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5章 イズナバール迷宮編
229話 護衛たちの懸念
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「…………………………」
宿屋の一室でエルの護衛5人娘(?)が難しい顔をして沈黙している。
昼間の決闘のおかげで良くも悪くも精根尽きた護衛対象は、珍しくも早めにベッドで安らかな寝息を立てている。
いつもであれば順繰りに常時2人が見張りに就き、残りの3人は休息すべきなのだが、今夜に限っては時間が取れたこともあり、5人ともエルの寝室の前で見張り兼、懸案事項についての話し合いをしていた。
懸案事項──つまりジンの事である。
昼間の決闘は考えさせられる事だらけだった。
基本レベル63が163に勝利した、それもほぼ完勝と言う形だ。その場におらず、結果だけを聞いたのであれば一笑に付したであろう。
だが実際に己の目で見た彼女達からすれば、その戦術に唸らずにはいられない。
試合開始からジンは自ら攻めていった。
稽古などでは強者の側から「かかって来い」などと言われて先手を譲られるが、あれは別に煽っている訳ではない、
弱者の攻撃を強者が受けるのも流すのも自在だがその逆は困難だ、故に戦闘は往々にして攻撃側に引っ張られる性質を持つ。だからこそ、訓練では相手の実力を見定めるために弱者に先手を取らせる。強者が先手を取った場合、下手をすれば相手は受ける事すらまともに出来ず、それで終わってしまう事もある。
そんな事情を加味すれば、真剣勝負である決闘の場で、弱者は絶対に後手に回ってはいけない。
今回は圧倒的なレベル差の為にユアンが侮ったおかげもあるが、初めにジンの実力を見せた事でユアンは「このくらいの力」を出せば勝てると自身の中で物差しを作り、それに沿って攻撃をした、ジンはそれを逆に利用してギリギリのラインで相手の攻撃をかわして見せた。
その後も、小規模の魔法──小規模とはいえ魔法を行使できる時点で驚きだが──で相手を苛立たせ、本命の血糊袋を使ってお互い武器の無い状態にもちこんだ。
そこからは両者の間で物事がどう動いたのかは不明だったが、ジンがキマイラ戦で使って見せた”超人剤”、あれをわざとユアンに飲ませる事によってその後、効果時間が切れて行動不能になったユアンにジンが勝利した──。
傍から見れば、圧倒的な強者に対し、作戦とそれを成功させる意志の強さで大番狂わせを起こしたジンの、見事な立ち回りだと映っただろう。
事実、決闘を見た者達は、賭けに負けて悲惨な思いをしている連中以外は、ジンの戦いぶりを手放しで賞賛していた。
──だが、だからこそ彼女達は悩んでる。彼の異常さに気付いている数少ない人間の一人として。
「レベル63──そんな訳が無いのよ」
思い返せば見落としはあった。
「サビーナ、エル様の今の基本レベルはいくつだっけ?」
「……38よ」
「だよなぁ、短期間でエル様をそこまで鍛えたヤツが、自分は63止まりの訳が無ぇんだよ」
エルの年齢を考えれば異常な数値である。8歳といえば成長期の真っ最中であり、帝国でも才能を感じさせる子供には、成長期である5~15才の間に集中的に鍛え、体力や魔力の向上を図る。この時期はレベル上昇も早いし、何よりレベル毎の能力上昇率も高いからだ。
そんな時期に、エルは一気に30近くもレベルが上昇している。護衛つきとはいえ、高ランク探索者しか立ち入る事のできない迷宮下層に同行した事で、常に緊張状態で過ごし、その上で肉体を酷使した事もあるだろうが、第一の原因は、ジンが最初に使っていたヘンテコな魔道具のせいだろう。
あんな代物を持っていながら自分が低レベルなはずがないのに、普段の言動でその辺の疑問は有耶無耶にされていたが、今回の件で偶然にもジンの強さを認識する羽目になってしまった。
「超人剤、3分間全ての能力が3倍に引き上げらる秘薬で、効果が切れたら動けなくなるんだっけ?」
「アイツ、キマイラと戦い終わって効果が切れても普通に動いてたじゃん……」
ユアンを罠に嵌めようとジンは、キマイラ戦を利用して超人剤の効果のミスリードを誘うため、通常の3倍の速度と筋力を出して戦い、ノーリスクで5分間の超人化という嘘の効果をリシェンヌに見せつけた。
結果、その嘘の効果を信じたユアンはまんまと罠に──途中、リタイア予定の鑑定持ちの復活というイレギュラーはあったが──嵌まったのだが、観衆の前で超人剤の効果を見せてしまったためデイジーやルフト達、あの場でジンの超人振りを見ていた連中には、そっちでの嘘がばれてしまっていた。
「ドロテア、イレーネでもいいんだけどさ、あの時のジンの速さと筋力って、どのくらいのレベルまで行けば出来そう?」
「……サビーナ、分かってると思うけどさ、レベルが3倍だからって筋力も3倍って訳じゃねえからな。筋力でよければレベル63のヤツの3倍くらいはアタシでも出せるぜ、でもさ……」
「……速度が3倍なんて、生身じゃレベル200でも無理だからね」
「………………………………」
5人の周りを沈黙が支配する。
「高速移動」のような特殊能力型のスキルも存在はするが、それこそスキルを十全に使いこなす為には高レベルの肉体を必要とする。
どちらにせよ、本来のジンは相当の強さの持ち主という事だ。
そんな人物が周囲の評価も意に介さず、いくら侮られようとヘラヘラと笑いながら頑なに強さを隠している、そんな男の正体など、5人の頭の中からは悪い発想しか湧いてこない。
救いはある、本国との連絡係である鬼面の女からはジンについて、人物評はともかくエルと同行することに問題は無い、むしろ側に置くようにアドバイスされるほどだ。
そしてリオンとルディという同行者もいる。こちらも素性は知れないが、エルと似た容姿とランク指定外級の女戦士、もしかするとエルの父でもある第2皇子カイラスの御落胤、という可能性も浮上する。
「むしろそうだと悩まずに済むんだけどさ……」
世に流れるカイラスの悪評・醜聞の中に存在する数少ない事実の中に「女好き」というものがある。
別に色情凶の類ではなく、カイラスは有能な人材を手元に招きたがるクセがあり、その中に女性がいれば口説いて子を成し、優秀な人材を多く輩出する家系に年頃の娘がいれば妻として迎え入れ、産ませた子供をその優秀な実家、もしくは自らの手で教育する。
その辺りで女好きの噂が色々と捻じ曲がって世に伝えられているのだが、本人は意に介さず、むしろこれ幸いと積極的に噂を助長する始末。
「エル様がジンにお心を許すのが少しだけ理解できたわ……」
なんの事はない、ジンとカイラスはある部分でよく似ていた。
片や愚鈍な皇子を装い、その実帝国を繁栄に導く有能な為政者、片や、どんなに侮られようと己の力をひた隠し、自らの目的達成だけに力を注ぐ者、程度の差はあれど、やってる事にさほど違いは無かった。
むしろ、聡明だが清廉なエルよりも、泥に塗れながらも最後に勝利をもぎ取ろうと手段を選ばないジンの方が、カイラスの息子だと言われてもしっくり来ただろう。
「で、結局どうするんだ?」
「どうもこうも、胡散臭さに磨きはかかったけど、アタシにしてみりゃあエル様を守ってくれてるヤツが実は凄く強いって判って安心してるよ」
「おかげで懐も暖まったしね」
イレーネは、金貨の量がおよそ4倍に増えた袋を嬉しそうにジャラジャラと撫でる。
「イレーネ、あなたいつの間に賭けてたのよ!?」
「おっと、文句があるならエル様に言ってくれよ? なんせ言い出しっぺはエル様だからね」
「エル様が?」
イレーネは、エルからジン達3人が、ジンの勝ちにそれぞれ大金貨100枚と言う大金を賭けた事を聞き、確実に勝つ算段があると踏んだイレーネは、エルの言動を少しだけ誘導し、あくまでエル発案と言う形で今後の活動費を全額ジンの勝ちにつぎ込んでいた。
結果は言わずもがなである。
「いやあ、今ならジンの寝室に、酔い潰したデイジーとサビーナを放り込むくらいの感謝はしないといけない気がしてるよ♪」
カラカラと笑うイレーネにサビーナはこめかみを手で押さえ、デイジーは頭から湯気を出しながら怒りに震えていた。
「イレーネ……」
「ん? 別にいいじゃんか、2人とも独り身なんだし、アイツが実は強いって判った以上、どうせならどっちかとくっ付いて身内に取り込んだほうが良くない?」
そう言ってのけるイレーネの目はどこまでも本気で、そしてその後に続く「旦那がいなけりゃアタシがねえ……」と呟くものだから、デイジーとサビーナはそれぞれドロテアとカレンの背中に、イレーネの視界から消えるように避難した。
「ヤバイな」
「……色々と目が眩んだ挙句、本気の目になってるわ」
4人が戦々恐々とする中、
「──ねえみんな、こっちのスケスケのと背中と胸元がパックリ開いたドレス、どっちがジンの好みだと思う?」
「だから止めろ!!」
「リオンに殺されたいのか!?」
重苦しい空気から一変、桃色、あるいは修羅場トークの夜は過ぎて行った──。
──一方その頃──
「まったく、仲間の負けに賭けるとはどういう了見だ、キサマら!!」
「…………………………」
コミュニティ「異種混合」の本部では、ユアンの勝ちに賭けて文無しになった数人のメンバーが、ルフトの怒号に身体を小さくしている。
「まあまあ……」
「コイツらだってジンが死ぬ事まで望んじゃいなかったはずだ、勝ち目がないと悟った時点で交渉になると思ってたんだよ」
「なにせ相手はあのユアンだぜ? 普通はジンが勝つなんて思わねえさ」
怒れるルフトをジェリクやルフトのパーティメンバーがなだめる。ゲンマやシュナはその光景を黙っているに留めた。
昼間のジンとユアンの勝負に全財産を賭けた彼等は、恥を忍んでルフトに援助を申し出たのだが、それが一人や二人ならともかく、一文無しが10人近く、そこまで行かないまでもユアンの勝ちに賭けた連中も合わせると数十人に及んだため、ルフトは怒り心頭であった。
ちなみにジェリクやゲンマたちはジンの勝ちに賭けていたので懐事情はウハウハだ、懐の寂しくなった彼等に対して寛大にもなろうというものだ。
「……まあいい、お前達は同じコミュニティの仲間だし、我等は仲間を見捨てる事はしない。とりあえず当面の生活費を渡すから馬鹿なことには使うなよ?」
「「恩に着ます!!」」
「今週からお前達はスパイダーシルクを入手しに迷宮に潜るんだ、儲け話を提供してくれたジンに対して今後、その顔に泥をかけるようなマネはするな、いいな?」
「「分かりました!!」」
その後ルフトが文無しになった彼等に、そして小額ながら賭けに負けたメンバーにも負けた分の補填をしてやると、みなルフトの寛大さに感謝し頭を下げる。
そんなルフトだが、当然自分もジンの勝利に賭けていたのはもちろんの事、実はコミュニティの活動資金の一部も賭けにつぎ込んでおり、さっきの補填分を差し引いてなお、資金は潤沢だった。
活動資金とコミュニティメンバーからの信頼、今回の賭けで一番得をしたのは彼かもしれない──。
宿屋の一室でエルの護衛5人娘(?)が難しい顔をして沈黙している。
昼間の決闘のおかげで良くも悪くも精根尽きた護衛対象は、珍しくも早めにベッドで安らかな寝息を立てている。
いつもであれば順繰りに常時2人が見張りに就き、残りの3人は休息すべきなのだが、今夜に限っては時間が取れたこともあり、5人ともエルの寝室の前で見張り兼、懸案事項についての話し合いをしていた。
懸案事項──つまりジンの事である。
昼間の決闘は考えさせられる事だらけだった。
基本レベル63が163に勝利した、それもほぼ完勝と言う形だ。その場におらず、結果だけを聞いたのであれば一笑に付したであろう。
だが実際に己の目で見た彼女達からすれば、その戦術に唸らずにはいられない。
試合開始からジンは自ら攻めていった。
稽古などでは強者の側から「かかって来い」などと言われて先手を譲られるが、あれは別に煽っている訳ではない、
弱者の攻撃を強者が受けるのも流すのも自在だがその逆は困難だ、故に戦闘は往々にして攻撃側に引っ張られる性質を持つ。だからこそ、訓練では相手の実力を見定めるために弱者に先手を取らせる。強者が先手を取った場合、下手をすれば相手は受ける事すらまともに出来ず、それで終わってしまう事もある。
そんな事情を加味すれば、真剣勝負である決闘の場で、弱者は絶対に後手に回ってはいけない。
今回は圧倒的なレベル差の為にユアンが侮ったおかげもあるが、初めにジンの実力を見せた事でユアンは「このくらいの力」を出せば勝てると自身の中で物差しを作り、それに沿って攻撃をした、ジンはそれを逆に利用してギリギリのラインで相手の攻撃をかわして見せた。
その後も、小規模の魔法──小規模とはいえ魔法を行使できる時点で驚きだが──で相手を苛立たせ、本命の血糊袋を使ってお互い武器の無い状態にもちこんだ。
そこからは両者の間で物事がどう動いたのかは不明だったが、ジンがキマイラ戦で使って見せた”超人剤”、あれをわざとユアンに飲ませる事によってその後、効果時間が切れて行動不能になったユアンにジンが勝利した──。
傍から見れば、圧倒的な強者に対し、作戦とそれを成功させる意志の強さで大番狂わせを起こしたジンの、見事な立ち回りだと映っただろう。
事実、決闘を見た者達は、賭けに負けて悲惨な思いをしている連中以外は、ジンの戦いぶりを手放しで賞賛していた。
──だが、だからこそ彼女達は悩んでる。彼の異常さに気付いている数少ない人間の一人として。
「レベル63──そんな訳が無いのよ」
思い返せば見落としはあった。
「サビーナ、エル様の今の基本レベルはいくつだっけ?」
「……38よ」
「だよなぁ、短期間でエル様をそこまで鍛えたヤツが、自分は63止まりの訳が無ぇんだよ」
エルの年齢を考えれば異常な数値である。8歳といえば成長期の真っ最中であり、帝国でも才能を感じさせる子供には、成長期である5~15才の間に集中的に鍛え、体力や魔力の向上を図る。この時期はレベル上昇も早いし、何よりレベル毎の能力上昇率も高いからだ。
そんな時期に、エルは一気に30近くもレベルが上昇している。護衛つきとはいえ、高ランク探索者しか立ち入る事のできない迷宮下層に同行した事で、常に緊張状態で過ごし、その上で肉体を酷使した事もあるだろうが、第一の原因は、ジンが最初に使っていたヘンテコな魔道具のせいだろう。
あんな代物を持っていながら自分が低レベルなはずがないのに、普段の言動でその辺の疑問は有耶無耶にされていたが、今回の件で偶然にもジンの強さを認識する羽目になってしまった。
「超人剤、3分間全ての能力が3倍に引き上げらる秘薬で、効果が切れたら動けなくなるんだっけ?」
「アイツ、キマイラと戦い終わって効果が切れても普通に動いてたじゃん……」
ユアンを罠に嵌めようとジンは、キマイラ戦を利用して超人剤の効果のミスリードを誘うため、通常の3倍の速度と筋力を出して戦い、ノーリスクで5分間の超人化という嘘の効果をリシェンヌに見せつけた。
結果、その嘘の効果を信じたユアンはまんまと罠に──途中、リタイア予定の鑑定持ちの復活というイレギュラーはあったが──嵌まったのだが、観衆の前で超人剤の効果を見せてしまったためデイジーやルフト達、あの場でジンの超人振りを見ていた連中には、そっちでの嘘がばれてしまっていた。
「ドロテア、イレーネでもいいんだけどさ、あの時のジンの速さと筋力って、どのくらいのレベルまで行けば出来そう?」
「……サビーナ、分かってると思うけどさ、レベルが3倍だからって筋力も3倍って訳じゃねえからな。筋力でよければレベル63のヤツの3倍くらいはアタシでも出せるぜ、でもさ……」
「……速度が3倍なんて、生身じゃレベル200でも無理だからね」
「………………………………」
5人の周りを沈黙が支配する。
「高速移動」のような特殊能力型のスキルも存在はするが、それこそスキルを十全に使いこなす為には高レベルの肉体を必要とする。
どちらにせよ、本来のジンは相当の強さの持ち主という事だ。
そんな人物が周囲の評価も意に介さず、いくら侮られようとヘラヘラと笑いながら頑なに強さを隠している、そんな男の正体など、5人の頭の中からは悪い発想しか湧いてこない。
救いはある、本国との連絡係である鬼面の女からはジンについて、人物評はともかくエルと同行することに問題は無い、むしろ側に置くようにアドバイスされるほどだ。
そしてリオンとルディという同行者もいる。こちらも素性は知れないが、エルと似た容姿とランク指定外級の女戦士、もしかするとエルの父でもある第2皇子カイラスの御落胤、という可能性も浮上する。
「むしろそうだと悩まずに済むんだけどさ……」
世に流れるカイラスの悪評・醜聞の中に存在する数少ない事実の中に「女好き」というものがある。
別に色情凶の類ではなく、カイラスは有能な人材を手元に招きたがるクセがあり、その中に女性がいれば口説いて子を成し、優秀な人材を多く輩出する家系に年頃の娘がいれば妻として迎え入れ、産ませた子供をその優秀な実家、もしくは自らの手で教育する。
その辺りで女好きの噂が色々と捻じ曲がって世に伝えられているのだが、本人は意に介さず、むしろこれ幸いと積極的に噂を助長する始末。
「エル様がジンにお心を許すのが少しだけ理解できたわ……」
なんの事はない、ジンとカイラスはある部分でよく似ていた。
片や愚鈍な皇子を装い、その実帝国を繁栄に導く有能な為政者、片や、どんなに侮られようと己の力をひた隠し、自らの目的達成だけに力を注ぐ者、程度の差はあれど、やってる事にさほど違いは無かった。
むしろ、聡明だが清廉なエルよりも、泥に塗れながらも最後に勝利をもぎ取ろうと手段を選ばないジンの方が、カイラスの息子だと言われてもしっくり来ただろう。
「で、結局どうするんだ?」
「どうもこうも、胡散臭さに磨きはかかったけど、アタシにしてみりゃあエル様を守ってくれてるヤツが実は凄く強いって判って安心してるよ」
「おかげで懐も暖まったしね」
イレーネは、金貨の量がおよそ4倍に増えた袋を嬉しそうにジャラジャラと撫でる。
「イレーネ、あなたいつの間に賭けてたのよ!?」
「おっと、文句があるならエル様に言ってくれよ? なんせ言い出しっぺはエル様だからね」
「エル様が?」
イレーネは、エルからジン達3人が、ジンの勝ちにそれぞれ大金貨100枚と言う大金を賭けた事を聞き、確実に勝つ算段があると踏んだイレーネは、エルの言動を少しだけ誘導し、あくまでエル発案と言う形で今後の活動費を全額ジンの勝ちにつぎ込んでいた。
結果は言わずもがなである。
「いやあ、今ならジンの寝室に、酔い潰したデイジーとサビーナを放り込むくらいの感謝はしないといけない気がしてるよ♪」
カラカラと笑うイレーネにサビーナはこめかみを手で押さえ、デイジーは頭から湯気を出しながら怒りに震えていた。
「イレーネ……」
「ん? 別にいいじゃんか、2人とも独り身なんだし、アイツが実は強いって判った以上、どうせならどっちかとくっ付いて身内に取り込んだほうが良くない?」
そう言ってのけるイレーネの目はどこまでも本気で、そしてその後に続く「旦那がいなけりゃアタシがねえ……」と呟くものだから、デイジーとサビーナはそれぞれドロテアとカレンの背中に、イレーネの視界から消えるように避難した。
「ヤバイな」
「……色々と目が眩んだ挙句、本気の目になってるわ」
4人が戦々恐々とする中、
「──ねえみんな、こっちのスケスケのと背中と胸元がパックリ開いたドレス、どっちがジンの好みだと思う?」
「だから止めろ!!」
「リオンに殺されたいのか!?」
重苦しい空気から一変、桃色、あるいは修羅場トークの夜は過ぎて行った──。
──一方その頃──
「まったく、仲間の負けに賭けるとはどういう了見だ、キサマら!!」
「…………………………」
コミュニティ「異種混合」の本部では、ユアンの勝ちに賭けて文無しになった数人のメンバーが、ルフトの怒号に身体を小さくしている。
「まあまあ……」
「コイツらだってジンが死ぬ事まで望んじゃいなかったはずだ、勝ち目がないと悟った時点で交渉になると思ってたんだよ」
「なにせ相手はあのユアンだぜ? 普通はジンが勝つなんて思わねえさ」
怒れるルフトをジェリクやルフトのパーティメンバーがなだめる。ゲンマやシュナはその光景を黙っているに留めた。
昼間のジンとユアンの勝負に全財産を賭けた彼等は、恥を忍んでルフトに援助を申し出たのだが、それが一人や二人ならともかく、一文無しが10人近く、そこまで行かないまでもユアンの勝ちに賭けた連中も合わせると数十人に及んだため、ルフトは怒り心頭であった。
ちなみにジェリクやゲンマたちはジンの勝ちに賭けていたので懐事情はウハウハだ、懐の寂しくなった彼等に対して寛大にもなろうというものだ。
「……まあいい、お前達は同じコミュニティの仲間だし、我等は仲間を見捨てる事はしない。とりあえず当面の生活費を渡すから馬鹿なことには使うなよ?」
「「恩に着ます!!」」
「今週からお前達はスパイダーシルクを入手しに迷宮に潜るんだ、儲け話を提供してくれたジンに対して今後、その顔に泥をかけるようなマネはするな、いいな?」
「「分かりました!!」」
その後ルフトが文無しになった彼等に、そして小額ながら賭けに負けたメンバーにも負けた分の補填をしてやると、みなルフトの寛大さに感謝し頭を下げる。
そんなルフトだが、当然自分もジンの勝利に賭けていたのはもちろんの事、実はコミュニティの活動資金の一部も賭けにつぎ込んでおり、さっきの補填分を差し引いてなお、資金は潤沢だった。
活動資金とコミュニティメンバーからの信頼、今回の賭けで一番得をしたのは彼かもしれない──。
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