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9(完)
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木曜日の最初の上映回。左右から見たら中央あたり、前後で見たら後ろあたり。隣の座席に番は座る。
映画が終わると、僕のぶんのカップも回収し、一緒に上映室から出てゴミ箱に捨てた。
村雨映人の夏休みは、決められていた期日通りに幕を閉じた。
遊園地や海、夏休みの中で初めて体験したことを話す映人は、しばらく番組に引っ張りだこになった。新しい仕事もいくつかオファーがあったようだが、以前ほどあれもこれも、と出演しようとしない。
『どれくらい熱を傾けられるか、しっかり考えてみようと思って』
その日も僕を家に連れ込んだ永登は、いくつもいくつも送られてくる案件に慎重に目を通していた。
もうしばらく、助走は続くらしい。
今日は夏休み明けに初めて恒例の映画を見ることにして、二人並んで映画を見た。ずっと猫が寛いでいるだけの、ストーリーと呼べるものがあるのか分からない代物だった。
だが、物珍しいと言えば珍しく、ひどい脚本よりも腹が立たないぶん数倍よかった。
「あのさ……」
誰もいなくなった上映室前の待合スペースで、永登はエレベータのボタンを押さない。
僕が彼を見上げると、色付き眼鏡の下で不安そうな瞳が揺れていた。
「稔くんのこと、番のこと。公表、をしたいんだけど」
たっぷりと、わざと間を置いた。
突然、聞かされて、悩んでいるような素振りを見せた。瞳はどんどんと揺れが激しくなり、ぎゅっと眉が寄った。
感情が人に伝わりやすいのは、役者としても人としても彼の美点だろう。
「……ごめん、意地悪した。いいよ、ただ、ライターだってことは伏せたいな。記事に僕個人の色を付けたくないんだ」
「あんまり、驚かないんだね」
ふ、と唇を緩めて、種明かしをする。ポケットから取りだした携帯を操作し、メッセージ画面を呼び出した。
『最近、永登が悩んでるみたいでさ──』
その言葉から始まる悪戯は、彼の悪友から贈られてきたものだ。送り主の名前を見た永登は、ずるずると古いエレベータのパネルにもたれ掛かった。
「隆────……。あいつ、やっぱりそういうとこが……」
はあ、と溜め息を漏らす。携帯を渡すとメッセージを読み、返信画面を開く。『勝手にばらすな』だとか『でも今回は』だとかぐちぐちと文句を書き連ね、送信ボタンを押す。
「まあ、内容はっきりとは言わなかったけど、あんたはこういうこと悩んでそうだなあ、って考えてた内の一個だったから、衝撃は少なかったかもな」
「ちなみに、他は何を悩んでると思ってた?」
壁に凭れたまま、情けない声を漏らす。演技にしてもひどい響きだった。
「『一緒に住もう』とか『結婚しよう』とか、『指輪を選びに行こう』とか」
ずるずる、と大きな身体が崩れ落ちる。おっと、と支えに入り、重い体重を手を広げて受け止めた。
僕にもたれ掛かった永登は、耳元で囁く。
「その三つも、言いたかったんだけど」
「はは、四つとも答えは決まってた」
受け止めた背を抱き返す。
これが映画の中だとしても、古びた映画館での告白は画として悪くないだろう。
「全部、『いいよ』」
唸るように喜びの声を漏らした永登は、ぎゅうぎゅうと僕を抱き竦め、やがて我に返って身体を離すと、照れたように笑う。
まだまだ、エンドロールは遠そうだ。
映画が終わると、僕のぶんのカップも回収し、一緒に上映室から出てゴミ箱に捨てた。
村雨映人の夏休みは、決められていた期日通りに幕を閉じた。
遊園地や海、夏休みの中で初めて体験したことを話す映人は、しばらく番組に引っ張りだこになった。新しい仕事もいくつかオファーがあったようだが、以前ほどあれもこれも、と出演しようとしない。
『どれくらい熱を傾けられるか、しっかり考えてみようと思って』
その日も僕を家に連れ込んだ永登は、いくつもいくつも送られてくる案件に慎重に目を通していた。
もうしばらく、助走は続くらしい。
今日は夏休み明けに初めて恒例の映画を見ることにして、二人並んで映画を見た。ずっと猫が寛いでいるだけの、ストーリーと呼べるものがあるのか分からない代物だった。
だが、物珍しいと言えば珍しく、ひどい脚本よりも腹が立たないぶん数倍よかった。
「あのさ……」
誰もいなくなった上映室前の待合スペースで、永登はエレベータのボタンを押さない。
僕が彼を見上げると、色付き眼鏡の下で不安そうな瞳が揺れていた。
「稔くんのこと、番のこと。公表、をしたいんだけど」
たっぷりと、わざと間を置いた。
突然、聞かされて、悩んでいるような素振りを見せた。瞳はどんどんと揺れが激しくなり、ぎゅっと眉が寄った。
感情が人に伝わりやすいのは、役者としても人としても彼の美点だろう。
「……ごめん、意地悪した。いいよ、ただ、ライターだってことは伏せたいな。記事に僕個人の色を付けたくないんだ」
「あんまり、驚かないんだね」
ふ、と唇を緩めて、種明かしをする。ポケットから取りだした携帯を操作し、メッセージ画面を呼び出した。
『最近、永登が悩んでるみたいでさ──』
その言葉から始まる悪戯は、彼の悪友から贈られてきたものだ。送り主の名前を見た永登は、ずるずると古いエレベータのパネルにもたれ掛かった。
「隆────……。あいつ、やっぱりそういうとこが……」
はあ、と溜め息を漏らす。携帯を渡すとメッセージを読み、返信画面を開く。『勝手にばらすな』だとか『でも今回は』だとかぐちぐちと文句を書き連ね、送信ボタンを押す。
「まあ、内容はっきりとは言わなかったけど、あんたはこういうこと悩んでそうだなあ、って考えてた内の一個だったから、衝撃は少なかったかもな」
「ちなみに、他は何を悩んでると思ってた?」
壁に凭れたまま、情けない声を漏らす。演技にしてもひどい響きだった。
「『一緒に住もう』とか『結婚しよう』とか、『指輪を選びに行こう』とか」
ずるずる、と大きな身体が崩れ落ちる。おっと、と支えに入り、重い体重を手を広げて受け止めた。
僕にもたれ掛かった永登は、耳元で囁く。
「その三つも、言いたかったんだけど」
「はは、四つとも答えは決まってた」
受け止めた背を抱き返す。
これが映画の中だとしても、古びた映画館での告白は画として悪くないだろう。
「全部、『いいよ』」
唸るように喜びの声を漏らした永登は、ぎゅうぎゅうと僕を抱き竦め、やがて我に返って身体を離すと、照れたように笑う。
まだまだ、エンドロールは遠そうだ。
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