魔術師オメガは遊び人アルファに掛けられた恋の呪いを解きたい【オメガバース】

さか【傘路さか】

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 翌朝、食事を取り、用意された服に着替えて待つと、決めた時間通りにフロード様は屋敷を訪れた。

 玄関から外に出ると、華やかな装飾の馬車が迎える。中から降りてきた持ち主は、フリルのたっぷりとあしらわれたシャツに、夏らしく鮮やかな色味の上着を纏っていた。

 足下は歩きやすいようにか、長いブーツがきっちりと脚を包んでいる。

「おはよう、シュカ」

「おはようございます。フロード様」

 白を基調とした車体に、花を図案化した模様が入った馬車は、人を口説くのには適しているように思える。一緒に馬車で出かけよう、と誘われれば頷く人は多そうだ。

 金を持つ貴族は違う。大きな車体と、最新の魔術装置が埋め込まれた構造にこそ視線がいってしまう僕は、側面の装飾よりも車輪を見つめてしまった。

「落ち着いた色味だし、涼しそうでいい服だ。色味が薄いように思えるけど、草木染めの類かな」

「ええ。領地でよく採れる野菜の皮で、派手さはないのですが、僕は好きな色味です」

「あの煮物によく入っている? 美味しいよね」

 野菜の皮、という雰囲気も何もない種明かしにも、楽しそうに笑って僕の腰に手を回す。

 促されるままに馬車の中に入ると、涼しい風が頬を撫でた。魔力貯蔵装置を使って、空調に影響する術式が動いている。

 僕は広くてふっかりとした座席に腰を下ろす。中央にある机の上には、軽食と飲み物が置かれていた。

 フロード様は当然のように僕の隣に座った。御者に声を掛けられ、馬車はゆっくりと発進する。

「外から見て、知らない魔術装置が搭載されているなと気になっていたんです。冷やすことと、暖めることができる?」

「…………ああ。君は貴族であっても魔術師なんだね。そうだよ。馬車の後部に魔力の貯蔵装置が積まれていて、出がけに屋敷の魔術師が魔力を補充してくれた。行き帰りまでは十分に車内を冷やせる」

 それに、と彼は僕の座席の横にある扉を開いた。

 中には飲み物の瓶が積まれており、開いた扉からは冷気が漏れ出している。僕が思わず手を寄せる様を、フロード様は目を見開いて眺めた。

「素敵な馬車ですね」

「君は、きっと外観じゃなく魔術装置に対してそう言っているんだろうね」

「……すみません。魔術学校では寮住まいで暮らしていたら、服や色味の妙が縁遠くなってしまいました」

「別に謝ることはないよ。美しいものには興味はない?」

 柔らかい色の髪は、日差しの色を受けて輪を抱く。そう尋ねるフロード様の顔は、窓から入る日差しを受けて一層美しく見えた。

 彼のような美形に興味がない訳ではないのだが、付き合いたい、だとか、番になりたい、と思う感情が遠い。

 魔術学校で思春期の衝動をすべて魔術に向けていたら、今になって恋というものが分からずにいる。

 恋情を理由に掛けられた呪いを解いてほしい、という依頼自体は多いのだが、話を聞いていても、ずっと距離は他人事のままだ。

「見るのは好きですよ。触れたいとは思いません」

「成る程なぁ。シュカ、はずっと敬称で敬語のままだものね。依頼人にはそうする決まりでもあるの?」

「父にはなにも言われていませんが、何が依頼人の気に障るか分からないので、そうしています」

「ねえ、私たちは年も近いよね。依頼人がお願いしたら、その堅苦しい喋り方は無くしてくれる?」

 彼の笑顔は苦手だ。言われたことを叶えなければ、という気持ちになる。

 圧から来る怖さの中に、ほんの少しだけ揺れる感情が混ざった。

「依頼人が、そう望むなら。……いいよ」

「フロード、呼べるかな?」

「うん。分かった、フロード」

 彼は笑みを深めると、机の上に置かれていた箱を僕に手渡す。

 金属製の箱は蓋が花の形に盛り上がり、彩色されていた。蓋を開けると、中には焼き菓子が詰まっている。

 僕がフロードを見上げると、彼はこくりと頷く。一つ、小さな円形の菓子を摘まみ上げ、口に含んだ。

「美味しい」

「本当に、君は外側に興味がないね。今度は倍の量の菓子を用意するよ」

「きょ、興味はあるよ……!」

 慌てて蓋を裏返し、表面を見る。

 赤い薔薇を象った模様は、隙間なく鮮やかな色に塗られ、つやつやとした保護材で覆われていた。

 僕が蓋を持ち上げて見つめていると、隣からくすくすという笑い声が聞こえた。

「箱、貰っていいの?」

「市井にも出回るような、お土産用の安物だよ」

「くれるなら、貰う」

「そう? じゃあ、中身ごとどうぞ」

 彼に食べなくていいのか、と尋ねると、もう食べた、という返事だった。

 菓子を摘まみ上げ、さくりと囓る。喉が渇いて、机の上にある飲み物を含んだ。

 僕が食べている間、フロードは黙って景色を見ている。

 だが、気配が追ってくるような気がして、指先がうわついた。馬車の車輪が地面を掻き、ふと小石に座面が浮き上がる。

 捉えようもなくふわふわとした、見知らぬ空気があった。

「美味しかった」

「やっぱり、倍の量を買ってくればよかったね」

 伸びた掌が、僕の頭に乗った。欠片すらも残さず空になった箱に、うれしそうに蓋をする。

 僕の家は歴史が浅く、領地も広くはない。彼は安物だと言ったが、とっておいても父は何も言わないだろう。

 蓋を閉じた箱を仕舞うと、小さな鞄はいっぱいになった。

「食べるのは好き?」

「それも、あるけど。解呪の依頼期間中は、よく食べるようにしてるよ。魔力切れが理由で、守れないことがあるといけないから」

 フロードは眉を上げた。

「そうか。私は知らないうちに守られていたみたいだ」

「今、術式は動いていないよ。でも、その式が全力で僕に向かったら、正直、本調子じゃないと厳しいかな」

「君はずいぶんと腕のいい魔術師だと聞いている。となると、相手が悪いのかな」

 フロードは自らの胸に手を当てた。

 掌の下には、蛇の牙のように術式が食い込んでいる。明日、その心臓を絞め殺すかもしれない。その恐れは、誰よりも彼がいちばん分かっているはずだ。

「師匠は、僕よりずっと呪いに詳しく、腕がいい魔術師で……。だから、きっと大丈夫。呪われていることを怖がると、呪いの力は増してしまう。だから、ただ僕を信じて」

 声が揺れないよう、気をつけて言葉を発した。

 貴族たちにとっては見慣れない、神秘的と言われる僕の容姿は、こういう時にうまく機能する。

「そうだね。怖がらないのは難しいけれど、君を信じることは容易いよ」

 彼は、僕に開いた掌を差し出す。

 望まれているような気がして、その手に自分の手のひらを重ねた。フロードに痛みを感じる様子はない。術式も、動いているような様子はなかった。

「シュカは体温が高いのかな。触れていると安心するよ」

 あからさまな口説き文句を何の好意もない人間に対して吐くのに、それが良く似合っている。

 遊び人だと知らなければ、柔らかい空気に釣られてころっと落ちてしまいそうだ。

「それで落ち着くのなら、好きにして」

 そう言うと、彼は僕と手を繋いだまま、軽く肩を寄せてくる。

 重い、と文句を言うには羽でも載っているようなそれに、口を噤んで馬車に揺られた。

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