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1.神、お腹がすいています
しおりを挟むピンポーンピンポーン。
「晴壱さーん、神ですー食べ物を恵んでくださーい」
『……今日は立て込んでるから、自分でどうにかしろ。』
「えー?」
いつものように隣人に食糧をせびりに来たらインターフォン越しに無慈悲なひと言を頂いてしまった。そんな、私って神なのに。通話もブツッと切られた。なんて無慈悲。
ピンポーンピンポーンピンポーン。
『……なんだよ。』
「慈悲をください。昨日からなにも食べていないんです」
『なんでそんなにポンコツなんだよ…出前とかあるだろ。…おい!待てって、行くなって』
「おやぁ?どうしました晴壱さん。狸ちゃんに何か──」
あ。またインターフォン切られた。
そんな見捨てないでください。本当にお腹がすいているんです。
ピポピポピポピポピンポーン
「晴壱さぁーん、助けてください~」
本当に本当にお腹が空いたんです。晴壱さんの慈悲がなければ神、飢えに耐えかねて昇天するかもしれませんよ!?
いや神ですから普通に昇天出来ますけどね。ふふ。
「っと、そんなこと考えている場合ではありませんね。晴壱さーん!」
涙目でチャイムを連打していたら諦めたのか、ようやく玄関のドアがガチャリと開いた。
「あ、やっと諦めてくれましたね!晴壱さん、神はなるべく大切にした方が………おや。どちら様で?」
「……アンタ、兄貴のなに?」
ようやく開いた玄関から出てきたのは、家主ではありませんでした。身なりの良いスーツ姿の成人男性。兄貴と呼んでいるし、顔も似ている。なるほど兄弟ですね。
私は連打していたボタンから指を離して、身体を真っ直ぐに向けて丁寧に頭を下げました。
「ご来客中でしたか。私は隣に住んでおります、神と申す者です。晴壱さんからは主に食事をお世話して頂いて…」
「自分でどうにか出来るようになれよ。」
「あ、晴壱さん!本日もお日柄が良く…」
推定弟さんの後ろから出てきた見慣れた顔にホッとする。呆れた顔をされていますが、そこは私も死活問題を抱えておりますので。
ところで狸ちゃんは…あぁ、晴壱さんの服の中に隠れているのですね。人間嫌いですものね。
「あー…いいから、パンかなんか適当に探してくるから待ってろ」
「わぁ、助かります~これでまた生き延びますねぇ」
「…兄貴、待って。兄貴が食べ物あげないと食事しない人?」
「…まぁ、そうなるか?」
「そのようになってますねぇ。光合成を目指したいものです。」
まぁ、神ですので死ぬことはないと思いますが。人間の身体は不便なもので…こうして空腹に耐えられなくなったら晴壱さんに食糧を恵んで頂いております。
信じられないものを見るような目付きの弟さん、ストレートな感情を向けてくるところはお兄さんにそっくりですねぇ。
「それなのにお腹空いてこんなに騒ぐって…兄貴、また来る。アンタは俺と来て。」
「おやぁ?」
世間で言うドン引きをされていたようですが、弟さんは何故か私の手をガシッと掴んできました。よく分からない方ですね。
ふわりと私の長くて真っ白な髪が浮いたと思えばそのまま引っ張られたので流れに従えば当然玄関からは遠ざかります。
(…あ。狸ちゃん、おはようございます)
心配してくれたのか、晴壱さんの着ているトレーナーの首元からぴょこんと顔を出した狸のお人形さんが見えました。今日も可愛らしいですね。
大丈夫ですよと空いている方の手を狸ちゃんに向けて振っていたらエレベーターに引きずり込まれました。
まぁ神ですから、いざと言う時はどうにでも出来ますとも。
腕を掴む力も緩んだので、よいしょと自分でしっかりと立って目の前の男性を見ました。おやおや、晴壱さんも大きいですが弟さんも大きいですね。真っ黒な髪と目が真面目そうな雰囲気を出していますねぇ。
「さて。…えー、どちら様でしょうか?」
「…秋弐」
「秋弐さん。晴壱さんの弟さんですね?よく似てらっしゃる…」
「アンタの名前は」
「私ですか、私は神と申します」
「名前」
「あー…尊、ですかね?」
確か、このマンションの入居の書類にはそう書きましたね。我ながら名前の決め方が雑すぎたのか不動産でも本名かと二度見されました。
「ですかねって…俺には本名は教えたくないって事か?」
「いえいえ、あまり使わないので曖昧になっていただけですよ」
おや、またもドン引きの目線ですね。素直な方のようです。
そんな事よりもお腹がぐぅぐぅ鳴っているのには慣れませんね…せめて晴壱さんにパンを貰ってから移動したかった。
「秋弐さん」
「…なに」
「もうしばらくしたら行き倒れますので、お話はなるべく短めで早急に終わらせて頂きたく…」
「は?」
「あ、経験則で物を申しております」
三度目のドン引きを頂きました。ペースが上がってきましたね。
行き倒れたら迷惑がかかるから予め通告しているのに…神の気遣い、届きません。
「………なんで、兄貴はそんなギリギリまで食べさせないんだよ」
「晴壱さん?」
はて。何故そこで晴壱さん。
私は晴壱さんと共に居る狸ちゃんの監視という名目で現界している神です。正真正銘、神様です。
成仏せずに人形に宿ってしまった狸ちゃんの霊の様子を見られればそれでいいので、本来なら晴壱さんは全く関係ないのですが…
狸ちゃんが晴壱さんと一緒に居たいからまだ成仏しないと言い張るので関わらざるを得ない関係でして。
ついでに時々食糧を恵んでもらっていますが、そこは晴壱さんからの慈悲ですので、むしろ当たり前とする方が烏滸がましいと言いますか。
神とはいえ、晴壱さんは私を信仰していませんからね。それでも慈悲をせびりますが。飢えるので。
───あぁ…私ってば、いつから人々から信仰されなくなったのでしょうね。
考えたら悲しくなってしまいました。ほろりと涙を流すと慌てた秋弐さんがすかさずハンカチを目元に当ててくださいます。お優しい方のようで。
「そんなに辛いのに……なんで」
「はぁ…確かに(空腹は)つらいですが……面倒だから、ですかねぇ」
「はぁ?面倒とか言われてんの?」
「言われ…?」
会話が噛み合っているようで噛み合っていない。これはどういうことでしょうか。秋弐さんの言いたい事が理解できません。
「とりあえず、どっかで食べさせるから…倒れそうならほら、掴まってて。」
「わっ。…力持ちですねぇ」
「尊が軽すぎるんだよ……クソ。」
いきなり横抱きにされて驚きました。さては距離感近めのタイプですね?
まだ倒れない予定でしたが…まぁ狸ちゃんもよく晴壱さんに運ばれていますから、これも人間関係でよくある行動なのでしょう。
しかもいきなり呼び捨てまで。秋弐さんは人懐っこい子のようです。大丈夫ですよ、神は寛大ですからね。
「はぁ…お腹空きました」
「すぐ連れて行くから待って」
連れて行く。どこに。
秋弐さんはどうにもせっかちな性格のようで、説明が足りませんね…
でも大丈夫、それも許せます。私は神ですので。
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