4 / 23
4
しおりを挟む
店の間の奥には壁に沿ってずらりと棚が据えられて、売り物の帯が並べて積まれている。半次郎はこれまで店の間に出入りしても、棚に置かれた商いの品に目を向けたことはなかった。
朝からこうやって用もないのに店に出てみれば、手持ち無沙汰のあまり、棚に並ぶ帯を眺めるしかない。
端から順に見ていけば、一番多く取り揃えてあるのは、女物の昼夜帯であった。
明和や安永の頃は飛ぶように売れたと聞く昼夜帯は、片面が光沢のある黒繻子地、裏面はさまざまな色柄や生地、松竹梅など草木文様から棒縞、弁慶格子に更紗柄、ビロード地、毛織物の呉呂服連地までを取り合わせている。見ていて飽きることのない品揃えであった。
男物では、独鈷柄の博多帯があらゆる色調で並べられている。
生まれ育った店なのに商いの品である帯には触ったこともなかったと、つい手が伸びて帯を広げて見入ってしまう。
「あれ、若旦那さん、売り物は手の脂を拭ってから触らなあきまへん」
後ろから手代の茂吉が顔を突き出してくる。店に出るようになって若旦那と呼ばれるようになり、背筋がむず痒い。
「ああ、それくらいわかってる、おれはいつだって綺麗な手や」
「帯をどこぞに持って行くおつもりやないですやろな、勘弁して下さいよ、手前らが怒られますのやから」
茂吉は声を潜めて、棚の前に立ち塞がろうとした。
「信用ないんやなあ、うちの店の商いの様子を知っておこうという殊勝な心がけや。褒めてもらわんといかん」
「そないやったら、仕入れたばかりの桜の柄の染め帯、棚のそこ、手前に並べるのを頼みまひょか」
傍に置いてあった帯の包みを指さし、茂吉は忙しそうに帳場格子の内へと戻っていく。
半次郎は包みの中から、薄桃色の帯を取り出した。梅柄の帯の横に、花開きかけた桜花を染めた帯を並べる。
薄暗い店の壁沿いに、艶やかな灯が点ったようであった。
頼まれた品を並べ終えてからも、半次郎は棚の前で緞子の帯など眺めて時を潰していた。
気づいたら、店先が騒々しくなっている。
「いかん、店先を見張っているつもりやったのに忘れとった!」
慌てて店の表に出てみると、なにやら噎せ返る生臭い匂いが立ち籠めていた。
「ああ、若旦那さん、なんやらあちらのお客さんがこれを土産に持ってきたと言われてますけど……」
怪し気な芥が入った木箱を抱えた丁稚が困り果てた顔で、こちらを見てくる。女客たちが鼻を摘まんで顔を顰めていた。
朝からこうやって用もないのに店に出てみれば、手持ち無沙汰のあまり、棚に並ぶ帯を眺めるしかない。
端から順に見ていけば、一番多く取り揃えてあるのは、女物の昼夜帯であった。
明和や安永の頃は飛ぶように売れたと聞く昼夜帯は、片面が光沢のある黒繻子地、裏面はさまざまな色柄や生地、松竹梅など草木文様から棒縞、弁慶格子に更紗柄、ビロード地、毛織物の呉呂服連地までを取り合わせている。見ていて飽きることのない品揃えであった。
男物では、独鈷柄の博多帯があらゆる色調で並べられている。
生まれ育った店なのに商いの品である帯には触ったこともなかったと、つい手が伸びて帯を広げて見入ってしまう。
「あれ、若旦那さん、売り物は手の脂を拭ってから触らなあきまへん」
後ろから手代の茂吉が顔を突き出してくる。店に出るようになって若旦那と呼ばれるようになり、背筋がむず痒い。
「ああ、それくらいわかってる、おれはいつだって綺麗な手や」
「帯をどこぞに持って行くおつもりやないですやろな、勘弁して下さいよ、手前らが怒られますのやから」
茂吉は声を潜めて、棚の前に立ち塞がろうとした。
「信用ないんやなあ、うちの店の商いの様子を知っておこうという殊勝な心がけや。褒めてもらわんといかん」
「そないやったら、仕入れたばかりの桜の柄の染め帯、棚のそこ、手前に並べるのを頼みまひょか」
傍に置いてあった帯の包みを指さし、茂吉は忙しそうに帳場格子の内へと戻っていく。
半次郎は包みの中から、薄桃色の帯を取り出した。梅柄の帯の横に、花開きかけた桜花を染めた帯を並べる。
薄暗い店の壁沿いに、艶やかな灯が点ったようであった。
頼まれた品を並べ終えてからも、半次郎は棚の前で緞子の帯など眺めて時を潰していた。
気づいたら、店先が騒々しくなっている。
「いかん、店先を見張っているつもりやったのに忘れとった!」
慌てて店の表に出てみると、なにやら噎せ返る生臭い匂いが立ち籠めていた。
「ああ、若旦那さん、なんやらあちらのお客さんがこれを土産に持ってきたと言われてますけど……」
怪し気な芥が入った木箱を抱えた丁稚が困り果てた顔で、こちらを見てくる。女客たちが鼻を摘まんで顔を顰めていた。
23
あなたにおすすめの小説
母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―
吉野屋
キャラ文芸
14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。
完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」
貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。
「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」
かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。
ときどき舞い込んでくるトラブル。
慌ててミーナを探しているルカ。
果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。
甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。
*サイトより転載になります。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる