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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
33. はじめての 2
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「ガラルド様、これがお気に入りのオムレツに入れるチーズですわよ」
チーズ屋の棚でその種類を教えられて、ふぅん、と珍しそうに見た。
「ずいぶんたくさんあるんだな。これほど多ければ、喰い方を知らんと選べんだろう? やっぱりお前は大した女だ」
棚に並んでいるあふれかえったチーズの種類にガラルドは感心しながら、珍しくまともなほめ方をした。
初めてまともな感覚で褒められたと、ミレーヌはちょっぴり嬉しくなってしまう。
「剣豪の口に合うなら、もう一つ入れとくよ」
「ええ、お気に入りですの、嬉しいですわ」
店主からおまけを貰ってミレーヌはさらに機嫌が良くなったが、ガラルドは感謝をのべたもののつまらなそうな顔になった。
「今日の買い物は終わりです」
振り返ったミレーヌは、まぁなんだか不機嫌に戻っていると首をかしげた。
店を出て大通りを適当に歩きながら、急に黙ってしまったから変だと思っていたら、不意にガラルドが真顔でこぼした。
「普通に身を置く者で、俺と話せる者はいない」
「またそんなことを!」
ミレーヌは自分が非常に変わっていると言われているようでムッとした。
非難の声を上げたら、ガラルドはチラッと視線を向けた。
「なんで怒るんだ? 特別だと褒めているのに」
その調子があまりに真剣だったので、ミレーヌはいつもと違うので頭を悩ませた。
褒めているつもりなら、それを求めているのと同じだから、とても重要な話かもしれない。
くってかかっている場合ではないようだ。
「……特別、ですの?」
そうだ、とガラルドは言った。
「見ろ、当たり前に道を歩いただけでパンダかコアラだぞ、俺は」
少しだけ身をかがめて、ミレーヌの耳元で小声で告げた。
確かに。
誰もが振り返って、剣豪だとか双剣の盾だとかささやきながら、憧れや畏怖の眼差しを向けてくる。
「頼まなくても施しまである」
ガラルドは非常に不満げだ。
先程のチーズのことかと思ったが、それの何が不満なのか今ひとつミレーヌには謎だった。
そのぐらい、当たり前にしか思えない。
だから首をかしげるしかなかった。
だって、本物の剣豪で、伝説を持つ生きた英雄なのだ。
実際の私生活が最低で、パンツ姿でウロウロするのが当たり前の、どれほどずぼらなスットコドッコイでも、それはまぎれもない事実だった。
「黒熊隊の連中も、騎士団も、国王も、他国の国主どもも、お前たちと違って普通ではないしな。まぁ奴等にはそういう立場があるだけだが。俺は他とは違うことが求められる。わかるか?」
互角に意見を述べたり会話を交わすのはそういった特殊な連中ばかりだから、流派の長は普通や当たり前など知る機会が少ないのだ。
そんなふうにとつとつと語った。
なんだかいつもと違って知的に話を進めているわねぇと、のんびりミレーヌは思っていた。
それでも要点が今ひとつ飲み込めないのだが。
「まぁ、なんとなくですけど、わかりますわ」
そのどこかあどけない仕草に、これは絶対にわかっていないとガラルドは思った。
それでもそこが気にいっているし、ミレーヌのいいところだったので、ガラルドは声をたてて笑った。
「やっぱり細かい話はやめだ。剣豪や英雄ではなく、お前はそのままの俺と話すのがいい。それだけ覚えとけ」
その率直でカラッとした笑顔はひどく精悍で、ミレーヌはちょっとドキドキとした。
今の笑った顔はかなりかっこよかった。
「いいか、忘れるな。俺をガラルド個人として話をする普通の人間は、サリとお前だけだぞ。だからお前たちは、俺にとって特別だ」
ずっとそのままでいろと言われて、はい、と優しく微笑んだ。
心から素直にうなずいたのは、初めてかもしれない。
全部が全部わかった訳ではない。
それでも。
英雄だという現実は、かなり大変なのだ。
おぼろげに理解できたミレーヌだった。
チーズ屋の棚でその種類を教えられて、ふぅん、と珍しそうに見た。
「ずいぶんたくさんあるんだな。これほど多ければ、喰い方を知らんと選べんだろう? やっぱりお前は大した女だ」
棚に並んでいるあふれかえったチーズの種類にガラルドは感心しながら、珍しくまともなほめ方をした。
初めてまともな感覚で褒められたと、ミレーヌはちょっぴり嬉しくなってしまう。
「剣豪の口に合うなら、もう一つ入れとくよ」
「ええ、お気に入りですの、嬉しいですわ」
店主からおまけを貰ってミレーヌはさらに機嫌が良くなったが、ガラルドは感謝をのべたもののつまらなそうな顔になった。
「今日の買い物は終わりです」
振り返ったミレーヌは、まぁなんだか不機嫌に戻っていると首をかしげた。
店を出て大通りを適当に歩きながら、急に黙ってしまったから変だと思っていたら、不意にガラルドが真顔でこぼした。
「普通に身を置く者で、俺と話せる者はいない」
「またそんなことを!」
ミレーヌは自分が非常に変わっていると言われているようでムッとした。
非難の声を上げたら、ガラルドはチラッと視線を向けた。
「なんで怒るんだ? 特別だと褒めているのに」
その調子があまりに真剣だったので、ミレーヌはいつもと違うので頭を悩ませた。
褒めているつもりなら、それを求めているのと同じだから、とても重要な話かもしれない。
くってかかっている場合ではないようだ。
「……特別、ですの?」
そうだ、とガラルドは言った。
「見ろ、当たり前に道を歩いただけでパンダかコアラだぞ、俺は」
少しだけ身をかがめて、ミレーヌの耳元で小声で告げた。
確かに。
誰もが振り返って、剣豪だとか双剣の盾だとかささやきながら、憧れや畏怖の眼差しを向けてくる。
「頼まなくても施しまである」
ガラルドは非常に不満げだ。
先程のチーズのことかと思ったが、それの何が不満なのか今ひとつミレーヌには謎だった。
そのぐらい、当たり前にしか思えない。
だから首をかしげるしかなかった。
だって、本物の剣豪で、伝説を持つ生きた英雄なのだ。
実際の私生活が最低で、パンツ姿でウロウロするのが当たり前の、どれほどずぼらなスットコドッコイでも、それはまぎれもない事実だった。
「黒熊隊の連中も、騎士団も、国王も、他国の国主どもも、お前たちと違って普通ではないしな。まぁ奴等にはそういう立場があるだけだが。俺は他とは違うことが求められる。わかるか?」
互角に意見を述べたり会話を交わすのはそういった特殊な連中ばかりだから、流派の長は普通や当たり前など知る機会が少ないのだ。
そんなふうにとつとつと語った。
なんだかいつもと違って知的に話を進めているわねぇと、のんびりミレーヌは思っていた。
それでも要点が今ひとつ飲み込めないのだが。
「まぁ、なんとなくですけど、わかりますわ」
そのどこかあどけない仕草に、これは絶対にわかっていないとガラルドは思った。
それでもそこが気にいっているし、ミレーヌのいいところだったので、ガラルドは声をたてて笑った。
「やっぱり細かい話はやめだ。剣豪や英雄ではなく、お前はそのままの俺と話すのがいい。それだけ覚えとけ」
その率直でカラッとした笑顔はひどく精悍で、ミレーヌはちょっとドキドキとした。
今の笑った顔はかなりかっこよかった。
「いいか、忘れるな。俺をガラルド個人として話をする普通の人間は、サリとお前だけだぞ。だからお前たちは、俺にとって特別だ」
ずっとそのままでいろと言われて、はい、と優しく微笑んだ。
心から素直にうなずいたのは、初めてかもしれない。
全部が全部わかった訳ではない。
それでも。
英雄だという現実は、かなり大変なのだ。
おぼろげに理解できたミレーヌだった。
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