命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第2章:火の心臓編

033 まだ道は長い

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 着替えを終えてからはさっさと身支度を済ませ、宿屋の食堂で朝食をとり、町で必要なものを買って出発した。
 町を出て早々私におんぶを要求してきたリートは、歩いている間ずっと私の後頭部をテーブル代わりにして、地図を見ていた。
 ……すっかり通常運転だな。

 しかし、彼女は本当に人使いが荒い。
 人一人背負わせた状態で、人目に付くリスクを避けるべく、人やスタルト車とかが通っている道を避けて森の中の獣道を強引に歩かせてくる。
 私の底上げされた体力を知った上でやっていることは分かっているし、実際今の所はあまり疲れていないから、大丈夫と言えば大丈夫なのだが……。

「……はぁ……」
「む? 疲れたか?」
「あー……いや、大丈夫」

 溜息をつくと心配されたので、そう返しておく。
 ……心配する優しさがあるなら、せめて歩く道を考えて欲しい。
 また溜息をつきそうになっていた時、リートがポンポンと私の肩を叩いた。

「イノセ、少し道を外れておる。もう少しあっちの方に歩いておくれ」
「……? 分かった」

 リートの指示に、私は彼女が指をさす方向に体を向け、また歩き始める。
 地図だけでそんな正確に自分の位置なんて分かるのか? と一瞬疑問に思ったが、まぁ従っておく。
 少なくとも、この世界について素人同然の私よりはマシだ。
 そんな風に考えていた時、突然茂みから何かが飛び出してきた。
 私はそれに「うわ」と小さく声を上げながら足を止め、飛び出してきたそれを観察する。
 目の前には、数人の男が立っており、全員軽い武装をしていた。

「女二人でこんな場所を歩くなんて、襲ってくれって言ってるようなモンじゃねぇか。さぁ、金目のものを渡してもらおうか?」

 数人の内の一人はそう言いながら剣を抜き、ニヤニヤと笑いながらこちらに刃を向けてくる。
 これは……盗賊団という奴だろうか。
 すぐに後ろに下がって逃げようとしたが、気付けば数人程の男が私達の背後に立っており、短刀や剣を抜いて同じようにニヤついたような笑い方を浮かべながら立っている。

「……気付かれていないと思っておったのじゃがなぁ……」

 それを見て、リートが小さくそう呟いたのが聴こえた。
 ……もしかして、さっきの方向転換はコイツ等を避けてのこと……?
 しかし、結局こうして回り込まれ、完全に包囲されている。
 私達が何も言わないのを見て、別の男は私の首筋に刃を突きつけながら口を開く。

「アンタのツレ、見たところ怪我でもしているんだろう?」
「……」
「女一人で、しかもその子を守りながら、この数を相手に戦うなんて分が悪いだろ? 抵抗しなきゃ、殺しはしないからさぁ」

 ヘラヘラと笑いながら言う男に、私は小さく嘆息する。
 殺しはしない、ということは……まぁ、強姦くらいは視野に入れた方が良いだろうな。
 一人そんな風に呆れていると、リートが私の耳元に口を寄せてきた。

「前方と背後に、それぞれ三人ずつ。計六人おる。……後ろの奴等は妾が何とかしておくから、前方のは任せた」
「……了解」

 リートの言葉に、私は小さく頷く。
 しかし、まだまともに力を制御できないというのに、いきなり対人戦か。
 出来れば殺したくはないが……どうなるかな。

 そんなことを考えていると、リートが私の肩をポンポンと叩いてくるので、すぐにしゃがんで彼女を下ろした。
 リートが普通に地面に立つのを見て、私を脅していた男はギョッとした表情を浮かべた。
 私はそれにすぐさま立ち上がり、ひとまず男の胸ぐらと袖を掴んで、体を捻って投げ飛ばす。
 所謂一本背負いのようなものではあるが、咄嗟の行動だったので、型なんかは知ったこっちゃない。
 私に投げ飛ばされた男は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
 ……死んでないよね……?

「う……うおおおおおッ!」

 その時、別の男が剣を振り上げてこちらに走って来る。
 ヤケクソか、と思いつつ、私は奴隷の剣スレイヴソードで応戦しようとする。
 しかし、私が剣を抜くよりも先に男の剣が到達することに気付き、このままでは間に合わないと判断する。

「……クソッ」

 小さく毒づきながら、振り下ろされる剣に対し、私は腕を出す。
 リートの魔力によって強化された服は、剣を受けても切れることはなかった。
 すぐに私は腕で押し出すように剣をどかし、男の腹を殴り飛ばした。

「ぐはぁッ!」

 すると、男の体は面白いくらいに飛んでいき、背後にあった木に背中をぶつけて倒れた。
 ……鳩尾は避けたし、殴った感じ防具もあったから、多分死んではいないはずだ。
 しかし、狼と戦った時も思ったが、この力を手に入れてからやけに相手の動きが遅く感じるな。
 そんな風に思いつつ立ち上がり、近くにいた男に視線を向けた。

「ひッ……! く、来るなぁッ!」

 男は完全に腰が引けた状態で情けなく叫びながら、こちらに剣を向けてくる。
 そこで、彼がさっき金目の物を寄越せとか言ってた男であることに気付く。
 さっきの自信満々とした態度とは一変して、完全に怯えた態度だなぁと考えつつ、私は奴隷の剣スレイヴソードの柄に手を添えつつ男に向かって歩く。

「うッ……うわぁぁッ!」

 私を見て、男は情けなく叫びながら剣を振り回す。
 しかし、その動きは単純で、今の私では簡単に目で追うことが出来た。
 とりあえず剣を避けつつ、すぐさま彼の懐に潜り込む。

「……ッ!?」

 驚く男を無視しつつ、私は右手で彼の顎を殴った。
 拳は綺麗に顎を捉え、男の顔がガクンッと斜めに揺れる。
 数瞬後、男の体は地面に倒れ伏せた。
 ……顎を揺らしたら脳震盪を起こすって話は、本当だったみたいだ。

「終わったか?」

 声を掛けられ、私は振り向く。
 するとそこでは、地面の上で倒れている男三人組がおり、一人の背中に座ったリートが優雅にこちらを見ていた。
 それに、私は苦笑した。

「えっと……どういう状況?」
「睡眠魔法じゃ。光魔法とかを使わん限りは、一時間は起きんぞ」

 そう言いながら、リートは手に持った小袋をポンポンと跳ねさせて遊ぶ。
 ジャラジャラと音がする辺り、奴等の財布のようなものだろう。
 リートの手にはそれ以外に少し大きな袋があり、袋の外見的に、中には固い物が入っているみたいだった。

「……それは?」

 その袋を指さしながら聞いてみると、リートはその袋に視線を向けて「あぁ」と小さく呟いた。

「これは、まぁ……奴等の宝袋のようなものじゃな。恐らく、妾達にやったことと同じようなことをして集めた宝じゃろう」
「……持ち主に返したりとかは……」
「なんで妾がそこまでせんといけんのじゃ」

 リートはそう言って立ち上がり、私が倒した三人の所有物を物色し始める。
 相変わらずの追剥精神に呆れつつ、私はリートが眠らせたという男達を観察する。
 なんていうか、魔法の詠唱を長々と唱えている素振りも無かったのに、気付いたら眠らせていて現実味がない。
 しかし、現実として男三人を眠らせることに成功している。
 昨日の定食屋でも、毒魔法を使った時に詠唱とか唱えてなかったっぽいし……。
 そんなことを考えながらジッと観察していると、一人目の追剥を終えたリートが立ち上がり、二人目を探す中で私に視線を向けて来た。
 少しして、コテンと首を傾げた。

「何をしておる? 金になりそうなものでも見つけたか?」
「いや、リートって詠唱とか唱えないよなぁと思って」

 そう言いながら、私は立ち上がってリートに視線を向ける。
 すると、彼女は少し間を置いてから、ポンッと胸の前で手を打った。

「なるほど。確かに、皆魔法を使う時は詠唱を使うのぉ」
「うん。城にいた時に、城の人とかクラスの子とか、皆詠唱していたから……ホラ、昨日の定食屋で、リートは詠唱とか唱えずに毒魔法使っていたでしょ? 今日も詠唱とか唱えてる様子無かったから……ちょっと、気になって」

 私の言葉に、彼女はしばし考え込んでから、口を開く。

「まぁ、ダンジョンにいた頃は、魔物を倒すのには闇魔法を使うしか無かったからのぉ」

 リートはそう言いながら、二人目の追剥に向かう。
 なるほど……まぁ、体力が無いのは事実みたいだし、魔物と対峙した時に頼れるのは魔法のみか。魔力はたくさんあると言っていたし。
 そう納得していると、彼女は倒れている一人の前にしゃがみ込み、物色しながら口を開いた。

「三百年も同じような魔法ばかり使っておれば、段々と体が魔法の使い方を覚えてくるものじゃからのぉ。一々詠唱をせんでも、ある程度の魔法は使えるわ」
「……そういうものなの?」
「詠唱自体、魔法を使う為の手助けというか……どう魔力を使うか言葉にして、形にするような感じじゃからな。きちんと魔法を使えるようになれば、一々詠唱を使わんでも良い」

 そう言いながらリートは盗んだ金や宝石なんかを袋にしまい、三人目の方に歩いて行く。
 魔法のこととか良く分からないけど、現実としてリートは魔法を使えているし、そんなものなんだろうな。
 言葉にすることで魔力を形に出来るということは、定食屋の時みたいに単語のみで魔法を使えるのも、詠唱の短縮と考えるのが妥当か。
 一人納得していると、突然背中に重みを感じた。

「うぐぇ」
「ほれ、早く行くぞ~。思っていたよりも時間を使ってしまったからのぉ」

 リートの言葉に、仕方なく私は彼女の足の下に腕を回し、ゆっくりと立ち上がった。
 すると、彼女はまたもや私の後頭部の上で地図を広げ、前方を指さした。

「この道をしばらく真っ直ぐじゃ!」
「はいはい」

 リートの指示に従い、私はまた歩き出した。
 まだまだ、道は長い。
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