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本編
8.油断大敵とはこのこと
しおりを挟む皮肉にも、知識をつけたら自衛がしやすくなった。
多少の違和感があった事象に確信を持っただけだが。
「風呂担当の使用人は変えるように」
困り顔の侍従長は、とにかく申し訳ございませんと頭を下げ続けた。
思っていたより私は狙われていたらしい。
そんな些細なやり取りこそあったが、いつもの執務室で書類に囲まれながら、今日も私は決められたスケジュール通りに仕事をする。
「もう全ての公務を王太子殿下がなさってるのではないですか?」
「私は…書類仕事しか任されていないが」
書類運びをしている補佐官が「そうでしょうか…」とボヤきながら部屋を後にした。
一番大切な外交など対面で行う事は父や第二妃がしている。
表情を作ることが出来ない私は、致命的なまでに外交に向いていないのだ。
「まだほんの少しだ。何も任されていない。」
まだ、努力が足りていない。
「───その服は駄目だろ」
ムスッとした顔でヴィルヘルムが私の狩猟用の衣装を上から下まで眺めた。
一般的なデザインで、動きやすいように装飾は少なく身体にフィットしたスタイルだ。
…つまり、問題が見当たらなくて困った。
「狩猟用の衣装はこれ以外に無いから変えようがない」
「チッ…絶対に俺から離れるなよ」
今日のヴィルヘルムは虫の居所が悪いようだ。頷いて用意された馬車へと乗り込んだ。
王太子としてお遊び程度に参加したことはあるが、正式に国王の代理として参加する狩りはこれが初めてだ。
しっかり務めなければと気を引き締めた。
貴族達の狩りは基本大掛かりなもので、森の前にそれぞれのテントを張り、護衛を伴うことも多いので人数も多い。
「ランスロット王太子殿下!本日も麗しい…どうでしょう、私のテントに珍しい茶を用意しておりますので…」
「そうか」
話し掛けてくる相手の顔を見て、どの派閥に属してるか、最近の交友関係など集められた情報を思い出して対応する。
この者は確か…と考えつつ返事をしようとしたら、肩に腕を回されてヴィルヘルムが私の発言を遮った。
「美味い茶なら俺も飲みたいところだな。第二王子が一緒でも問題ないだろ?」
「え…えぇ、まずは狩りに集中して、時間が合えば是非ともいらっしゃって下さい」
「おう。その時はランスと俺で行ってやるよ」
なにやら焦って立ち去ってしまった相手と、ヴィルヘルムの顔を交互に見ていると「なんだよ」とヴィルヘルムから指摘を受けた。
「ヴィルは、外交も出来るのだな」
「あ?」
「私はあんなに友好的に喋ることが難しい」
「ランスが友好的に喋り出したら、それこそ今よりやばい事になんだろが…」
ヴィルヘルムが呆れたような顔をするのでそういうものなのかと納得して弓を手に取った。
──簡潔に言うと、初めて充実した狩りの時間を経験した。
ヴィルヘルムは狩り自体をやる気がないらしく、ずっと私の近くに控えながら時々助言をくれるのでやりやすかった。
「とても素晴らしい弓術で、王太子、殿下……」
「だってよ。良かったなランス」
「そうだな。鍛練の甲斐があった」
いつも寄ってくる貴族達が顔を引き攣らせて近寄らなくなるのは気になるが。
確かにヴィルヘルムは戦争を経験して身体は更に大きくなり、目つきも鋭くなったが、相変わらず心優しい弟なのに怖がられるとは残念なものだと見上げなければならなくなった弟の頭を撫でた。
「……俺を可愛がるのはお前くらいだぞ、ランス」
「兄が弟を可愛がるのは当然のことだ」
こうして何事もなく、行事を終えられるかと思えば突然ヴィルヘルムが私を抱き寄せ、勢いよくしゃがんだ。
私の頭があった位置を矢が飛んで、地面に刺さる。
カチャ、と金属音がヴィルヘルムの手元から聞こえて剣を抜いたのだとすぐに悟った。
「…どこからだ」
「前方右、木に隠れて弓を構えている。気付いた騎士が回り込むから大人しく…」
「わかった」
しゃがんだまま、矢を一本、矢筒から引き抜き構えた。
「ヴィル、こちらに来る矢は落とせるだろう」
「お前…」
返事は聞かずに立ち上がり、狙いを定めて即座に放った。
弓を構えているならば、右目は私を見ているということだ。 頭を貫くのは難しくとも、目を貫くのは容易い。
次の矢に手をかけている間に対象の身体は崩れ落ちた。
「……当たった」
「この距離で狙う暗殺者は基本、捨て駒だ。大した情報を持たないだろう。」
それよりも、別の暗殺者が居るかもしれない。
突然の騒ぎにパニックを起こしかける参加者にはテントの中で待機するように声をかけ
周りを警戒しつつ、不審人物が居ないか捜索するようヴィルヘルムに指示したら面食らった顔をして騎士団に指示を飛ばした。
「私はテントで待機しよう。近くに居る騎士を護衛に一人連れて行くから、ヴィルは現場に行くように」
「それじゃ危険だろ」
「自衛は出来る。職務を全うすべきだ。」
「………チッ」
悔しそうに立ち去るヴィルヘルムを見送り、私は用意されたテントへと戻った。
この判断は、間違いだったのだとすぐに思い知る事になる。
暗殺騒ぎで周りの貴族達も急いで森から引き上げ、あちこち怒声が飛び交う混乱状態の中を歩いてどうにかテントに辿り着いた。
入り口で待機しておくよう護衛に声をかけ、テントの中に入ると一人の貴族が笑顔で立っていた。
「よくぞお戻りになりました。今日は第二王子殿下を連れておられたので、引き剥がすのにほとほと苦労しましたよ。」
「………王族のテントに無断で入るとは、不敬だな」
───これだから、狩りは嫌なんだ。
明確に、男の私を欲している事を知ってしまったから目の前の男の顔が何を訴えているのか理解してしまう。
「不敬などと!何をおっしゃいますか、私めは麗しの王太子殿下の疲れを癒そうと毎回マッサージさせて頂いているではないですか!」
「毎回いらないと言っているはずだが」
マッサージと言いながら身体のあちこちを撫で回してくる
困った相手だ。最初は何か毒でも仕込まれるのかと思ったが、本当に撫で回しているだけだったので不快には思ったものの追い返して終わっていた。
「この度の衣装を一目見たときから、私をお誘いになっているのかと気が気じゃありませんでした。本当に王太子殿下は素晴らしい…」
「触れるな。私は今回、国王代理で来ている。」
二度とこの衣装は着ないと誓った。今後身に付けるものはヴィルヘルムに相談しよう。
不敬だと伝えているのに、何故かニヤニヤと笑みを絶やさずにじり寄る男に気がおかしくなったかと腰の裏に手を伸ばそうとしたらその手を掴まれ、捻り上げられた。
「ッ…」
「そこに短剣があるのは知っていますよ。本当に嫌なら叫べばいいのです。嫌だと顔を歪めれば良いではないですか。…本当は、受け入れたいとお思いなのでは?」
「…違う」
叫びたくても、叫べない。表情を作りたくても、作れない。
私はそれを教わってこなかった。私の環境は叫ぶことを許さなかった。
ただ男の言葉を否定したかったのに。私は、誰かに教えられなければ自分というものも持たない人間だと気がついてしまった。
「…私は、王族だ」
「その通りでございます。王族ですから、慎重にならねばなりません。子作りは政略的に。
快楽は…別のところで。私は殿下にそれを教えたいと何年も何年も訴えているのです」
──快楽を、教える
それすらも教えて貰わなければ、私は何も出来ないと言うのか。
乱暴に抱き寄せられ、男の張り詰めた下半身が布越しに押し付けられる。身体が硬直して嫌な汗が出てきた。気持ちが悪い。
「ずっと、私のモノで貴方様を貫きたいと、私の快楽に溺れさせたいと、ずっとずっとアプローチしていたというのに…ようやく理解されたのですか?」
あぁ、本当に理解してしまった。
相手への不快感で顔を逸らす。それすらも想いがようやく伝わったと喜ばれれば、どうしたらいい。
「本当に、横顔も、全てが美しいですね…」
男のうっとりとした声が耳にまとわりついた。もう片方の手でどうにか短剣を取れないかと背中に手を回したら先に手首を取られ、押し倒される。
硬い地面に背中を強かに打ち付けて息が詰まったが、それでも叫び声ひとつあげられない自分に本当に嫌気がさす。
「ッ私に、欲情する割には第二妃の陣営に入ったのだな」
「流石にご存知でしたか。貴方様に心を奪われてから、どうにかして手に入れたかったもので」
全く気にしていないという様子で私を地面に押さえ付ける男をどうしようかと考えていると、ふと視界に影がさした。
目線をずらすと入り口で見張りをしているはずの私の護衛がそこに立っている。
(…あぁ、本当に間違えてしまった)
護衛が手に持っている液体入りの小瓶は、覚えのある物だった。
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