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違う人
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そして――
「見て。ヴァイオレット様よ」
「最近とてもお綺麗になられたわね」
「ええ、本当に」
学園で、たくさんの視線を感じるようになった。でも欲しいのは、彼のだけ。それ以外はいらない。
それに外見だけでなく、内面も、変わらなければならない。勤勉で真面目なヒューバートと吊り合うように。
「ヴァイオレット嬢」
勉強しようと思って図書室に行く途中、名前を呼ばれた。けれど聞きたいと思った声ではなかった。
「何かご用でしょうか」
クライド殿下。
くすんだ金色の髪を後ろに撫でつけ、色素の薄い青色でわたしを舐めるように見ていたこの国の王子様を、わたしはなれなれしい人だと思った。
「そんな警戒しないでくれ。何も取って食おうと思っていないさ」
「失礼しました。殿下のような方が、わたしに一体何の用かと……」
目を伏せて、申し訳ない態度をとる。いくら気に入らない相手だからといって、王子に不遜な態度をとればいろいろと面倒だ。
「ヒューバートの婚約者だと聞いている。どんな女性だろうと思ってね」
「まあ、普通の女性ですわ」
「そんなことないさ」
殿下の手が、わたしの手に触れる。
「こんな可憐な女性だとは思いもしなかった」
口づけするその手を今すぐにでも振り払って、手を洗いたくなった。
「もったいないお言葉です」
「つれないね」
早くどっかに行って欲しかった。行き交う生徒がちらちらとこちらを見てくるのも不快だった。
「リーナがきみに嫉妬するはずだ」
その名前にはっとする。
「ああ。やっとこちらを見てくれたね」
殿下の笑みは胸やけするような甘いもので、顔をしかめないようにするのが大変だった。
「あの子はずいぶんとヒューバートにお熱みたいだ。私が婚約者の話を持ちかけようとしたところ、他に好きな相手がいるときっぱり断られた」
「……だからわたしにヒューバートの手綱をしっかり握っておけと?」
まさか、と殿下は笑った。
「私は他に好きな相手がいる人間を妃に望むほど冷酷じゃないよ。リーナを妃に、と後押しするのはあくまでも上の意見だ。私自身は特に彼女に対して何も思い入れはない」
「……そうですか」
正直彼の好みや結婚観についてはどうでもいい。わたしに話されても困る。わたしの顔を見て、殿下は面白そうに目を細めた。思っていたことが顔に出ていたのかもしれない。面白い玩具を見つけたかのような、よくない視線だった。
「どちらかというと私は貴女のような女性が好みだ」
「……わたしにはヒューバートがおりますわ」
ヒューバート。彼は今何をしているのだろう。どうして今わたしの隣にいないのだろうか。
「私が貴女と婚約を結べば、リーナは自分の想いを叶えることができるとは思わないか?」
ひゅっ、と息を呑む。そして不敬だということも忘れ、わたしは殿下を思いっきり睨みつけてしまった。殿下はそれを不快に思った様子もなく、むしろ楽しそうに唇を吊り上げた。
「冗談さ」
するりとわたしから離れ、殿下は肩をぽんと叩いた。
「貴女のような女性すら嫉妬させるなんて、ヒューバートはよほどいい男らしい」
殿下の接触は、一種の嫌がらせだろう。そうとしか考えられなかった。もしくはリーナ嬢を射止めることができない八つ当たりか。
まったく、と思いながら先日邪魔されたレポートを図書室で片づけていた。めんどうで、けれど後回しにするにはもう後がなかった。それに今日はこれをさっさと終わらせて、他の勉強もする予定なのだ。
「ヴァイオレット!」
だが今回もまた邪魔が入ってしまった。それもわたしの婚約者によって。
彼は珍しく騒がしい物音を立てて、めったにお目にかかることのできない慌てた表情でわたしに近づいてきた。そして呆気にとられている周囲など気にせず、わたしの肩をがしっと掴んだのだった。
「殿下に求婚されたのかっ!?」
それは室内に響き渡るほどの大きな声であった。
「見て。ヴァイオレット様よ」
「最近とてもお綺麗になられたわね」
「ええ、本当に」
学園で、たくさんの視線を感じるようになった。でも欲しいのは、彼のだけ。それ以外はいらない。
それに外見だけでなく、内面も、変わらなければならない。勤勉で真面目なヒューバートと吊り合うように。
「ヴァイオレット嬢」
勉強しようと思って図書室に行く途中、名前を呼ばれた。けれど聞きたいと思った声ではなかった。
「何かご用でしょうか」
クライド殿下。
くすんだ金色の髪を後ろに撫でつけ、色素の薄い青色でわたしを舐めるように見ていたこの国の王子様を、わたしはなれなれしい人だと思った。
「そんな警戒しないでくれ。何も取って食おうと思っていないさ」
「失礼しました。殿下のような方が、わたしに一体何の用かと……」
目を伏せて、申し訳ない態度をとる。いくら気に入らない相手だからといって、王子に不遜な態度をとればいろいろと面倒だ。
「ヒューバートの婚約者だと聞いている。どんな女性だろうと思ってね」
「まあ、普通の女性ですわ」
「そんなことないさ」
殿下の手が、わたしの手に触れる。
「こんな可憐な女性だとは思いもしなかった」
口づけするその手を今すぐにでも振り払って、手を洗いたくなった。
「もったいないお言葉です」
「つれないね」
早くどっかに行って欲しかった。行き交う生徒がちらちらとこちらを見てくるのも不快だった。
「リーナがきみに嫉妬するはずだ」
その名前にはっとする。
「ああ。やっとこちらを見てくれたね」
殿下の笑みは胸やけするような甘いもので、顔をしかめないようにするのが大変だった。
「あの子はずいぶんとヒューバートにお熱みたいだ。私が婚約者の話を持ちかけようとしたところ、他に好きな相手がいるときっぱり断られた」
「……だからわたしにヒューバートの手綱をしっかり握っておけと?」
まさか、と殿下は笑った。
「私は他に好きな相手がいる人間を妃に望むほど冷酷じゃないよ。リーナを妃に、と後押しするのはあくまでも上の意見だ。私自身は特に彼女に対して何も思い入れはない」
「……そうですか」
正直彼の好みや結婚観についてはどうでもいい。わたしに話されても困る。わたしの顔を見て、殿下は面白そうに目を細めた。思っていたことが顔に出ていたのかもしれない。面白い玩具を見つけたかのような、よくない視線だった。
「どちらかというと私は貴女のような女性が好みだ」
「……わたしにはヒューバートがおりますわ」
ヒューバート。彼は今何をしているのだろう。どうして今わたしの隣にいないのだろうか。
「私が貴女と婚約を結べば、リーナは自分の想いを叶えることができるとは思わないか?」
ひゅっ、と息を呑む。そして不敬だということも忘れ、わたしは殿下を思いっきり睨みつけてしまった。殿下はそれを不快に思った様子もなく、むしろ楽しそうに唇を吊り上げた。
「冗談さ」
するりとわたしから離れ、殿下は肩をぽんと叩いた。
「貴女のような女性すら嫉妬させるなんて、ヒューバートはよほどいい男らしい」
殿下の接触は、一種の嫌がらせだろう。そうとしか考えられなかった。もしくはリーナ嬢を射止めることができない八つ当たりか。
まったく、と思いながら先日邪魔されたレポートを図書室で片づけていた。めんどうで、けれど後回しにするにはもう後がなかった。それに今日はこれをさっさと終わらせて、他の勉強もする予定なのだ。
「ヴァイオレット!」
だが今回もまた邪魔が入ってしまった。それもわたしの婚約者によって。
彼は珍しく騒がしい物音を立てて、めったにお目にかかることのできない慌てた表情でわたしに近づいてきた。そして呆気にとられている周囲など気にせず、わたしの肩をがしっと掴んだのだった。
「殿下に求婚されたのかっ!?」
それは室内に響き渡るほどの大きな声であった。
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