蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの兄

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 「最後の1個だけど、ガチでいっちゃっていいの?」

 「そうしてくれると助かる。消費期限、今日までだから」

 「んじゃ、遠慮なく」

 司馬が台所のテーブルについてから、ものの5分と経っていない。にも関わらず、すでに6個目となる肉まんを、平然と腹の中へ収めていく。

 「さすがに飽きない?」

 「全然。こんなの無限に食えるでしょ。いままでのがなんだったのかって思うくらい、うまいよ」

 「なら、いいんだけど」
 
 立ったままシンクの縁に寄りかかったおれは、コーヒーのマグに口をつけながら、肉まんにかぶりつく司馬の様子を眺めていた。
 さすが現役アスリート。食べっぷりも豪快そのものだ。
 ふだんからナツで慣れているとはいえ、「もちふわ感が小悪魔レベルじゃん」とか「肉汁の沼で溺れるわ」とか、合い間に陽気な食レポを挟んでくるのは新鮮で、悪い気はしない。もともとサービス精神旺盛なタイプなんだろう。だからなのかもしれないが、おれは、かすかな罪悪感をおぼえはじめていた。
 司馬雄大といえば、将来の日本短距離界を背負って立つ期待の新星と謳われ、メディアにも度々とりあげられる超大型選手だ。そんな相手に残り物のB級グルメを差し出して、結果的に残飯処理のようなことをさせてしまってよかったんだろうか。
 とはいえ、勝手に押しかけておいて、「柊也の手料理が食べたい」なんて舐めたセリフを吐くような不届き者のペースにハマってやるほど、おれはお人好しでも寛大でもない。

 まぁいいか。本人も喜んでるみたいだし。

 目の前では、満足そうにゆるんだ顔つきの司馬が、喉を鳴らして麦茶を飲んでいる。

 サマーニットのざっくりした襟ぐりから、胸元や背中につながる筋肉の盛りあがりが見えた。ナツもだいぶ身体が出来上がってきたとはいえ、まだ成長途上という印象があるけれど、司馬のそれは完成形に近いんだろう。
 この身体が、同世代のだれをも寄せつけない爆発力のある加速を生み出している。それを意識した瞬間、奇妙なあせりを感じた。おれの中にある可能性とか情熱みたいなものが、内側から激しく揺さぶられるような感覚。
 そんなつもりはなかったけれど、どこかに張り合う気持ちがあるのかもしれない。

 これだからやっかいなんだよ、同い年ってのは。 
 
 そんなことをつらつら考えていると、ふいに、視線を感じた。

 「柊也も、なにかスポーツやってただろ。細いのに、体幹がしっかりしてる。日に焼けてないから屋内競技?」

 どうやら、向こうもおれをチェックしていたらしい。

 「いい観察眼だな、っていいたいとこだけど、さっきから、なんで呼び捨て?まだそんな仲じゃないよな、おれたち」

 「あれ、ダメな感じ?弟もいるから紛らわしいと思ってさ。嫌なら、お兄ちゃんって呼ぼうか。それとも、硬派な感じでアニキとか」

 なぜその二択……。

 「もういい。好きにしろ」

 脱力しそうになるのを踏み留まって、単刀直入に切り出した。

 「それで、用件はなに。大事な試合の前に、わざわざこんな所まで来るくらいだから、よほどのことなんだろうな」

 多少の皮肉をこめていってやると、司馬は、小さく肩をすくめる。

 「今日は完全オフなんだよ、俺。うちの監督、練習の鬼だからさ。丸1日休みって、あんまりないわけ」

 「ふぅん、大変だな。それで?」

 「だから、いまつき合ってる彼女と2週間ぶりに会う約束してたの。そりゃもうめっちゃ楽しみで、昨日の練習なんてテンションあがりまくりで競走馬並みに走りこんじゃったりしてさ。そんで今日、待ち合わせ場所に着いたら、どうなったと思う?」

 いきなりのクイズ形式。「ごめん、パス」と流したら、地を這うようなため息が返ってきた。

 「急な取材が入ったとかで、あっさりドタキャンだよ。がっかりし過ぎて、その場に崩れ落ちたね」

 なんだか、いろいろツッコミどころがあるような気がするけれど、とりあえず、素直に同情してしまう。

 「改札の前でうんこ座りしたまま、帰りの乗り換えルートを検索してたらさ、そういや、ここって鷺高の最寄りと同じ路線だったな~って気づいて。なんでか、真っ先に柊也の顔が浮かんだわけ。で、来ちゃった」

 「来ちゃった、じゃねーよ。予定がないなら帰って休め。そのための休養日だろうが」

 「じっとしてられないタチなんだよ、俺。動いてた方が調子いいの」

 「回遊魚みたいなやつだな」

 おれは、コーヒーを注ぎ足すついでに、客用のカップを司馬の前に置いてやった。

 「ミルクと砂糖は?」
 
 コーヒーを注いでやりながら尋ねると、「ブラックで」と、短い応えが返ってくる。

 「あのさ、答えたくなかったら、スルーしてくれてかまわないんだけど」
 
 コーヒーに口をつける司馬を見ながら、訊いてみた。

 「さっき、急な取材っていってたよな。彼女、歳いくつ?」

 「28。フリーのスポーツライターなんだ。知り会ったのも、取材がきっかけ。猛然と口説きまくったけど、最初は全然相手にされなくてさ。そりゃそうだよな、こっちは未成年の取材対象だし。まともに話を聞いてくれるようになるまで1年かかったよ。ようやく受け入れてもらえたのは、先々月。俺の18の誕生日に、「これでひとまず合法的に関係がもてるから」って。俺の粘り勝ちっていうより、向こうが根負けしたってのが正解かもな」

 「なんか、いろいろ意外過ぎてどうリアクションしていいのかわかんないけど……」

 一旦、頭の中を整理してから、言葉を継いだ。

 「おれ、司馬のこと誤解してたかも。わざわざ自分から獲りに行かなくても、なんだって手に入る位置にいるのに、あえて無理筋な恋愛に向かっていくヤツだとは思ってなかった」

 試合会場に行くと、司馬のスター性はひと目でわかる。観客席にはコアな陸上ファンだけじゃなく、司馬目当ての若い女性たちが大挙して押し寄せるからだ。

 「適当に遊んでそうって?まぁ、それも悪くないけど、いいとこ取りのつまみ食いじゃあ、そこまで熱くはなれないからな。俺は、自分が追いかける恋愛じゃないと本気になれない。本気になれないなら、それはただの時間つぶしだろ」

 淡々と話す司馬の言葉に、思わず、吐息がこぼれた。

 「なんていうか……司馬って、根っからのスプリンター気質なんだな」

 半ばあきれていうと、

 「蓮城も、たぶんそうだよ」

 と、返ってきた。「あぁ、弟の方ね」とつけ足してから、司馬が続ける。

 「あいつ、俺のことをうらやましいっていったんだ。競技に向かう動機が健全だから」

 「え……」

 「健全」という言葉に、心臓が、ざわりと波打った。
 裏を返せば、それはつまり、自分がそうじゃないといっているようなものだ。
 
 「逆に、不健全な高1ってどんなだって感じだろ。けど、あいつは本気でそう思ってる。体ひとつで闘わなきゃならない俺たちみたいな人間が、根っこのところで自分を肯定できないってのは、なかなかハードだよな」

 そういうと、司馬は、まっすぐな目でおれを見つめた。

 「柊也なら、なんとかしてやれるんじゃねぇの。あいつが柊也を見る目……あの執着、ブラコンなんて言葉じゃ、ちょっと説明できないよな。外野の俺が気づくくらいなんだから、柊也はとっくにわかってんだろ」

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