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第5章
第2話(4)
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「おじいちゃんに受け容れてほしいなんて、虫のいいことは言わない。心配ばっかりかけちゃってるから、いますぐは無理でも、いつか必ず、おじいちゃんたちに莉音はもう大丈夫だって安心してもらえるように頑張るね」
言いながら、洟を啜る莉音に祖母がボックスティッシュを差し出した。自分もそれで、目もとを拭っている。礼を言って受け取った莉音は、祖母と視線を見交わして照れ笑いした。
「……おまえ」
ずっと黙っていた祖父が、重い口を開いた。
「おまえ、こん記事んこたあ本当に気にしちょらんのか。蒼い顔しち、食事も喉ぅ通らん様子やったやろうが」
「あ、うん、心配かけちゃってごめんなさい」
莉音はあわてて謝った。
「全然気にしなかったって言えば嘘になるけど、でも、アルフさんのことは疑ったりしてないよ? あんなふうに成功してて容姿にも恵まれて、地位も名誉もある素敵な人だもん。それこそスクープされたような綺麗なモデルさんとか女優さんとか、取引先の会社のご令嬢とか、いくらでも選び放題だったと思う。そんな人が、社会的地位もなくて同性でっていう僕みたいな人間を弄んでも、なんのメリットもないでしょ? むしろ男と付き合ってるって世間に知れたら、失うもののほうが多いはず。それなのにそれでも僕を選んで、揺るぎない気持ちを示してくれてる。だからそこはね、疑う余地はないって思ってる。あんまり食欲がなかったのは、この記事に関することをいろいろ調べて内容を確認しながら、いま話したようなことを、ずっと頭の中で整理してたから」
東京の家飛び出してきちゃってから、ずっと悶々としたままだったしと莉音は笑った。
「あのまま喧嘩別れにならないで、大分に来てよかったなって、いまは思ってる。時間かかっちゃったけど、こうやってちゃんと自分の思ってること整理して、おじいちゃんたちにも話せたし。それから優子さんに頼まれて引き受けた料理教室も、やってみてよかったなって。自分がなにをすべきか、ちゃんと見極められたから」
自分の言葉に納得したように、大きく頷く。
「僕、やっぱりちゃんと学校行って、基礎から学びなおします。自分なりにいろいろ調べて決めた進学先だから、そこに行きたいです。だからそのためにも、東京に戻ります」
あとやっぱり、アルフさんとも仲直りしたいし、と照れたように付け加えた。
「僕が一方的に怒って癇癪起こしちゃっただけなんだけど、そんなふうに安心して感情をぶつけられるくらい、アルフさんには甘えさせてもらってたんだなって、すごく実感しちゃった。おじいちゃんたちにもいっぱい心配かけたけど、アルフさんもずっと心配してくれてると思うから、東京に帰って、僕の気持ちとか、いまおじいちゃんたちに話したこととかも含めてふたりで話し合って、これからどうするか決めていきたいと思ってます」
莉音の出した結論に、祖父はじっと耳を傾けていた。
「それでね、ちゃんと自分の生活の基盤も固めて、それでまた、おじいちゃんたちにも会いにくるから」
言った途端、祖父の仏頂面が崩れて面食らったような顔をした。目が合うなり、莉音はにっこりとする。
「さっき、僕たちのこと受け容れてほしいなんて言わないって言ったけど、それはいまこの場でっていう意味だから」
すぐに理解してもらうのは難しいっていうのは僕もわかってるから、と莉音が言うと、祖父はふたたび仏頂面になった。
「……そりゃあ、いつかは認めろっちゅうことか?」
「うん。でも強制とかじゃなくて、いつか自然に受け容れてもらえたらいいなって思うから、たまに顔見せにきて、知ってもらえる機会を増やせたらなって。疎遠になったままだと、理解も深め合えないでしょ? だから東京には帰るけど、飛行機代貯めて、また年末とか時間に余裕ができたときに様子を知らせにくるね?」
いいかな、と意向を窺うように莉音は祖父を顔を見た。祖母もまた、傍らで祖父の反応を見る。
長い沈黙。
やがて深い息をつくと、祖父は目の前にあった湯飲みのお茶を飲み、静かに目を閉じた後にゆっくり開いて低く応じた。
「わかった」
言いながら、洟を啜る莉音に祖母がボックスティッシュを差し出した。自分もそれで、目もとを拭っている。礼を言って受け取った莉音は、祖母と視線を見交わして照れ笑いした。
「……おまえ」
ずっと黙っていた祖父が、重い口を開いた。
「おまえ、こん記事んこたあ本当に気にしちょらんのか。蒼い顔しち、食事も喉ぅ通らん様子やったやろうが」
「あ、うん、心配かけちゃってごめんなさい」
莉音はあわてて謝った。
「全然気にしなかったって言えば嘘になるけど、でも、アルフさんのことは疑ったりしてないよ? あんなふうに成功してて容姿にも恵まれて、地位も名誉もある素敵な人だもん。それこそスクープされたような綺麗なモデルさんとか女優さんとか、取引先の会社のご令嬢とか、いくらでも選び放題だったと思う。そんな人が、社会的地位もなくて同性でっていう僕みたいな人間を弄んでも、なんのメリットもないでしょ? むしろ男と付き合ってるって世間に知れたら、失うもののほうが多いはず。それなのにそれでも僕を選んで、揺るぎない気持ちを示してくれてる。だからそこはね、疑う余地はないって思ってる。あんまり食欲がなかったのは、この記事に関することをいろいろ調べて内容を確認しながら、いま話したようなことを、ずっと頭の中で整理してたから」
東京の家飛び出してきちゃってから、ずっと悶々としたままだったしと莉音は笑った。
「あのまま喧嘩別れにならないで、大分に来てよかったなって、いまは思ってる。時間かかっちゃったけど、こうやってちゃんと自分の思ってること整理して、おじいちゃんたちにも話せたし。それから優子さんに頼まれて引き受けた料理教室も、やってみてよかったなって。自分がなにをすべきか、ちゃんと見極められたから」
自分の言葉に納得したように、大きく頷く。
「僕、やっぱりちゃんと学校行って、基礎から学びなおします。自分なりにいろいろ調べて決めた進学先だから、そこに行きたいです。だからそのためにも、東京に戻ります」
あとやっぱり、アルフさんとも仲直りしたいし、と照れたように付け加えた。
「僕が一方的に怒って癇癪起こしちゃっただけなんだけど、そんなふうに安心して感情をぶつけられるくらい、アルフさんには甘えさせてもらってたんだなって、すごく実感しちゃった。おじいちゃんたちにもいっぱい心配かけたけど、アルフさんもずっと心配してくれてると思うから、東京に帰って、僕の気持ちとか、いまおじいちゃんたちに話したこととかも含めてふたりで話し合って、これからどうするか決めていきたいと思ってます」
莉音の出した結論に、祖父はじっと耳を傾けていた。
「それでね、ちゃんと自分の生活の基盤も固めて、それでまた、おじいちゃんたちにも会いにくるから」
言った途端、祖父の仏頂面が崩れて面食らったような顔をした。目が合うなり、莉音はにっこりとする。
「さっき、僕たちのこと受け容れてほしいなんて言わないって言ったけど、それはいまこの場でっていう意味だから」
すぐに理解してもらうのは難しいっていうのは僕もわかってるから、と莉音が言うと、祖父はふたたび仏頂面になった。
「……そりゃあ、いつかは認めろっちゅうことか?」
「うん。でも強制とかじゃなくて、いつか自然に受け容れてもらえたらいいなって思うから、たまに顔見せにきて、知ってもらえる機会を増やせたらなって。疎遠になったままだと、理解も深め合えないでしょ? だから東京には帰るけど、飛行機代貯めて、また年末とか時間に余裕ができたときに様子を知らせにくるね?」
いいかな、と意向を窺うように莉音は祖父を顔を見た。祖母もまた、傍らで祖父の反応を見る。
長い沈黙。
やがて深い息をつくと、祖父は目の前にあった湯飲みのお茶を飲み、静かに目を閉じた後にゆっくり開いて低く応じた。
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