蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの兄

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 サイドから蹴り出されたクロスボールを、伸びやかな長身が受け止める。足に吸いつくような、コントロールの効いたドリブル。体育の授業では、なかなか見られない光景だ。
 向かってきたディフェンス2人を器用にかわし、フリーになったところでシュート。ボールは、キーパーが飛んだのとは逆方向のネットに沈んだ。
 
 うまいな……。

 窓際いちばん後ろの席。机に頬杖をついてナツの動きを追っていたおれは、思わず、喉の奥で唸ってしまった。

 サッカーなんて遊びでしかやったことがないはずなのに、すべての動きがサマになっている。見よう見まねでおぼえてしまったんだろう。
 バスケもそうだったな、と、ふり返って思う。普通の人間が習得に数週間かかるような技を、ナツは数回やっただけで、あっさりモノにしていた。単に「勘がいい」だけじゃないなにかを、ナツはたしかに持っている。

 そりゃ、反感だって買うよな。

 どんなに努力しても手に入らないものを目の前で見せつけられたら、妬ましくなるのは自然な感情だ。そのことをもっと重く見て早めに対処していれば、あんな結末は避けられたかもしれない。明らかに、おれのミスだ。
 ナツがバスケを辞めるに至った経緯を思い返すと、いまだに胸がうずいた。

 午後イチで始まった数学の授業。教室には、演習問題の解説をする宮野先生の声が響き渡っていた。
 先生の説明はわかりやすくて、いつもなら苦もなく集中できるのに、グラウンドにナツの姿を見つけてからというもの、ほとんど頭に入ってこない。
 そろいのジャージを着た集団の中にいても、ナツのことは一発でわかる。まるでそこだけ光が当たっているみたいに浮き上がって見えるからだ。
 
 重症っていうか……もう末期なのかも。

 吐息をついたタイミングで、机の間を歩いて回る水沢みのりと目が合った。
 
 『夏樹』──合同練習の日、彼女はナツを、そう呼んでいた。ショックだったのは、それを当然のように受け入れていたナツの態度だ。
 正門前で他校の女子が出待ちするほどモテるのに(だからこそなのかもしれないが)、異性を相手にするときは、どこか一線を引いて慎重にふるまうナツが、この教育実習生には遠慮のない言葉をぶつけていた。
 それだけ彼女に気を許しているのだと思うと、自分でも意外なほど、気持ちがざわつく。
 
 授業が終わると、その水沢が、おれの席までやってきた。

 「サッカーも上手なんだね、夏樹」

 おれがナツに気を取られていたことを知っている──その前提に立った言葉。
 ただの事実なのに、弱みを握られたような息苦しさを感じるのは、どうしてだろう。
 
 「運動センスの塊なんですよ、あいつは」

 机の上を片づけながら、目を合わせずにいうと、ため息とともに、「うらやましいなぁ」という声が聞こえた。

 「私、運動神経ないんだよね。いまでこそ困らないけど、子どもの頃は、それでけっこう苦労したよ。体育の授業なんて地獄だった」

 「大げさですね。体育なんて、適当にこなせばいいだけじゃないですか」

 「それは、できるひとのセリフだよ。柊也くんも運動得意でしょ。夏樹のお兄ちゃんなんだから」

 「血縁はないですよ。おれたち、親の連れ子同士なんで」

 「嘘……」

 淡々と暴露したら、水沢は、目を丸くして絶句した。

 「いや、そんなに驚かなくても」

 「驚くよ!だって私はてっきり」

 いいかけて、パクリと口を閉じる。

 「てっきり、なんですか?」

 「……それはともかく、だったらべつに問題ないよね」

 なんの話だ。

 訳がわからないまま、じっと見据えるおれの視線の先で、水沢は、うれしそうに「そうだったんだ~」とつぶやいている。

 へんなやつ。

 親の再婚で兄弟になった事実を話すと、大抵は、気まずい空気になって話題をそらされるか、謝られるかのどちらかだ。「無神経に踏みこんでごめん」とか、「大変なのに知らないでいて悪かった」とか。
 べつに無神経だとは思わないし、大変でもない。おれにとってあたりまえの日常を、そんなふうに腫れもの扱いされると、一線を引かれたみたいでモヤモヤする。
 なのに水沢の反応はどうだろう。なにを考えているのかわからないぶん、これはこれで不気味なんだけど。

 それにしても──問題ないって、なにがだ?

 問い詰めようと口を開きかけたとき、教壇の前から、宮野先生が、おれに向かって手招きした。

 「蓮城、ちょっといいか」

 

 
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