32 / 83
「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
32. はじめての 1
しおりを挟む
その日。
フンフン♪ と鼻歌交じりで、ミレーヌは非常に機嫌が良かった。
天気もいいし、気候のいい時期だから物価も安いし、商品も豊富な時期で選ぶ楽しみも大きい。
メニューを考えながら、足取りも軽く買い物商店を巡っていた。
ある程度の目星はつけているが、それでもお買い得品を見つけると心が弾む。
今日はニンジンが安いわと喜んで、他の野菜もいくつか見つくろい、八百屋に配達を頼む。
良い買い物ができたと思いながら通りに足を踏み出したが、ひどく驚いた。
突然、黒い服が目の前に立ちふさがったのだ。
まばたき一つ分ぐらいの間で、現れたのはガラルドだった。
均整は取れているが非常に大柄なので、こうして至近距離だと服しか見えない。
見上げなければ顔も見えず壁と変わりないから、キャーッと叫ばなかったのは僥倖だった。
ドキドキドキドキ。
心臓が壊れそうだ。
驚きすぎて息がつまる。
少しは落ち着こうと胸を押さえていたら、そんなに喜ぶなと言われてムッとしてしまう。
あいかわらず、ふざけたことばかり!
驚きすぎて心臓が止まりかけただけなのに、どこまで自分に都合よく物事をとらえているのか。
とにかく、信じられないと思った。
台詞もだが、今まで影も形もなかったのに。
こんな大きな男がいつのまに現れたのか、実に謎だった。
とりあえず怒っても意味がないので、憮然としたまま問いかけた。
「どうかなさいまして?」
どこか険のあるむくれた顔になるのはいたしかたない。
ガラルドはちょっとひるんだ。
ああ、とか、うむ、とか珍しく歯切れ悪く言いよどんだ後で、時間が空いたと言った。
「暇だから手伝ってやる」
あいかわらず、偉そうに胸をそらしている。
それでもちょっと横を向いているし、なんだか照れているようだ。
そう思ったもののもう帰る手前なので、ミレーヌは「う~ん」と悩んでしまった。
手伝いと言われても、頼めることがない。
結論が出るのは早かった。
「けっこうですわ。卵を注文したら終わりますもの。男手は必要ありません」
重い荷物は何もないからと説明して卵屋に歩きかけたら、ガラルドはその横に並んだ。
どうやらついてくる気らしい。
「なら、お前も暇だな? 付き合え」
パッと目に見えてとても機嫌が良くなったが、ミレーヌは相変わらずねぇとため息をついた。
「まぁ! 私の仕事はこれからが忙しいんですのよ。帰って仕込みをしなくては……」
「仕込みならライナに頼んできた。問題はないぞ。何事にも手順があるとサリが言ったから、それでいいんだろう?」
大丈夫だとガラルドは胸を張る。
夕方まではお前を借りることに、ライナもサリも許可をくれたと自慢気だった。
どうでもいいけどわたくしの都合は?
そう思いながらも他人に相談したことに驚きが隠せない。
ミレーヌと2人分の外出許可を得る努力をするなんてすごいことだ。
常日頃目の前で繰り広げられているものすごく自分勝手な行動が、多少は改善されているから文句はやめた。
当たり前の行動を取ろうと努力をしているのに、水を差してはいけないだろう。
まともな長に仕立てるのも、ミレーヌの隠れた仕事だった。
先日、黒熊隊から依頼する重要任務だとこっそり呼ばれたので、何かと思えばガラルドのしつけを頼まれたのだ。
「貴女が最後の砦だ」
なんて大仰な! と思ったものの、そこにいた者たちはそろって真剣だった。
全員が、失敗すれば後のない表情をしていたので、きっとミレーヌにしかできないことなのだろう。
そんなことを思い返して、ミレーヌは決断した。
夕食の仕込みはライナに任せよう。
彼女は調理が苦手な分野なので少々気の毒な気もするが、この際は仕方ないだろう。
「それで……どこに付き合えばいいんですの?」
う~んとガラルドは頭を悩ました。
「まずは卵か? あの、チーズの入ったのがいい。俺は三食あれでかまわん」
とろとろのチーズオムレツをいたく気にいって、いつもおかわりまでする。
これはすごい! と叫ぶ子供のようにキラキラした瞳を思い出して、ミレーヌは思わずコロコロと笑い出してしまった。
「まぁ! それでは身体を壊してしまいます」
本当に好きなのだろうが、いただけない。
「一日一度の楽しみですわ」と言いながらも、それならチーズ屋にもよりましょうとつぶやく。
「そうか? 岩塩があれば一週間は持つし、携帯食など貧相だぞ。いつも同じだ。それが普通だ」
定住せず流れている間は、村や町の食堂に入らない限り、乾燥した肉やパンがあれば贅沢だ。
狩りもするがその辺の草で我慢することもあるので、毎日違う料理を食べられる現在は非常に食事の時間が楽しみだった。
「毎回違うモノを口にするだけでおかしいぞ」
それを聞いてコロコロとミレーヌは笑う。
「旅先ならわかりますわ。でも、わざわざそんな極端なことをするのはどうかと思いますけど」
ムウとガラルドはうなっている。
「極端か?」
「極端ですわよ」
「ふぅん、王都の普通とは奥が深いんだな」
非常に感心しているようだ。
学業に目覚めたばかりの学生のような顔で、チーズオムレツについてそれがどれだけ素晴らしいか、いろいろと語っている。
その大きな身体やいかつい顔があまりにオムレツ談話に不似合いだったので、ハイハイとうなずきながらもおかしくてたまらない。
卵屋に入って注文しながらミレーヌは笑った。
「あなたにはそうでしょうねぇ」
明るく朗らかなその笑顔をガラルドは不思議そうに見て、まぁなとちょっと赤くなった。
むずがゆいような照れくさいような、めったに見ない表情になっている。
けっきょくミレーヌの買い物に最後まで付き合い、ガラルドはついて歩いた。
フンフン♪ と鼻歌交じりで、ミレーヌは非常に機嫌が良かった。
天気もいいし、気候のいい時期だから物価も安いし、商品も豊富な時期で選ぶ楽しみも大きい。
メニューを考えながら、足取りも軽く買い物商店を巡っていた。
ある程度の目星はつけているが、それでもお買い得品を見つけると心が弾む。
今日はニンジンが安いわと喜んで、他の野菜もいくつか見つくろい、八百屋に配達を頼む。
良い買い物ができたと思いながら通りに足を踏み出したが、ひどく驚いた。
突然、黒い服が目の前に立ちふさがったのだ。
まばたき一つ分ぐらいの間で、現れたのはガラルドだった。
均整は取れているが非常に大柄なので、こうして至近距離だと服しか見えない。
見上げなければ顔も見えず壁と変わりないから、キャーッと叫ばなかったのは僥倖だった。
ドキドキドキドキ。
心臓が壊れそうだ。
驚きすぎて息がつまる。
少しは落ち着こうと胸を押さえていたら、そんなに喜ぶなと言われてムッとしてしまう。
あいかわらず、ふざけたことばかり!
驚きすぎて心臓が止まりかけただけなのに、どこまで自分に都合よく物事をとらえているのか。
とにかく、信じられないと思った。
台詞もだが、今まで影も形もなかったのに。
こんな大きな男がいつのまに現れたのか、実に謎だった。
とりあえず怒っても意味がないので、憮然としたまま問いかけた。
「どうかなさいまして?」
どこか険のあるむくれた顔になるのはいたしかたない。
ガラルドはちょっとひるんだ。
ああ、とか、うむ、とか珍しく歯切れ悪く言いよどんだ後で、時間が空いたと言った。
「暇だから手伝ってやる」
あいかわらず、偉そうに胸をそらしている。
それでもちょっと横を向いているし、なんだか照れているようだ。
そう思ったもののもう帰る手前なので、ミレーヌは「う~ん」と悩んでしまった。
手伝いと言われても、頼めることがない。
結論が出るのは早かった。
「けっこうですわ。卵を注文したら終わりますもの。男手は必要ありません」
重い荷物は何もないからと説明して卵屋に歩きかけたら、ガラルドはその横に並んだ。
どうやらついてくる気らしい。
「なら、お前も暇だな? 付き合え」
パッと目に見えてとても機嫌が良くなったが、ミレーヌは相変わらずねぇとため息をついた。
「まぁ! 私の仕事はこれからが忙しいんですのよ。帰って仕込みをしなくては……」
「仕込みならライナに頼んできた。問題はないぞ。何事にも手順があるとサリが言ったから、それでいいんだろう?」
大丈夫だとガラルドは胸を張る。
夕方まではお前を借りることに、ライナもサリも許可をくれたと自慢気だった。
どうでもいいけどわたくしの都合は?
そう思いながらも他人に相談したことに驚きが隠せない。
ミレーヌと2人分の外出許可を得る努力をするなんてすごいことだ。
常日頃目の前で繰り広げられているものすごく自分勝手な行動が、多少は改善されているから文句はやめた。
当たり前の行動を取ろうと努力をしているのに、水を差してはいけないだろう。
まともな長に仕立てるのも、ミレーヌの隠れた仕事だった。
先日、黒熊隊から依頼する重要任務だとこっそり呼ばれたので、何かと思えばガラルドのしつけを頼まれたのだ。
「貴女が最後の砦だ」
なんて大仰な! と思ったものの、そこにいた者たちはそろって真剣だった。
全員が、失敗すれば後のない表情をしていたので、きっとミレーヌにしかできないことなのだろう。
そんなことを思い返して、ミレーヌは決断した。
夕食の仕込みはライナに任せよう。
彼女は調理が苦手な分野なので少々気の毒な気もするが、この際は仕方ないだろう。
「それで……どこに付き合えばいいんですの?」
う~んとガラルドは頭を悩ました。
「まずは卵か? あの、チーズの入ったのがいい。俺は三食あれでかまわん」
とろとろのチーズオムレツをいたく気にいって、いつもおかわりまでする。
これはすごい! と叫ぶ子供のようにキラキラした瞳を思い出して、ミレーヌは思わずコロコロと笑い出してしまった。
「まぁ! それでは身体を壊してしまいます」
本当に好きなのだろうが、いただけない。
「一日一度の楽しみですわ」と言いながらも、それならチーズ屋にもよりましょうとつぶやく。
「そうか? 岩塩があれば一週間は持つし、携帯食など貧相だぞ。いつも同じだ。それが普通だ」
定住せず流れている間は、村や町の食堂に入らない限り、乾燥した肉やパンがあれば贅沢だ。
狩りもするがその辺の草で我慢することもあるので、毎日違う料理を食べられる現在は非常に食事の時間が楽しみだった。
「毎回違うモノを口にするだけでおかしいぞ」
それを聞いてコロコロとミレーヌは笑う。
「旅先ならわかりますわ。でも、わざわざそんな極端なことをするのはどうかと思いますけど」
ムウとガラルドはうなっている。
「極端か?」
「極端ですわよ」
「ふぅん、王都の普通とは奥が深いんだな」
非常に感心しているようだ。
学業に目覚めたばかりの学生のような顔で、チーズオムレツについてそれがどれだけ素晴らしいか、いろいろと語っている。
その大きな身体やいかつい顔があまりにオムレツ談話に不似合いだったので、ハイハイとうなずきながらもおかしくてたまらない。
卵屋に入って注文しながらミレーヌは笑った。
「あなたにはそうでしょうねぇ」
明るく朗らかなその笑顔をガラルドは不思議そうに見て、まぁなとちょっと赤くなった。
むずがゆいような照れくさいような、めったに見ない表情になっている。
けっきょくミレーヌの買い物に最後まで付き合い、ガラルドはついて歩いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる