スライムスレイヤー ～イシノチカラ～

第一章 バルンバッセ編

第26話 甘い香りに誘われて

　熊の位置を確認したロッカは急いでトウマチームの元に戻った。

「熊見つけたわ。木をなぎ倒しながら進んでるとんでもないやつよ。
　すぐ近くまで来てるから余り時間はないわよ！」

　ロッカは熊の現在地を元に樽を設置する場所を支持した。他のモンスターと交戦中のラフロチームに熊まで介入させる訳にはいかない。スイーツの香りを風に乗せて熊に嗅がせる為には彼らより先に進む必要がある。

「急いで行くわよ！　バン、手伝わなくて大丈夫？」
「大丈夫です！」

◇◇

　4人が足取りを早めてラフロチームに追いつくと彼らはまだ角カブトと牙蛇2体相手に交戦していた。
　角カブトは強固な角でぶつかった細木などはなぎ倒している。相当力は強いようだ。タイラーは早々に矢を使い切ったのか放った矢を拾い集めながら短剣で応戦している。

「ラフロ！　私たちは今から樽の設置に行くわ。
　もし熊がこっちに来たらとにかく逃げて！　あんた達じゃまず勝てないわ」
「分かった！　こっちもこいつらの相手で精一杯だ。あとは頼んだぜ！」

　ラフロは弟たちに呼びかけた。

「リフロ、ルフロ！　俺はもう抗魔玉の力が切れそうだ。
　どっちかカブトを引きつけてくれ！」
「「了解！」」

　ロッカは何かを察知して戦線から一時離脱したラフロに向かって走り出した。短剣を抜いて飛び込んだ先にいたのは3体目の牙蛇だ！

”バババ、バッ！”

　ロッカは背後からラフロを襲おうとした牙蛇の全身を斬り刻んだ。何が起きたのか理解できていない牙蛇はそのまま動こうとしたが全身が輪切りになってボトボトと地面に落ちて霧散していった・・・。

「あぶね～、もう1体いやがったのか。ロッカ、助かったぜ」
「ラフロ、油断しないで。他にモンスターがいないとは限らないわ」

　ロッカは交戦中の角カブトと牙蛇2体の方を指差した。

「それよりあっちは任せても大丈夫なのよね？」
「・・・お、おう！　当然だ、任せてくれ！」

◇◇

　トウマチームの4人はロッカが支持した少し拓けた場所に着いた。巨大な熊が来ても十分に立ち回れる広さはあるだろう。
　バンは拓けた場所の中心に樽を置いた。樽の蓋を開けて樽に詰まった果実に少し切り込みを入れると香りが増した。その上に瓶に入った蜂蜜をたっぷりと降り注いで完成だ。甘い香りが周囲に広がった。

　トウマは気持ちばかりとパタパタと樽の上を扇いだ。

「これで準備OKですね」

「この香りが熊まで届けばこちらに誘いこめるかもしれません」
「そうだな。上手くいく事を祈ろう」
「私は熊を確認しに行くわ、もしこっちに来なかったらすぐに知らせるから」

　ロッカは熊がいる方向に走っていった。

「僕らは一旦隠れよう！」

　残った三人は熊から遠い方向の木の陰に一旦隠れることにした。

◇◆

　巨大爪熊は服従したモンスターの存在が次々に消えているのを感じ取っていた。この先に何かいると。緑だった熊の眼の色が黄色に変わった。
　警戒しながらゆっくりと進んでいた熊だったがほのかに甘い香りを感じとると足を止めた。熊は香りのする方に鼻を向けるが同時に交じった別の匂いも感じ取った。それは風上に隠れたトウマたちの匂いである。
　だが、熊はそれを意に介さなかった。自分に勝てるヤツなどいないという自信からくるものだ。
　熊はゆっくりと甘い香りのする方に木をなぎ倒しながら歩き出した。

◆◇

　ロッカは拓けた場所の近隣にある一番高い木の上に登っていた。

「成功したみたいね。あいつこっちに向かい出したわ」

　ロッカは木から降りて皆の所に戻ったが三人が隠れている場所を見て頭を抱えた。

「あんた達何やってんの？　そこ風上よ。
　せっかく熊が狙い通り向きを変えたのに私たちがいるのバレバレじゃない！」

　手遅れかもしれないが皆、慌てて隠れる場所を変えた。

　しばらく待つとバリバリと木々が裂けて倒れる音が聞こえだした。仕掛けた樽に向かって熊が近づいて来ているのが分かる。

　遂に巨大爪熊が拓けた場所に出て来て全身が明るみになった。巨大蛙の2倍はあるかと思われる大きさ。全身が黒っぽい熊だと識別できる姿。毛並みは雑に再現していて堅い尖った鱗ではないかと思える感じだ。前足の鋭利な爪は外付けの武器であるかのように大きい。
　熊はのしのしと歩いて仕掛けた樽に近づいて行った。

「・・・あ、あれ倒せるんですか？　大き過ぎませんか？」
「見ただけでも分かる。あれはヤバいぞ。僕の大盾でも防げる自信ないよ」
「やるしかないでしょ。
　気づかれないように熊の背後に回るわよ」

「まずは私の出番ですね。効いてくれるとよいのですが」

　熊は甘い香りに誘われて仕掛けた樽の所に辿り着くと周りをキョロキョロと見渡した。それから座り込んで樽を両手で掴み持ち上げると樽の中に入った果実を大きな口の中へ転がしてむしゃむしゃと食べ始めた。

　警戒していた熊の黄色の眼が緑に変わった時だった。

「炎リング！」

　熊の背後に回ったバンが先陣を切って早々に不意打ちの炎リングを熊に放った！　円の範囲を広げたので一発限りの大技だ。牙蟻に放ったときの2倍はあるだろう大きな炎の円が熊の周囲に降り注ぎ、激しい炎が円の中心に向けて収束すると炎は凄まじい勢いで大炎柱となった。

”ゴワァーーーーーーー！！！”

「どうだ？」

　全員が熊の様子をうかがった。樽は焼失した。熊は全身から煙を噴き出しブズブスと焦げた音がしているがまだ生きていた。振り向いた熊は眼を真っ赤にしてバンを睨みつけた。
　バンは急いで退避行動に出た。

「・・・そんな、バンさんのあの技でも効いてない？！」
「いや、効いてるわ。
　でも怒りが頂点に達してる感じになった。皆、集中して！」

　巨大な熊は立ち上がると正面にいる三人が見上げるほどの大きさになった。

「グオォォーーーー！！！」

　圧倒的な強者による威圧の咆哮。皆がビリビリと全身が痺れるような感覚にさらされた。強風が吹いている訳でもないのに吹き飛ばされそうだ。

「こ、こんなの人里に向かわせるわけにはいかないですよ！」
「勿論だ！　絶対に行かせないぞ！」

　セキトモは意を決して大盾を構えたまま熊に立ち向かった。トウマも剣を抜いてセキトモに続いて走り出した。二人は牙猪のときと同様に大盾で攻撃を受けて左右からの同時攻撃をしかけるつもりだ。

　ロッカは熊の背後に周って熊の視界から姿を消した。

　熊は右腕を大きく振りかぶると突進したセキトモの大盾に殴りかかった。セキトモは大盾ごと身体を吹き飛ばされて大木に叩きつけられた。大木が揺れる。砕けてはいないが大盾の表面には大きな爪痕が残っていた。
　トウマは左側から振り下ろされた熊の右腕に斬り込んだが熊の堅い皮膚で深い傷を負わせるには至らなかった。

「くそっ、堅い！」

　トウマのほうに向いた熊は左腕で下側からすくい上げるように攻撃してきた！
　トウマは何とか直撃を避けたが鋭利で大きい熊の爪がかすっただけでトウマの胸当ては吹き飛ばされて胸に深い傷を負ってしまった。トウマは少し距離を置くように熊から離れた。熊は追って来ない。

　うぐっ、ダ、ダメだ。俺の剣じゃ深く斬り込めない・・・。
　炎熱剣を使うしかないか。でもあいつに効くのか？

　トウマは胸に深い傷を負ったが今は集中している為、痛みを感じていない。トウマは熊の動きを警戒しながら予備の抗魔玉に付け替えて真魔玉【赤】も装着した。
　トウマの胸からは血が流れ出続けているがそれ以上に全身から噴き出して滴る汗が止まらない。

　セキトモはよろめきながら立ち上がった。セキトモはトウマがまだ戦う姿勢をとっていることを確認するとまた熊に向かって歩き出した。
　熊は歩き出したセキトモに気づいて振り向いた。
　熊の左手側ではバンが熊の動きを警戒しながら次の攻撃準備をしているようだ。
　熊の背後にはロッカがいる。

　まだ誰も諦めてはいない。

「トウマ、もう一度行くぞ！　次は受け流すから気をつけてくれ」
「分かりました！」

　セキトモは大盾を構えてグレイブを抜いた。
　熊が隙を見せれば攻撃を加えるつもりだ。