命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第2章:火の心臓編

042 フレア②

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「まだまだこれからだろ? ……なァ、もっと楽しませてくれよ」

 フレアはそう言うと、ヌンチャクを振り上げる。
 それに、私は右手でリートの体を抱きしめ、地面を蹴ってその場を離れた。
 しかし、すぐに足がもつれて、体勢が崩れる。
 クソッ……視界がぼやけて、足もフラついて上手く走れない。
 転びそうになりながらも、私は必死に走ってリートの心臓の方に向かう。
 その時、マグマの龍がこちらに攻撃しようとしているのが見えた。

「……!?」
「イノセッ!」

 足を止めそうになった時、リートが体当たりを食らわせてきた。
 今の私にはそれに踏みとどまることすら出来ず、その場に尻餅をつく。
 しかし、それにより私とリートは先程いた場所を離れ、結果としてマグマの龍の攻撃を躱すことが出来た。
 私達がいた場所をマグマの龍が攻撃するのを眺めながら、私は大きく呼吸を繰り返す。

「はぁ……はぁ……」
「凄い血の量ではないか……無理をするな」

 言いながら、リートは私のこめかみの下辺り……目と耳の間の辺りに、ソッと指を当てた。
 すると、ピチャッと微かに液体の音がした。
 それに驚いていると、彼女はソッと指を離して、真っ赤な液体で汚れた自身の指を見つめた。

 あれは、私の血か……。
 ……血が、出ているのか……。
 冷静になって見てみると、殴られた箇所から流れ出ているであろう血は、輪郭をなぞるように私の顔を伝って落ち、服に染みを作っていた。
 では、このフラつきや視界の霞みは、貧血によるものだろうか……?
 オマケに先程から左腕に激しい痛みがあり、動かすことが出来ない。
 ……かなり、満身創痍……だな。

「チッ……やっぱこういう遠距離攻撃は慣れねぇわ。自分で直接攻撃した方がはえーな」

 すると、一人でブツブツと呟きながら、フレアがこちらに歩いて来るのが分かった。
 彼女はヌンチャクに炎を纏わせ、ブンブンと素振りのように振り回しながら、こちらを見てニヤリとほくそ笑んで続けた。

「おいおい、まさかこの程度で終わりとか言わねぇよなァ? こちとら、ずーっと長い間アンタと戦う日を待ち望んでいたんだからよォ」

 言いながら、フレアは炎を纏ったヌンチャクで近くにあった岩を殴った。
 岩はまるで豆腐のようにあっさり粉砕し、小さな欠片となって散らばる。
 それに言葉を失っていると、彼女は続けた。

「まっ、下層の魔物如きにやられそうになってた時点で、もしかしたらとは思っていたけどな……この程度の強さなら、助けなきゃ良かったか」

 その言葉に、私は僅かに目を見開いた。
 やはり、あの時のマグマの槍はコイツだったのか。
 彼女の言葉から察するに、三百年間リートと戦うことだけを楽しみに生きていたのだろう。
 そりゃあそうか。彼女はリートから心臓を守る為に……リートを戦う為だけに、生まれてきたのだから。
 で、そのリートが襲われそうになっているのを見て、助けたという感じか。
 なんとかそう思考していると、彼女はヌンチャクを振り回しながら、私達を見下ろした。

「ホラ、早く立てよ。まだまだこれからだろ?」

 彼女の言葉に、私はフラフラと立ち上がり、リートとフレアの間に立つ。
 それに、リートは「おい、イノセ……!」と言いながら私の服を掴んだ。
 彼女の手を離させていると、フレアはそれを見て「くはッ」と乾いた笑い声を上げた。

「まさか、アンタ……その魔女を庇ってんのか?」
「……」

 フレアの言葉に、答える余裕が無い。
 足が覚束なく、立っていることで精一杯だった。
 視界も安定せず、明瞭になる時もあればぼやける時もあった。
 そんな私を見て彼女はさらに大きく笑って、続けた。

「ンなフラッフラになってんのに、ご主人様の為に立ちはだかっちゃって……大層な忠誠心だなァ、おい」
「……忠誠……心……?」

 フレアの言葉に、私はそう呟く。
 痛みと貧血で思考が纏まらず、彼女の言葉も完全には理解出来なかった。
 ただ、忠誠心という言葉だけが、私の胸に引っ掛かった。

 私がリートを守ろうとしているのは、忠誠心からなのか?
 そもそも、私はなぜリートを守ろうとしている?
 こんなにフラフラになって、立っているのもやっとといった状態で、いつ気を失ってもおかしくないような状態。
 左手は激痛で言うことを聞かず、頭も殴られた箇所に激痛が走り、脈動に合わせてドクドクと疼く。

「……私は……」

 それでも私は、リートを守ろうとしている。
 理由は、忠誠心……では、無いと思う。
 彼女に忠誠を誓っているのかと言われると、私は違うと即答できる。
 しかし、それでも彼女の傍にいて、必死に彼女を守ろうとしている理由は……それは……──

「──私は……リートの、奴隷だから……ッ!」

 言いながら、私はリートを守るように、両手を広げた。
 左手に激しい痛みが走るが、関係無い。
 私は奴隷で、リートは主。私達を繋ぐ関係は、たったそれだけ。
 けど、周りに流されて生きてきた私には、それだけで十分だ。
 それ以上の理由は……いらない。

「……訳分かんねぇ」

 フレアはそう小さく呟くと、ヌンチャクを振り上げる。
 あぁ、確かに訳が分からない。
 今はただ、奴隷として主を守るだけだ。

「うおおおおおおおおッ!」

 叫びながら、フレアは私にぶつけるように、ヌンチャクを振り下ろした。
 それに、私はぼやける視界の中で何とかヌンチャクの動きを見切り、動かぬ左手を痛みに堪えながら振り上げて強引に受け止めた。
 すると、バキィッ! と乾いた音が鳴り響き、左腕に関節が増える。
 ただでさえ痛かった腕に、さらなる激痛が重なる。
 それだけでなく、ヌンチャクの纏っていた炎により、左腕が炎に包まれる。
 でも、それでも……私は引こうとは思わなかった。
 この程度の痛み、手足を失い、死を覚悟した時の痛みに比べれば百倍マシだ。

「……イノセッ!」

 その時、背後から声がした。あの時、私の命を救った声だった。
 何とか振り返ると、そこには青ざめた表情でこちらを見つめるリートがいた。
 彼女に気を取られた瞬間、左腕にさらに痛みが走った。
 ヌンチャクは新しく増えた私の関節にハマって、抜けない様子だった。
 フレアが必死に引き抜こうとするので、グリグリと動くヌンチャクのせいでさらに痛みが走る。
 それに顔を顰めていると、リートは続けた。

「お主が妾の奴隷だと言うのなら……妾は、お主に何をしても良いのか!?」
「ッ……! ……死なない程度なら……ッ!」

 リートの言葉に、私はそう叫んだ。
 脳裏に、マグマに落ちかけた私を心配するリートの姿がフラッシュバックする。
 彼女が何をする気なのかは知らないが、不思議と信頼出来た。
 すると、リートは私に向かって手を掲げ、口を開いた。

「……狂乱バーサークッ!」

 その声を聴いた瞬間、私の心臓がドクンッ! と強く脈打った。
 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ! と、やかましい程の爆音が鳴り響き、体が熱くなっていく。
 視界が真っ赤に染まり、頭の中までもが熱くなるような気がした。
 熱にうなされているような感覚の中、頭の隅に、ずっと前に寺島と話した時の記憶が蘇る。

 あれは、自分が魔法を使えないから、魔法を主力にしている寺島に興味があって……なんとなく、魔法について聞いた時のことだった。
 その中で闇魔法による状態異常の話になって、色々な状態異常の内容について聞いていた時のことだ。

狂乱バーサークっていうのは、理性を失って防御力が半分まで下がる代わりに、一時的に相手の攻撃力が大幅に上がる状態異常だよ。でも、理性を失ってるから……これで仲間割れなんかを起こさせたりするんだ』

 その言葉を思い出した時、ブツッ、と……頭の中で、何かが切れた。
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