『最後の日記』BIRTHDAY~君の声~

OURSKY

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追憶編

○追憶編⑮~日記の秘密~

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 デイサービスの生活相談員としての出勤日初日……
 緊張の中、朝のミーティングで自己紹介をして拍手を受けた後に仕事内容や施設内の説明を受けてメモを取りまくっていたら、あっという間に終わってしまった。

 初めての正社員での職場は、厳しい環境で毎日がつらいというイメージがあったが……仕事内容が性に合っていたようで、想像していたよりも楽しかった。

 冗談好きの年配の施設長、明るい介護・看護スタッフ、そして新人にも気さくに話しかけてくれる優しい利用者さん……

 ちなみに、デイサービスの一日の流れは、大まかに言うと送迎、入浴、昼食、レクリエーション、送迎といった感じだ。

 生活相談員という仕事は、ご本人やご家族から相談を受けるのはもちろん、利用開始におけるご自宅での聞き取り面接・契約、様々な連絡・調整、利用者情報書類などの作成。

 ケアマネージャーが作成したケアプランに基づいて通所介護計画書を作成し、定期的にモニタリングを行いサービス担当者会議へも出席する。
 利用者状態に変化があった場合は、ご家族やケアマネージャーや必要機関へ連絡・調整。
 その他、行事の計画や実習生指導、見学・利用相談対応など……

 相談職といっても介護職と兼任なので、それらの仕事を介護業務と同時進行で行わなければならない、いわゆる『何でも屋』だが……
 まずはデイサービスの仕事に慣れることから始まった。

 体重が重めの方や麻痺のある方の入浴介助やトイレ介助は大変だったが、利用者さんの安心した顔や笑顔を見ているだけで疲れが吹き飛んだ。

 私は新しいレクリエーションを考えるのが好きで、持ち前のドジさも功を奏したようでレクの司会をするとみんなが笑ってくれるのが嬉しくて……この仕事がなんだか天職のような気がしていた。

 生活相談員の先輩は、3つ年上の安西あんざい美妃みき先輩といって、とてもしっかりしていて美人で私とは正反対だった。

 どんくさい私にとって、テキパキと仕事をこなす先輩は憧れの存在だった。
 帰りの電車も同じ方向で、私は一人っ子だったのでお姉ちゃんができたみたいで嬉しかった。

 デイサービスの行事で職員の余興をやることになった際には、某伝説のアイドル二人組のダンスを一緒に踊ったりもした。

 同期で新人事務員の宙野そらの優歌ゆかちゃんという友達もできた。

 優しくて癒し系で、ウェーブがかった黒髪と人懐っこい笑顔が素敵な女の子。
 同い年なのに幼く見えるというか、きっと4,50代になっても変わらないであろうというベビーフェイス……

 彼氏もいたので、卒業以降は地元でアルバイトをしている孝次と週1ペースの電話……という遠距離恋愛をしていた私の相談に乗ってくれたり、一緒にご飯やカラオケに行ったりと本当に楽しかった。

 優歌ちゃんは名前の通り歌も上手で、その歌声はまるでそらから舞い降りたような……
 透き通っていて心に染みる、本当に綺麗な声だった。

 一人暮らしのアパートに泊まりにおいでと誘ってくれたり、一緒に旅行に行く程仲良くなり……湖のほとりで二人で『翼になりたい』をハモッた。

 私は優歌ちゃんが大好きだった。

 しかし系列デイサービスの中で突然事務員の欠員が出たそうで、急に異動してしまった。

 私は寂しくて寂しくて堪らなかった。

 試練は続くもので、送迎で軽自動車の運転を任されることになった。

 大学1年の夏休みに普通車免許は取れていたが、それ以降運転することはなくペーパードライバーになっていたので、教習所の講習に通って猛練習した。

 ワゴン車の方もという話もあったが大きな車なんて絶対無理で、安請け合いして事故を起こしたら益々利用者さんの命が……と怖くて堪らなかったので断った。

 先輩は頭もよく、レクの司会は苦手そうだったが、何でもこなせて器用なのでワゴン車も軽自動車も両方運転していた。

 私は……というと初送迎で迷うわ、無事送り届けた油断からかデイの駐車場で車をこするわと最悪のデビューだった。

 しかし臆病さが功を奏したのか……止まった時にガタンとならないブレーキのソフトな踏み方が自然と身に付き、気難しい利用者さんにも「君、ブレーキと曲がり方……うまいね」と誉められるようになった。
 そしていつしか先輩の体調不良時などの軽自動車の交代要員も任されるようになった。

 ある年の1月7日、私の誕生日……

「誕生日おめでとう……これを貰ってくれないか?」

 誕生日だけど出勤日だったその日……私は高田さんという利用者さんに紙袋を渡された。

 開いている袋の入口から見えたのは、とても高級そうな分厚い日記帳だった。

「悪いです……こんな立派なもの……」

 断ろうと視線を上げると、高田さんはとても真剣な表情をされていた。
 瞳の奥に何かを隠しているような……なんだかとても悲しそうな……
 いつも冗談を言って大笑いしている笑顔からは考えられない、初めて見る表情だった。

 私は断ることが悲しませることになると一瞬で察し「ありがとうございます!」と笑顔で受け取った。

 利用者の方から物をいただいてはいけないという決まりがあるのだが、どうしても断れない場合は一度受け取って施設長に相談し、お返しするというのが通例になっていた。

 どんなに断っても「どうしても受け取って欲しい」という方の場合は、後でご家族経由などでこっそりお返しするといった感じで……

「どうやってお返ししましょう? 高田さん確か一人暮らしですよね?」

「ああ……高田さんか…………今回は特別に貰ってあげてくれ」

「???……でもだめなんじゃ?」

「高田さんの奥様、今日が誕生日なんだ……去年亡くなられたけど……」

 私は高田さんの表情を思い出した。

(高田さんが本当に渡したかったのは……)

 そう思うと目の奥が熱くなり、目の前の景色が涙で歪みそうになった。

 そして昔、デイに通っていたという奥様の利用者ファイルを見せてもらい、特記事項の最後の一行に言葉を失った。

「同じだ……」

 亡くなったことを示す最後の一文の日付は、奥様の誕生日だった。
 始まりの日と終わりの日が同じだなんて……

 もしかしてこの日記は去年、奥様への誕生日プレゼントとして用意したものなのかもしれない。
 奥様の喜ぶ顔だけが見たくて……
 これからも重ねていく二人の思い出を、日記帳に残して欲しくて準備したはずのページは真っ白で……

 高田さんはどんなにつらい想いを笑顔の下に隠してきたんだろうと切なくなり、
 我慢していた涙がロッカー室で溢れた。

 そして、本当は奥様に渡したかった大事な大事な日記帳……偶然同じ誕生日とはいえ、それを渡す相手に選んでもらえて光栄に思うと同時に感謝の気持ちで一杯になった。

「いつかこの日記帳が、幸せなこといっぱいに埋まるといいな」
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