機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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 天保十三年の正月も、二日となった。

 新町通の帯問屋、冨美屋の奥座敷は、煎れたての大福茶の香ばしい匂いが立ち籠めていた。
 座敷で母親と並んで新年の挨拶をしている半次郎の幼馴染の佐世は、室町通の小間物屋・紅やの娘である。母親は黒縮緬の紋付姿だが、佐世は珊瑚色の綸子地に四君子を染めだした振袖をはんなりと纏い、座敷に花が咲いたごとくである。十六になり、艶やかさが増していた。
 親同士が親しいので、半次郎と佐世が幼い頃から、二人をいずれ夫婦にしようという話があった。

 半次郎も座敷に呼ばれて、一緒に亀屋伊織の干菓子を食べた。その後、二階の自分の部屋に佐世を連れて上がった。江戸の版元、丁子屋文溪堂から買い付けたばかりの『南総里見八犬伝』の最終巻を、半次郎はうやうやしく佐世に手渡した。

「もうわては何回も読んだんや、しばらく貸してあげる」

 佐世は薄く紅をひいた唇を、半次郎の耳元に寄せた。

「いつもおおきにえ。なあ、富美屋さんとこは帯、たんと売れてはる? うちの店は櫛、笄やら安いもんしか売れんて、お父はん、いっつも嘆いてはる」

「どないやろか。いつも通りの正月ができてるよって、なんとか売れてるんやろう」

「しっかりせんと、他人事やないえ。人は霞を食べては生きていかれへん。読本の中みたいな絵空事は、ほんまの商いには通じまへん。読本買うのもお金、遊びに行くのもお金、稼ぎがないとなんもできんのやから」

 年下なのに姉のような口をきく佐世に、目尻を釣り上げて見据えられると、胸がざわついて見返せない。甘い白粉の香が胸に沁みて苦しくなった。
 紅や母子を見送って部屋に戻ると、半次郎は読みかけの『偽紫田舎源氏』の冊子をひろげた。子供の頃には算盤は厳しく習わされたが、両親も店の者も諦めたのか、二十三になる今では日がな一日読本を抱えて書き物をしていても、誰も文句を言わなくなった。
 昨年五月と十月、ご公儀より奢侈禁止令が出されてから、京の呉服を商う店々にも町奉行から贅沢品を扱うことを禁じる厳しいお達しが下された。お触れが出されて以降は、土産物の他は売れ行きが振るわず、京の景気は冷え込むようである。
 それでも半次郎は、いずれ店の主になっても商いは人に任せて戯作を書くのやと目論んでいた。

 手代の茂吉が襖を開けて顔を出した。

「半次郎坊ちゃん、店に病人みたいな柄の悪い男が来てます。ここの半次郎さんに用がある、言わはって、裏に案内してますけど」

大晦日の夜更けに祇園社であったことを、半次郎は思いだした。

「ほんまに来たんか? どないしよ。うっかりほんまの店の名を言うてしまったんやった」
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