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7、別れと初夜
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新居となる屋敷で開かれた披露宴では、伯爵がお酒をたくさん飲んで至極上機嫌であった。
「いやぁ、実にめでたい日和ですな」
なんてことを赤ら顔で言うので、隣に座るイライザに睨まれ、小言を言われていた。
一方クライヴ側の親族は、そんな伯爵をどこか冷ややかな眼差しで見ているようだった。
彼らはこの結婚を――セシリアがクライヴの妻になることをよく思っていないのだろう。
(それもそうよね……)
伯爵は上手く説明したつもりなのだろうが――ハーフォード家からすれば半ば強引に事を進め、丸め込まれたような感じが拭えないはずだ。
「どうした?」
ぼうっとしているセシリアに、クライヴが声をかけてくる。
彼女は慌てて彼の方を見て、そのじっと見つめてくる眼差しにすぐに目を逸らし、最終的に膝の上に置かれた手へと視線を落とした。
(何か言わなくちゃ……)
「こ、こうして結婚できたことが夢みたいで……まだ、実感が湧かないのです」
「そうか。だがこれから少しずつ、慣れていくだろう」
「そう、ですね……」
話しかけているのに俯いていては失礼に当たると思い直し、セシリアは再びクライヴの方を見ると、ぎこちなく笑った。
「これから、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。……言うのが遅くなってしまったが、そのドレス、よく似合っている」
セシリアはクライヴもお世辞を言うのだなと意外に思った。
「ありがとうございます。クライヴ様も、よくお似合いです」
何だかこの会話すら、マナー本に書かれてある定型文に思えておかしかった。
「――ではセシリア、わたくしたちもそろそろお暇しますね。あとはクライヴ様と上手くやりなさい」
「はい……」
親族たちが帰る際、イライザが近寄ってきてそう告げた。彼女の隣には今まで家庭教師役を担ってくれたドリュー夫人もいる。セシリアは夫人の目が赤くなっていることに気づき、目を真ん丸とさせた。
「セシリアさん。正直あなたには未熟な点が多々あります。けれど、それはあなたの出自や育ちを考えれば当然のこととも言えます。今まで厳しくあなたを指導しましたが、それはすべて、これからあなたが生きていく世界で必要なことだからです。ですから……」
夫人はそこで言葉を詰まらせた。イライザが背中を擦り、代わりに先を続けようとしたが、夫人が手で制し、涙目でセシリアを見つめ直した。
「あなたは貴族の令嬢が十年以上費やして学ぶことを、約一年で学ぼうとしました。それは大変無謀なことで、あなたの忍耐と努力がなければ成し遂げられなかったことでしょう」
「先生……」
「貴族の奥方に必要なことは、結婚してから学んでいくものです。それは他の令嬢もみな同じです。これからも努力を怠らず、公爵夫人として相応しくあり続けるのですよ。……あなたなら、きっとできるでしょうから」
そこでドリュー夫人は涙を指先でそっと拭った。その姿は大変美しく、以前彼女が高貴な人は簡単に涙を流してはいけないと言ったことを思い出させた。
こういう大事な時に流してこそ、意味があるのだ。
「セシリア。どうかお幸せに」
イライザとドリュー夫人の祝福にセシリアは感動で胸をいっぱいにするべきだったのだろうが、素直に受け取れない自分がいた。
(いっそ、最後まで厳しく叱ってくださればよかったのに……)
貴族として嫁入りする自分の存在が認められ、セシリアは罪悪感にも似た気持ちを抱いた。
◆
(疲れた……)
「お疲れになられたでしょう」
タバサに髪を梳かれながら、ずばりと本心を指摘される。
彼女には伯爵家へ来た時からずっと世話されて、嫁ぎ先にもこうしてついて来てもらった。正直顔馴染みの人間がいると安心する。加えてタバサは余計なことは詮索せず、重荷にならない程度でいつも気遣ってくれるので、セシリアは内心姉のように頼りにしていた。
「もう、寝てしまいたいわ……」
湯浴みを済ませ、ぽかぽかした心地で瞼が重い。
「それは少々難しいかもしれませんね」
タバサの答えを肯定するようにガチャリと扉が開いた。現れた人物にセシリアは一気に目が覚め、背筋を伸ばす。
「それでは私はこれで失礼させていただきます。お休みなさいませ」
クライヴにも一礼すると、タバサはそそくさと部屋を後にした。残されたセシリアは途端に心細い気持ちになる。
「今日は疲れただろう」
「は、はい」
鏡台の椅子から立ち上がり、セシリアはとりあえずクライヴの方へ近づく。彼は寝室に配置されているソファへ腰掛け、セシリアにも座るよう勧めた。
「何か飲むか?」
「あ、えっと……はい。少しいただきます」
本当は昼間にたくさん飲まされたのであまり飲む気にはなれなかったが、断るのも失礼に当たるだろうと、セシリアはグラスを受け取った。
苦みのある酒の味が舌に広がり、自分の心中を表しているかのように思えた。
クライヴはセシリアよりも多く(と言ってもグラス一杯分であるが)飲み終え、静かにテーブルへと置いた。その音がやけに大きく響き、セシリアの鼓動も速まる。
(何か、話した方がいいのかしら)
沈黙にこちらの方が耐えられなくなる。
「あの、素敵な、結婚式でしたわね」
とうとうそう口火を切れば、クライヴの目がこちらに注がれる。
「きみはずいぶん緊張しているようだったが」
うっ、と痛いところを突かれた気になる。
(落ち着いて……ゆっくり返すのよ)
「はい。本当にとても多くの人に参加していただいて、時間をかけて準備してきたことですから、とうとう当日を迎えることができて胸がいっぱいになったのです」
何とか上手く答えられたと安堵する。
「そうだな……」
しかしクライヴの反応は乏しい。
もしや何か気に障ることを言ってしまっただろうかと不安になれば、突然彼が立ち上がったので驚く。
「そろそろ、いいか?」
寝ようか? とは言われなかったので、セシリアはこれから何をするのかわかった。
(本当にするのね……)
夫婦になったのだから避けられないことである。
わかっていても、セシリアは逃げ出したくなった。
だがそれは心の中だけに留め、実際は「はい」と掠れた声で返事をして、クライヴに手を引かれる形で寝台の方へ歩いていった。
「いやぁ、実にめでたい日和ですな」
なんてことを赤ら顔で言うので、隣に座るイライザに睨まれ、小言を言われていた。
一方クライヴ側の親族は、そんな伯爵をどこか冷ややかな眼差しで見ているようだった。
彼らはこの結婚を――セシリアがクライヴの妻になることをよく思っていないのだろう。
(それもそうよね……)
伯爵は上手く説明したつもりなのだろうが――ハーフォード家からすれば半ば強引に事を進め、丸め込まれたような感じが拭えないはずだ。
「どうした?」
ぼうっとしているセシリアに、クライヴが声をかけてくる。
彼女は慌てて彼の方を見て、そのじっと見つめてくる眼差しにすぐに目を逸らし、最終的に膝の上に置かれた手へと視線を落とした。
(何か言わなくちゃ……)
「こ、こうして結婚できたことが夢みたいで……まだ、実感が湧かないのです」
「そうか。だがこれから少しずつ、慣れていくだろう」
「そう、ですね……」
話しかけているのに俯いていては失礼に当たると思い直し、セシリアは再びクライヴの方を見ると、ぎこちなく笑った。
「これから、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。……言うのが遅くなってしまったが、そのドレス、よく似合っている」
セシリアはクライヴもお世辞を言うのだなと意外に思った。
「ありがとうございます。クライヴ様も、よくお似合いです」
何だかこの会話すら、マナー本に書かれてある定型文に思えておかしかった。
「――ではセシリア、わたくしたちもそろそろお暇しますね。あとはクライヴ様と上手くやりなさい」
「はい……」
親族たちが帰る際、イライザが近寄ってきてそう告げた。彼女の隣には今まで家庭教師役を担ってくれたドリュー夫人もいる。セシリアは夫人の目が赤くなっていることに気づき、目を真ん丸とさせた。
「セシリアさん。正直あなたには未熟な点が多々あります。けれど、それはあなたの出自や育ちを考えれば当然のこととも言えます。今まで厳しくあなたを指導しましたが、それはすべて、これからあなたが生きていく世界で必要なことだからです。ですから……」
夫人はそこで言葉を詰まらせた。イライザが背中を擦り、代わりに先を続けようとしたが、夫人が手で制し、涙目でセシリアを見つめ直した。
「あなたは貴族の令嬢が十年以上費やして学ぶことを、約一年で学ぼうとしました。それは大変無謀なことで、あなたの忍耐と努力がなければ成し遂げられなかったことでしょう」
「先生……」
「貴族の奥方に必要なことは、結婚してから学んでいくものです。それは他の令嬢もみな同じです。これからも努力を怠らず、公爵夫人として相応しくあり続けるのですよ。……あなたなら、きっとできるでしょうから」
そこでドリュー夫人は涙を指先でそっと拭った。その姿は大変美しく、以前彼女が高貴な人は簡単に涙を流してはいけないと言ったことを思い出させた。
こういう大事な時に流してこそ、意味があるのだ。
「セシリア。どうかお幸せに」
イライザとドリュー夫人の祝福にセシリアは感動で胸をいっぱいにするべきだったのだろうが、素直に受け取れない自分がいた。
(いっそ、最後まで厳しく叱ってくださればよかったのに……)
貴族として嫁入りする自分の存在が認められ、セシリアは罪悪感にも似た気持ちを抱いた。
◆
(疲れた……)
「お疲れになられたでしょう」
タバサに髪を梳かれながら、ずばりと本心を指摘される。
彼女には伯爵家へ来た時からずっと世話されて、嫁ぎ先にもこうしてついて来てもらった。正直顔馴染みの人間がいると安心する。加えてタバサは余計なことは詮索せず、重荷にならない程度でいつも気遣ってくれるので、セシリアは内心姉のように頼りにしていた。
「もう、寝てしまいたいわ……」
湯浴みを済ませ、ぽかぽかした心地で瞼が重い。
「それは少々難しいかもしれませんね」
タバサの答えを肯定するようにガチャリと扉が開いた。現れた人物にセシリアは一気に目が覚め、背筋を伸ばす。
「それでは私はこれで失礼させていただきます。お休みなさいませ」
クライヴにも一礼すると、タバサはそそくさと部屋を後にした。残されたセシリアは途端に心細い気持ちになる。
「今日は疲れただろう」
「は、はい」
鏡台の椅子から立ち上がり、セシリアはとりあえずクライヴの方へ近づく。彼は寝室に配置されているソファへ腰掛け、セシリアにも座るよう勧めた。
「何か飲むか?」
「あ、えっと……はい。少しいただきます」
本当は昼間にたくさん飲まされたのであまり飲む気にはなれなかったが、断るのも失礼に当たるだろうと、セシリアはグラスを受け取った。
苦みのある酒の味が舌に広がり、自分の心中を表しているかのように思えた。
クライヴはセシリアよりも多く(と言ってもグラス一杯分であるが)飲み終え、静かにテーブルへと置いた。その音がやけに大きく響き、セシリアの鼓動も速まる。
(何か、話した方がいいのかしら)
沈黙にこちらの方が耐えられなくなる。
「あの、素敵な、結婚式でしたわね」
とうとうそう口火を切れば、クライヴの目がこちらに注がれる。
「きみはずいぶん緊張しているようだったが」
うっ、と痛いところを突かれた気になる。
(落ち着いて……ゆっくり返すのよ)
「はい。本当にとても多くの人に参加していただいて、時間をかけて準備してきたことですから、とうとう当日を迎えることができて胸がいっぱいになったのです」
何とか上手く答えられたと安堵する。
「そうだな……」
しかしクライヴの反応は乏しい。
もしや何か気に障ることを言ってしまっただろうかと不安になれば、突然彼が立ち上がったので驚く。
「そろそろ、いいか?」
寝ようか? とは言われなかったので、セシリアはこれから何をするのかわかった。
(本当にするのね……)
夫婦になったのだから避けられないことである。
わかっていても、セシリアは逃げ出したくなった。
だがそれは心の中だけに留め、実際は「はい」と掠れた声で返事をして、クライヴに手を引かれる形で寝台の方へ歩いていった。
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