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6、クライヴ・ハーフォード
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「公爵様。ようこそお越しくださいました」
顔合わせは伯爵家で執り行った。
伯爵は実にへりくだった様子で自分よりも年下の公爵に挨拶している。
(綺麗な方……)
クライヴ・ハーフォード。
ハーフォード公爵家の当主でもある彼は、まだ二十五歳であったが、ようやく十八歳になったセシリアからすれば、ずいぶんと大人に見えた。
加えて、クライヴは人形のように整った顔をしていた。
切れ長の瞳や通った鼻筋に薄い唇、吹き出物など一切ない滑らかな肌など、伯爵家に飾ってあった人形を思わせる。「人形」と表現したのは、何も整ったパーツを持っているからだけでない。
失礼な話ではあるが、にこりともしない表情が、一切の感情を読み取らせず、どこか不気味にも思えたのだ。
(こんなこと、夫となる方に思ってはいけないのだけれど……)
「構いません。それで……そちらのレディがヨランダの従妹でしょうか」
アイスブルーの瞳がセシリアへと向けられ、彼女はぎくりとする。
ここはドリュー夫人に教えてもらったように、優雅な挨拶を披露するところだ。
「はい。わたしが――」
「ええ、その通りでございます。こちらが私の弟の娘、セシリアでございます。姪に当たるのですが、両親が亡くなり、母方の叔母夫妻に入れられた修道院で寂しく暮らしていたのを不憫に思いましてね。ちょうど結婚適齢期となりましたし、一緒に暮らして将来の面倒を見てやろうと、養子にしたのです」
話す暇も一切与えられず、伯爵は一人捲し立てた。
そんなに一方的に話してはさすがのクライヴも不快に思うのではないかと危惧したが、彼は表情を変えぬまま「そうでしたか」と微かに頷いた。
「セシリア嬢。急なことで驚いたかもしれないが、どうぞよろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします」
手を差し出され、セシリアは反射的に握りしめる。
白い手袋をはめていたが、細くて長い指は綺麗だろうなと想像させた。
「では、早速ですが、式の段取りについて決めていきましょうか」
もう少し世間話に勤しむかと思ったが、クライヴは淡々と本題に入っていく。
(あまり、乗り気ではないのかしら……)
自分と結婚することに。……でも、考えてみれば当然かもしれない。
本来はヨランダと結婚する予定だったのだから。
ちなみに彼女は式の準備や王太子の意向で、現在は王宮で寝泊まりしているそうだ。
何度かこちらへ帰ってきて顔を見合わせたが、王太子に見初められるのもなるほどと思う可憐な容姿をしていた。外見だけでなく中身も本物の貴族の令嬢だと、少し話しただけでも思い知らされたのだ。
そんな彼女と別れ、代わりに自分を宛てがわれた。平民として暮らしていた、急ごしらえの婚約者。クライヴがどこか投げやりな気持ちになるのも無理はない。
(面と向かって非難されないだけ、ましなのかもしれない……)
伯爵と話を進めていくクライヴをぼんやりと見ながら、セシリアはそう思った。
「セシリア嬢?」
視線に気づいたクライヴがすっとこちらを見る。彼女は蛇に睨まれた蛙のようにぎくりとし、醜態を晒しそうになったが、その前に伯爵が上手くとりなしてくれた。
ほっと密かに息を吐くと同時に、本当にこんな調子で大丈夫なのだろうかと不安になるのだった。
◇
セシリアの不安をよそに、クライヴとの結婚準備は順調に進められていった。
その間にも彼女は貴婦人としての教養やら何やらを叩き込まれ、もはや心配する暇も与えられず、気絶するように眠って、式の当日を迎えた。
(どうしよう……)
伯父に攫われるようにして伯爵家へ連れて来られ、ちょうど一年が経とうとしていた。
気づけば今、純白の花嫁衣装に身を包み、身廊を伯爵と共に歩きながら、セシリアはじわじわと現実を突きつけられていた。
(わたし、本当にこのまま結婚するの?)
今さらであるが、セシリアは心のどこかでずっとこの結婚が破談になるのではないかと期待していた。自分からどうこうすることは不可能だったので、クライヴの方から言い出してくれないかと、密かに待ち望んでいたのだ。
だが、彼は決してこの結婚に異を唱えることはしなかった。
夫婦となることが現実味を帯びてきても、クライヴは不満を見せず、粛々と自分のなすべきことをこなしているようだった。
(クライヴ様。あなたは一体何を考えているのですか?)
セシリアはクライヴと接する度、困惑する感情が胸に生まれる。
彼とは定期的に話す機会が設けられたが、話題はもっぱら式に関する確認ばかりで、個人的なことについては触れられなかった。わざと避けているのか、それともセシリアに興味がないだけか……無感情の顔からは読み取ることはできなかった。
(このまま結婚して、上手くやっていけるの?)
不安が一気に押し寄せる。でも逃げることはできず、セシリアは神に愛を誓い、口づけをして、クライヴの妻となった。
顔合わせは伯爵家で執り行った。
伯爵は実にへりくだった様子で自分よりも年下の公爵に挨拶している。
(綺麗な方……)
クライヴ・ハーフォード。
ハーフォード公爵家の当主でもある彼は、まだ二十五歳であったが、ようやく十八歳になったセシリアからすれば、ずいぶんと大人に見えた。
加えて、クライヴは人形のように整った顔をしていた。
切れ長の瞳や通った鼻筋に薄い唇、吹き出物など一切ない滑らかな肌など、伯爵家に飾ってあった人形を思わせる。「人形」と表現したのは、何も整ったパーツを持っているからだけでない。
失礼な話ではあるが、にこりともしない表情が、一切の感情を読み取らせず、どこか不気味にも思えたのだ。
(こんなこと、夫となる方に思ってはいけないのだけれど……)
「構いません。それで……そちらのレディがヨランダの従妹でしょうか」
アイスブルーの瞳がセシリアへと向けられ、彼女はぎくりとする。
ここはドリュー夫人に教えてもらったように、優雅な挨拶を披露するところだ。
「はい。わたしが――」
「ええ、その通りでございます。こちらが私の弟の娘、セシリアでございます。姪に当たるのですが、両親が亡くなり、母方の叔母夫妻に入れられた修道院で寂しく暮らしていたのを不憫に思いましてね。ちょうど結婚適齢期となりましたし、一緒に暮らして将来の面倒を見てやろうと、養子にしたのです」
話す暇も一切与えられず、伯爵は一人捲し立てた。
そんなに一方的に話してはさすがのクライヴも不快に思うのではないかと危惧したが、彼は表情を変えぬまま「そうでしたか」と微かに頷いた。
「セシリア嬢。急なことで驚いたかもしれないが、どうぞよろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします」
手を差し出され、セシリアは反射的に握りしめる。
白い手袋をはめていたが、細くて長い指は綺麗だろうなと想像させた。
「では、早速ですが、式の段取りについて決めていきましょうか」
もう少し世間話に勤しむかと思ったが、クライヴは淡々と本題に入っていく。
(あまり、乗り気ではないのかしら……)
自分と結婚することに。……でも、考えてみれば当然かもしれない。
本来はヨランダと結婚する予定だったのだから。
ちなみに彼女は式の準備や王太子の意向で、現在は王宮で寝泊まりしているそうだ。
何度かこちらへ帰ってきて顔を見合わせたが、王太子に見初められるのもなるほどと思う可憐な容姿をしていた。外見だけでなく中身も本物の貴族の令嬢だと、少し話しただけでも思い知らされたのだ。
そんな彼女と別れ、代わりに自分を宛てがわれた。平民として暮らしていた、急ごしらえの婚約者。クライヴがどこか投げやりな気持ちになるのも無理はない。
(面と向かって非難されないだけ、ましなのかもしれない……)
伯爵と話を進めていくクライヴをぼんやりと見ながら、セシリアはそう思った。
「セシリア嬢?」
視線に気づいたクライヴがすっとこちらを見る。彼女は蛇に睨まれた蛙のようにぎくりとし、醜態を晒しそうになったが、その前に伯爵が上手くとりなしてくれた。
ほっと密かに息を吐くと同時に、本当にこんな調子で大丈夫なのだろうかと不安になるのだった。
◇
セシリアの不安をよそに、クライヴとの結婚準備は順調に進められていった。
その間にも彼女は貴婦人としての教養やら何やらを叩き込まれ、もはや心配する暇も与えられず、気絶するように眠って、式の当日を迎えた。
(どうしよう……)
伯父に攫われるようにして伯爵家へ連れて来られ、ちょうど一年が経とうとしていた。
気づけば今、純白の花嫁衣装に身を包み、身廊を伯爵と共に歩きながら、セシリアはじわじわと現実を突きつけられていた。
(わたし、本当にこのまま結婚するの?)
今さらであるが、セシリアは心のどこかでずっとこの結婚が破談になるのではないかと期待していた。自分からどうこうすることは不可能だったので、クライヴの方から言い出してくれないかと、密かに待ち望んでいたのだ。
だが、彼は決してこの結婚に異を唱えることはしなかった。
夫婦となることが現実味を帯びてきても、クライヴは不満を見せず、粛々と自分のなすべきことをこなしているようだった。
(クライヴ様。あなたは一体何を考えているのですか?)
セシリアはクライヴと接する度、困惑する感情が胸に生まれる。
彼とは定期的に話す機会が設けられたが、話題はもっぱら式に関する確認ばかりで、個人的なことについては触れられなかった。わざと避けているのか、それともセシリアに興味がないだけか……無感情の顔からは読み取ることはできなかった。
(このまま結婚して、上手くやっていけるの?)
不安が一気に押し寄せる。でも逃げることはできず、セシリアは神に愛を誓い、口づけをして、クライヴの妻となった。
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