『最後の日記』BIRTHDAY~君の声~

OURSKY

文字の大きさ
41 / 77
最後の日記編

第41話■最後の日記⑥~誕生と名前の秘密~

しおりを挟む
○年○月○日
今日、待ちに待った赤ちゃんが生まれた。
この世にこんな幸せな瞬間は、もうないんじゃないかって思う程嬉しかった。
難産だから大変だったけど、無事に生まれてくれて本当によかった。
なんてかわいいんだろう……
無事生まれたのは寝ずに見守ってくれたパパのおかげだ。
あと病院の職員さんと……カバンにつけてたクマのお守りのおかげかな……

産後の出血多量で気を失っている間に不思議な夢を見た。
小学生くらいの小さな男の子が名前を呼びながら赤ちゃんの頭を撫でている夢。
「赤ちゃん、みきちゃんていうのか~いい名前だね」と話しかけたら、
「未来の未に希望の希で未希みきだよ! 明るい未来の希望って意味なんだって!」
と赤ちゃんの名前の由来を教えてくれた。
その子の名前も尋ねてみたが、すぐには答えてくれず……
「僕は……」と名前を言おうとしたところで目が覚めてしまった。
どこかで見たことがある子だった……
前に会ったことがある? それとも……

この時の夢が気になって、私は子供の名前を未希みきにしようと懇願した。
何があっても前向きに生きていけそうな素敵な名前だと思ったし、そうすることでいつかその子にもまた会える気がした。
なぜその子に会いたいのだろう……
悠希くんに似てたから?

(お守りを病院に持ってってたとは……たまたま見た夢で名前を決めるなんて君らしいな)

○月○日
出産のため里帰りしたけど、帰るつもりだったマンションの目の前に新しいマンションが建つことになった。
工事の騒音で子育てできそうにないので、実家の二世帯住宅に引っ越すことにした。
子育てで大変な時だけど、色々頑張らなくちゃ。
引っ越すことや住所を書いたハガキも年賀状をくれた人達全員に出さなきゃだ。
けど悠希くん達にはもう会えないんだし、きっといらないよね……

(昔、引っ越したなんて知らずにマンション前に行ったことがあったっけ…… いないのに見上げてたなんて僕はバカだな)

○年○月○日
今日は七夕。
娘と七夕祭りに行った先で、カギにつけていたクマが外れて落ちた。
拾いながら今日が悠希くんの誕生日だと思い出し、急に会いたくなってデイに行ってしまった。
久し振りにバスから見たデイサービスは、カーテンが閉まっていて真っ暗だった。
結局送迎に出た後のようで会えなくて、公園のベンチに座って空を見上げた。
もう会いたいなんて変なこと、自分のことを願うのはやめよう。

『みんなの願いが叶いますように』

(あの日……会いたいと願っていたあの日に会いに来てくれていたなんて…………)
(ん? よく見たら、この日から微妙に字が違う……何でだろう?)

○月○日
昨日会えなかった未練が残っていたのか……夢に悠希くんが出てきた。
どこかの屋上で久し振りに偶然会う夢。
夢に出てくるというのは相手の会いたい気持ちが飛んでくるからだと誰かに聞いたことがあるけれど……まさかね。
悠希くんが私に会いたいなんて思うはずがないのに……

(めちゃくちゃ会いたかったから飛んでったかもな……そういえば僕も時々、君が隣にいる夢を見てた……)

○年○月○日
今日洗い物をしている途中、悠希くんから着信があった。
びっくりして水に落として故障したから結局はっきりと分からずじまいだったけれど……
急いで機種変更をして電話をしてみようかと思ったが、見間違いだと思いやめてしまった。
悠希くんが私からの電話を待っている訳がないし……

(待ってたよずっと……とぼけた声で電話がくるの待ってたんだよ)

○月○日
友達と話をしていて気が付いたが悠希くんから電話が来た日は、あの秋祭りの日だった。
偶然なのかもしれないが、あの約束を守ろうとしてくれたような気がした。
あれから1週間も過ぎているし、今更気付くなんて私はバカだ。
思えばいつもすれ違いばかりだ。
私がこんなだから機会を逃してばかりなのかもしれない……
と落ち込んでいたら思わぬ依頼が来た。

作曲投稿をしていた音楽サイト経由で、ゲーム会社の人から私の曲をゲームで使用したいというメールが……
既存の曲と出来れば新曲をもう一曲。
忙しくて無理かもしれないけれど、今度こそ機会を逃さぬよう頑張ろう。

(気付くの遅いんだよ……もしかしてあの曲は、この時の……)

○月○日
今日街中で、前に出産祝いを頂いたヘルパーさんに偶然会った。
担当していた方達はお元気か聞いたら、お変わりないみたいで本当によかった。
さりげなく職場のことを聞いてみたら、悠希くんがもうすぐ彼女と結婚するらしい……とのことだった。
やっぱり電話は勘違いだったみたいだ。
彼女の親は大手の同業者らしく、仕事的にも将来的にも安泰だろうし所長も大喜びだろうな。

(結婚のこと知ってたんだ……電話は勘違いじゃなかったんだけどな……)

○月○日
昨日の話のせいか、悠希くんと彼女の結婚式の夢を見た。
ご祝儀を渡しそびれて焦っている夢……
早く渡さなければと探し回って、やっと悠希くんに会えて渡そうとしたら……
「誰だっけ?」と言われた。
……ところで夢から覚めた。

もう私のことなんて覚えている訳がないよね……
会いたいなんて願うから、諦めろという意味でこんな夢を見たのだろう。
私にできるのは幸せを祈ることだけ……
前に進むために、想いを曲にして終わらせよう……
私は意を決して、二階の天井裏の奥から久し振りにキーボードを引っ張り出して作曲した。

11月1日……ゾロ目で覚えやすい日付の今日。
色々な物が乱雑に広がった部屋の中で、『君の声』という曲が完成した。
全部自分で作詞をするのは初めてだったが、すんなり浮かんだ。
依頼のあったゲーム会社に曲が完成したことを伝えたが……
スポンサーの関係でゲームの話自体がなくなったらしく、依頼自体がなしになった。

(あの曲はこうしてできたのか…………それにしても七夕に会いに来てくれた日以降は、僕の出てくることしか書いていないのは何故なんだ?)

○年○月○日
今日は娘が夏休みに行けなかった花火大会にどうしても行きたいと言うので、二人で初めてあの秋祭りに行った。
広い運動場が会場になって出店がたくさん出ていて、お祭り好きの娘は大喜びだった。
花火が間近に上がり、ほとんど下から見る感じの大迫力……
こんなに近くで見るのは初めてで、私も娘を連れてきてよかったなとつくづく思った。
誰かが言っていたが……光ってから一度消えて違う色になる花火の間には黒い花火が上がっているらしい。
誰にも気付かれずに消えていくなんて、私が昔作ったあの曲みたいだな……
本当は誰かに…………
悠希くんに届けたかったな……

(あの会場に来ていたなんて……そういえば昔、間近で一緒に花火を見ている夢を見たことがあったよ……)

○年○月○日
今年も残すところ丁度1ヶ月になった今日、初孫が生まれた。
娘の時もそうだったが本当に本当に嬉しい。
孫は目の中に入れても痛くないというのは本当だ。
なんてかわいいんだろう……
親孝行な娘がいて……娘が生まれた時にそっくりな孫がいて……
私は幸せ者だ。
無事に生まれて本当によかった。
私以上の難産になることが分かっていたから……

医者から無事に生まれるかは五分五分だと聞いた日、
お守りを渡さなきゃといたたまれなくなって、気が付いたらあの缶を掘り起こしていた。
その時まで開けないようにしていたのに……
悠希くんのクマ達が入った紙袋を渡して入院中のカバンの中に入れておいたが……
やっぱりお守りの力はすごい。
医者はこんなに早く生まれたのは奇跡だと言っていた。
本当に…………本当によかった。

(あのお孫さんが生まれた日か…………それにしても日記が随分飛んでいる……)

○月○日
今日は初孫が生まれてから七日目のお七夜。
娘が決めた孫の名前と理由を聞いた時……
びっくりしてお吸い物をよそうお玉を落としてしまった。

悠希はるきって名前の女の子も確かにいるけれど、
漢字まで彼と同じなんて……

しかも私と同じ、夢に出てきた小さな男の子が赤ちゃんの頭を撫でながら呼んでいた名前が素敵で妙に気に入ったからつけたらしい。
念のため、その男の子は何ていう名前だったのかを聞いてみたら……
漢字も読みも、私が生まれる時につけられていたかもしれない名前……
小さい時に両親から聞いた名前と同じだった。

私はもしかして……と思いながらあの場所に行き、お揃いのクマ達を再び缶の中に入れて全てを元通りにした。
そして、「娘や孫を助けて下さって本当にありがとうございます」といつまでもいつまでも拝んだ。

(……お孫さんは、これを読んであんなことを言ったのか…………それにしてもあの場所って気になるな……)

~~~~~~~~~~
 日記はその日を最後に終わっていた。
 いつの間にか流れていた涙の跡を拭う……
 全て読み終えたと思った僕は、自然と深いため息をついた。

 これを書いた人物はもうこの世にはいない。
 もう50年も前の日常や、その後を綴った文章がかけがえのないものになるなんて……
 日記と音楽データ……

 そして紙袋の隅に入っていた古ぼけた彼女のクマのぬいぐるみ……
 お孫さんから受け取った三つの宝物も、僕にとっては大切な誕生日プレゼントだ。

 読み終えてしまった寂しさを感じながら日記を閉じようとすると……
 どこからか「ペリッ」と音がした。

 今までカバーに包まれていて気付かなかったが、最後だと思っていたページが微かに盛り上がっている……
 その先にも続きが数ページあるようだった。

 カバーを外してページをめくると……
 そこには丁寧な文字で沢山の文章……

 《最後の日記》と書かれたそのページからは、不思議な文章が書き込まれていた。

 読みながら僕は、目の前で映画を見ているような不思議な感覚に陥っていった……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

処理中です...