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18、王家の舞踏会
「――舞踏会?」
王家が主催する舞踏会に参加せざるを得なくなった……そう、イザベルが兄に伝えられたのは夕食時のことだった。
言い出したのは兄であるが、彼自身、あまり気が進まない様子に見える。
「行きたくないのならば、無理に出席する必要もないのでは? 今までも、そうしてきたのですし」
自分の我儘ということにして、フェリクスも屋敷にいればいい。むしろそうしてほしいとイザベルがねだっても、そういうわけにもいかないとフェリクスは珍しくため息をつきながら答えた。
「どうも王家は……陛下たちは、私が無理矢理お前を娶ろうとしているのではないかと勘繰っているらしい」
「まぁ。なんて失礼な誤解なの!」
自分たちは両想いで結ばれた仲だというのに!
「陛下たちが心配なさるのも、わからなくはない。……お前は社交界にあまり顔を出さないから、身体が丈夫ではない薄幸の美少女として思われている。私は立場的には保護者であるし、その立場を悪用してお前を洗脳・囲っているのではないかと疑われても……仕方がないかもしれないな」
「ええ……わたしが薄幸の美少女って……実際の中身を知ったら、卒倒しそうですね」
「自分で言うな。それに実際のお前を知っても、別に幻滅はしない。むしろますます惹かれるはずだ」
我が兄は本当に妹に甘い。
(卒倒を幻滅に言い換えたのは少し引っかかるけれど)
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「このままお兄様が妹を手籠めにした鬼畜な兄として人々に誤解されるのはわたしも我慢なりません。舞踏会に出席して、噂を払拭しましょう!」
「鬼畜な兄……いや、そうだな、お前の言う通りで、私もそうするべきだと思って話したんだが……本当に大丈夫か?」
イザベルが人混みの多く、人付き合いを好まないことを憂慮しているのだろう。
イザベルは胸に手を当てて、自信をもって言い張る。
「お兄様。わたしもクレージュ侯爵家の娘。お父様とお母様の子です。やる時はやる女です!」
「そうか。……そうだな。では、二人で出席するか」
「はい!」
本当は面倒だ、行きたくないという気持ちもあったが、兄を一人矢面に立たせるわけにはいかない。
(それにせっかく行くのなら、楽しまなくちゃ!)
美しく着飾った兄と一緒に踊ろう。侯爵家では出ないような食事もたらふく食べよう。夜の庭園を兄と一緒に歩いて、それから……。
ニヤニヤするイザベルに、締まりのない顔は当日はしないようにと兄に注意された。
そんなふうにイザベルは舞踏会を楽しみにしていたのだが……大事なことを当日まですっかり忘れていた。
(王家の舞踏会ってことは、王太子がいるかもしれないじゃない!)
どうしよう! とイザベルは慌てるが、すでに王城の玄関前だ。
「イザベル、落ち着くんだ。私がついている」
キリッとした表情で述べる兄に平常ならばときめいただろうが今は焦りが勝つ。
「何をそんなに心配しているんだ?」
「だ、だって……王太子とか、宰相の息子とか、この前会った人たちにも出くわす可能性があるってことでしょう?」
なるほど、とフェリクスは合点がいったように頷いた。
「殿下たちならば今回は欠席するだろう」
「えっ、そうなの?」
「彼らは学院に所属しているだろう? この時期は生徒会の仕事で忙しくなると聞いている。そろそろ長期休みに入る前のテストもあるだろうから、勉学に励むはずだ」
そういえばゲームの舞台はずっと学院で、王宮の背景イラストも出てこなかった。
イザベルが断罪される場所も学院の大ホール……に、大講義室でもあった。階段状になっている机にズラリと取り囲まれる形で、裁判所の被告人のようにイザベルは教壇に立たされて、王太子や兄たちに処刑されるのだ……。
嫌なことを思い出して眉を顰めたが、とにかく王太子たちは学院のイベントで忙しかった。
「でも、王家が主催する舞踏会なんだから、出席しないといろいろ面倒なんじゃ……」
あくまでもゲーム……ヒロインであるマリオン視点からそう見えたわけで、実際は顔を出すのではないか。
「いや、こういった催し物は月に何度か開かれている」
「そうなの?」
「ああ。大規模に見えるかもしれないが、王家からするとそこまで大きな規模じゃないんだ。それに前回顔を出して、今回は欠席する旨を伝えてある。王太子が出席するとなれば、警備もさらに増やさなければならないからな」
……知らなかった。
普段出席していないのでこういう時弊害が出てしまった。そのことに気づいて、イザベルは自分の世間知らずに危機感を覚えた。やはり少しずつでもいいから他者と関わりを持つことは大事かもしれない。
(でもとにかく王太子たちは来ないわけね!)
よかった!
満面の笑みを浮かべるイザベルに兄も機嫌が直ったと思ったようだ。
「憂いは晴れたか?」
「はい! 思う存分楽しめます!」
「では行こうか」
兄の腕に掴まると、イザベルは中へ入った。
(うわぁ。派手!)
ゲームと前世の知識を得られたからこそ言えるが、この世界の服飾事情はかなり自由である。
参考にしたドレスの時代設定も百年ほど隔たりがあったり、イザベルの前の人格者が生きていた時代に近いドレスデザインが着られたりもしている。要は画面が華やかに、かつキャラの個性が引き立てばいいのだろう。
(お兄様の正装も、軍人が着るようなデザインだものね)
銀髪の髪が映えるような濃紺のジャケットに金の肩章や飾緒がついてとてもかっこいい。
兄は別に軍人でもないので普通ならば燕尾服あたりを着るのだろうが、それだとせっかくの整った顔立ちがもったいなく思えるので、イザベルは満足していた。
イザベル自身は、あまり目立たない極力装飾の少ないドレスを着ている。と言っても、生地や控え目に縫い付けられた宝石はかなりお金をかけているので、わかる人には上等なドレスだとわかるだろう。
(でも、みんなああも派手だと、わたしももう少し派手にした方がよかったかしら)
盛りに盛った独創的な髪型や腰の細さを強調するためにかなり膨らんだドレスのスカート、その輝きで相手の目を眩ませてしまうのではないかと思うほどの宝石の首飾り……舞踏会というより、仮装大会に出席している気がした。
「お兄様、わたし、早々に負けてしまいそうだわ……」
「? 見た目を気にしているのか? 私にはここにいる誰よりお前が一番美しく見えるが」
何気なく言った兄の言葉に近くにいた人々がどよめいた。
「あ、あのフェリクス様があんな甘い言葉を!?」
「氷の貴公子の氷が溶けてしまっているの!?」
「いったいあの令嬢は誰なの!?」
(お兄様、氷の貴公子だなんて呼ばれているのね……)
本人は全く知らなさそうであるが。
それにしても、やはり自分の顔はあまり覚えられていないようだ。
「お兄様、ありがとうございます。そうですわね、わたしもお兄様の目に一番に映っているのならば、それで十分ですわ」
少しからかってやりたい気持ちで兄に微笑んで、親密な様子を見せつけると、また周囲が騒めくのがわかった。
「フェリクス殿。そちらのレディはまさかあなたの妹君で?」
「はい。私の妹のイザベルです。婚約者でもあります」
「な、なんと。では、結婚するという話は本当だったのですか!」
ぜひ詳しく訊かせてほしいと他の貴族たちも寄ってきて、イザベルは内心うっ……となる。
「失礼。国王陛下にご挨拶がまだですので、失礼させていただきます。行こう、イザベル」
イザベルの心中をいち早く察した兄がスマートにその場を抜け出す。
「……ありがとう、お兄様」
「大丈夫か? すまない。あんなにも貴族たちが寄ってくるとは思わなかった」
「みんなお兄様のことが気になって仕方がないのね」
兄もそんなプライベートのことを話す方ではないから余計に興味津々なのだろう。
その気持ちもわからなくないが、やはり押しかけられると怖い。
「私よりも、お前が美しすぎるから気になって仕方がないのだろう」
そうに違いないと真顔で語る兄にイザベルは反応に困る。
「えーっと、国王陛下に挨拶しに行くのよね。何だか緊張するわ」
話を変えるように言うと、兄は大丈夫だと言った。
「私が主に話すからお前はお辞儀するだけでいい」
ならいいか、とイザベルは肩の力を抜いた。こちらに何か質問されてもフェリクスが何とかしてくれるだろう。
(あの腹黒王太子の父親ってことは、やっぱり似ているのかしら)
愛妾などは作らず、王妃一筋でラブラブらしいが……。
「おおっ、フェリクス! よく来てくれたな!」
国王はものすごく陽気な雰囲気でフェリクスを見ると、ぱぁっと顔を輝かせた。レーモンとは髪色が同じくらいで、あまり似ていない。隣に腰かける王妃の方に面差しがよく似ているので、レーモンは母親似のようだ。
「そちらが例の妹だな」
(例のって……)
何かお尋ね者というか訳ありの令嬢みたいで嫌だな。本人を前にして失礼でもある。
だが視線を向けられてぼんやりしているわけにはいかない。
「陛下。私の妹のイザベルです。近々妻にもなる女性です」
貴族たちにも告げた台詞を兄は堂々と繰り返す。イザベルはそんな兄の紹介に合わせて膝を少し曲げて挨拶した。
「イザベルと申します。国王陛下と王妃殿下にお目にかかれて至極光栄です」
「おお。想像していたよりきちんとした娘ではないか!」
……いったいどんな娘だと思われていたのだろう。兄もすうっと纏う空気の温度を下げたのがわかる。
(微妙に腹立つ物言いだし……やっぱりあの王太子の父親なだけあるわ)
心底再会することがなくてよかったと思うイザベルの耳に「父上」と滑らかな声が入った。
とっさに顔を上げれば、黒と赤地の派手な軍服を浮くことなく着こなしている姿が目に映る。
(うそでしょ……)
「レーモン。今日は出席するつもりはないと聞いていたが、どうしたんだ」
「そのつもりでしたが、生徒会の仕事や勉学も少し落ち着いたので、息抜きもかねて顔を出させてもらいました」
「まったくお前は……」
レーモンにそっくりの弟であってほしいと心底願ったが、彼本人であった。
(わざわざ顔なんて出さなくていいのに!)
イザベルの混乱や怒りが混じった心の悲鳴がまるで聞こえたようにレーモンがこちらに視線を向け、甘い笑みを浮かべる。
「それに、氷の貴公子と噂されているフェリクス殿の妹君ともう一度お会いしたかったのです」
突然そんなことを言われて、イザベルだけでなく、国王や王妃たちも驚く。
「レーモン。お前はイザベルと知り合いだったのか?」
「ええ。先日、彼女が兄君を迎えに王宮へ来た時に……いえ、実を言うと、それより以前にパン屋の前で会っているんです」
「お前が通っている学院のマリオンという娘の両親が営んでいるパン屋でか?」
「はい。ぜひ一度食べてみてほしいと彼女自身にも勧められたので、友人を誘って行った際に偶然……店の前で体調が悪くて倒れかけたところを、介抱したのです」
「まぁ、それは運命的な出会いね!」
王妃がそんなふうに感想を述べると、レーモンはにっこりと微笑んだ。
「本当ですね。母上の言う通りだ。イザベル嬢はどう思いますか?」
(こ、こいつ!)
絶対わざと言っている! とイザベルは直感的に悟った。
にこにこ微笑む姿がゲームで意地悪する時のスチルと完全に重なる。
「どうだろう、イザベル。せっかくこうして出会ったのだから、一曲僕と踊ってくれないだろうか」
「っ……」
婚約者のいる女性を、しかも婚約者がいる前で誘うのだからイザベルは言葉を失う。
「殿下。彼女は私の婚約者です。どうかご容赦ください」
フェリクスも気分を害した様子で、厳しい声で口を挟む。
「ふむ……なにも僕は最初に踊ってほしいと言っているわけじゃない。きみと踊った後で、僕と一曲踊ってくれと頼んでいるんだ。まさかきみは、妹に自分以外と踊らせないつもりか?」
「ええ。私は狭量な男なので、婚約者に自分以外の男と踊ってほしくありません。それに妹は普段からあまり外に出ず、身体が丈夫ではないのです。殿下と踊るまで、体力がもたないでしょう」
運動不足だということを遠回しに伝えながら、しっかりと自分のものだと牽制する兄にイザベルはきゃー! と内心歓喜する。
だがそんなフェリクスの牽制に、レーモンは罠にかかったかのように目を細めた。
「噂は本当のようだ。貴殿はずいぶんと妹君に惚れ込んでいる。一体いつからそう思うようになったのか。幼い頃であったのならば、印象は変わってくるな」
幼い頃からそういう関係にあったのではないかとほのめかすレーモンにイザベルは思わず声を上げていた。
「それは誤解ですわ、殿下。兄はずっと兄として、わたしに接してくれていました。些細なきっかけからわたしが兄を一人の男性として意識し始めて、想いを伝えても、一線を引いて、自分を責めては葛藤し、それでも……わたしの想いに応えてくれたのです。そんな兄をこれ以上悪役に仕立てて、責めないでくださいませ」
今までしおらしかった娘が急に、王太子相手にも物怖じせずしゃきしゃき意見するので、国王と王妃は目を真ん丸とさせて瞬きした。
「イザベル。無理するな」
フェリクスは妹を心配して、焦りの滲んだ表情で止めようとする。
そしてレーモンは――
「そうか。それは失礼した。ならば、なおさら、僕と踊っても問題あるまい。兄を支える妹としてだけでなく、婚約者として社交は大事にせねばならないからね」
何がなおさらなのか、何が大事なのかちっともわからないが、踊らなければさらにこの腹黒男は兄を攻撃する算段だろう。
(いいわよ。受けて立とうじゃない)
「はい。もちろんでございます。どうかお相手のほどよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む」
にこにこ笑う二人だが、ばちばち火花を散らしているように周囲の人間には見えたことだろう。
「ですが、ファーストダンスは兄と踊ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」
「ああ。ゆっくり楽しんでくるといい」
では、とイザベルは国王夫妻に礼をすると、兄を促し、その場を離れた。
王家が主催する舞踏会に参加せざるを得なくなった……そう、イザベルが兄に伝えられたのは夕食時のことだった。
言い出したのは兄であるが、彼自身、あまり気が進まない様子に見える。
「行きたくないのならば、無理に出席する必要もないのでは? 今までも、そうしてきたのですし」
自分の我儘ということにして、フェリクスも屋敷にいればいい。むしろそうしてほしいとイザベルがねだっても、そういうわけにもいかないとフェリクスは珍しくため息をつきながら答えた。
「どうも王家は……陛下たちは、私が無理矢理お前を娶ろうとしているのではないかと勘繰っているらしい」
「まぁ。なんて失礼な誤解なの!」
自分たちは両想いで結ばれた仲だというのに!
「陛下たちが心配なさるのも、わからなくはない。……お前は社交界にあまり顔を出さないから、身体が丈夫ではない薄幸の美少女として思われている。私は立場的には保護者であるし、その立場を悪用してお前を洗脳・囲っているのではないかと疑われても……仕方がないかもしれないな」
「ええ……わたしが薄幸の美少女って……実際の中身を知ったら、卒倒しそうですね」
「自分で言うな。それに実際のお前を知っても、別に幻滅はしない。むしろますます惹かれるはずだ」
我が兄は本当に妹に甘い。
(卒倒を幻滅に言い換えたのは少し引っかかるけれど)
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「このままお兄様が妹を手籠めにした鬼畜な兄として人々に誤解されるのはわたしも我慢なりません。舞踏会に出席して、噂を払拭しましょう!」
「鬼畜な兄……いや、そうだな、お前の言う通りで、私もそうするべきだと思って話したんだが……本当に大丈夫か?」
イザベルが人混みの多く、人付き合いを好まないことを憂慮しているのだろう。
イザベルは胸に手を当てて、自信をもって言い張る。
「お兄様。わたしもクレージュ侯爵家の娘。お父様とお母様の子です。やる時はやる女です!」
「そうか。……そうだな。では、二人で出席するか」
「はい!」
本当は面倒だ、行きたくないという気持ちもあったが、兄を一人矢面に立たせるわけにはいかない。
(それにせっかく行くのなら、楽しまなくちゃ!)
美しく着飾った兄と一緒に踊ろう。侯爵家では出ないような食事もたらふく食べよう。夜の庭園を兄と一緒に歩いて、それから……。
ニヤニヤするイザベルに、締まりのない顔は当日はしないようにと兄に注意された。
そんなふうにイザベルは舞踏会を楽しみにしていたのだが……大事なことを当日まですっかり忘れていた。
(王家の舞踏会ってことは、王太子がいるかもしれないじゃない!)
どうしよう! とイザベルは慌てるが、すでに王城の玄関前だ。
「イザベル、落ち着くんだ。私がついている」
キリッとした表情で述べる兄に平常ならばときめいただろうが今は焦りが勝つ。
「何をそんなに心配しているんだ?」
「だ、だって……王太子とか、宰相の息子とか、この前会った人たちにも出くわす可能性があるってことでしょう?」
なるほど、とフェリクスは合点がいったように頷いた。
「殿下たちならば今回は欠席するだろう」
「えっ、そうなの?」
「彼らは学院に所属しているだろう? この時期は生徒会の仕事で忙しくなると聞いている。そろそろ長期休みに入る前のテストもあるだろうから、勉学に励むはずだ」
そういえばゲームの舞台はずっと学院で、王宮の背景イラストも出てこなかった。
イザベルが断罪される場所も学院の大ホール……に、大講義室でもあった。階段状になっている机にズラリと取り囲まれる形で、裁判所の被告人のようにイザベルは教壇に立たされて、王太子や兄たちに処刑されるのだ……。
嫌なことを思い出して眉を顰めたが、とにかく王太子たちは学院のイベントで忙しかった。
「でも、王家が主催する舞踏会なんだから、出席しないといろいろ面倒なんじゃ……」
あくまでもゲーム……ヒロインであるマリオン視点からそう見えたわけで、実際は顔を出すのではないか。
「いや、こういった催し物は月に何度か開かれている」
「そうなの?」
「ああ。大規模に見えるかもしれないが、王家からするとそこまで大きな規模じゃないんだ。それに前回顔を出して、今回は欠席する旨を伝えてある。王太子が出席するとなれば、警備もさらに増やさなければならないからな」
……知らなかった。
普段出席していないのでこういう時弊害が出てしまった。そのことに気づいて、イザベルは自分の世間知らずに危機感を覚えた。やはり少しずつでもいいから他者と関わりを持つことは大事かもしれない。
(でもとにかく王太子たちは来ないわけね!)
よかった!
満面の笑みを浮かべるイザベルに兄も機嫌が直ったと思ったようだ。
「憂いは晴れたか?」
「はい! 思う存分楽しめます!」
「では行こうか」
兄の腕に掴まると、イザベルは中へ入った。
(うわぁ。派手!)
ゲームと前世の知識を得られたからこそ言えるが、この世界の服飾事情はかなり自由である。
参考にしたドレスの時代設定も百年ほど隔たりがあったり、イザベルの前の人格者が生きていた時代に近いドレスデザインが着られたりもしている。要は画面が華やかに、かつキャラの個性が引き立てばいいのだろう。
(お兄様の正装も、軍人が着るようなデザインだものね)
銀髪の髪が映えるような濃紺のジャケットに金の肩章や飾緒がついてとてもかっこいい。
兄は別に軍人でもないので普通ならば燕尾服あたりを着るのだろうが、それだとせっかくの整った顔立ちがもったいなく思えるので、イザベルは満足していた。
イザベル自身は、あまり目立たない極力装飾の少ないドレスを着ている。と言っても、生地や控え目に縫い付けられた宝石はかなりお金をかけているので、わかる人には上等なドレスだとわかるだろう。
(でも、みんなああも派手だと、わたしももう少し派手にした方がよかったかしら)
盛りに盛った独創的な髪型や腰の細さを強調するためにかなり膨らんだドレスのスカート、その輝きで相手の目を眩ませてしまうのではないかと思うほどの宝石の首飾り……舞踏会というより、仮装大会に出席している気がした。
「お兄様、わたし、早々に負けてしまいそうだわ……」
「? 見た目を気にしているのか? 私にはここにいる誰よりお前が一番美しく見えるが」
何気なく言った兄の言葉に近くにいた人々がどよめいた。
「あ、あのフェリクス様があんな甘い言葉を!?」
「氷の貴公子の氷が溶けてしまっているの!?」
「いったいあの令嬢は誰なの!?」
(お兄様、氷の貴公子だなんて呼ばれているのね……)
本人は全く知らなさそうであるが。
それにしても、やはり自分の顔はあまり覚えられていないようだ。
「お兄様、ありがとうございます。そうですわね、わたしもお兄様の目に一番に映っているのならば、それで十分ですわ」
少しからかってやりたい気持ちで兄に微笑んで、親密な様子を見せつけると、また周囲が騒めくのがわかった。
「フェリクス殿。そちらのレディはまさかあなたの妹君で?」
「はい。私の妹のイザベルです。婚約者でもあります」
「な、なんと。では、結婚するという話は本当だったのですか!」
ぜひ詳しく訊かせてほしいと他の貴族たちも寄ってきて、イザベルは内心うっ……となる。
「失礼。国王陛下にご挨拶がまだですので、失礼させていただきます。行こう、イザベル」
イザベルの心中をいち早く察した兄がスマートにその場を抜け出す。
「……ありがとう、お兄様」
「大丈夫か? すまない。あんなにも貴族たちが寄ってくるとは思わなかった」
「みんなお兄様のことが気になって仕方がないのね」
兄もそんなプライベートのことを話す方ではないから余計に興味津々なのだろう。
その気持ちもわからなくないが、やはり押しかけられると怖い。
「私よりも、お前が美しすぎるから気になって仕方がないのだろう」
そうに違いないと真顔で語る兄にイザベルは反応に困る。
「えーっと、国王陛下に挨拶しに行くのよね。何だか緊張するわ」
話を変えるように言うと、兄は大丈夫だと言った。
「私が主に話すからお前はお辞儀するだけでいい」
ならいいか、とイザベルは肩の力を抜いた。こちらに何か質問されてもフェリクスが何とかしてくれるだろう。
(あの腹黒王太子の父親ってことは、やっぱり似ているのかしら)
愛妾などは作らず、王妃一筋でラブラブらしいが……。
「おおっ、フェリクス! よく来てくれたな!」
国王はものすごく陽気な雰囲気でフェリクスを見ると、ぱぁっと顔を輝かせた。レーモンとは髪色が同じくらいで、あまり似ていない。隣に腰かける王妃の方に面差しがよく似ているので、レーモンは母親似のようだ。
「そちらが例の妹だな」
(例のって……)
何かお尋ね者というか訳ありの令嬢みたいで嫌だな。本人を前にして失礼でもある。
だが視線を向けられてぼんやりしているわけにはいかない。
「陛下。私の妹のイザベルです。近々妻にもなる女性です」
貴族たちにも告げた台詞を兄は堂々と繰り返す。イザベルはそんな兄の紹介に合わせて膝を少し曲げて挨拶した。
「イザベルと申します。国王陛下と王妃殿下にお目にかかれて至極光栄です」
「おお。想像していたよりきちんとした娘ではないか!」
……いったいどんな娘だと思われていたのだろう。兄もすうっと纏う空気の温度を下げたのがわかる。
(微妙に腹立つ物言いだし……やっぱりあの王太子の父親なだけあるわ)
心底再会することがなくてよかったと思うイザベルの耳に「父上」と滑らかな声が入った。
とっさに顔を上げれば、黒と赤地の派手な軍服を浮くことなく着こなしている姿が目に映る。
(うそでしょ……)
「レーモン。今日は出席するつもりはないと聞いていたが、どうしたんだ」
「そのつもりでしたが、生徒会の仕事や勉学も少し落ち着いたので、息抜きもかねて顔を出させてもらいました」
「まったくお前は……」
レーモンにそっくりの弟であってほしいと心底願ったが、彼本人であった。
(わざわざ顔なんて出さなくていいのに!)
イザベルの混乱や怒りが混じった心の悲鳴がまるで聞こえたようにレーモンがこちらに視線を向け、甘い笑みを浮かべる。
「それに、氷の貴公子と噂されているフェリクス殿の妹君ともう一度お会いしたかったのです」
突然そんなことを言われて、イザベルだけでなく、国王や王妃たちも驚く。
「レーモン。お前はイザベルと知り合いだったのか?」
「ええ。先日、彼女が兄君を迎えに王宮へ来た時に……いえ、実を言うと、それより以前にパン屋の前で会っているんです」
「お前が通っている学院のマリオンという娘の両親が営んでいるパン屋でか?」
「はい。ぜひ一度食べてみてほしいと彼女自身にも勧められたので、友人を誘って行った際に偶然……店の前で体調が悪くて倒れかけたところを、介抱したのです」
「まぁ、それは運命的な出会いね!」
王妃がそんなふうに感想を述べると、レーモンはにっこりと微笑んだ。
「本当ですね。母上の言う通りだ。イザベル嬢はどう思いますか?」
(こ、こいつ!)
絶対わざと言っている! とイザベルは直感的に悟った。
にこにこ微笑む姿がゲームで意地悪する時のスチルと完全に重なる。
「どうだろう、イザベル。せっかくこうして出会ったのだから、一曲僕と踊ってくれないだろうか」
「っ……」
婚約者のいる女性を、しかも婚約者がいる前で誘うのだからイザベルは言葉を失う。
「殿下。彼女は私の婚約者です。どうかご容赦ください」
フェリクスも気分を害した様子で、厳しい声で口を挟む。
「ふむ……なにも僕は最初に踊ってほしいと言っているわけじゃない。きみと踊った後で、僕と一曲踊ってくれと頼んでいるんだ。まさかきみは、妹に自分以外と踊らせないつもりか?」
「ええ。私は狭量な男なので、婚約者に自分以外の男と踊ってほしくありません。それに妹は普段からあまり外に出ず、身体が丈夫ではないのです。殿下と踊るまで、体力がもたないでしょう」
運動不足だということを遠回しに伝えながら、しっかりと自分のものだと牽制する兄にイザベルはきゃー! と内心歓喜する。
だがそんなフェリクスの牽制に、レーモンは罠にかかったかのように目を細めた。
「噂は本当のようだ。貴殿はずいぶんと妹君に惚れ込んでいる。一体いつからそう思うようになったのか。幼い頃であったのならば、印象は変わってくるな」
幼い頃からそういう関係にあったのではないかとほのめかすレーモンにイザベルは思わず声を上げていた。
「それは誤解ですわ、殿下。兄はずっと兄として、わたしに接してくれていました。些細なきっかけからわたしが兄を一人の男性として意識し始めて、想いを伝えても、一線を引いて、自分を責めては葛藤し、それでも……わたしの想いに応えてくれたのです。そんな兄をこれ以上悪役に仕立てて、責めないでくださいませ」
今までしおらしかった娘が急に、王太子相手にも物怖じせずしゃきしゃき意見するので、国王と王妃は目を真ん丸とさせて瞬きした。
「イザベル。無理するな」
フェリクスは妹を心配して、焦りの滲んだ表情で止めようとする。
そしてレーモンは――
「そうか。それは失礼した。ならば、なおさら、僕と踊っても問題あるまい。兄を支える妹としてだけでなく、婚約者として社交は大事にせねばならないからね」
何がなおさらなのか、何が大事なのかちっともわからないが、踊らなければさらにこの腹黒男は兄を攻撃する算段だろう。
(いいわよ。受けて立とうじゃない)
「はい。もちろんでございます。どうかお相手のほどよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む」
にこにこ笑う二人だが、ばちばち火花を散らしているように周囲の人間には見えたことだろう。
「ですが、ファーストダンスは兄と踊ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」
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