機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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「ちょっと小粒貸してくれんか」

「正月から厄介ごとは勘弁ですよ」

 眉根を寄せる茂吉を拝み、小粒銀を三粒ほどもらった。大金せびられたらどないしよと、半次郎は首を竦めて店の裏木戸に出てみる。
 大柄で骨ばった躰つきの男が、寒そうに立っていた。
 悪口あくたれ祭では暗すぎてびいどろが光る眼つきしかわからなかったが、白抜きの家紋が擦れて見えなくなった法被に三尺帯を締めた格好である。
 明るい日の下で見ると、怪我したという足をしっかりと踏みしめて、頬がこけた顔は蝋のような艶のない白さだった。

「祇園さんではえらいご無礼しました。おみ足はもう大丈夫のようで、なりよりですわ」

 男は店の佇まいを眺めたまま、咳払いして肩をいからせた。懐手をしているが、匕首あいくちでも忍ばせているのだろうか。半次郎は後ずさりした。

「なかなか立派な店ですな。表からも見せてもらいやしたが、若旦那の店、どんな商いをしてるんです?」

「まあ、うちは問屋ですけど、店売りもやってますし、お客さんの注文を受けて、色柄から帯地まで選んでもろうて、好みの帯を仕立てたりもしてますんや」

「手広い商いで繁盛してるようですな、それならこっちも都合がいいや。薬代、いただきに参りましたんで」

 ほれ、こんな風に足が痛むんでさ、と言いながら、男はわざとらしく脚を引き摺って歩いて見せる。

「日にち薬で治るんやないですのか? 薬が要るようには見えまへんけど」

「あっしが嘘を言っているとでも? 旦那、そりゃあ、えらい言い草ですな」

 落ち窪んだ目の奥を光らせて凄む男に、半次郎は身を縮める。
 男の捲った袖から突き出た左腕には、艶やかに笑む妲己の刺青が彫られていた。
 半次郎は引き攣った笑いを浮かべて、男の顔色を伺う。

「いえいえ、言いがかりやなんて滅相もありまへん。お薬代、もちろん用意してます」 

 先ほど手に入れた小粒銀を、うやうやしく男の手に握らせる。ふと触れた指先が、雪のように冷たい。

「ふん、これっぽちで足りると思ってんのかい! 脚も悪いが、風邪をこじらせて薬がいくらでも要るんでさあ。また来るから、今度はきちんと用意しといておくんなさいよ」

 男は反っ歯を剥き出しにして笑い。こちらを睨みつけてきた。懐手の右手では、刃物の柄を鳴らすような音をさせている。
 臭い息を吐きながら舌打ちをすると、やっと背を向けた。
 半次郎は去っていく男の痩せた背中を見送りながら、半べそをかいていた。

 
 明くる日の初売りから、半次郎は店が開くと慌てて使用人に混じって店に出るようになった。番頭に手代、丁稚にいたるまで目を瞠って呆れられたが、そんなことに構ってはいられなかった。
 今度あの男が金をせびりに来たら、騒ぎになる前にうまく宥めて追い返すため、居ても立ってもいられなかったのである。
 店先に出てもすることがないので、半次郎は売り場の棚に積まれた帯や帯地、衣桁に掛けて飾られた綴織や緞子の帯をまじまじと眺めた。間近で見るのは初めてで、汚れがないが確かめて恐々と触ってみたりもする。
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