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箱庭から出た少女

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 昔絵本で小さな女の子が可愛い庭を大切にする話を読んだことがある。

 小さな、箱庭みたいな庭。そこには女の子が気に入った花や木しかない。小鳥も歌声が美しいものだけ。庭へと招かれるのも女の子に優しい言葉をくれるお母さんと、女の子に乱暴しない眼鏡の男の子だけ。

 それ以外のものは女の子によってすべて追い払われる。毒々しい花。見た目が気持ち悪い虫。いつも怒ってばかりいるお父さん。小言が多いメイド。意地悪する男の子。

 傲慢で、自分の好きなものしか目に入らない世界で彼女はいつまでも庭を愛で続ける。大人になってもずっと――。

 わたしの世界もきっとそんな感じだ。煩わしいもの、不快なものは庭へと持ち込みたくない。

 そしてヒューバートはその庭に入ることができる唯一の人だ。彼といつまでも箱庭の中で静かな時を過ごしたい。外界の煩わしさからは耳を塞ぎ、控えめな小鳥の囀ずりにだけ耳を傾ける。それが幸せであり、これ以上望むことは何もなかった。

「でも、きっとそれじゃあだめなのね」
「お嬢様?」

 メアリがどうかしましたかと振り返る。わたしは何でもないと鏡に映る自分を見つめた。焦げ茶色の髪。紫の瞳。亡きおばあさまに似ていると言われる顔立ち。

 今まで自分の容姿に思うことは特になかった。ただメイドにされるがまま化粧をされ、髪を整えられてきた。褒められようが貶されようがどちらでもよく、逆にどうしてそんなに人の顔が気になるのかといつも不思議であった。

 自分の見た目を気にしたこともない。これ以上綺麗になりたいと年頃の女性が抱く願望すら、わたしには湧いてこなかった。

 けれど今は――

「ねぇ、メアリ。今日は違うふうにしたいわ」
「珍しいですね。お嬢様がそんなことを言うなんて」
「ヒューバートに綺麗だって思われたいの」

 メアリの目がまた真ん丸に見開かれる。そしてその目にみるみる涙があふれてくる。

「お嬢様がそんなことを言うなんて……メアリは嬉しいです」

 頑張りますね、とメアリは鼻をすすって腕捲りをした。わたしはお願いね、と微笑んだ。

 そうして完成したわたしは、いつものわたしと違って大人びて見えた。化粧もきちんとしているからだろう。肖像絵で見た若い頃のおばあさまに似ている気がした。

「ありがとう、メアリ」

 鏡の中の彼女にそう言うと、いいえとメアリは顔を赤くした。

「お嬢様なら、これからもっときれいになれますわ」
「本当?」

 それなら、もっと綺麗になろう。ヒューバートがわたしを見てくれるように。

 彼にはわたしだけを見てもらいたい。そして彼の視線に気づいた女の子たちががっかりすればいい。諦めればいい。どうやっても彼は手に入らないのだと。

 わたしはそう思ってスキンケアにも気を配るようになった。どれでもいいというわけではなく、自分の肌質にあったものを選ぶこと。化粧をする時には、自分の顔立ちをどうやったら美しく見せるのか考えた。口紅をひいて、うなじを見せる。メアリや母の指南を受けながら、わたしは自分の魅せ方を開発していった。

 ――きれいだ。

 彼の声でそう言ってもらいたい。夢見るようにわたしは願った。

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