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フロードとは暫く、会う予定を立てなかった。彼が思いつく限りの償いと、誠実な別れをしてくる、そう言ったからだ。
会わない間、時おり手紙と菓子が届けられた。詳細な謝罪については書かれておらず、来訪した地名と、その場所での近況が書かれている。
途中までは元恋人の人数をなんとなく数えていたのだが、本当に両手の指を超してから数えるのをやめた。
毎回届けられる美味しいお菓子は、各所の名産品ばかりだ。
随分と会っていない筈なのに、手紙と土産の所為か離れている気がしない。彼にとって数でしかない昔の恋人たちも、この気遣いに絆されていたのだろうか。
「やっぱり、古い書物は見つかりにくいな……」
一方の僕は、西の魔女の呪いを解く術を教えた、という東の魔術師について調べを進めていた。
起きてから寝るまで、国立の書庫や、書店に行っては古い書籍をあたった。
古い書籍というものは、ある一定の時代からめっきり姿を消す。
魔術的な歴史の断絶というものが、大戦争時に一度起きている。大断絶以前の時代は書物の印刷技術も未発展であり、本の絶対数も少なかった。
よって、数百年前に生きた、東の魔術師についての情報は、必死で見つけた本を数十冊当たって数行の記述が見つかるかどうかだ。
よくあるのは、西の魔女でも考えられるように、教えを受けた弟子が師匠と同じ呼び名を引き継ぐことだ。だが、同じ呼び名を引き継いだ、東の魔術師、なる人物が存在するかすら追えていない。
飽きるほど捲った頁を放り、堅くなった肩を揉む。机の端に置いていた容器の蓋を開け、中の菓子を口に放った。
干した南国の果物の甘みが口に広がる。届けられた土産は、こうやって書物を読み解く際のいい友となっていた。
「シュカ。少しいいか?」
扉を叩く音と共に、父の声がする。
開けることを了承すると、ゆっくりと扉が開いた。
「首尾はどうだ」
「上々……、と言いたいところだけど。全く」
父は数冊の本を、机の脇にある山へ積み上げた。
専門外ながら、父も時間が空いたときに手掛かりを探してくれている。
「ありがとうございます」
「いや。フロード様の父君……ローレンツ家の御当主から、シュカの尽力に感謝する、との言葉を頂いた。どうやら、あちらの家で『とても親切にしてもらっている』と評判らしい」
父に続いて、給仕が入ってくる。冷えたポットを交換すると、新しいカップと焼いたばかりの菓子を置いて去っていった。
僕はまだ湯気の立ち上る菓子を摘まみ、口に含んだ。
「あちらから、呪いが無事解けた暁には、見合いでもどうかと打診が届いた」
「見合い、は……」
「勿論、シュカとフロード様の間で、だ」
摘まんでいた菓子が、ぽろりと皿の上に転げ落ちた。
ぽかんと父を見上げると、視線を向けられた方も肩を竦めている。
「私も、うちの家は領地も狭いし、とても釣り合いが取れないとやんわり伝えたのだが、あちらは、救世主、とでも言わんばかりで」
「あの、僕も。あまりにも釣り合いが取れていないし……」
父には伝えておいた方がいいだろう、と身体をそちらに向ける。
「フロード……様の呪いは、好意を持つ人に触れると心臓を握り潰すような痛みを覚える、というものです。ですが、その呪いは、あの方が好意を持っていない僕相手には発動しません。フロード様はアルファですから、神殿経由で相性のいいオメガを探すべきでは?」
「あちらは神殿には雷管石を預けているそうなんだ。それでいて、相手が見つかっていない。だからこそ、見合いを、という話が持ち上がったのかもしれない」
けれど、と僕は言葉を言い淀む。
「運命の番を、蔑ろにするようなことは……」
「……そうだな。私もシュカに無理強いをしたいとは思っていない。まずは解呪を、そして二人の考えに任せる、と、そう返事をしておこう」
父は僕の肩に手を置くと、思い出したように先ほど積み上げた本を持ち上げる。
紙を糸で束ねてあるだけのその本は、装丁されている他の本と比べると異質だった。
「この本は、遠い東の国の古語で書かれているんだが、シュカは読めるか? 難しいようなら、読める者を手配するが」
「師匠が教えてくれたので、多少は。題名もない……これはなんですか?」
「うちの先祖の日記、だ。本当なら今回の件には関わらないはずの本だから、読むのは最後でいい、いいんだが……」
父は本をそっと置くと、腕組みをする。
最後でいい、と言っておきながら自らの言葉に疑問を持っている様子だ。
「東の国には、人魚、と呼ばれる存在がいる。その存在は、この国では妖精、と括られる存在のうちの一種だ。人魚の肉を食らえば不老不死になると伝えられ、強大な魔力と、美しい声を持つと言われていた」
「この国にも、水妖が歌う港町が存在します。同じ種族なんでしょうか?」
「私は共通点の多さから、同じ、もしくは類似した存在だと考えている。我が一族には強い魔力を持つ者が多く、その特性を持つ者はえてして長寿だ。先祖返り、と呼ばれるような人間もいる。その理由として、古い祖先の中に人魚の血を引く者がいるからだ、と言い伝えられてきた」
「僕の先祖に、人魚がいる……?」
居てもたっても居られず、その日記と呼ばれる書物の頁を捲る。
確かに古語が使われていたが、癖のある字ではなく、読み解けないこともなさそうだ。
「人魚の肉、骨、涙、そして血。それらには薬効があると信じられている。その効能は、人魚が、水妖が持つ強大な魔力から齎されているものだ。西の魔女は確かに強大な魔力を持っているが、それは、人外のそれを上回るほどだろうか、と考えると……」
「もし、呪った人物に謝罪しても呪いが解けなければ、こちらの方向から解呪の手立てを探れるかもしれない……?」
「可能性があるくらい、だがな。まあ、他に文献が見つからなかった時にでも、読んでみるといい」
父は本から視線を外さない僕の頭を撫でると、卓上照明の位置を整えて部屋を出て行った。ぱたん、と静かに扉が閉まる。
他に文献が見つからなかったら、と言われたが、この文献を追うべきだと考えた。
西の魔女の呪いを解く術を教えた、東の魔術師の情報はほんの少ししか集められていない。だが、その中に、強大な癒やしの力を持つ、と記載があったのだ。
東の魔術師が、人魚と、水妖と関わりがあるのなら、呪いを解くことができた理由に近づけるかもしれない。
「──────」
本を読み解くのに、一昼夜かかった。
日々のくだらない話から、先祖の出自まで、日記の量は大量で、その中から必要な情報を拾い上げる必要があったからだ。慣れない東の国の言葉、更には古語、ということもあり、読み解く速度も上がらない。
途中、給仕が何度か食事を運んできた。本から視線を上げないまま口に運び、味もわからないまま咀嚼する。
そして、ようやく求めていた記述に辿り着いた。
『人魚の血を引く者は、癒やしの魔法に長ける傾向があるようだ。人魚の強大な魔力は、水のように属性を持たず、人の魔力と馴染む。だから人魚は、人の魔力を我が物のように扱う。人魚に扱われた魔力は、重い病すらたちまち治してしまうそうだ。人魚の血を引く我々の中にも、よく癒やしの魔法使いとなる者が現れる。それは、人魚の血の成せる業であろう』
僕は解呪の時、相手の魔力をよく辿るのだが、その際に拒否反応を起こされることは少ない。
魔力には好き嫌いがありがちで、持ち主が違和感を抱いていると探知に影響が出る。
その特性をこれまで偶然だと思っていたが、僕の中に流れる人魚の血も、何代も過ぎて尚、まだ力を失ってはいないようだ。
「今、『西の魔女』『東の魔術師』を名乗る人物の居場所は分からない。だけど、有名な人魚……水妖が歌う港町の場所なら分かる」
港町に行けば、水妖は僕が似通った血を引いていると分かってくれるだろうか。協力を仰げば、血や骨、肉はともかく、涙くらい貰うことはできないだろうか。
東の魔術師が、どうして西の魔女の呪いを解く術を知っていたかは分からない。
だが、もしかしたら、人魚の力こそが、呪いを解いたのではないか。
「水妖の魔力が、西の魔女のそれを上回るのなら……あるいは」
解呪は原因を取り除かなくとも、術者が諦めなくとも、解呪者の魔力が上回れば可能である。
自分の身近な存在の中で、西の魔女を凌駕する力を持つ存在の手掛かりは、これしかないように思えた。
「それにしても……水妖って、お伽噺にも程が」
ああ、と濁った声を吐き出して、めいっぱい伸びをした。
机の上に伏せて、目を閉じる。目が覚めたらまた調査を再開するつもりだ。だが、あまりにも遠い話にくらくらして、眠りでもしなければ頭の熱が引きそうになかった。
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