蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの弟

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 「青春だね~」 

 背後から、聞き覚えのある声がした。白いジャージを着た水沢みのりが、オレの隣にしゃがみこむ。
 まるでデジャヴだ。

 「あんた、立ち聞きが趣味なわけ?」

 「まさか。たまたまでしょうよ」

 キャップをかぶっているせいで赤い髪は隠れているのに、この女には、なぜか独特の存在感がある。美人といえなくもない華のある顔立ちも、その印象に一役買っているんだろう。

 「みんな足速くてびっくりだよ。圧倒されちゃった。おかげで、師匠からストップウォッチ取り上げられちゃったけどね」

 「師匠?」

 聞き返すと、水沢は、木陰でタブレット端末を開いているコウタ先輩に目をやった。

 「みのり先生には、計測じゃなくてスターターをお願いします、だって。体よく厄介払いされた気分」

 「手動計測にはコツがいるからな。慣れたひとでも誤差が出るくらいだし」

 あんたのは誤差どころじゃねぇけど、というのは、いわないでおく。

 「フォローしてくれるなんてやさしいじゃん、イケメン君」

 「その呼び方、セクハラだから」

 「じゃあ、夏樹くん。ものすごい有名人なんだね、きみ。あちこちで名前聞いたよ。主に女子から。モテモテじゃん、この色男~」

 「それもセクハラな」 

 「チームメイトにも愛されてるみたいだし?」

 オレの言葉をあっさり無視して、水沢が続ける。

 「草介くんもああいってくれてるんだから、気晴らしにカラオケでも行ってくれば?その眉間のシワ、早いとこ取っ払っておいでよ。せっかくの上等な顔面、どんよりさせてたらもったいないでしょ」

 「よく回る口だな。おせっかいな近所のおばちゃんみてぇ」

 水沢を前にすると、オレの頭から「遠慮」というフィルターがすっぽり抜け落ちてしまう。生身をぶつけ合うような出会い方をしたせいだろうか。いまさら取り繕う必要を感じないのだ。
 
 「口が悪いなぁ」

 笑いながらオレを見た水沢は、ほんの少し声のトーンを落として続けた。

 「でも、気晴らしってけっこう大事だよ。どうにもならない問題を、ほんのいっときでも忘れられたら、それを救いっていうんだと思う。さっきの草介くんがいってくれた励ましだって、そうでしょ。いかにも男の子って感じで、内容は荒っぽかったけどね」

 オレは、ちょっとあきれて水沢を見やった。

 「あんた、ほんと直球ばっか投げてくるよな。真顔でいってて恥ずかしくならない?」

 「全然。だれかを傷つける内容じゃない限り、思ったことは口に出すようにしてるの。そのせいで浮いちゃうこともあるけど、そんなの気にするような性格なら、こんな髪色してないしね」
 
 と、水沢が、キャップのてっぺんに片手をのせた。

 「面倒じゃないのかよ、それ。いちいち注目されるだろ。特に、こんな狭い所じゃさ」

 オレは、校舎の方をチラっと見やった。どこからでも目につく水沢の赤い髪。生徒は概ね好意的に受け入れているものの、一部の教師が、あからさまに眉をひそめていることは知っている。

 「ほんっと面倒。教頭先生は染め直して来いって毎日しつこいし、宮野先生からは、遅れて来た反抗期かって、からかわれるし。学年主任なんて、おとなだったら髪の色じゃなくて言葉で主張しなさい、だって。訳わかんない。主張なんて、べつにないのにね~」

 水沢が、へらっと笑う。

 「きれいでしょ、この赤」

 「それだけの理由かよ」

 「おかしい?」

 改めて訊かれると、返事に詰まる。たとえばここがアート系の学校なら、髪の色なんてだれも気にしないだろうし、そもそも外見と人間性は別物だ。小学生だって知っているそんな事実が、ふだんの暮らしの中では通用しないところに問題の根深さがあるのかもしれない。

 「見た目だけで軽んじたり、敵視したり、忖度したり。こっちは好きだからやってるだけなのに、まるで自分がおかしいみたいに思わされるなんて、そっちの方がよっぽど変じゃない?」

 中味の鋭さに似合わない、のんびりした水沢の口調に、思わず、ちょっと笑ってしまった。

 「あんたと話してると、ごちゃごちゃ悩んでるのが馬鹿らしくなってくるな」
 
 「案外、それが正解なのかもよ。悩みごとって、基本、自分の力じゃどうにもならないことから来るでしょ。恋愛沙汰なら、なおさらね」

 そういって、水沢が、じっとオレを見つめた。

 「見当外れだったらごめん。でも、あんなかわいいコに、チラっともなびかないくらいだから、他に好きなひとがいるんだろうなって、勝手に思ってた。それか、そもそも女の子には興味ないのかもって。私が女性を恋愛対象として見てるみたいに」

 最後の言葉は、不意打ちだった。軽く頭を殴られたような衝撃に、うろたえながら口をひらく。
 
 「……いいのかよ、そんな大事な話……」

 「べつに、私の中ではあたりまえのことだから。あ、でも、夏樹クンになにかを求めてるわけじゃないよ。私はあくまで自分の話をしてるだけ」

 「……ゲイとかノンケとか……そういうの、自分でもよくわかんねぇよ。ふつうに女の子とつき合ったこともあるし、男の体が好きなわけでもない。なのに、オレが欲しいのは、ずっと前からひとりだけだった。同性だとか、関係性が近過ぎるとか、そんなのは、なんの歯止めにもならなくて……気づいたときには、どうしようもなく惹かれてた」

 出会って間もない相手に、オレは一体なにをぶちまけてるんだろう。でも、逆なのかもしれない。事情を知らない相手だからこそ、打ち明けられることもある。それに、水沢なら大丈夫という、根拠のない生理的な安心感もあった。

 「いつも頭から離れないんだ。なんだか、出口のない走路をぐるぐる回ってるみたいだよ。悪酔いしてるのに自分じゃ止まれなくて、そのくせどこにも辿り着けない。まさに八方塞がりってやつ。おかげでまともな走り方すらわからなくなって、いろんなひとに迷惑かけてる。マジで、なにやってんだろうな、オレ」

 シュウが手首をヤケドしたのは、昨夜のことだ。あれからオレは、やんわりシュウを避けている。家の中では必然的に顔を合わせることになるから、聞かれたことに答えはするが、怖くて目線を合わせられない。
 あのときシュウが声をあげなければ、確実にキスしていた。いい逃れできない既成事実。その一歩手前まで、自分でも意識しないまま衝動的に流されてしまったことを思うと、頭の芯が凍りつく。
 シュウは、どう思っただろう。オレと接する態度に変わった様子はなかったけれど、だからといって、なにも考えていないはずがない。きっといろいろ考えて──最終的には、なかったことにするんだろうな……パズルのピースがはまるみたいに、すとんと、そう思った。
 あのときオレの中から溢れ出した感情は、兄弟の関係どころか、家族の形そのものを根こそぎ吹き飛ばすほどの爆弾だ。シュウは、他のなにより、いまの家族を大切にしている。昨夜のオレの態度から、たとえなにかを感じ取ったとしても……いや、感じ取ったならなおさら、うやむやにして忘れようとするだろう。楓さんの幸せと、家族みんなの平穏な暮らしを守るために。無理もない。オレが逆の立ち場だったら、迷わずそうする。
 あれは弟の気まぐれな悪ふざけだった──そんなふうに片づけられてしまうんだろうか。想像したら、心臓の裏側あたりがキリッと痛んだ。
 いつのまにか、ため息をついていたらしい。水沢が、苦い微笑を浮かべてオレを見ている。

 「仕方ないよ、好きになっちゃったんだから。ごちゃごちゃ悩んでないで、シンプルに好きだって伝えれば?」

 「簡単にいうなよ。髪を染めるのとは訳が違うんだぞ」

 「理屈じゃないってところは一緒だよ。やってみたら、案外簡単かもしれない」

 木陰の方から、水沢を呼ぶコウタ先輩の声がする。

 「うちの師匠、やさしい顔してけっこう人使い荒いんだよね~」

 ぼやきながらも身軽に立ち上がった水沢が、ジャージについた砂ぼこりを払いながら、さらりといった。

 「もっとわがままになってもいいんじゃない?たとえだれかを傷つけることになったとしても、自分が思う通りに突っ走った結果なら、きっとわかってもらえる。夏樹に、その覚悟があればの話だけどね」

 ちゃっかり呼び捨てにされたと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。
 

 

 
 
 
 

 
 



 
 

 
 
 
 
  
 

 

 
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