蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの兄

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 「おまえ、わざわざそれをいいに来たのか」

 自分でもハッとするほど、硬く尖った声が出た。
 
 「自分が無理ゲー攻略できてハッピーだから、今度は他人に口出ししたくなった?やめろよ。おまえらと一緒にするな」

 「俺だって、進んで首を突っこみたいわけじゃない。だけど行きがかり上、見過ごせないんだから仕方ないだろ。あいつの執着がどういう種類のものかなんて、この際どうだっていい。どんな名前をつけたとしても、おまえにとって、あいつは大事な弟なんじゃねーの」

 「大事だよ。いわれなくても、いつだって大事に思ってる」

 「だったらどうして助けてやらない?なんで独りにさせてるんだ」

 「独りになんか、させてない」

 「してるだろ。でなきゃ、俺なんかに自分の苦境を悟らせたりするかよ。ライバルなんだぞ、俺は。あいつにとっちゃ、いちばん弱みを見せたくない相手に決まってる。なのに、虚勢すら張れないところまで追いこまれてるなんて、よっぽどだとは思わないか?」

 説得力のある司馬の言葉を前に、反論どころか、口をひらくことすらできない。そんなおれをよそに、司馬は淀みなく話し続けた。

 「なにも受け入れてやれとはいわねぇよ。俺にも兄弟がいるから、そういうのはちょっと無理だなってわかるし。だけど、受け止めることならできるだろ。あいつが本音を吐き出せる先は、おまえ以外にないんじゃねぇの。あいつの気持ち、おまえは一度でも、まともに聴いてやったのか?」

 思いきり、横っつらを張られた気がした。
 
 ──だって、オレはこんなに……。

 苦しそうに口を閉ざしたナツの姿がよみがえる。

 ここのところ、ナツは、いいかけた言葉を何度も飲みこんでいた。その都度おれがホッとしていたことに、もしも、ナツが気づいていたとしたら……。

 「柊也」

 司馬の低い声が、責めるように鼓膜を揺する。
 いたたまれなくなって、とっさに口をひらいた。

 「ここまでして、おまえになんの得があるんだ。おれたちのことに、司馬はなんの関係もないだろ」

 「関係ないっていわれたら、たしかにそうだな。ただ……そう単純な話でもないのが困りものっつーか、モヤモヤするっつーか……」

 急に歯切れの悪くなった司馬は、苦いものでも飲みこむような顔つきで片手をあげると、形のいい後頭部をくしゃくしゃにかき回してから口をひらいた。

 「俺さ、自慢するわけじゃないけど、地方大会では、もう敵がいないんだ。よほどのヘマでもしない限り、レースで負けることはない。だからって手を抜いたことはもちろんないけど、先の読めない怖さとか、デカい壁に挑んでいくおもしろさを腹の底から味わえてるかっていわれたら、残念ながらノーだ。だけど、そこに蓮城がいるだけで、見える景色がガラッと変わる。たとえ俺が先行してても、最後まで自分の勝ちを確信できない。すぐ後ろであいつの足音がしてると、なんか、ここがさ」

 言葉を切った司馬は、サマーニットの胸元に、握った拳を押し当ててから、続けた。

 「電気でも流れてるみたいにゾクゾクするんだ。今日こそは抜かれるかもしれない。最後の最後で俺の前に出てくるんじゃないかって、すげー怖くて、最高に興奮する。いまの俺が退屈や安定から無縁でいられるのは、悔しいけど、あいつの存在がデカいんだよ」

 いつもメディアで取り沙汰される強気な発言とは一線を画した、赤裸々な言葉たち。思わずこっちがとまどうくらいの。

 「……いいのか。身内のおれに、そこまでぶちまけて」

 「よくはないかな。すげー癪だから、本人には黙っといてもらえると助かる」

 盛大にふてくされたその顔がおかしくて、自然と頬がゆるんだ。同時に、頑なに張り詰めていた心の構えも溶けていく。
 
 「司馬」
 
 「ん?」

 「ありがとうな、いろいろ気にかけてくれて。今日だけじゃない。合同練習のときも、なにかアドバイスしてくれたんじゃないのか」

 「べつに大したことはいってないし、あいつのためってわけでもないから、礼なんていらないよ。いつまでもウジウジ悩んで調子を取り戻せないまま、あげくの果てに地方予選なんかで自滅でもされたら、俺がおもしろくないだけ。俺にとっては最後のインターハイなんだ。まだ1年のくせに大本命の俺より注目されてるクソ生意気なダークホースを、全国の決勝でボコボコにしてやんねーと、どうしても俺の気が済まないからさ」

 それは、まぎれもなく司馬の本心なんだろう。ただ、この男の人となりが多少なりとも見えてきたいまとなっては、それがすべてじゃないこともわかる。
 司馬のエゴはやさしさにくるまれていて、ひとを傷つけない。図々しくて面倒なところもあるけれど、基本、いいやつなのだ。
 黙っているのが心苦しくなってきたおれは、とりあえず、司馬の勘違いを正してやることにした。

 「あのさ、誤解してるみたいだから一応断っておくけど、おれとナツ、血は繋がってないから」

 「は?」

 「あえていう必要もないと思って黙ってたけど、親の再婚で兄弟になったんだ、おれたち」

 「……なんだよ。どうりで似てないと思った。……ってことは、べつにタブーでもなんでもないってことだよな」

 拍子抜けしたような司馬の顔を見ながら、この反応、どこかで見たなと、記憶をたどる。

 そうだ、水沢みのり。

 ナツの気持ちに気づいてたってことなんだろうか。まぁ、司馬に悟られたくらいだから、それも不思議じゃないんだろうけど……。
 疑問は残るものの、まぁいいかと、自分でも意外なくらい気楽に思えた。
 週明けには、実習期間が終わる。水沢も、本来の居場所に戻って行くだろう。毎年やってくる教育実習生との出会いは、過ぎてしまえばほとんど記憶にすら残らない。でもなぜか、水沢のことだけは、後々まで憶えているような気がした。
 
 水沢の赤い髪と、くるくる変わる表情を思い返していたら、

 「で、柊也はどうなの。あいつのこと、ぶっちゃけどう思ってるわけ?」

 と、司馬が前のめりに聞いてきた。新しいゲームを買ってもらった小学生みたいに、目がキラキラしている。
 
 「おまえなぁ、そういうとこだぞ。調子に乗り過ぎ」

 「教えてくれたっていいだろ。お互い、ここまで手の内さらし合ったんだからさ。もう裸で抱き合ったも同然じゃん」

 「どこがだよ。気持ち悪いこというな、バカタレ」

 「あいかわらずブレないね~。ほれぼれするわ」

 「それはどうも。ていうか、用が済んだなら、もう帰れ。おれもそんなに暇じゃないから」

 そろそろナツが帰ってくる時間だった。こんな所で司馬と鉢合わせでもしたら、面倒なことになるのは目に見えている。

 「医者の息子ってのは、なかなかのプレッシャーなんだろうな」

 玄関に向かって歩きながら、司馬が、ふいにそんなことをいってきた。

 「プレッシャーがないとはいわないけど、陸上短距離界のホープが背負う重圧にくらべたら大したことないよ」

 「俺は望んでこうなってるけど、柊也はそうじゃないだろ。生まれる環境は、だれにも選べない」

 気づかうような司馬の口調に、返す言葉を見失う。

 「柊也は将来、この病院、継ぐのか?」
 
 「どうかな。ずっとそのつもりでいたけど、いまは、よくわからない」

 おれにとっては微妙な話題だった。
 疑問も持たずに敷かれたレールの上を走り続けてきたけれど、少し前から迷いが生まれている。
 正直な気持ちをたぐり寄せ、話せる範囲で言葉を継いだ。

 「臨床の仕事自体はやりがいを感じやすいし、向いてる自覚もあるから、医師にはなるつもりだよ。ただ、ここで一生やっていくかどうかっていうのは、また別の話で……いまはまだ答えを出せないっていうのが本音」 

 「いろいろ大変そうだもんな。同じ職住近接っつっても、八百屋や大工と違って、医者の場合は「こうあるべき」みたいな世間の目が、がっつりあるからさ。そのぶん、プライベートにも気を使わざるを得ないだろうし」

 「たしかに、そういう面があるのは事実だけど……でも、大変じゃない仕事なんてないだろ」

 スニーカーに足を突っこんでいた司馬が、やわらかく頬をゆるめるのがわかった。
 おれにまっすぐ向き直ったかと思うと、その顔のまま口をひらく。
 
 「俺さ、蓮城が柊也に惹かれた理由、わかるような気がするんだよな」

 「なんだよ、急に」
 
 「初めて会ったときから思ってた。よく気がきいて、みんなに頼られるしっかり者だけど、キャパがデカいってことは、それだけ人より多くを背負うってことだろ。ほんとはギリギリのところで立ってるくせに、なんでもないって顔してさ。けど、ふとした瞬間に壊れそうな部分が見えたりすると、たまんなくなるんだよな。そういうのって、男とか女とか関係ないから」

 背中がかゆくなるような居心地の悪さを感じた。10センチ以上ある段差のせいで、玄関のタタキに立った司馬の目線が同じ位置にあることも、その感情に拍車をかけている

 「もしも、彼女より先に柊也と出会ってたら」

 「ストップ!それ以上なにかいったら出禁にするぞ」

 まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
 
 司馬は、形のいい口の端を曲げて、苦笑を浮かべた。

 「それは、また来てもいいってこと?」

 「妙なマネをしないならな。あと、おれをダシにしてナツを煽るのもやめろ」

 「いい子にしてろって?あんまり自信ないけど、一応、努力はしてみるよ。柊也の顔、過去イチで俺のどストライクなんだよな~」

 最後までふざけたセリフを吐く司馬を、半ば強引に追い出した。
 ようやく静かになった玄関は、心なしか、ガランとして見えた。

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

 
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