今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

34. 突然すぎて 1

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「で、どこにいく?」

 不意に問われて、ミレーヌは首をかしげた。
 前ふりも相談もないけれど、その表情でピンときた。
 ミレーヌの用事がすべて終わったので、今度こそ本気でデートに誘われているらしい。

「どこにって、どういうことですの?」
 付き合えと言ったのはガラルドなのに、奇妙だとちょっと眉根を寄せてしまった。

「行きたいところとか、欲しい物とか、女なら一つくらいあるだろう? 普通は二人で出歩くところから始めると聞いたぞ。面倒だが悪くないからな」

 さっさと言えとばかりの不遜な態度だった。
 普通なら行き先を決めて、女性を誘うものだ。

 わたくしの都合を無視したあげくに、デートプランは丸投げですの?
 帰って食事の支度をしたいと正直に言ったら、きっと後が大変だろう。

 ミレーヌは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 勝手なガラルドにしては、辛抱強く考えて行動しているのだから、水をさしてはいけない。
 すねたら後が大変である。

 そういえば、買い物に付き合うと側にきてからは、結婚しろと一度も言っていない気がした。
 誰にどんな入れ知恵をされたのかは謎だ。

 ただ、外出自体が突然すぎてミレーヌも頭を悩ましてしまう。
 殿方とデートなど今までしたことがないので、経験値はゼロなのだ。
 もちろん、普通の男女交際のやり方は知っているけれど。

 でも、喫茶店でお茶などしても、きっと皆がガラルドを見学しにくる。
 こうしてただ歩いているだけでも、ずっと人目を気にしなくてはいけない。
 公園に行ってお話なんかしたら、珍獣のように王都民からジロジロと一挙一足まで見学されそうだ。
 そんな状況は、さすがにごめんである。

 あら、とミレーヌは口元を押さえた。
 確かにこれでは気が休まらないわ。

 初めてガラルドの不機嫌の一部を実感した。
 普通に立っているだけでも目立つのだから仕方ないと、諦めるのが一番建設的だが、気持ちがささくれてしまう。

 この状況はさすがにいただけないわ、と納得した。
 それでも気分転換で、玄関から服を一枚ずつ脱いで裸になってしまう癖だけは、生理的に許せないのだが。

「急にそんなことを言われましても」

 う~んと首をひねってしまう。
 お芝居を見るには時間が半端だし、人目のない場所などまったく知らなかった。
 ものすごく悩んでいる様子に、俺と同じだなとガラルドも腕を組んだ。

「ふ~ん、出歩くだけで難しいものだな」
「あなたが突然すぎるんですわよ」

 野菜や卵を買いに出ただけなので、英雄と出歩くデートプランなどまったく想像がつかない。
 人生初デートが、他人の観察対象なんて絶対に嫌だ。
 前もって教えてくだされば、デュランやキサルに相談できたのにとミレーヌはすねた。

 よせよせとガラルドは顔をしかめた。
 相談したらあいつらまで覗きに来ると、非常に渋い顔だ。

「考えてみたんだが、お前は宝石だのビラビラしたドレスだのは、喜びそうにないからな」
 東の高級品を扱う商店街なら俺でも目立たないのにとこぼされて、ミレーヌは顔を輝かせた。
「あら、好きですわよ。縁がありませんけど」

「欲しいか?」
 買ってやると気前もよくてミレーヌは喜んだけれど、すぐに渋い顔になった。
「今すぐ必要ではないですし、いただいたとしてもあつかいに困りますわ」

 買いに行こうと言われても、縁がなかったのでどういった店に何があるのかもわからない。
 それ以上に、ドレスも宝石も炊事洗濯の職業には不向きで、ミレーヌの役に立つ日は永遠に来ない気がした。
 身につける機会のない物を買うのは、非常に無駄なことなので、倹約するべきだろう。

「今はもっと役に立つ物を買うべきですわよ? 隊の制服をそろいにするのだから季節物も多いですし、そちらにお金を回せばよろしいのに」

 今月は特別に厳しいとデュランがこぼしていたのを、ミレーヌは思い出していた。
 もちろん誰もなにも告げなかったので、原因が自分の大掃除だとはまったく気が付いていない。

 ガラルドもそのお財布状況の報告は受けていた。
 さすがに自業自得の面が強いので、隊が金欠になっている事情を飲み込み、ただ腕を組んだ。

 俺の金だと個人の財産から贈り物としてアクセサリーやドレスを買っても、使うところが違うと言い切ってしまわれるとどうしようもない。
 ミレーヌ本人が喜ばないと意味がないし、プレゼントを強行すれば軽蔑されるのは今のセリフからも明白である。

「ほら見ろ。喜ばん。嫌いではなくても、それは興味がないってことだ。おまえは料理をするのが好きだったな。今夜はなんだ?」

 あまりに唐突だったので、ミレーヌは眼をパチクリした。
 ドレスからどうして夕食へと話がそれるのか、ガラルドの思考は実に謎だ。

「チキンですわよ」
 チキンか、とガラルドは視線を遠くに向けた。

「なら、オレンジでも採りに行くか」
「オレンジ?」
「この前の炭火で焼いたのはうまかった」

 なんでもない事のように褒めるので、オレンジソースをかけたあれのことだとミレーヌはようやく理解した。
 買いに行くならわかるけれど、採りに行く意味は今ひとつ理解に苦しむけれど。
 オレンジの産地は南のスカルロードか西のサラディンの南部と、かなり限られている。
 この東の国の気候には合わず自生樹はおろか温室栽培もできないので、オレンジは輸入品に頼るしかないのだ。
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