機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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『織定』と墨書した板を打ち付けた表戸が、ようやく開いた。五十過ぎの襷掛けした男が四角い顔を突き出す。

「ああ、富美屋さん、なんか注文、受けてましたかいな」

「いきなり申し訳ありまへん。新しい柄の帯のご相談がありまして」

 茂吉が後ろに控える半次郎を、前に押し出しながら言う。

「こちら、うちの若旦那わかだんの半次郎です、どうぞよろしゅうお願いいたします」

 織屋の土間に足を踏み入れた半次郎は、初めて目にする織屋の中の様子に目を瞠った。話に聞いていた空引きばたは二階建ての大がかりなものである。
 はたの上部にたて糸が高々と吊り上げられ、そこに若い職人が上がって文様を描くように糸を操っている。下の職人が機の前に座して経糸の調子に合わせて踏木を踏み込み、よこ糸を通して織りあげていく。職人が緯糸の巻かれたを滑らせておさを打ち込むたび、シャー、ガッシャン、トントンと軽快な音が響いた。
 茂吉に肘で突かれ、慌てて頭を下げる。

「初めて帯を織るところを見ました、えらい賑やかですな」

旦那だんさんから、跡継ぎは読本狂いやて聞いてますけど、こないなところに来て、どうされましたんや」

 腰を伸ばしながら男は店の間へ上がるように案内する。茂吉が主人の定七だと耳打ちしてくれた。
 土間に沿って奥に続く店の間では、織り上がった帯の仕上げや検品やらで店の者が忙しげである。帯生地の隙間になんとか腰を下ろした。半次郎は勢い込んで冊子の雪華図を広げ、帯の図案について語った。
 定七はちらと紙面に目をやっただけで、顔を顰める。

「雪華ねえ、売れるかどうかわかりまへんな。雪月花はよくある柄ですし」

 前のめりになって半次郎は食い下がった。

「工夫次第で売れます、売れるような意匠を、きっと作り出げてみせます、なあ」

 同意を求めても茂吉は目を合わさない。定七は出来上がった帯の方へ目を向けて、もう腰を浮かせている。 

「お客の注文でもない帯を何本も作るて、買い手がつかんでも富美屋さんで支払ってくれますのかいな。旦那さん、ほんまにご承知なんやろか。図案と値段によりけりで、糸の工面も織りの工程も変わってきますんや、わかってますのんか? まあ図案も見んことには、引き受けられまへん」

 そう言って定七は立ち上がって、空引き機の方へ戻っていく。茂吉も立ちあがった。

「下絵ができたら見てくれますな、今度は下絵を持ってきます」

 半次郎は定七の後を追って声をあげた。定七は振り返りもしなかった。

 織屋の外に出れば、すっかり夜闇が下りて機織はたおりの音は細々としか聞こえない。腹が減ったと帰りたがる茂吉にしつこく頼んで下絵師の家を教えてもらい、先に店に帰した。一人で聞き出した家に向かう。西陣の北端、寺之内通の東側にある軒の傾いだ家だった。
 ささくれた表戸を叩くが返事がない。
 半次郎は意地になって何度も戸を叩き、低く声をかけ続けた。

「帯の下絵を頼みに来ました、帯問屋の富美屋です。夜分ですが、どうしても急ぎの図案ですのや。頼みます」

 戸の内は静まり返っているが、建付けの悪い戸の隙間からほのかに灯りが漏れている。微かに酒の香もしていた。絵師は家に居るはずである。

「……頼みます、すんませんけど急いでますのや」

 寄りかかっていた戸がいきなり開いて、半次郎はつんのめった。
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