──。

 バダンッ──!!

「ぐうっ!! ……ううぅ……」

 床に叩きつけられ蹲るクレイスは、これ以上現実と向き合いたくないのか目をきつく瞑り、耳を塞ぐ。
 しかし俺は構わずクレイスに向かって喋り続ける。

「みっともねえ姿晒してんじゃねえよ! テメエが手を下さなかったにしても、お前を中心に事は動いた、住む家を失った者もいる、命を失った者、家族を奪われた者もだ。お前はそいつ等の憎しみを受け止める必要──責任があるんだよ」
「うるさい! うるさいうるさい!!」

 耳を塞ぐポーズはしても聞かずにはいられない、ヘタレで臆病のくせに現実逃避出来るほどに無責任にはなれない、か?
 まあ、妹の仇と目星を付けていながら俺を前に平然としていた自制心くらいは認めているんだがな。
 だからこそお前には最後の役目を果たして貰わないといけねえんだよ。
 反逆者として裁かれる仕事をな。
 ──でないと、

「お前が逃げた場合は、自動的にタレイアが処罰される事になるんだがな──」
「────!? キサマ、何を言ってる!?」
「言葉通りの意味だ、己の失政によって市場を混乱させておきながら、その責任を有耶無耶にするために盗賊団を使って第4都市群を襲う、自分はその混乱に乗じてシーラッドから逃亡を図るつもりだったがあえなく捕縛、罪状は反逆罪で極刑。まあこんな所か」

 当然出まかせだが、この通りに話が進む可能性は極めて高い。誰かが責任を取らざるを得ないこの状況で、適任者はクレイスとタレイアしかいないのだから。
 クレイスがこのていたらく・・・・・では到底その役目は務まらない。
 大罪人にはそれに相応しく巨悪であって貰わないと、被害者が納得出来ない。

 ──あんな小者のせいで俺達はこんな目に──

 そんな風に憎しみをこじらせてもらう訳にはいかない、被害者の心を慰めるためも立派な悪党は必要なのだから。

「タレイアは曲がりなりにも現領主の娘だ、最後の務めくらい果たしてくれるだろうよ」
「……やめろ……」
「あ? 聞こえねえよ!」
「やめろっ!! タレイアを巻き込むな!!」
「馬鹿ぬかせ、あいつも立派な当事者だ。お前が無理なら向こうに責任を被ってもらうんだよ!!」
「ダメだ!!」

 ったく、変なところで妙な根性出しやがる……まあこれなら大罪人役も務まるかもな。

「言っておくが選択肢は2つしかない、お前かタレイア、どちらかが衆人環視の下、処刑台行きだ」
「ならば決まっている、俺を処刑台に引きずって行け」
「……大罪人に相応しい振る舞いも出来ないような小者に出番はねえよ」
「その程度の演技、いくらでもやってやる! 俺がアイツの下でどれだけ自分を押し殺してきたと思っている!?」
「どうしてそこまでして彼女タレイアを守ろうとする、まさか愛だとでも?」
「そうだ! 貴様がなんと言おうと俺はタレイアを愛している……タレイアだけが俺を理解してくれた、俺の理想を共に実現しようと言ってくれた……そうだ、本当はあの男フラッドの事などどうでも良かったのに……あの日、アイラと再会してあの憎しみに燃える目を見て……俺は言えなかった、復讐より大切なものが出来たと」
「……………………………………」
「だから無理にでもあの男を憎もうとした! 本当はあのとき妹を、アイラの心を救ってやるべきだったのに……俺は、あの子の兄だったはずなのに……」

 ……………………今さら遅い。
 あいにく、被害者はそれで納得してくれるほどぬるい苦しみを味わった訳じゃねえんだよ。
 お前の心の中なんぞ、誰も知りたいと思っちゃいねえんだよ。

「──だとよ、執政官殿」

 …………ただ一人を除いて。

「──────!?」

 俺が寝室の隣、書斎へ繋がる扉を開けるとそこには、

「タレイア!?」

 特製の弛緩剤で全身の動きを封じられ、椅子に括りつけられたたタレイアが涙を流しながらクレイスを見つめていた──。
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