『最後の日記』BIRTHDAY~君の声~

OURSKY

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追憶編

○追憶編⑯~後輩~

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 デイサービスの相談員になって仕事にもだいぶ慣れてきた頃……新しく後輩の相談員が入ってきた。
 そして年配の施設長は、新しくできた系列デイサービスの施設長として異動してしまい美妃みき先輩が新しい施設長になった。

 初めてできた後輩に、せめて少しは先輩らしく振る舞いたかったが……
 私は相変わらずドジで、根性だけが取り柄の駄目な先輩だった。

 後輩は神山かみやま慎二しんじといって年下のくせにちょっと生意気で出勤2日目から私にだけなぜかタメ口で……
 膝カックンをしてきたり、冗談を言ってからかってくるようなタイプだったが、私はなんだか弟ができたみたいで嬉しかった。

 それと、なんとなく遠目から見た時の雰囲気が似ているらしく……
 メガネをかけているかいないかで区別され、私達はよく「兄弟みたいだ」と言われた。

 私は(髪型がショートカットだと男みたいだよな~)と思うようになり、なんとなく髪を伸ばし始めた。

 そして、少し伸びた後ろ髪を無理やり二つ縛りにしていたら「恋でもしちゃった?」とみんなにからかわれた。

 ある日、神山慎二が「職員同士で連絡を取る時のために電話番号が知りたい」とみんなに聞き回っていたが、なぜか私だけ聞かれなかった。
 ……ので(やっぱり頼りない先輩だしな)と落ち込んでいたら、後日変なタイミングで電話番号とメアドを聞かれた。

 美妃先輩との帰り道、話の流れで神山慎二の話題になったが……
 先輩はメアドを聞かれていなかったらしく微妙な空気が流れ、多分気を使ってそうしたのだろうということで落ち着いた。

 ある日のこと、朝送迎から戻り、その日の午前は入浴介助担当だったので浴室に行くと……足の悪い利用者の方が一人で浴槽の階段を這っていた。

 洗い場に先輩のベテラン職員が一人いたが手伝おうという素振りはなく、意図的に視線を合わせず洗面器を洗っていた。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 私が利用者さんの元に駆け寄ると、ベテラン職員は……

「上がろうって言ったんだけどまだ入ってたいんだって~」と嫌がらせのように素知らぬ顔をした。

「……だからって……」

 体重が重めでぐったりした利用者さんの身体を支えるのは大変だったが、そんなことは言ってられない。

 膝が悪く一人で出ることができないと分かっているのに助けて貰えなかった利用者さんの不安と恐怖を思うと悔しくて、こっそり涙が出た。
 その件を報告しようとしたら、「大事おおごとにするなよ」と睨まれた。

 私は(このまま言わなかったら悔いが残る)と思い、その日のミーティングでその件を報告した。

 そして「一人で出られないことを知っているのに、わざと手伝わないなんておかしいと思います!」と啖呵を切った。

(ベテラン職員に盾突くなんて怖いもの知らずは私だけかもしれない……これからどうしよう)と落ち込んで帰ろうとしたら、

「見かけによらず、度胸あるんだな……よく言ったと思った」と神山慎二に言われた。

 なぜか施設長である先輩よりも残業で残ることが多かった私は、職場の最寄り駅からはバスと歩きで通勤していたが……
 ある大雨の日に帰ろうとしたら、車で通勤している神山慎二が「乗ってけば?」と駅まで送ってくれた。

 傘がなかったので唯でさえありがたかったが、ずっと憧れだったが無理だったドライブというものを疑似体験できた気がして余計にありがたかった。
 それからも雨の日に「乗ってくでしょ?」と言ってくれる彼の優しさに何度か甘えてしまった。

 年明けのお正月会では企画担当ということもあり、おみくじの箱を持って廻る巫女さんの衣装を私が着ることになった。

 その頃にはだいぶ髪が伸びていて、仕事の邪魔になるので結んだ髪をバレッタでアップしていたのだが……
 それが巫女さんの衣装に丁度マッチしていたらしく、神山慎二に「引くほど似合うな」と言われた。

 そんなある日、私は重大なミスをした。

「毎日○名まで」という利用者定員があり、曜日ごとにメンバーが決まっているので追加利用以外はオーバーすることは普段ないのだが……

 朝一で私しか事務所にいない時に電話があり、「娘が急病でおじいちゃんを家に一人で置いていけないのでデイサービスを追加利用させて欲しい」とお困りの様子だったので、(普段めったに定員までの利用はないし……)とすぐにOKの返事をしてしまった。

 しかし、その日に限って先輩が受けていた追加利用の方が多くいたらしく……私が受けた電話の分で定員をオーバーしてしまった。

 その結果、定員超過で減算になり、施設長である先輩に「あなたのせいで今月の売り上げが3割パーになった」と一日中、何度も違う言葉で怒られた。
 私は自分の不甲斐なさに落ち込み、休憩室の奥にある給湯室に隠れてこっそり泣いた。

 しばらくして落ち着いたので、涙を拭いて外に出ようとしたら……入れ違いで入ってきた神山慎二に声をかけられた。

「泣いてたでしょ?」

「泣いてないよ」

「目を見れば分かるよ」

「……っ……」 

 私は、後輩に情けない場面を見られた恥ずかしさに耳まで赤くなり……意外な優しい声に動揺してしまった。

「飲み行くか?」

「え?」

「二人で……」

「二人で?……う……うん」

 私は孝次以外と二人で飲み屋に行くなんて初めてだったので、少し緊張しながらも深く落ち込んでいた。

「今日はごめんなさい…………私のせいで、みんなが一生懸命働いた分が……無駄になっちゃった……」

「まあ、よく確認しなかったのはマズかったけど……俺が篠田春香の立場だったら、同じことしたけどな」

 私はその一言で何かが救われた気がした。

「そういえば彼氏いるの?」

「い、いるよ?…………遠距離で会ってないけど……」

「もう別れれば?」

「な、なんでよ~」

「そういえば誕生日いつなの?」

「1月7日」

「俺は2月9日」

「!?……そ……うなんだ……」

 それからしばらく経ったある日、私は神山慎二に携帯ストラップを貰った。

 着信が来ると光る、クリスタルの様な形のストラップ……
 同じものを神山慎二もつけていたので、お揃いのストラップになった。

 私はお揃いというものが初めてだった。
 孝次は恥ずかしがり屋でペアルックなどの類いは嫌いだから……

 私は一人っ子で寂しかったためか、小学生の頃から兄弟でお揃いの服やお揃いのバック……というのが羨ましかった。
 密かに憧れていたお揃いというものが叶って、本当の兄弟ができたみたいで嬉しかった。

 その翌月のある日、みんなで神山慎二おすすめのラーメン屋に行くことになった。

「美味しい……今まで食べた中で一番……」

「だろ?」

 話の流れから、みんなの話題は急に私達のことになった。

「お前ら最近お揃いのストラップつけてるだろ」と冷やかされたところ……
 神山慎二は「やっぱりつけるのや~めた」とあっさり外してしまった。

 私は最近ストラップの紐が切れてしまったのを思い出し、着信で光るのが純粋にお気に入りだったので「いらないなら貰ってもいいかな?」とそれを貰った。

 帰り道、私はせめてものお礼とささやかな誕生日お祝いの意味を込めて、
 お土産のボールペンと、たまたま持っていたテーマパークの入場券を渡した。

「ボールペンと入場券? しょうがないから受け取ってやるか~もちろん一緒に行くんだよな?」

 私は「行ったばっかりだから行かないよ~」と大笑いした。

 相変わらず膝カックンをしてきたり、冗談と憎まれ口ばかりで漫才みたいだったけど、兄弟喧嘩のようなやり取りをして周りに笑われるのが本当に楽しかった。

 神山慎二は進んで私の残業を手伝ってくれたり、落ち込んだ日にはさりげなく電話をくれたりと優しかった。

 私が体調が悪くても表に出さず我慢して仕事をしていたら、一人だけ気付いて助け舟を出してくれた時には(超能力者か?)と思ってしまった。

 神山慎二と二人でサービス残業をしていたある日……

 休憩がてらデイルームで野球をしようと言われたので、野球好きの私はつい乗り気になった。

「俺投げるから打ってね~」

 見事に空振る私……

「下手くそ……じゃあ次打てなかったら俺にチューね~」

「はあ~~~!?」

 突然の突拍子もない発言に動揺し、思いっきり空振ってしまった。

「よっしゃー」と言いながら近づいてくる神山慎二……

「え? え?……冗談だよね?」

「昔のドラマにそんなシーンあったから真似しただけだよね?……ほら、あの……『戦いの夏』?」

「そっか……そのヒロインも確か『ハルカ』だったよね? アハハほんと面白~い……」

「ちょっとうるさいから静かにして?」

 ……とついでに電気を消されて手を引かれ、ソファーに案内される。

 初めて見る後輩の様子に戸惑って、動揺しすぎて心臓がバクバクいっていた。

「え? ほんとどうしたの? 何か落ち込むことでもあった?」

 思わず心配してしまった。

「ないよ…………ただ……今だけは…………こうさせて?」

 私はびっくりしすぎて固まった。

 真っ暗な天井を見ながら自分に何が起こっているのか分からなかった。
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