42 / 90
第6章
第1話
しおりを挟む
「莉音せんせ~! これでおしまいなん、メッチャ寂しい~っ!」
最終日、締めの挨拶をして一週間つづいたイベントが終了になると、いつもの女子高生グループが賑やかに走り寄ってきた。今日は彼女たちに加えて顔馴染みになったリピーターの参加者も莉音の許へやってきて、一緒に別れを惜しんでくれる。莉音自身も、思っていた以上に寂しく感じられた。
「ほんとに楽しいイベントやったわ。最初はちいと暇潰しに、ぐらいん感じやったんだけんど、先生、教えかたも褒めかたも上手やけん、すごく楽しかったわ」
「ほんとほんと。予約取れんかった人が見学に来るなんて、はじめてちゃ。まあ、そげなあたしも、二回くらい見学にまわされた口なんやけどなぁ」
「なんか、すみません。僕にもう少し余裕があれば、皆さんに参加していただきたかったんですけど……」
全部はじめてのことだらけで、いっぱいいっぱいになってしまってと莉音が謝罪すると、皆、気にすることはないとおおらかに笑った。
「先生に余裕があってん、会場に余裕がなかったんやけんしかたねえわ。定員いっぱいん参加人数やったんやけん」
「見学者にもレシピ配っちくれたし、ただ見よんだけでん充分楽しかったわ」
「先生、後ろん人たちにも結構声かけち、説明しちくれたしね」
みんなイケメンに声かけられち、メロメロやったわ、と口々に笑いあった。
「本当に、僕にとってもいい勉強になりました。ただ料理が好きっていうだけの素人なのに、皆さん、あたたかく受け容れてくださって」
「先生は充分『先生』ちゃぉ! ユナ、すごい勉強になったし、参加してよかってん思うもん」
「本当? ありがとう」
「あ~ん、先生、東京帰っちしまうん寂し~! 大分残っち、月一とかでいいけん、料理教室やっちほしいっ」
「先生、いつ帰るん? もう予定は決まっちょんの?」
「一応、来週くらいには帰ろうかなって思ってます。イベントも無事終わったので」
「あら~、ほいだらもうすぐなんね」
そりゃあ寂しゅうなるわぁと、常連だったご婦人方も一緒に残念がってくれた。
「あたし、東京ん大学進学するっ。ほいだら先生、東京案内してね」
「ずるい! やったらあたしも東京じ就職するぅ」
女子高生たちに囲まれて騒がれる様子を見て、「先生、モテモテやなぁ」と皆、笑っていた。
やってみて本当によかったと、あらためて思う。優子から頼まれたとき、少人数相手の小規模な企画だと思っていたが、それでも自分に務まるだろうかと半信半疑だった。それがいざ蓋を開けてみれば、想像を遙かに超える規模のイベントで、日を追うごとに反響が大きくなっていった。その結果、三日目の教室が終わったあとにインタビューを受けることとなり、その記事は、来月の市の広報紙に掲載されるのだという。
とにかく必死で走り抜けた一週間。
大分に来た当初、自分を見失いかけていた莉音にとって、こんなにも濃密で豊かな時間が過ごせるとは思いもしなかった。
有名モデルとヴィンセントの熱愛報道がされたことで、自分たちの関係についてもあらためて考えることができたし、祖父母にも、自分の思いを伝えて拗れた関係を修復することができた。
これから自分がすべきこと、どうしていきたいかについても、今回の件を通じて漠然とした希望から明確な目標へと認識しなおすこともできた。
ヴィンセントには昨夜、祖父母と話をしたあと、部屋に戻ってからメッセージを送った。
『アルフさん、ずっと返信しないでごめんなさい。
大分に来てからずっと、自分がこれからどうすべきなのかを考えていました。
なかなか結論が出なくて、おじいちゃんとも気まずいままでしたが、自分の中でようやく納得できる答えを出すことができました。
僕はいま、市が開催するイベントの料理教室で講師をしています。本来担当される予定だった料理研究家の先生が体調不良になってしまったため、その代理を務めることになりました。
一週間つづいたイベントも、明日で終わります。おじいちゃんたちとも、きちんと将来を見据えた話をすることができました。それから週刊誌の記事も見ましたが、なにが真実か、僕はわかっているつもりです。
アルフさんと話したいことがたくさんあります。イベントが終わっていろいろ落ち着いたら、東京に帰ろうと思います。飛行機の予約が取れて帰る日程が決まったら、またあらためて連絡しますね。
いっぱい心配かけてごめんなさい。もう少しだけ、僕に時間をください』
時間をかけて長い文章を打ちこみ、送信した瞬間に既読がついた。だがそれっきり、ヴィンセントからの反応はなかった。
今日もまだ、返事は来ていない。
ヴィンセントはいま、なにを思い、どうしているのだろう。
「莉音せんせ~、これ、うちらから餞別」
「東京帰っちからも、うちらんこと、忘れんでね」
可愛らしい花束やプレゼントの袋を差し出されて莉音は戸惑った。
「え、そんな……。いただくわけには……」
「いいやん、先生んはじめてん生徒たちからん感謝ん気持ちちゃ。受け取ってよ」
「そうよ先生、せっかくなんやけん、受け取っちあげな。まあ、そげなあたしも、先生にお土産ち思うち、お菓子買うちきたんやけど」
みんな考ゆるこたあ一緒やなぁと、莉音を取り囲む輪のあちこちから、さまざまな包みや袋が差し出された。
「ありがとうございます、皆さん。すごく嬉しいです。こんなにしていただいて……」
「あ~、先生、ちいと泣きそうになっちょん!」
「そっ、そんなことないよっ?」
「ウソウソ、目ェ潤んじょんし!」
「もう、やめてくださいっ。恥ずかしいからっ」
「先生、メッチャ可愛い~」
イベントの終了と別れを惜しんでくれる人たちと笑い合いながら、莉音は遠く離れた恋人をひそかに想った。
最終日、締めの挨拶をして一週間つづいたイベントが終了になると、いつもの女子高生グループが賑やかに走り寄ってきた。今日は彼女たちに加えて顔馴染みになったリピーターの参加者も莉音の許へやってきて、一緒に別れを惜しんでくれる。莉音自身も、思っていた以上に寂しく感じられた。
「ほんとに楽しいイベントやったわ。最初はちいと暇潰しに、ぐらいん感じやったんだけんど、先生、教えかたも褒めかたも上手やけん、すごく楽しかったわ」
「ほんとほんと。予約取れんかった人が見学に来るなんて、はじめてちゃ。まあ、そげなあたしも、二回くらい見学にまわされた口なんやけどなぁ」
「なんか、すみません。僕にもう少し余裕があれば、皆さんに参加していただきたかったんですけど……」
全部はじめてのことだらけで、いっぱいいっぱいになってしまってと莉音が謝罪すると、皆、気にすることはないとおおらかに笑った。
「先生に余裕があってん、会場に余裕がなかったんやけんしかたねえわ。定員いっぱいん参加人数やったんやけん」
「見学者にもレシピ配っちくれたし、ただ見よんだけでん充分楽しかったわ」
「先生、後ろん人たちにも結構声かけち、説明しちくれたしね」
みんなイケメンに声かけられち、メロメロやったわ、と口々に笑いあった。
「本当に、僕にとってもいい勉強になりました。ただ料理が好きっていうだけの素人なのに、皆さん、あたたかく受け容れてくださって」
「先生は充分『先生』ちゃぉ! ユナ、すごい勉強になったし、参加してよかってん思うもん」
「本当? ありがとう」
「あ~ん、先生、東京帰っちしまうん寂し~! 大分残っち、月一とかでいいけん、料理教室やっちほしいっ」
「先生、いつ帰るん? もう予定は決まっちょんの?」
「一応、来週くらいには帰ろうかなって思ってます。イベントも無事終わったので」
「あら~、ほいだらもうすぐなんね」
そりゃあ寂しゅうなるわぁと、常連だったご婦人方も一緒に残念がってくれた。
「あたし、東京ん大学進学するっ。ほいだら先生、東京案内してね」
「ずるい! やったらあたしも東京じ就職するぅ」
女子高生たちに囲まれて騒がれる様子を見て、「先生、モテモテやなぁ」と皆、笑っていた。
やってみて本当によかったと、あらためて思う。優子から頼まれたとき、少人数相手の小規模な企画だと思っていたが、それでも自分に務まるだろうかと半信半疑だった。それがいざ蓋を開けてみれば、想像を遙かに超える規模のイベントで、日を追うごとに反響が大きくなっていった。その結果、三日目の教室が終わったあとにインタビューを受けることとなり、その記事は、来月の市の広報紙に掲載されるのだという。
とにかく必死で走り抜けた一週間。
大分に来た当初、自分を見失いかけていた莉音にとって、こんなにも濃密で豊かな時間が過ごせるとは思いもしなかった。
有名モデルとヴィンセントの熱愛報道がされたことで、自分たちの関係についてもあらためて考えることができたし、祖父母にも、自分の思いを伝えて拗れた関係を修復することができた。
これから自分がすべきこと、どうしていきたいかについても、今回の件を通じて漠然とした希望から明確な目標へと認識しなおすこともできた。
ヴィンセントには昨夜、祖父母と話をしたあと、部屋に戻ってからメッセージを送った。
『アルフさん、ずっと返信しないでごめんなさい。
大分に来てからずっと、自分がこれからどうすべきなのかを考えていました。
なかなか結論が出なくて、おじいちゃんとも気まずいままでしたが、自分の中でようやく納得できる答えを出すことができました。
僕はいま、市が開催するイベントの料理教室で講師をしています。本来担当される予定だった料理研究家の先生が体調不良になってしまったため、その代理を務めることになりました。
一週間つづいたイベントも、明日で終わります。おじいちゃんたちとも、きちんと将来を見据えた話をすることができました。それから週刊誌の記事も見ましたが、なにが真実か、僕はわかっているつもりです。
アルフさんと話したいことがたくさんあります。イベントが終わっていろいろ落ち着いたら、東京に帰ろうと思います。飛行機の予約が取れて帰る日程が決まったら、またあらためて連絡しますね。
いっぱい心配かけてごめんなさい。もう少しだけ、僕に時間をください』
時間をかけて長い文章を打ちこみ、送信した瞬間に既読がついた。だがそれっきり、ヴィンセントからの反応はなかった。
今日もまだ、返事は来ていない。
ヴィンセントはいま、なにを思い、どうしているのだろう。
「莉音せんせ~、これ、うちらから餞別」
「東京帰っちからも、うちらんこと、忘れんでね」
可愛らしい花束やプレゼントの袋を差し出されて莉音は戸惑った。
「え、そんな……。いただくわけには……」
「いいやん、先生んはじめてん生徒たちからん感謝ん気持ちちゃ。受け取ってよ」
「そうよ先生、せっかくなんやけん、受け取っちあげな。まあ、そげなあたしも、先生にお土産ち思うち、お菓子買うちきたんやけど」
みんな考ゆるこたあ一緒やなぁと、莉音を取り囲む輪のあちこちから、さまざまな包みや袋が差し出された。
「ありがとうございます、皆さん。すごく嬉しいです。こんなにしていただいて……」
「あ~、先生、ちいと泣きそうになっちょん!」
「そっ、そんなことないよっ?」
「ウソウソ、目ェ潤んじょんし!」
「もう、やめてくださいっ。恥ずかしいからっ」
「先生、メッチャ可愛い~」
イベントの終了と別れを惜しんでくれる人たちと笑い合いながら、莉音は遠く離れた恋人をひそかに想った。
40
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
制服の少年
東城
BL
「新緑の少年」の続きの話。シーズン2。
2年生に進級し新しい友達もできて順調に思えたがクラスでのトラブルと過去のつらい記憶のフラッシュバックで心が壊れていく朝日。桐野のケアと仲のいい友達の助けでどうにか持ち直す。
2学期に入り、信次さんというお兄さんと仲良くなる。「栄のこと大好きだけど、信次さんもお兄さんみたいで好き。」自分でもはっきり決断をできない朝日。
新しい友達の話が前半。後半は朝日と保護司の栄との関係。季節とともに変わっていく二人の気持ちと関係。
3人称で書いてあります。栄ー>朝日視点 桐野ー>桐野栄之助視点です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる