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5章 イズナバール迷宮編

208話 騙し合い

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「──嵌められたのよ、アンタ」

 ロビーの中央で尻餅をついているジンはマーニーの、好意の欠片も感じさせない吐き捨てるような台詞を聞いて、はじめて罠にかかったことに気付くと即座に立ち上がり、階段から降りてくる男達から逃げるように正面奥の扉へと走る。
 窓から屋敷の外へ──しかし、そんなジンの目論見は、

 バダン!!

 ジンが到達するよりも早く部屋の扉が開くと、その奥からは3~4人の男達が悠然と出てくる。

「無理よ~? この屋敷はコミュニティ「森羅万象」の本部、アンタならその名前に聞き覚えがあるでしょ? ここの連中がアンタとじっくり・・・・お話がしたいんだって♪」

 背後から聞こえるモーラの言葉に、ジンは目を細めて正面の男達の顔を見る。
 彼等は一様に首を傾けオラついた態度を見せてはいるが、その瞳の奥はあくまで冷たく、目の前の獲物を絶対逃がさないとの強い意志が見て取れた。

「ちっ!!」

 足元に薬品をこぼしながらジンはそこから右へ方向転換するが、そっちは既に階段を下りた奴等が待ち構えていた。
 ならばと左を目指したジンは、背中を向けた途端に背中を蹴られ、「ドン!」という衝撃と共にゴロゴロとロビーの床を転がり、目標としていた左側へ──しかし既にそこにも男達は集まっている。
 逃げ場が無いと覚ったジンは、せめて致命傷は避けようと寝転んだ状態のままで頭を抱え身体を丸める。
 しかし、それが彼等「森羅万象」のメンバーの神経を逆撫でしたようで、

 ドゴッ──ボグッ──ドス──!!

「オラァ!!」
「寝てんじゃねえよ!!」
「アン? 連れがいねえと反撃する事も出来ねえのか、手前は!?」

 苛立つ彼等はジンを、まるで川岸に転がる枯れた流木を排除するかのようにその背中を思い切り蹴飛ばす。
 バウンと2度3度弾んだジンの体は反対側の男達の足元に転がり、今度はそこの男達がさっきと同様向こう側に蹴り飛ばす。
 ──────────。
 そんなやり取りが何度かなされ、やがて中央に転がされたジンは、シャツやズボンに靴底やレガースの跡をびっしりと付け、未だに・・・腰のポーチから気化する液体をポトポトと垂らしながらヨロヨロと上体を起こす。
 そして膝立ちになったジンの正面にはモーラとマーニーの2人が、ジンを見下ろすように仁王立ちで佇む。
 タイトスカートとホットパンツから覗く扇情的な脚線美にすら興味が湧かないのか、疲れ切ったジンは顔を上げ、2人の顔を力無く睨み付ける。

「あら、まだそんな態度がとれるなんて予想外ね」
「まあ、これからテメエがどんな目に遭わされるか知ったらそんな顔も出来ないと思うけどね」
「………………?」
「わからない? じゃあわかる様にしてあげる──ホラ」

 パチン──

 モーラが指を鳴らすと森羅万象の男達がジンの両腕を取って無理矢理引き起こす。
 そして、筋骨隆々で大柄な、ジンより頭一つ大きな男が正面に立つとニヤニヤとイヤらしい笑顔をジンに向け右手を上げる。

 ──殴られる──

 ジンは目を瞑ってその瞬間に備える──

「…………?」

 しかし男の行動は、色々と予想の斜め上を突き抜けており、

 ビリリリリリリリ────!!

 男はジンのシャツにその右手をかけると一気にソレを引き下ろし、ジンの上半身を露わにさせる。

「なっ────!?」
「ああ、ソイツって……両方いけるクチらしいわよ?」
「──────!!!!」

 男は引き裂かれたシャツを自分の顔の前に持ってくると、シャツに染み込んだ・・・・・香りを力一杯吸い込む。
 …………………………。

「オ、喜びな、コイツもアンタが気に入ったみたいだぜ?」

 マーニーの言葉どおり、匂いに反応したのか男の股間は張り裂けんばかりにいきり立ち、頬を紅潮させて身動きの取れないジンに近付く。

「オウ──可愛がってやるぜぇ♪」
「!! や、やめっ──ふざけんな──!!」

 ジンはジタバタともがくが、両腕を拘束されその場で磔刑たっけいの状態ではせいぜいが足をばたつかせる程度、しかもその足も一本は男に足首をつかまれ、徐々に追い詰められていく。

「大丈夫、アンタは大事なエサ・・なんだから無闇に傷つけたりはしないわよ。それどころか新しい世界に連れてって貰えるかも♪」
「何を言って────餌?」
「そうよ──アンタ、あの坊やの護衛なんてうそぶいちゃいるけど、ホントは違うんでしょ? あの女の本当の護衛はアンタ、坊やは分かり易い隠れ蓑って訳ね」
「…………」
「ダンマリかい? テメエがどこの誰かは知らねえけど、少なくとも誰かの護衛が務まるような腕前じゃねえ、チョット頭を捻りゃあ誰でも分かる」

 モーラとマーニーが喋り出すと、ジンの周囲の男達もイヤらしい笑顔を浮かべはじめる、中には興奮して声を上げる物もいるが、ジンにはその理由がわからない。
 その理由がわかるのは次にマーニーが告げた言葉、

「──だから本命は、人質アンタのせいで抵抗出来ないリオンって訳よ」
「!? ──テメエ!!」

 ウオオオオーーーー!!

 男達から歓声が上がる。町でたまに見かける多少大柄ながらもすこぶるつきの美人、声をかけるのは元より力で言う事を聞かせることも不可能、そんな高嶺の花が抵抗も出来ず自分達の言いなりとなって弄ばれる、涙で顔を濡らしながら自分達の下で喘ぎ声を漏らす姿を想像して。
 そしてそんな情景を想像して、同性であるモーラたちも自分達の言葉に興奮しているのか顔を上気させている。

「安心して良いわよ。彼女リオンが言いなりの間はアンタに危害は加えない、それに、ある程度コイツらが愉しんだ後は彼女が壊れる・・・前にユアンが颯爽と助けに上がるって話は付いてるからさ」
「…………………………」
「窮地を救ってもらった彼女はユアンの虜になって、アタイらの忠実・・な仲間になって一緒に旅をするってね♪」

 どう考えてもそんな都合良く行くはずの無い計画にジンは訝しむ……そして、

「テメエ、まさか!?」
「察しがいいわね、最初は彼女の心や身体のキズを癒すのに色々とおクスリを使う事になるけど、それも彼女の為だから何の問題も無いわ」

 問題発言を堂々と言ってのける彼女達に、ジンは嫌悪と憎悪、そして蔑みの視線を向ける。

「精一杯の抵抗って受け流してやっても良いんだけど……さすがにその目はムカつくんだよね──痛っ、何?」

 モーラとマーニーは同時に後ろを振り向くがそこには誰もいない。気のせいかとジンの方に向き直った彼女達は、

「!? ちょ、みんな、アイツを早く止めて!!」
「──火精よ、我が示す先に導きの炎を、”燭台キャンドル”」

 ジンの口元から小声で紡がれる呪文に気付いたマーニーが慌てて男達に指示を出すが、興奮していた男達は反応が一瞬遅れ、ジンの唱えた呪文は完成する。

 ボッ、ボボボボ──

「わっ!?」
「アチッ──なんだこりゃ?」
「お前ら慌てんな! ただの小っせえ火魔法だ!」

 幾つも生み出された小さな火の群れは、威力は欠片も持たないが彼等の油断を誘う事だけは出来たようで、ジンはそのスキを逃さずにスルリと両腕の拘束から抜け出す。
 そしてジンは、ポーチの中から割れていない小さなガラス玉を床に投げつけ、

 ボンッ──!!

「あっ!」

 周囲にどぎつい桃色の粉が舞うと、周囲の人間の視界を完全に遮る。

 タンッ──

 一瞬の混乱の中ジンは軽く床を蹴る音を一度だけ響かせ、モーラとマーニーの間をすり抜けるように脱出を試みる。
 しかし、いくら視界を奪われたとはいえ2人とも高レベルのレンジャーと盗賊・・、モーラとマーニーはジンの姿を正確に把握しており、捕らえようとお互い手を伸ばす。

「甘いんだ────よ?」

 カクン──

 しかし、彼女達の身体は急激に力が入らなくなりジンを捕らえるどころかその場にへたり込んでしまう。

「あれ? なん──で?」
「そん──な」

 戸惑う二人をやり過ごし、屋敷の扉の前に到達したジンは、彼等に向かって一度振り返り、

「テメエら覚えとけよ、リオンの報復は容赦ねえからな!!」

 実に情けない捨て台詞と共に窮地を脱した──
 …………………………。
 …………………………。
 やがて煙が晴れ、ジンに逃げられた事実に直面した彼等は、

「おい、どうする……?」
「……報復ってマジかよ」

 森羅万象のメンバーの数人が不安に肩を落とす中、

「あーーっ、もうっ!! なんで最後の最後で失敗なんかするのよ、この役立たず共!!」
「どうしてくれんだよ!? このままじゃユアンに怒られちまうじゃんか」
「だいたいアンタ達が──」

 その場に座り込んだままのモーラとマーニーは彼等を罵倒し始める。

「………………………………」

 苛立ちからか、タガが外れたように罵倒を続ける2人の様子に、はじめは渋々聞いていた彼等も、いつまで経っても止まない罵詈雑言に次第に怒りを募らせ、

「まったく、ユアンの爪の垢でも──なによ?」
「……ったく、二言目にはユアンユアンってよお、アイツがどれ程の者だってんだよ?」
「……ア、アンタらが束になっても敵わない最強の勇者に決まってんでしょ!!」
「ほう、そうかい……だったらテメエ等の危機にも颯爽と現れてくれるんだろうなあ?」
「え……キャッ!!」
「モーラっ!! アンタ達、ムグッ!!」

 男はその場にへたり込んでいたモーラの腕を掴んで一気に引き起こすと、そのまま強引に抱きしめてその身体をまさぐり始める。
 それを見たマーニーが抗議の声を上げるが彼女も同様に引き起こされ、後ろ手に腕を極められ口を塞がれる。
 抵抗しようとするモーラは、自分よりもレベルの低い目の前の男の拘束を振りほどけない異変に戸惑い、そして、全身に力が入らない状態になっている事にようやく気がつく。

「イヤッ!! 離してっ!!」
「そう言うなよ、このままじゃ俺達ゃあの女リオンに何されるか分かんねえんだ。あんた等もユアンに怒られるかも知れねえんだろ? だったらせめて今だけは全部忘れて楽しもうぜ」
「何をバカな──ンンッ!!」
「ンンーーンー!!」

 口を塞がれたマーニーが抗議する中、モーラは男に唇を弄ばれ、

「──ぷあっ……アンタ達、後悔するわよ?」

 睨み付けるモーラに向かって男はニヤリとイヤらしく笑い、

「なぁに、俺らも後の事は考えてるさ。まずユアンをリオンと戦わせて深手を負わせる。満足に護衛が出来ないスキに俺達はもう一度あのガキを捕まえて、再度リオンを抵抗できなくする、どうよ、完璧だろ?」

 穴だらけの作戦をさも完璧だというように吹聴する男と、「いいぞいいぞ」と賛同する周囲の男達、まるで正気ではない。
 そんな作戦が上手くいくはずが無い、何よりユアンが彼等の頼み事など聞くはずが無いのだ。
 そう考えてモーラは最悪の結論に達する。

「まさか──」
「そう、アンタらはユアンが俺達の命令を聞くための人質になってもらう。何か知らねえが抵抗もしてこねえし……もしかしてホントはこの後の展開を期待してんじゃねえのか?」
「何をバカな!!」
「ふぅん、そうか──よっ!!」

 ブゥン──ドサッ!!

 ビリリリリ──!!

「ヒャッホーーーイ!!」
「キャアアアアーーー!!」

 男共の中心に放り投げられたモーラは、たちまち着ている衣服を剥ぎ取られ男達の中に埋もれる。

「まあ、そのユアンがアンタ達2人の行動を知ってたかどうかはしらねえが、ソイツが俺等のとこに来るまでは俺等の慰労の相手でもしてくれや」
「アアッ……ンン……ン……」

 狂宴の中、次第に声の小さくなるモーラと、それを見せ付けられたマーニーは、

「……や、止め……」
「おいおい、同じパーティメンバーが1人で愉しんでるんだ、お前も混ざれよ」
「イ……イヤアアアア!!」

 森羅万象が居を構える屋敷に、2つの悲鳴が響き渡り、そして消えた──。
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