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両親が経営している店に珍しい来訪者が現れたのは、春も近づいた日の事だった。
男の名は、クランツ・カフマー。
カフマー商会長の末息子で、本人も父を手伝い、商売のために遠方まで飛び回っていると聞く。今日もかっちりとした上着を身に纏っており、動きやすそうな上質の靴には磨かれた革の艶があった。
外見は人好きのする整った顔をしており、誰からも好青年と称される容姿だ。柔らかい金髪はふんわりと跳ね、銅色の目を細め、くしゃりと笑う表情がよく似合う。
以前、両親と共に出席した酒の場で軽く口説かれたことはあるが、いちど断ってから先は、ただの知人として接していた。
両親と話すクランツを横目に掃除を続けていると、父に呼ばれた。父は私の背を軽く押し、客との距離を詰める。
「サザンカ。クランツさんがお前に依頼したい仕事があるそうだ。奥の応接室を使っていいから、少し話を聞いてみてはどうかな?」
「仕事?」
問い返すと、彼はゆるりと唇をひらく。
男の背後から、店の窓越しに光が差す。柔らかい金髪に、天の輪が浮かび上がった。
「少し、魔術師に手を貸してほしい案件があってね」
私は魔術師としての腕は良くないが、こんな田舎の商店街では魔術師であるだけでも仕事がある。
普段は魔術絡みの困りごとの相談、魔術装置の魔術的な修理。依頼がない時には父母の経営している文具の製造販売の生業を手伝っていた。
だが、最近は店の経営が上手くいっていないらしい。
大口の取引先が解散し、倉庫には出荷できなかった商品が溜まっている。新しい取引先を探そうと、最近は両親が店にいる事も減っていた。
カフマー商会は、この周辺でも随一といっていいほど大きな組織である。
新しい取引先を紹介してくれるか、こんな小さな店と商会そのものが取引をしてくれるかもしれない。
普段よりも慎重に相手の顔色を窺う父を見て、私も余所行きの表情を作った。
「では、奥へどうぞ。喉は渇いていませんか?」
「頂けるなら有難いな」
「さっきまで製作をしていて父の手が汚れていますので、私が淹れますね」
クランツを応接室へ案内して椅子に座るよう勧め、部屋を離れて台所へ入る。パチン、と指を鳴らし、魔術で汲んだ湯を沸かした。
少し良い茶葉の缶を引っ張り出し、中身をポットへ入れる。茶器を温め、ポットにも湯を注ぎ入れた。
冷蔵の為にある魔術装置の蓋を開くと、今朝方に作ったばかりの焼き菓子があった。早足で応接室まで駆けていき、軽く叩いた後で扉を開ける。
扉の先には、見慣れた応接室の風景が広がっている。
主に両親が客と話をする時に使う部屋で、広くはないが使い心地が良く、落ち着いた色味の家具ばかりを置いていた。
部屋の中は商談に使う大きな机と、座り心地のいい、ふっかりとした椅子が大部分を占めている。
「失礼。今、お腹は空いていますか?」
午後のお茶会に相応しく、軽い空腹を覚えても自然な時間帯だ。椅子に腰掛け、応接室の雑誌を開いていたクランツは、顔を上げるとぱっと微笑んだ。
「ちょうど何か摘まみたいと思っていたところだよ」
「甘いものはお得意ですか?」
「大得意」
ひょうきんに平たい腹部を叩いてみせる様を見て、くすりと笑う。用意してきますね、と言い置いて、扉を閉めた。
台所にとって返して冷えていた焼き菓子を温め、皿へ多めに盛った。出来上がったそれらを盆に載せると、ゆっくりと廊下を歩く。
ふと横を見ると、窓にローブを着た魔術師の姿が映っていた。
豊かな大地色の髪をゆるく編み、多数から美しいと言われる薄紅色の瞳がぱちりと長い睫を持ち上げる。
昔から美しい母似だった私は、口説かれることも多かった。貴族から、愛人に、と誘われたこともある。
「…………忌々しい顔」
クランツに口説かれた時も同じだ、彼は顔を褒める言葉を吐いた。また『その手の』人間なのだとがっかりした。
生まれた時から真面目ばかりが取り柄の両親の元で育った私は、その言葉を今までと同じように受け入れられず、やんわりと次の誘いを断ったのだ。
彼が綺麗だと褒めた顔は、災難ばかりしか呼んでこない。
ふい、と窓から視線を逸らし、また歩き始める。応接室の前でノックをしようとお盆を抱え直していると、カチャリと扉が引かれた。
「あ、当たった」
「…………手が塞がっていたので助かります」
「お礼を言うのはこっちでしょ」
自然な動作で手を差し出され、その両手に盆を預けてしまった。気づいた時には彼は机に食べ物を載せており、カップにお茶を注ぎ始めている。
お客様に、と慌てて歩み寄っても、いいから、と制された。貴族のような優雅な所作ではなかったが、無駄がなく、てきぱきと目的を完了させる。
普段から動作が速くない私は、お客様にお茶を出され、椅子を引かれ、席に座らされてしまった。
用意した温かい濡れ布巾を渡され、はっと我に返る。
「あの、自宅にお菓子の買い置きがなくて。手作りなんですが……」
「えっ」
視線を上げた瞳はきらきらと輝いている。私が言葉を続けるより先に、あちらが口を開いた。
「いいの……!?」
「は? い、いですけど……美味しくなかったら、残して……」
「嬉しいよ。いただきます」
彼は手を拭いフォークを手に取ると、円形の菓子を半分に割る。手早く一口大に切り分けると、ぱくんと躊躇いなく口に運んだ。
落ち着いた色であるはずの瞳は、興味深いものを見るとくるくるとよく動く。今もまた、何よりも感情を表に出していた。
口説いてきた面倒な相手ではあるものの、悪い人ではないんだろうなぁ、と彼を邪険に扱えないのはこういう気質からだ。
「美味しい! 普段は出来合いのものばかり貰ってしまうから。いいなぁ、温かくて味も優しくて」
「そう、ですか?」
「ぺろりといけちゃう。ごめん、温かい内がきっと美味しいし、話の前に食べ終えるよ」
宣言通り、彼はぺろりと菓子を平らげ、自ら注いだ茶を啜る。うん、と満足げに頷くと、カップをソーサーに置き、姿勢を正して話し始めた。
「────依頼したい事、っていうのは、うちの別荘にある倉庫についてなんだ」
「倉庫?」
「うん。特殊な倉庫で、父が商会長という立場もあって、断り切れずに貰ったものを詰め込んでいるんだけど、最近、俺がその別荘を貰い受けることになってね」
「へえ。倉庫の片付けに人手が必要、とかですか?」
相槌がてら言ってはみたものの、力仕事も得意ではない魔術師をわざわざ呼ぶ理由としては弱い。
案の定、彼は首を横に振った。
「実は、その倉庫、断り切れずに貰った『曰く付き』の品物ばかりが集まっていてね」
声音から、曰く付き、の正体を何となく察する。
「つまり、呪いの、と冠を戴くような品ばかり、という事ですか?」
「大正解」
ぱちぱちと拍手されても、あまり嬉しくない正答だった。
私の姿勢が引き気味になったのを悟ったのか、彼は慌てて手を動かす。
「気持ちは分かるよ! 話を聞いたどの魔術師も嫌そうにしてて……。けど、報酬は多めに出すし! お父上に話を聞いたんだけど、この店の過剰在庫についても、うちの商会で引き受けてもいい!」
「え」
提案だけを挙げれば、願ってもない報酬だった。向こうも他の魔術師に断られ、引き受けてくれる人間を探したのかもしれない。
彼が言うように、うちの店は在庫が捌けずに困っている。息子である私は、両親や兄弟たちの為にも依頼を請けずにはいられないのだ。
カップの中身で唇を湿らせ、こくんと唾ごと飲み込んだ。
「だけど、私は解呪についての専門じゃありませんよ?」
「分かってる。最終的に呪いの専門家に頼むかもしれないけど、それにしても状況を詳しく知りたい。俺だけで見るよりも、サザンカが同行してくれた方が心強い、と思うんだけど……だめかな?」
机に手を突き、心から困っている、という様子を見せられると、無下に断ることもできない。
それに、倉庫を圧迫している在庫が消えてくれるのは、心理的にも経済的にも助かることだ。
しかし、ただの仕事、のはずなのに、何だか胸騒ぎがする。
「分かりました。品物を見て、どの程度の腕を持った魔術師に依頼すればいいか、助言するくらいだったら……」
「本当!? 助かるよ! ここ最近ほんとうに憂鬱で────」
緊張の糸が解けたのか、これまでの経緯を怒濤のように語り出したクランツの話を大人しく聞いていると、手元の菓子がなくなった。
切り分けていなかった分がまだあったな、と思い、話の合間に口を開く。
「お菓子、まだありますけど、お腹空いてますか?」
「欲しいです!」
はい、と手を挙げて主張する様子に、くすりと笑って立ち上がった。台所から切り分け、温めた焼き菓子と淹れ直したポットを運ぶ。
今度は私が辿り着く前に、応接室の扉は開いていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
今度は私が机に新しいカップを置き、先程とは違う茶葉のお茶を注ぐ。彼は一口含むと、見事に葉の名前と大体の産地を言い当てた。
質の悪いものを出せば直ぐに言い当てられるだろうに、その割には素人の菓子をうれしそうに頬張っている。お世辞にしてはいい食べっぷりだった。
「そういえば、お仕事をする別荘、って遠いんですか?」
「ああ、場所はね」
彼が説明した別荘の場所は、馬車だけを使うには向かないほど離れた土地だった。途中までは転移魔術を使って移動するのだという。
明らかに、日帰りとは思えない日程だ。
「泊まり掛けになりますか?」
「うん。休暇も兼ねて二週間程度で考えてるんだけど、どうかな? 掛かる費用はこちらで持つし、食事も用意するし、別荘の部屋も貸すつもりだよ」
心配しているのは費用のことではないのだが、私はいつも通りに笑みで取り繕う。
自分を口説いたことのある人間と長期の旅行、は危うい気もするのだが、相手にそんなつもりは無さそうだし、部屋に結界を張って眠ることもできる。
「あと、口説けてないのに手を出したりはしないから、安心して」
「はい……。え?」
「合意なく何かしたりはしません、ってこと。商売人は信用第一だし、俺も長いこと業界にいるから、君に何かしたら、失うものは多い筈だよ」
つい、瞬きを繰り返してしまった。確かに、彼が酷い遊びを繰り返している、というような話は聞いたことがない。
きゅ、と手を握り込み、おずおずと口を開く。
「じゃあ、別荘ではあくまで仕事、と思っていていいんですね?」
「機会があればゆっくり口説きたいところだけど、倉庫の中身次第かな」
「はぁ…………」
とはいえ、今日も菓子をぱくぱくと食べていて、執拗に触れたりはしてこない。何となく、彼の言い分は信じられそうな気がした。
クランツに武術を嗜んでいる様子はなく、私も護身用の魔術は習得している。
「分かりました。…………けど。私、色恋沙汰には疎いので、口説かれても戸惑うだけだと思います」
「そういう所をいいなぁって思ってるんだし、望むところだよ。……まあ、ちゃんと困ってたら退くからさ」
こくん、と頷くと、彼は皿の上の菓子に視線を戻す。以前も、戸惑っていたら引いてくれた、言葉だけで、執拗に触られたりもしていない。
未だに口説こうとしているのは問題だが、休暇中に何も起きなければ彼も諦めるだろう。
「倉庫が早く片付いたら、周辺観光しよっか」
「…………それは、仕事ですか?」
「任意だよ」
その場で断るべきか迷い、曖昧な表情を作る。クランツはくすくすと笑うと、別荘行きにあたっての細かな話を始めた。
私は近くから帳面を持ち出すと、彼の話を書き留める。彼とふたりきりで、初めて長く話をしたが、思ったよりも居心地は悪くなかった。
両親が経営している店に珍しい来訪者が現れたのは、春も近づいた日の事だった。
男の名は、クランツ・カフマー。
カフマー商会長の末息子で、本人も父を手伝い、商売のために遠方まで飛び回っていると聞く。今日もかっちりとした上着を身に纏っており、動きやすそうな上質の靴には磨かれた革の艶があった。
外見は人好きのする整った顔をしており、誰からも好青年と称される容姿だ。柔らかい金髪はふんわりと跳ね、銅色の目を細め、くしゃりと笑う表情がよく似合う。
以前、両親と共に出席した酒の場で軽く口説かれたことはあるが、いちど断ってから先は、ただの知人として接していた。
両親と話すクランツを横目に掃除を続けていると、父に呼ばれた。父は私の背を軽く押し、客との距離を詰める。
「サザンカ。クランツさんがお前に依頼したい仕事があるそうだ。奥の応接室を使っていいから、少し話を聞いてみてはどうかな?」
「仕事?」
問い返すと、彼はゆるりと唇をひらく。
男の背後から、店の窓越しに光が差す。柔らかい金髪に、天の輪が浮かび上がった。
「少し、魔術師に手を貸してほしい案件があってね」
私は魔術師としての腕は良くないが、こんな田舎の商店街では魔術師であるだけでも仕事がある。
普段は魔術絡みの困りごとの相談、魔術装置の魔術的な修理。依頼がない時には父母の経営している文具の製造販売の生業を手伝っていた。
だが、最近は店の経営が上手くいっていないらしい。
大口の取引先が解散し、倉庫には出荷できなかった商品が溜まっている。新しい取引先を探そうと、最近は両親が店にいる事も減っていた。
カフマー商会は、この周辺でも随一といっていいほど大きな組織である。
新しい取引先を紹介してくれるか、こんな小さな店と商会そのものが取引をしてくれるかもしれない。
普段よりも慎重に相手の顔色を窺う父を見て、私も余所行きの表情を作った。
「では、奥へどうぞ。喉は渇いていませんか?」
「頂けるなら有難いな」
「さっきまで製作をしていて父の手が汚れていますので、私が淹れますね」
クランツを応接室へ案内して椅子に座るよう勧め、部屋を離れて台所へ入る。パチン、と指を鳴らし、魔術で汲んだ湯を沸かした。
少し良い茶葉の缶を引っ張り出し、中身をポットへ入れる。茶器を温め、ポットにも湯を注ぎ入れた。
冷蔵の為にある魔術装置の蓋を開くと、今朝方に作ったばかりの焼き菓子があった。早足で応接室まで駆けていき、軽く叩いた後で扉を開ける。
扉の先には、見慣れた応接室の風景が広がっている。
主に両親が客と話をする時に使う部屋で、広くはないが使い心地が良く、落ち着いた色味の家具ばかりを置いていた。
部屋の中は商談に使う大きな机と、座り心地のいい、ふっかりとした椅子が大部分を占めている。
「失礼。今、お腹は空いていますか?」
午後のお茶会に相応しく、軽い空腹を覚えても自然な時間帯だ。椅子に腰掛け、応接室の雑誌を開いていたクランツは、顔を上げるとぱっと微笑んだ。
「ちょうど何か摘まみたいと思っていたところだよ」
「甘いものはお得意ですか?」
「大得意」
ひょうきんに平たい腹部を叩いてみせる様を見て、くすりと笑う。用意してきますね、と言い置いて、扉を閉めた。
台所にとって返して冷えていた焼き菓子を温め、皿へ多めに盛った。出来上がったそれらを盆に載せると、ゆっくりと廊下を歩く。
ふと横を見ると、窓にローブを着た魔術師の姿が映っていた。
豊かな大地色の髪をゆるく編み、多数から美しいと言われる薄紅色の瞳がぱちりと長い睫を持ち上げる。
昔から美しい母似だった私は、口説かれることも多かった。貴族から、愛人に、と誘われたこともある。
「…………忌々しい顔」
クランツに口説かれた時も同じだ、彼は顔を褒める言葉を吐いた。また『その手の』人間なのだとがっかりした。
生まれた時から真面目ばかりが取り柄の両親の元で育った私は、その言葉を今までと同じように受け入れられず、やんわりと次の誘いを断ったのだ。
彼が綺麗だと褒めた顔は、災難ばかりしか呼んでこない。
ふい、と窓から視線を逸らし、また歩き始める。応接室の前でノックをしようとお盆を抱え直していると、カチャリと扉が引かれた。
「あ、当たった」
「…………手が塞がっていたので助かります」
「お礼を言うのはこっちでしょ」
自然な動作で手を差し出され、その両手に盆を預けてしまった。気づいた時には彼は机に食べ物を載せており、カップにお茶を注ぎ始めている。
お客様に、と慌てて歩み寄っても、いいから、と制された。貴族のような優雅な所作ではなかったが、無駄がなく、てきぱきと目的を完了させる。
普段から動作が速くない私は、お客様にお茶を出され、椅子を引かれ、席に座らされてしまった。
用意した温かい濡れ布巾を渡され、はっと我に返る。
「あの、自宅にお菓子の買い置きがなくて。手作りなんですが……」
「えっ」
視線を上げた瞳はきらきらと輝いている。私が言葉を続けるより先に、あちらが口を開いた。
「いいの……!?」
「は? い、いですけど……美味しくなかったら、残して……」
「嬉しいよ。いただきます」
彼は手を拭いフォークを手に取ると、円形の菓子を半分に割る。手早く一口大に切り分けると、ぱくんと躊躇いなく口に運んだ。
落ち着いた色であるはずの瞳は、興味深いものを見るとくるくるとよく動く。今もまた、何よりも感情を表に出していた。
口説いてきた面倒な相手ではあるものの、悪い人ではないんだろうなぁ、と彼を邪険に扱えないのはこういう気質からだ。
「美味しい! 普段は出来合いのものばかり貰ってしまうから。いいなぁ、温かくて味も優しくて」
「そう、ですか?」
「ぺろりといけちゃう。ごめん、温かい内がきっと美味しいし、話の前に食べ終えるよ」
宣言通り、彼はぺろりと菓子を平らげ、自ら注いだ茶を啜る。うん、と満足げに頷くと、カップをソーサーに置き、姿勢を正して話し始めた。
「────依頼したい事、っていうのは、うちの別荘にある倉庫についてなんだ」
「倉庫?」
「うん。特殊な倉庫で、父が商会長という立場もあって、断り切れずに貰ったものを詰め込んでいるんだけど、最近、俺がその別荘を貰い受けることになってね」
「へえ。倉庫の片付けに人手が必要、とかですか?」
相槌がてら言ってはみたものの、力仕事も得意ではない魔術師をわざわざ呼ぶ理由としては弱い。
案の定、彼は首を横に振った。
「実は、その倉庫、断り切れずに貰った『曰く付き』の品物ばかりが集まっていてね」
声音から、曰く付き、の正体を何となく察する。
「つまり、呪いの、と冠を戴くような品ばかり、という事ですか?」
「大正解」
ぱちぱちと拍手されても、あまり嬉しくない正答だった。
私の姿勢が引き気味になったのを悟ったのか、彼は慌てて手を動かす。
「気持ちは分かるよ! 話を聞いたどの魔術師も嫌そうにしてて……。けど、報酬は多めに出すし! お父上に話を聞いたんだけど、この店の過剰在庫についても、うちの商会で引き受けてもいい!」
「え」
提案だけを挙げれば、願ってもない報酬だった。向こうも他の魔術師に断られ、引き受けてくれる人間を探したのかもしれない。
彼が言うように、うちの店は在庫が捌けずに困っている。息子である私は、両親や兄弟たちの為にも依頼を請けずにはいられないのだ。
カップの中身で唇を湿らせ、こくんと唾ごと飲み込んだ。
「だけど、私は解呪についての専門じゃありませんよ?」
「分かってる。最終的に呪いの専門家に頼むかもしれないけど、それにしても状況を詳しく知りたい。俺だけで見るよりも、サザンカが同行してくれた方が心強い、と思うんだけど……だめかな?」
机に手を突き、心から困っている、という様子を見せられると、無下に断ることもできない。
それに、倉庫を圧迫している在庫が消えてくれるのは、心理的にも経済的にも助かることだ。
しかし、ただの仕事、のはずなのに、何だか胸騒ぎがする。
「分かりました。品物を見て、どの程度の腕を持った魔術師に依頼すればいいか、助言するくらいだったら……」
「本当!? 助かるよ! ここ最近ほんとうに憂鬱で────」
緊張の糸が解けたのか、これまでの経緯を怒濤のように語り出したクランツの話を大人しく聞いていると、手元の菓子がなくなった。
切り分けていなかった分がまだあったな、と思い、話の合間に口を開く。
「お菓子、まだありますけど、お腹空いてますか?」
「欲しいです!」
はい、と手を挙げて主張する様子に、くすりと笑って立ち上がった。台所から切り分け、温めた焼き菓子と淹れ直したポットを運ぶ。
今度は私が辿り着く前に、応接室の扉は開いていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
今度は私が机に新しいカップを置き、先程とは違う茶葉のお茶を注ぐ。彼は一口含むと、見事に葉の名前と大体の産地を言い当てた。
質の悪いものを出せば直ぐに言い当てられるだろうに、その割には素人の菓子をうれしそうに頬張っている。お世辞にしてはいい食べっぷりだった。
「そういえば、お仕事をする別荘、って遠いんですか?」
「ああ、場所はね」
彼が説明した別荘の場所は、馬車だけを使うには向かないほど離れた土地だった。途中までは転移魔術を使って移動するのだという。
明らかに、日帰りとは思えない日程だ。
「泊まり掛けになりますか?」
「うん。休暇も兼ねて二週間程度で考えてるんだけど、どうかな? 掛かる費用はこちらで持つし、食事も用意するし、別荘の部屋も貸すつもりだよ」
心配しているのは費用のことではないのだが、私はいつも通りに笑みで取り繕う。
自分を口説いたことのある人間と長期の旅行、は危うい気もするのだが、相手にそんなつもりは無さそうだし、部屋に結界を張って眠ることもできる。
「あと、口説けてないのに手を出したりはしないから、安心して」
「はい……。え?」
「合意なく何かしたりはしません、ってこと。商売人は信用第一だし、俺も長いこと業界にいるから、君に何かしたら、失うものは多い筈だよ」
つい、瞬きを繰り返してしまった。確かに、彼が酷い遊びを繰り返している、というような話は聞いたことがない。
きゅ、と手を握り込み、おずおずと口を開く。
「じゃあ、別荘ではあくまで仕事、と思っていていいんですね?」
「機会があればゆっくり口説きたいところだけど、倉庫の中身次第かな」
「はぁ…………」
とはいえ、今日も菓子をぱくぱくと食べていて、執拗に触れたりはしてこない。何となく、彼の言い分は信じられそうな気がした。
クランツに武術を嗜んでいる様子はなく、私も護身用の魔術は習得している。
「分かりました。…………けど。私、色恋沙汰には疎いので、口説かれても戸惑うだけだと思います」
「そういう所をいいなぁって思ってるんだし、望むところだよ。……まあ、ちゃんと困ってたら退くからさ」
こくん、と頷くと、彼は皿の上の菓子に視線を戻す。以前も、戸惑っていたら引いてくれた、言葉だけで、執拗に触られたりもしていない。
未だに口説こうとしているのは問題だが、休暇中に何も起きなければ彼も諦めるだろう。
「倉庫が早く片付いたら、周辺観光しよっか」
「…………それは、仕事ですか?」
「任意だよ」
その場で断るべきか迷い、曖昧な表情を作る。クランツはくすくすと笑うと、別荘行きにあたっての細かな話を始めた。
私は近くから帳面を持ち出すと、彼の話を書き留める。彼とふたりきりで、初めて長く話をしたが、思ったよりも居心地は悪くなかった。
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