魔術師オメガは遊び人アルファに掛けられた恋の呪いを解きたい【オメガバース】

さか【傘路さか】

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 日によって、浜辺へと行く時間を変えている。今日は深夜、と呼べる時間だ。

 角灯を持ち、中に光を灯す。ぼう、と光が浮かび上がると、別荘を離れた。

 昼間は人通りの多い通りも、この時間には人の姿は見えない。二人で揃って歩く足音だけが、思ったよりも浮き上がって聞こえる。

 波の音は夜でも絶え間なく、水面は夜の黒を映して、どっしりと構えている。水妖だろうが、巨大生物だろうが、全ての命が存在しうるような黒だった。

 浜辺に立つと、ゆっくりと歩き出す。周囲に人影はなく、今日も外れだった、と息を吐いた。

「今日もいないね」

 呟く声は、そこまで落胆するような響きではない。

 僕も同意して、どちらからともなく散歩を始めた。流れ着いた木、瓶。それらに角灯で色をともしながら、波打ち際を歩く。

 ふと、視界の端に光が揺れた。そちらを向くと、見覚えのある二人連れの姿があった。彼らは僕たちに気づくと、ゆっくりと浜辺に降りてくる。

 さく、さく。お互いが近づくための足音は、ただ静かだった。

「こんばんは。こんな夜遅くに、散歩ですか?」

 フロードがにこやかに声を掛けるのだが、それと同時に、彼は護身用の短剣のある位置に手を近づけていた。

 不思議に思いながら相手を観察すると、金髪で長身の男の腰に、僅かに膨らみが見える。相手が帯刀しているからか、と同行者の様子に納得した。

 対して、金髪の男はゆったりと両手を挙げてみせる。

「刀は護身用だ。切り付けたりはしないから、殺気を仕舞ってくれ」

 フロードは息を吐き、だらりと腕を下ろした。

「ああ。済まなかった」

 金髪の男は動くことに慣れた体付きをしており、しなやかさはあるが、空気は武人のそれに近い。無闇に争いたくない相手だった。

 角灯を持ち上げると、その男はにかりと笑う。

「ここに来たのは、散歩のためだ。────?」

 さく、さく、さく。金髪の男を通り越して、ローブ姿の青年が僕の前に進み出る。

 黙って握手を求める形に差し出された手に、疑問に思いながらも手を握り返した。

 ゆったりと、相手の魔力が皮膚を伝う。

 静かな波のような魔力は海そのものでありながら、底知れない強さは夜の海を感じさせた。

 ほう、とその人物は息を吐き、フードを下ろす。

「こんばんは。君は、自分の出自を知っているのかな?」

 凄絶な、と頭に付けたくなるような美人だった。編まれた長い髪が、布の隙間から零れる。

 その人の瞳は、昼の海のような青だ。何を問いたがっているかは、容姿と、魔力の特性から察した。

 僕と、この人の魔力は似ている。

「はい。水妖に類似した存在の血を引いている、らしい、です。何代も過ぎて、薄まってはいますが」

「薄まってる? 君、先祖返りなのかな。その割に、力自体はうまく使えていないみたいだけれど」

 ふ、とその人は唇を持ち上げると、急に魔力を流した。

 どくん、と心臓が跳ね上がり、魔力が引き出されるような感覚を味わう。水の底から、一気に引き上げられたような気分だった。

「何、を……?」

 僕の言葉を聞いてフロードが止めに入ろうとするのを、金髪の男が制する。

「おいで」

 僕の手を引いて、その人は波打ち際へと歩いていく。

 彼が見つめる視線の先、その方向を見ると、ちらほらと波が立っているのが分かる。しかも自然のものではない、魚が跳ねた時のような波だった。

 目元を擦るが、その場所には何もいない。

「人が多くて、恥ずかしいようだね」

「何が、ですか?」

「君たちが水妖と呼ぶ存在」

 咄嗟に海に入っていこうとする僕を、彼は手を引いて止める。

 彼の視線の先に、僕はなんの像も結ぶことができない。けれど、水妖は唯一、フロードの呪いを解く手掛かりだ。

「あ、あの。僕、呪いを解かなきゃいけなくて……! だから、水妖に協力してもらえたら、呪いが解けるかも────」

「呪い?」

 その佳人は周囲を見渡すと、フロードの方を見る。その瞳が丸くなり、僕との間に繋いでいた手を放した。

 ざくざくざく、と早足で近寄ると、面食らっている呪いの被害者の手を取る。

「西の魔法使い、の式か……」

「えっ?」

 魔術師の言葉に、隣にいた金髪の男が声を上げる。

 二人とも、古い言葉でいえば『西の魔法使い』……西の魔女を知っているようだった。

 僕は三人に近づき、口を開く。

「その人、フロードが……ええと、何人もの人と同時に付き合ったりしてて。おそらく、その中の一人が、西の魔……法使いに依頼をしたと思うんです。まず、依頼主に謝りに行くのがいいと思って、心当たりのある人に謝って回ったんですが、呪いに変化はなく。それで、以前、西の魔法使いの呪いを解いた東の……」

 僕の言葉に、魔術師はぴくりと肩を跳ねさせる。

 ああ、と声を上げたくなるのを堪える。何となく、彼の正体が分かってしまった。

「東の魔術師のことを調べて。水妖との共通点から、その魔術師が水妖の力を借りて解呪した可能性を考えました。それで、今回の呪いも、水妖に頼めば解けるんじゃないか、と、こうやって会いに来た次第です」

「成程、なあ……」

 『東の魔術師』は面食らったように、長く息を吐き出した。

 ううん、と人間臭く首を傾げ、こめかみを揉む。

「…………色々、説明してあげたい気持ちはあるんだけど、君は妖精と気質が近いみたいで。突っつくと、こちら側に寄ってしまうと思うんだ。君は人の間で生きると思うから、答えは黙っておく。けれど、一つくらいは、手助けをしてあげようね」

 東の魔術師は、す、と息を吸う。

 あ、あ、と声音を調整し、詠唱を始めた。

『─────、─────────』

 詠唱式は聞き取れない、読み取れない。古い言葉を使っているようだった。

 詠唱の途中、波打ち際に白く不自然な泡が立つ。ぱしゃん、と水をはね散らかす音がして、詠唱に歌が乗った。

 水妖は喜びを歌う。最近ではそう言い伝えられているが、昔は死んだ男を悼んで、愛を歌い続けていたそうだ。

 魔力の高まりと共に、空間に裂け目ができる。光り輝くその断面を割るように現れたのは、炎を人にしたような女性だった。

 豊満ながら括れのある体つき、長い髪を高い位置に結い上げ、ぽってりとした唇が印象的な美女。

 名乗られる前に、誰であるかはっきりと分かった。

「あら、『東の』の呼び出しに応じてみれば、……ちょうど良かった!」

 西の魔女は、高いヒールで砂浜の上をざくざく踏みしめると、フロードの前に立った。にっっこり、とでも表現できそうな、圧の強い笑顔を浮かべている。

 彼女は腕を振り上げると、ばんばんと呪いの被害者の肩を叩く。

「探してたのよォ?」

 僕は咄嗟に二人の間に割って入ると、記述式の術を途中まで綴った。手元に溜め、ぎり、と西の魔女を睨め付ける。

 視線を受けた彼女は平然と、僕を見下ろす。そして、東の魔術師を見て、また僕に視線を下ろした。

「あたしはこれ以上、何かするつもりもないわよ。その物騒な魔術は解除しなさい」

 僕が術式を解かずにいると、西の魔女は長く息を吐いた。

「…………苛め過ぎちゃったかしら」

「西の魔法使い。依頼主は何と?」

 向かい合う僕たちを宥めるように、二人の間に東の魔術師が立つ。対極の美が揃っている様は、こんな状況でなければ素晴らしい眺めだった。

「そうなの。この人の呪いの依頼主から連絡があって、誠実な謝罪があったからもう呪いは解いていい、って」

「だったら、早く────」

「でも、その呪い。掛けた側が解くの面倒なのよねェ」

「「はぁ!?」」

 声を裏返らせたのは、僕と東の魔術師だった。

 西の魔女はけらけらと笑い、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。怒りたいのだが、相手の空気に呑まれて呆気に取られるばかりだ。

「平気平気。ゆがんだ恋の呪いには、絶対的な解呪が存在するのよ。『真実の愛を捧げられれば解ける』ってね」

 彼女は僕にちらりと視線を向けると、にま、と嫌な笑いを浮かべた。

 僕の両肩をぽんぽんと叩くと、何かを言いたげに頷く。

「────ということで、後のことはよろしく!」

 じゃ、と西の魔女は片手を挙げ、自分で空間を割って帰って行ってしまった。

 炎の残像が消えると、周囲には闇が戻ってくる。

 唖然とする僕たちは、微妙な表情で視線を交わし合った。

「ええと、情報を纏めると、この呪いは西の魔法使いでも解くのが面倒な呪いで、解きたくないので、そっちで解いてくれ、と」

「呪いが解ける条件は、真実の愛を得ることだ、と」

 東の魔術師は難しい顔をしていたが、金髪の男はその魔術師の方に手を置くと、とんとん、と叩いた。

「なら、すぐ解けるんじゃないか。あとの事は二人に任せた方がいいだろ」

「え?」

 東の魔術師は何も分からない、というような顔をしていたが、金髪の男はそれを空気で押し切る。

「こちらも、それでいいよ」

「フロード!?」

「西の魔……魔法使い、だったか。が、そうしろ、と言うなら従った方が、後腐れなく解除できそうだしね」

 彼の言葉は、呪いの性質からしても間違ってはいなかった。依頼主は謝罪されて呪いへの執着はなくなったようだし、術者である西の魔女も解くことを容認していた。

 あとは、彼が『真実の愛』を受けて呪いが解ければ、解呪としては完璧といえる。

「お二人は、水妖に会いに来たのかな? それなら、私たちはお邪魔だね」

 フロードは僕の手を引くと、二人に手を振って歩き始める。

 僕は手を引く人物と二人の間を交互に見つめながら、困惑の中で声を絞り出した。

「あ、あの! 西の魔法使いに会わせていただいて、ありがとうございました!」

「いいえ。また、縁があれば」

「じゃあな」

 二人は僕に手を振り終えると、方向を変えて波打ち際まで歩いて行く。

 僕たちは足早に浜辺を立ち去ると、振り返らないようにして海から離れた。波の近くから漂う気配は人ではない、大いなるもののそれで、気を抜けば飲み込まれてしまいそうだった。

 別荘に近づいて、ようやく安堵の息を吐く。

「あの、魔術師の人。『東の魔術師』だったかな」

「だと思う。なんか、僕と魔力の波が似てた」

 僕は妖精の血を引いている。東の魔術師から言わせれば先祖返り、といえるほど力はあるものの、上手く力を引き出せてはいないようだ。

 だが、東の魔術師はすべてを僕に知らせようとはしなかった。知ることで僕が揺れて妖精側へ近づいてしまうと、人から外れる、おそらく長命を得てしまうらしい。

 あの場にいた佳人は、古い時代の、それこそ何百年も前から言い伝えられる東の魔術師その人なのだろうか。

 聞かない方がいいのだろうな、と、疑問を僕は胸の内に収めた。

「シュカ。真実の愛、についてなんだけど」

「うん……」

「少し、話をしようか」

 フロードは屋敷の露壇へ上がると、朝食の時に使っていた椅子を引いてくれた。

 僕はおとなしく、椅子に腰掛ける。

 顔を上げると、頭上には星が煌めいていた。街と違って夜に明かりの少ないこの地域では、大量の星がぶつかって降りそうな程ひしめき合っている。

 隣の椅子が、軋む音がした。

「フロード、大丈夫なの? だって、好意を抱いた人に触ると痛みが出るんだよ。それで、どうやって真実の愛を得るの……?」

「多分、痛みが出る条件に、ひとつだけ例外があると思うんだ」

 僕が彼の方を見ると、立てた人差し指が僕を差していた。

「シュカ。君が触れたときは、痛まない」

「え……? それは、好意を抱いた人、の条件を……」

 彼は口元に拳を当て、くすくすと笑った。

 呪いを受けて出会った時とは別人のようだ。静かながら、声音は晴れている。

「私、けっこう分かりやすくしていたつもりだけどな」

 僕が分からない、という表情をしていると、彼は微笑ましげに目元を緩める。

 その瞬間、なんとなく彼の言いたいことがわかったような気がした。

「好意、持ってるよ。シュカには、ずっと」

「でも、そうしたら。呪い、は……」

「この呪いを解くのは、真実の愛だ。歪んだ恋、呪いは利己。そして真実の愛、祈りは利他。前者は呪いに勢いを与え、後者は呪いの効果を削ぎ、例外として条件すらもすり抜ける。…………そういうことなんじゃないかな」

 手を伸ばされ、二人の間で受け取る。

 握った手から魔力を流し込み、胸に宿る術式を辿った。もう、西の魔女が反撃してくることはないだろう。

 確かに、式の中にすべての発動をくぐり抜ける条件が一つ存在していた。

 息を吐く僕を、見つめる瞳は穏やかで優しい。

「シュカは、私の呪いを解こうと献身してくれた。解ける、と祈りを告げてくれた。私の思う中で、君がいちばん、真実の愛に近しい存在だと思うよ」

「でも。僕、は…………」

 呪いが発動してくれない事に焦っていた。彼の胸に痛みが宿ればいいと願ってしまった、彼が言うほど、愛ばかりでもない。

 肩を丸め、暗闇の中で、星の光を頼りに言葉を探る。

「僕は。僕にだけ、呪いが発動しないのが……、嫌、だった。僕はフロードにとって、どうでもいい存在で……」

 そう言い掛けた瞬間、ぎゅっと繋いだ手が握られる。

 顔を上げると、彼は首を横に振った。

「腹が立って、嫌な気持ちになって。……こんなの、真実の愛なんかじゃないよ」

 いっそ、呪いみたいだと自嘲した。

 繋いでいた手が、もう片方の手に包み込まれる。祈りでも捧げるように、彼は自らの手を重ね合わせた。

「けれど、シュカがいなかったらセイウ師匠に情報を尋ねることも、謝りに行こうと決断することも、港町に行こうと決めることも、東の魔術師と西の魔女に会って、解呪の方法を問うこともできなかったよ。ぜんぶ、君がいたからだ。君が、諦めずに祈りとともに助けてくれたからだ」

 視線が上げられないまま、彼の言葉だけを流し込まれる。

 彼ほど、僕は自身を評価できない。僕に光を当ててくれるのは、彼のほうだ。

「────私は、それを愛と呼びたい。私に向けられた、尊い感情だと信じたいんだよ」

 醜く、歪んだとしか思えない感情でも、送って、受け取る先で変化する。それは、僕と彼が二人だからだ。

 彼は、僕の感情に愛という名前をつけてくれる。

「シュカ。君がよければ、明日からも、私に愛を向けていてほしい。そうしたらきっと、呪いは、いつか解けるよ」

 ぽたり、と頬から滴が伝った。こくこく、と必死に頷いて、流れ落ちるものを拭う。

 包まれた掌を、きゅっと握り返した。

「僕、の感情。……きっと、フロードのこと、好き、ってことだと思う。…………それでも、いい?」

「私も、きっと同じだ。好きだよ、シュカ」

 示し合わせることもなく立ち上がって、そっと身を寄せた。

 彼の腕は僕の背に回り、ぎゅっと身体を抱く。苦しくなった呼吸から抜け出すように顔を上げると、彼の顔が近づいてくる。

 ────翌日、呪いは綺麗に消え去っていた。



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