8 / 16
序章【幼少期】
4.天啓を覆う
しおりを挟む「今、用意出来る果物がこれしかなくて…あとお肉とスープも用意したので、回復の為にもしっかり食べて下さいね」
「……」
面倒だな、と一番食べるのが楽そうなスープの入ったカップを掴んで口を付け、飲み干した。
「早く教会に行こう」
「…林檎は、お好みじゃありませんでしたか?」
「好きな物はない」
五歳の身体には大きな椅子から飛び降りて、外への扉はどこだろうかと周囲を見渡していると僧侶に両脇を掴まれて抱えられた。
「先程は、果物が好きと伺いましたが…」
「?……寝ぼけていた」
僧侶が食卓に戻り、太腿の上に座らされた。丁寧に小さく切った肉をフォークに刺して差し出される。
「食事はきちんととった方がいいですよ。さ、口を開けて」
面倒だが、身体を作るために必要かと大人しく口に肉を招き入れた。噛んで飲み込むと次の肉が差し出される。
「味はどうですか?好みに合いますか?」
「…さぁ。僧侶が好みなら、それが正解だとおもう」
「……」
噛んで、飲み込む。塩味は感じるが、食事に好みなど考えたのはいつが最後だったか。
ようやく肉が無くなったので「もういいか」と僧侶に問い掛けて膝から降りた。
「僧侶の食事が終わるまで、外で待っていたい」
「……いいえ、すぐに行きます」
人には食事の必要さを説いたのに自分はいいのか。
そう思ったけど、どうでもいいかと僧侶が扉を開くのを待った。
「……ノクシス魔族領域…」
「私が今、暮らしている場所です。」
密集するように建物が建ち、穏やかな空気を感じる街並みに行き交うのは人々ではなく…魔族達の姿。
「人型も多いので、エリオの種族がバレることはありませんよ。」
そんな事は聞いていない。俺が死にかけていたのは生まれた村の近くの森だ。僧侶はそこを縄張りだと言っていた。
「服を買いましょう。店はすぐ近くです。」
そっと手を握られて身体が跳ねる。勇者として生き続けた身体が本能的に魔族を警戒しているようだ。
「…大丈夫です、誰も貴方を傷つけません。……行きましょうか」
手を引かれて、歩き出す。僧侶はゆっくりと歩いてあるがそれでも子供の足では歩幅が狭く、やや早足で追い掛ける俺にすぐ気がついて申し訳なさそうな顔をして抱き上げた。
「すみません、昔は貴方に追いつく為に急いで歩いてたものだから…」
「…追いつかなくても構わないと思っていたから、常に急いで旅をしていた」
「…やっぱり、そうだったんですね」
申し訳ないとは思わない。事実、仲間は邪魔だった。
僧侶以外にも仲間を付けられたことはあるが、置いて行く事もあれば途中で脱落する事もあった。
結局、不要でしかないのだ。
服屋にたどり着き、人型の上半身に下半身が蜘蛛型の魔族が出迎えた時は流石に驚いたが、身体を跳ねさせることもなく難なく服を着替えて購入してもらった。
「僧侶の財布を痛める必要はない」
「私がやりたい事をしています。着替えも何枚か選んでくるので、少し座って待っていて下さいね。」
入り口近くの椅子に座らされ、僧侶は蜘蛛型の店主と共に店の奥へと消えていった。
「…チャンスか」
魔族の国はあまり立ち入った事がないから分からないが…別に命が惜しい訳でもない。
とりあえず世界地図を思い出して人間の国の方向へ向かう。生き抜けばそのまま逃亡、死ねば次への経験にしよう。
そっと椅子から降りて、店の扉に手をかけた。
「エリオ、どこに行こうとしていますか?」
声が聞こえて、振り返ったが誰も居ない。
なんだろうと重たい頭を傾けて、ドアを開けると俺の足下の影が伸びて腕に絡みついてきた。
「エリオ。」
「…見たことがない魔法だ」
実体を持っているようで、触れればやはり影だ。
ドアから手を離しても絡み付いている影を掴めないかと触っていると、後ろから両脇を持ち上げられた。
「貴方は怒っても効果がなさそうですね」
溜め息をつく僧侶に頭だけ振り返った。呆れているようだ。
「身体は五歳児でも、勇者だから」
恐怖は無駄な感情だ。早々に切り捨てたからこそ、今世も今までまともに育てようとしてきた生みの親も気味悪がって匙を投げた訳だが。
まぁどうせ別れるなら愛情なんて沸かない方が幸せだ。
「……買い物は終わりました。帰りましょう」
「…」
「何か質問でも?」
「いつになったら教会に行くんだ」
もたもたと時間を引き伸ばされるのは、不快だ。
どうせ後には地獄しか待っていないのに甘い顔をして釣ろうとする。そんな人生は何度もあったし、そんな事に一々騙される義理はどこにもない。
「…お休みだと、言ったでしょう。」
「無駄だ。どうせ天啓が下れば血眼で探しに来ると言うのに」
「探しになんて来れませんよ。ここは魔族の国なんですから」
そうか、敵国にいるから場所を特定しても来れないのかと今更気がついた。
「僧侶は魔王側についたのか」
「……どちらについた、という話なら、そうなってしまうでしょうね。とにかく帰りましょう」
俺を抱えて帰路に着く僧侶の顔は、何を考えているのか分からない。
確かに魔王側についたのなら勇者が活動しない方が都合がいいのだろう。
(…前例のない、珍しい人生になった。)
剣を持たないのなら、俺はどう生きたらいいのだろう。
魔族を殺さないのなら、俺はなんのために生まれたのだろう。
(………どうでも、いい)
また死んで、また生き返ったら勇者になる。ひと時の休息だと思ってただ生きる。
空虚な心は、ただ思考を放棄して僧侶の言動に流される事にした。
深夜。
幼いエリオの身体は睡眠を求めて深い深い眠りについている。
僧侶と呼ばれる男──アリオルは傍らに座り、かつての勇者と同じ真っ黒の髪を撫でつけるがエリオは微動だにしない。
「───エリオ。貴方はどうして…」
そんなにも、死人のように生きるのですか。
数日共にしたのに心を一切開かない。むしろ心を既に消失したのかとさえ思う。
温かい食べ物も、温かいお風呂も、温かい布団も
何も温度を感じないように淡々と生きているだけの勇者。
かつては仲間だったはずだ。貴方に守られてばかりで、回復しか能のない私でも、仲間として共に旅をしたはずだ。
お荷物だった自覚はある。だけどせめて、貴方の傷を癒すくらいはしたかった。
鬱陶しそうに顔を歪めても私を庇う貴方を助けたかった。
「エリオ、今度こそ、今度こそは…私に守らせて下さい。絶対に守りますから」
お願いします。貴方の心を、取り戻して下さい。
「───最近来ないと思えば、人間を拾ったか。相変わらず変わり者だな」
「………デュミナス」
「なんだ。呪いが浄化したのか?そんな色をしていたとは知らなかった」
「この方には決して触れないで下さい。私の命よりも大切な方です。」
いくら親友と呼ぶ貴方でも、許さない一線がある。
「……おい、ソイツは」
「殺そうとするなら、私が貴方を殺します。」
高速で魔力を練り上げる。魔力の光が浮き上がり、辺りを照らし、無数の針に変化してデュミナスの周囲に固定される。
「殺さねーよ。なんでまた勇者なんか……あー、そいつか」
「…そうです。やっと見つけた、私の想い人です。まさか勇者として転生し続けているとは思いませんでしたが」
「人間の神々もえげつねぇことを考えるなぁ…とりあえずコレは消せよ。ガキが起きるだろ」
殺意も感じないので渋々魔力の針を霧散させた。ゆったりと近寄るデュミナスは興味深そうにエリオの顔を覗き込む。
「勇者として転生か…神々がそうしてるなら、やっぱ魔王を倒さないと終わりが来ないか」
「…………魔王」
「エリオ?」
デュミナスの言葉に反応したエリオがガバッと飛び起きて、武器を探すように布団を叩いたが当然武器など置いていない。
チッと舌打ちをしてベッドから飛び降りたが勇者の立ち回りに幼い身体が追い付かないのだろう。バランスを崩して転がってしまったところをデュミナスが片手で首根っこを掴んでヒョイと持ち上げて、そのまま抱き上げた。
「Svapihi」
黒い光に包まれ、半ば夢遊状態で動いていたエリオの全身が脱力する。
「言葉ひとつに反応したか。これは本物だな」
「…感謝しますが、エリオを返して下さい」
「まぁ待て。少し観察させろ」
デュミナスは腕の中で眠るエリオをじっと見た。
幾度となく自分の命を刈り取ろうと人間の国から送り込まれる勇者達。それが全て同一人物だとは流石に思うまい。
「面白いな。アリオル、こいつは勇者を望んでいるのか?」
「…いいえ。勇者が死んで、しばらくしたら新たな天啓が降ります。その天啓が指し示す場所から勇者を見つけ出し、次代の勇者として育てるんです。」
「天啓か、ならば簡単だな。目眩しでもしてやろう」
黒い魔力がデュミナスの身体から大量に噴き出す。霧のように部屋を埋め尽くす魔力は小さな身体へと吸い込まれるように入っていった。
「……エリオは大丈夫なんですか」
「そう怖い顔をするな。俺の魔力で包んで中身が見えなくしただけだ。」
「…それなら、私でも良かったでしょう」
「エルフ如きが魔お……っと、危ない。」
デュミナスは眉間に皺を寄せたエリオをアリオルに渡し、入り口へと歩いた。
「起きている時にまた来よう。安全面が不安なら俺の城に連れて来るがいい」
「……考えておきます」
ククッと短く笑い、デュミナスは退出した。
「…エリオ、おやすみなさい。」
───勇者はもう、休んでいいんです。
小さな身体を隣に寝かせ、今夜も抱き締めて眠りについた。
1
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
愛人少年は王に寵愛される
時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。
僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。
初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。
そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。
僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。
そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。
アイドルグループ脱退メンバーは人生をやり直す 〜もう芸能界とは関わらない〜
ちゃろ
BL
ひたすら自分に厳しく練習と経験を積んできた斎川莉音はアイドルグループResonance☆Seven(レゾナンスセブン)のリオンとして活動中。
アイドルとして節目を迎える年に差し掛かる。
しかしメンバーたちとの関係はあまり上手くいってなかった。
最初は同じ方向を見ていたはずなのに、年々メンバーとの熱量の差が開き、莉音はついに限界を感じる。
自分が消えて上手く回るのなら自分はきっと潮時なのだろう。
莉音は引退を決意する。
卒業ライブ無しにそのまま脱退、莉音は世間から姿を消した。
しばらくはゆっくりしながら自分のやりたいことを見つけていこうとしていたら不慮の事故で死亡。
死ぬ瞬間、目標に向かって努力して突き進んでも結局何も手に入らなかったな…と莉音は大きな後悔をする。
そして目が覚めたら10歳の自分に戻っていた。
どうせやり直すなら恋愛とか青春とかアイドル時代にできなかった当たり前のことをしてみたい。
グループだって俺が居ない方がきっと順調にいくはず。だから今回は芸能界とは無縁のところで生きていこうと決意。
10歳の年は母親が事務所に履歴書を送る年だった。莉音は全力で阻止。見事に防いで、ごく普通の男子として生きていく。ダンスは好きだから趣味で続けようと思っていたら、同期で親友だった幼馴染みやグループのメンバーたちに次々遭遇し、やたら絡まれる。
あまり関わりたくないと思って無難に流して避けているのに、何故かメンバーたちはグイグイ迫って来るし、幼馴染みは時折キレて豹変するし、嫌われまくっていたやり直し前の時の対応と違いすぎて怖い。
何で距離詰めて来るんだよ……!
ほっといてくれ!!
そんな彼らから逃げる莉音のやり直しの日常。
やり直し編からでも読めます。
※アイドル業界、習い事教室などの描写は創作込みのふんわりざっくり設定です。その辺は流して読んで頂けると有り難いです。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる