おやすみなさい、勇者

江多之折(エタノール)

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序章【幼少期】

4.天啓を覆う

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「今、用意出来る果物がこれしかなくて…あとお肉とスープも用意したので、回復の為にもしっかり食べて下さいね」
「……」

面倒だな、と一番食べるのが楽そうなスープの入ったカップを掴んで口を付け、飲み干した。

「早く教会に行こう」
「…林檎は、お好みじゃありませんでしたか?」
「好きな物はない」

五歳の身体には大きな椅子から飛び降りて、外への扉はどこだろうかと周囲を見渡していると僧侶に両脇を掴まれて抱えられた。

「先程は、果物が好きと伺いましたが…」
「?……寝ぼけていた」

僧侶が食卓に戻り、太腿の上に座らされた。丁寧に小さく切った肉をフォークに刺して差し出される。

「食事はきちんととった方がいいですよ。さ、口を開けて」

面倒だが、身体を作るために必要かと大人しく口に肉を招き入れた。噛んで飲み込むと次の肉が差し出される。

「味はどうですか?好みに合いますか?」
「…さぁ。僧侶が好みなら、それが正解だとおもう」
「……」

噛んで、飲み込む。塩味は感じるが、食事に好みなど考えたのはいつが最後だったか。
ようやく肉が無くなったので「もういいか」と僧侶に問い掛けて膝から降りた。

「僧侶の食事が終わるまで、外で待っていたい」
「……いいえ、すぐに行きます」

人には食事の必要さを説いたのに自分はいいのか。
そう思ったけど、どうでもいいかと僧侶が扉を開くのを待った。






「……ノクシス魔族領域魔族の国…」
「私が今、暮らしている場所です。」

密集するように建物が建ち、穏やかな空気を感じる街並みに行き交うのは人々ではなく…魔族達の姿。

「人型も多いので、エリオの種族がバレることはありませんよ。」

そんな事は聞いていない。俺が死にかけていたのは生まれた村の近くの森だ。僧侶はそこを縄張りだと言っていた。

「服を買いましょう。店はすぐ近くです。」

そっと手を握られて身体が跳ねる。勇者として生き続けた身体が本能的に魔族を警戒しているようだ。

「…大丈夫です、誰も貴方を傷つけません。……行きましょうか」

手を引かれて、歩き出す。僧侶はゆっくりと歩いてあるがそれでも子供の足では歩幅が狭く、やや早足で追い掛ける俺にすぐ気がついて申し訳なさそうな顔をして抱き上げた。

「すみません、昔は貴方に追いつく為に急いで歩いてたものだから…」
「…追いつかなくても構わないと思っていたから、常に急いで旅をしていた」
「…やっぱり、そうだったんですね」

申し訳ないとは思わない。事実、仲間は邪魔だった。

僧侶以外にも仲間を付けられたことはあるが、置いて行く事もあれば途中でする事もあった。
結局、不要でしかないのだ。

服屋にたどり着き、人型の上半身に下半身が蜘蛛型の魔族が出迎えた時は流石に驚いたが、身体を跳ねさせることもなく難なく服を着替えて購入してもらった。

「僧侶の財布を痛める必要はない」
「私がやりたい事をしています。着替えも何枚か選んでくるので、少し座って待っていて下さいね。」

入り口近くの椅子に座らされ、僧侶は蜘蛛型の店主と共に店の奥へと消えていった。

「…チャンスか」

魔族の国はあまり立ち入った事がないから分からないが…別に命が惜しい訳でもない。
とりあえず世界地図を思い出して人間の国の方向へ向かう。生き抜けばそのまま逃亡、死ねば次への経験にしよう。

そっと椅子から降りて、店の扉に手をかけた。

「エリオ、どこに行こうとしていますか?」

声が聞こえて、振り返ったが誰も居ない。
なんだろうと重たい頭を傾けて、ドアを開けると俺の足下の影が伸びて腕に絡みついてきた。

「エリオ。」
「…見たことがない魔法だ」

実体を持っているようで、触れればやはり影だ。
ドアから手を離しても絡み付いている影を掴めないかと触っていると、後ろから両脇を持ち上げられた。

「貴方は怒っても効果がなさそうですね」

溜め息をつく僧侶に頭だけ振り返った。呆れているようだ。

「身体は五歳児でも、勇者だから」

恐怖は無駄な感情だ。早々に切り捨てたからこそ、今世も今までまともに育てようとしてきた生みの親も気味悪がって匙を投げた訳だが。
まぁどうせ別れるなら愛情なんて沸かない方が幸せだ。

「……買い物は終わりました。帰りましょう」
「…」
「何か質問でも?」
「いつになったら教会に行くんだ」

もたもたと時間を引き伸ばされるのは、不快だ。
どうせ後には地獄しか待っていないのに甘い顔をして釣ろうとする。そんな人生は何度もあったし、そんな事に一々騙される義理はどこにもない。

「…お休みだと、言ったでしょう。」
「無駄だ。どうせ天啓が下れば血眼で探しに来ると言うのに」
「探しになんて来れませんよ。ここは魔族の国なんですから」

そうか、敵国にいるから場所を特定しても来れないのかと今更気がついた。

「僧侶は魔王側についたのか」
「……どちらについた、という話なら、そうなってしまうでしょうね。とにかく帰りましょう」

俺を抱えて帰路に着く僧侶の顔は、何を考えているのか分からない。
確かに魔王側についたのなら勇者が活動しない方が都合がいいのだろう。

(…前例のない、珍しい人生になった。)

剣を持たないのなら、俺はどう生きたらいいのだろう。
魔族を殺さないのなら、俺はなんのために生まれたのだろう。


(………どうでも、いい)


また死んで、また生き返ったら勇者になる。ひと時の休息だと思ってただ生きる。
空虚な心は、ただ思考を放棄して僧侶の言動に流される事にした。















深夜。
幼いエリオの身体は睡眠を求めて深い深い眠りについている。
僧侶と呼ばれる男──アリオルは傍らに座り、かつての勇者と同じ真っ黒の髪を撫でつけるがエリオは微動だにしない。

「───エリオ。貴方はどうして…」

そんなにも、死人のように生きるのですか。

数日共にしたのに心を一切開かない。むしろ心を既に消失したのかとさえ思う。

温かい食べ物も、温かいお風呂も、温かい布団も
何も温度を感じないように淡々と生きているだけの勇者。

かつては仲間だったはずだ。貴方に守られてばかりで、回復しか能のない私でも、仲間として共に旅をしたはずだ。

お荷物だった自覚はある。だけどせめて、貴方の傷を癒すくらいはしたかった。
鬱陶しそうに顔を歪めても私を庇う貴方を助けたかった。

「エリオ、今度こそ、今度こそは…私に守らせて下さい。絶対に守りますから」

お願いします。貴方の心を、取り戻して下さい。





「───最近来ないと思えば、人間を拾ったか。相変わらず変わり者だな」
「………デュミナス」
「なんだ。呪いが浄化したのか?そんな色をしていたとは知らなかった」
「この方には決して触れないで下さい。私の命よりも大切な方です。」

いくら親友と呼ぶ貴方でも、許さない一線がある。

「……おい、ソイツは」
「殺そうとするなら、私が貴方を殺します。」
 
高速で魔力を練り上げる。魔力の光が浮き上がり、辺りを照らし、無数の針に変化してデュミナスの周囲に固定される。

「殺さねーよ。なんでまた勇者なんか……あー、か」
「…そうです。やっと見つけた、私の想い人です。まさか勇者として転生し続けているとは思いませんでしたが」
「人間の神々もえげつねぇことを考えるなぁ…とりあえずコレは消せよ。ガキが起きるだろ」

殺意も感じないので渋々魔力の針を霧散させた。ゆったりと近寄るデュミナスは興味深そうにエリオの顔を覗き込む。

「勇者として転生か…神々がそうしてるなら、やっぱ魔王を倒さないと終わりが来ないか」
「…………魔王」
「エリオ?」

デュミナスの言葉に反応したエリオがガバッと飛び起きて、武器を探すように布団を叩いたが当然武器など置いていない。
チッと舌打ちをしてベッドから飛び降りたが勇者の立ち回りに幼い身体が追い付かないのだろう。バランスを崩して転がってしまったところをデュミナスが片手で首根っこを掴んでヒョイと持ち上げて、そのまま抱き上げた。

Svapihi眠れ

黒い光に包まれ、半ば夢遊状態で動いていたエリオの全身が脱力する。

「言葉ひとつに反応したか。これは本物だな」
「…感謝しますが、エリオを返して下さい」
「まぁ待て。少し観察させろ」

デュミナスは腕の中で眠るエリオをじっと見た。
幾度となく自分の命を刈り取ろうと人間の国から送り込まれる勇者達。それが全て同一人物だとは流石に思うまい。

「面白いな。アリオル、こいつは勇者を望んでいるのか?」
「…いいえ。勇者が死んで、しばらくしたら新たな天啓が降ります。その天啓が指し示す場所から勇者を見つけ出し、次代の勇者として育てるんです。」
「天啓か、ならば簡単だな。目眩しでもしてやろう」

黒い魔力がデュミナスの身体から大量に噴き出す。霧のように部屋を埋め尽くす魔力は小さな身体へと吸い込まれるように入っていった。

「……エリオは大丈夫なんですか」
「そう怖い顔をするな。俺の魔力で包んで中身が見えなくしただけだ。」
「…それなら、私でも良かったでしょう」
「エルフ如きが魔お……っと、危ない。」

デュミナスは眉間に皺を寄せたエリオをアリオルに渡し、入り口へと歩いた。

「起きている時にまた来よう。安全面が不安なら俺の城に連れて来るがいい」
「……考えておきます」

ククッと短く笑い、デュミナスは退出した。

「…エリオ、おやすみなさい。」

───勇者はもう、休んでいいんです。

小さな身体を隣に寝かせ、今夜も抱き締めて眠りについた。
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