ひろいひろわれ こいこわれ ~華燭~

九條 連

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エピローグ

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「茉梨花さん、すごいですね。声も話しかたも別人みたいなのに、主導権はしっかり握っててさすがだなって」
 莉音がクスクスと笑うと、ヴィンセントはうんざりした様子でソファーを迂回して隣に座った。

「電話、宗一郎そういちろうからだった。この婚約会見の件で、茉梨花のマネージャーから連絡が入ったそうだ」

 テレビ画面を一瞥しながら、やれやれと嘆息する。事前に予想される質疑への模範解答を用意していたそうなのだが、茉梨花はそのことごとくを無視して、すべて自分の言葉で発言したのだという。

 本当は相談に乗ってくれていたのは茉梨花の側だし、あの熱愛を報じる写真は、実母に自分たちのことを打ち明ける決意をしたヴィンセントを励ますためのものだった。だが今回、こうしてうまく桂木氏との婚約に絡めて、きれいに話をまとめてくれたのだ。その手腕は見事というよりほかない。


「こちらにもなんらかのとばっちりが行くかもしれないと、平謝りだったらしい」
「熱愛が噂された相手の経営するホテルで婚約発表ですもんね」
「茉梨花から提案があった時点でこうなることは予想していたから、今日のこの会見も想定の範囲内ではあるんだが、下手をすると会社や私のところだけでなく、この家にもマスコミが押しかけるかもしれない。莉音もしばらく、外出の際には気をつけてほしい」

 面倒をかけてすまない、と申し訳なさそうにするヴィンセントに、莉音はわかりましたとけ合った。

「万一のときは、ただの家政夫ってことにして、うまくかわすようにしますね。せっかく茉梨花さんが上手に話をまとめてくれたのに、だいなしにしちゃうわけにはいきませんから」
「なるべくそうならないよう、できるだけこちらで対処することにする」
「大丈夫です。僕、アルフさんや茉梨花さんみたいに目立ちませんから」

 ただの一般人なので、と笑う莉音に、ヴィンセントはめずらしく「Oh!」と両手をひろげて外国人らしいジェスチャーをした。同時に、その躰を抱きしめる。

「莉音は自分の魅力をまったくわかっていない。こんなに綺麗で可愛くて、私などより余程人目を引くというのに」
「そんなこと言ってくれるの、アルフさんだけですよ」
 居心地のいい恋人の胸に頭を預けながら、莉音は恋人の欲目がすぎると笑った。

 外国の血が少し入っているから、生粋の日本人より色素が薄く、目鼻立ちもはっきりしている。だが、だれの目にどう映ろうが、そんなのはどうでもかまわない。好きな人にだけ魅力的だと思ってもらえれば、それで充分なのだから。

 甘えるように頬を擦り寄せた莉音の顎に、ヴィンセントの指がかけられた。
 顔を上げさせられ、互いの目を見交みかわしながら、わずかに開いた口唇を重ねようとする。そのタイミングで携帯の着信音が鳴り響いた。
 思わず飛び退いて振り返れば、テーブルに置かれた莉音のスマートフォンだった。画面に表示されているのは祖父の名前。

「あ、え? おじいちゃん!?」

 一瞬ヴィンセントの顔を見て、莉音はあわてて携帯を手にとる。

「も、もしもしっ?」
『お~、莉音か。テレビ観たど』
 電話の向こうから、上機嫌な声が聞こえてきた。

「テレビ……って、もしかして茉梨花さんの? 僕もいま、ちょうど観てたとこだよ」
『おまえたちん結婚式じ会うたときも思うたけんど、なかなかたいした人やなぁ。あらためち感心したわ。あれじゃあアルフさんも旦那になるも、とてもしんけんかなわんなぁ』

 スピーカーにしているので、隣にいるヴィンセントにもまる聞こえである。祖父の言葉に苦笑しているヴィンセントを見て、莉音は笑った。

「おじいちゃん、アルフさん横にいるよ。いまの聞こえてたから笑ってる」
「武造さん、こんばんは。お元気そうでなによりです」
『お~、アルフさん。いろいろ大変そうやなぁ。あん女優さんには随分しんけん世話になったけん、しっかり恩返しせないかんね』
「そうですね、そのつもりでこちらも準備してます」
「おじいちゃん、茉梨花さんは女優さんじゃなくてモデルさんだよ」
『うん? そうやったか? でも芸能人やろ?』
「まあ、そういう業界の人だけど……」
『お父さん、それよりほら』

 電話の向こうで、なにやらせっついているらしい祖母の声が聞こえた。
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