46 / 83
「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年
46. 死神 1
しおりを挟む
ミレーヌは目を開いた。
汚い床に転がっていた。
あら? とのんびりと首をひねる。
嫌ですわ、何が起きたのかしら?
空気がよどんでいるせいか鼻がむずむずして、クシュンとくしゃみをしてしまう。
どうやら夢を見ている訳ではなさそうだった。
ここはどこかしら?
寝起きでボーっとしていたので、頭を悩ましたのもしばらくたってからだ。
目に見える範囲には、埃の積もった床や薄汚い袋が積み上げられている。
重厚な石作りの部屋だ。
あまり使われていない様子で、造りからして砦や旧家の中にある倉庫だろうか?
ミレーヌは起きあがろうとしたけれど両手は後ろにまわされて縛られているし、ずっと変な態勢でいたせいで身体が痛かった。
あら嫌だと眉根を寄せて、見知らぬ少年に声をかけられたことを思い出す。
あの子に誘拐されたとしか思えない。
荒んで壊れそうな眼をしていても、悪いことをするようには見えなかったのに。
あてもなくさすらっているのかと思っていたけれど。
こんな建物に連れてこられるとは、悪い人たちに騙されているのではないかしら?
ひどい人たちがいたものだわ。
子供を騙すなんてと憤慨しながら、ふたたびクシュンとくしゃみをした。
窓がないので時間がよくわからなかった。
だけどお腹がすいていたので、かなり長く気を失っていたに違いない。
遠征の人たちもそろそろ帰ってくるはずなので、ミレーヌは肩を落とした。
せっかく材料を用意したのに、ご飯を作ってあげられない。
ガチャガチャと重い鍵が外される音がした。
ミレーヌはそちらに目を向ける。
入ってきたのはあの少年だった。
やせぎすだし、飄々として妙な風格がある。
「起きてる?」
ええ、と答えながらも再びくしゃみをする。
こんな埃っぽいところにいると、どうにも鼻がおかしくなってしまう。
少年はツカツカ歩み寄ってきて、倒れたままのミレーヌを簡単に起こすと、ヒョイと壁にもたれるように座らせた。
「怖い?」
ええまぁ、とミレーヌは首をかしげた。
多分ここは大きな建物だ。
使用頻度は低くても立派で、廃墟ではなさそうだし、この少年の所有物でもない気がした。
「あなた一人ですの?」
ん? と少年は肩をすくめた。
「一人だと言えば一人だし、たくさんと言えばたくさんいるかなぁ。僕はどうでもいい」
「どうでもいい?」
変な言い方をすると思った。
なんとなく、ガラルドに通じる話の噛み合わなさがある。
そういう部分の足りない子なのかしらと、嫌な想像をして眉根を寄せた。
「聞いてどうするの、お姉さん?」
しゃがんでまっすぐに見つめられ、ミレーヌは眼をパチパチと瞬きした。
「どうって……あら、嫌だ。本当に! どうしようもありませんわね」
思わず笑ってしまった。
そして、この子はどうしてこんなに恐い顔でにらんでみせるのかしら? と頭を悩ませる。
わざと怖い顔をしなくてもいいのに。
「変わってるなぁ、僕といても怖くって泣いちゃったり、怯えてビクビクしてくれないんだ」
少年も眉根を寄せて渋い顔になっていた。
普通なら誘拐された時点で泣いて正気を失うのに、妙に人懐っこく笑っているので気味が悪いと顔に書いてある。
それでも不快感がなさそうだった。
少年と会話が続く気配がしたので、ミレーヌは肝が据わった。
この子はガラルドより会話が成り立ちそうだ。
「変わっている訳ではありませんわ。もっと顔の厳つくて目つきの悪い方々といますから、あなたはとっても可愛らしくてよ?」
こんな若い子と話すのは久しぶり! とコロコロと笑うので、少年は思い切り肩を落とした。
しだいにゲッソリしてくる。
ミレーヌの姿はどこからどう見ても、おびえて助けを待つ人質の姿ではなかった。
「ねぇ、誘拐したんだけど、わかってる?」
人質なんだよ? と念押しをされて、ミレーヌは確かにそうだと眉根を寄せた。
「そうみたいですわねぇ……困りましたわ」
自分が人質なら、黒熊隊の人に迷惑をかけることになる。
誘拐されても、家政婦の仕事はクビにはならないだろう。
でも、問題はそこではないから困ってしまう。
ミレーヌはため息をついた。
助けに来るのが黒熊隊の人ならいい。
ガラルド本人が来たら派手なことをしそうだ。
短気を起こして暴れなければいいのだけれど。
ひどく嫌な想像をしてしまった。
救出前にガラルド様がブチ切れて、この建物ごと破壊したら、わたくしは助からないわ。
あの性格ではありえない話ではなかった。
どうしましょう? などと悩んでいるので、少年もため息をつく。
英雄に来てほしいと思うなら理解できるのだが、英雄だけはごめんこうむりたいと言われても困る。
変な女を人質にしてしまった。
「それだけ? 他に言うことあるだろう?」
「まぁ、お願いをきいていただけますの? 痛いんです。できればほどいていただきたいわ」
ミレーヌの期待の眼差しに、なんだかなぁとぼやいて少年は再びため息をついた。
「ほどいても逃げられないよ?」
「そのぐらいわかりますわよ。嫌ですわ、無駄なことはしません」
無駄ねぇ……と少年は眉根を寄せた。
誘拐されたら普通は逃げることや、自分の扱いを気にするはずなのに、ミレーヌはまったく興味がないようだった。
対等な口の利き方はするのは妙だが、暴れることもないしおとなしくしていそうなので、そのお願いを聞くことにした。
手の縄を切ると、ミレーヌは非常に喜んだ。
ありがとう! なんて瞳をキラキラさせていた。
縛られた痕の残る手首をもんで、やっと楽になったとブラブラと当たり前にふっている。
奇妙な物を観察しているような眼差しに出会い、ミレーヌはちょっと首をかしげた。
少年は未知の生物に出会った表情だ。
どこからどう見ても、ご機嫌から遠い。
身長はそこそこでもやせっぽっちな少年で、ロクな物を食べていないに違いない。
不機嫌を直す手っ取り早い方法が一つある。
汚い床に転がっていた。
あら? とのんびりと首をひねる。
嫌ですわ、何が起きたのかしら?
空気がよどんでいるせいか鼻がむずむずして、クシュンとくしゃみをしてしまう。
どうやら夢を見ている訳ではなさそうだった。
ここはどこかしら?
寝起きでボーっとしていたので、頭を悩ましたのもしばらくたってからだ。
目に見える範囲には、埃の積もった床や薄汚い袋が積み上げられている。
重厚な石作りの部屋だ。
あまり使われていない様子で、造りからして砦や旧家の中にある倉庫だろうか?
ミレーヌは起きあがろうとしたけれど両手は後ろにまわされて縛られているし、ずっと変な態勢でいたせいで身体が痛かった。
あら嫌だと眉根を寄せて、見知らぬ少年に声をかけられたことを思い出す。
あの子に誘拐されたとしか思えない。
荒んで壊れそうな眼をしていても、悪いことをするようには見えなかったのに。
あてもなくさすらっているのかと思っていたけれど。
こんな建物に連れてこられるとは、悪い人たちに騙されているのではないかしら?
ひどい人たちがいたものだわ。
子供を騙すなんてと憤慨しながら、ふたたびクシュンとくしゃみをした。
窓がないので時間がよくわからなかった。
だけどお腹がすいていたので、かなり長く気を失っていたに違いない。
遠征の人たちもそろそろ帰ってくるはずなので、ミレーヌは肩を落とした。
せっかく材料を用意したのに、ご飯を作ってあげられない。
ガチャガチャと重い鍵が外される音がした。
ミレーヌはそちらに目を向ける。
入ってきたのはあの少年だった。
やせぎすだし、飄々として妙な風格がある。
「起きてる?」
ええ、と答えながらも再びくしゃみをする。
こんな埃っぽいところにいると、どうにも鼻がおかしくなってしまう。
少年はツカツカ歩み寄ってきて、倒れたままのミレーヌを簡単に起こすと、ヒョイと壁にもたれるように座らせた。
「怖い?」
ええまぁ、とミレーヌは首をかしげた。
多分ここは大きな建物だ。
使用頻度は低くても立派で、廃墟ではなさそうだし、この少年の所有物でもない気がした。
「あなた一人ですの?」
ん? と少年は肩をすくめた。
「一人だと言えば一人だし、たくさんと言えばたくさんいるかなぁ。僕はどうでもいい」
「どうでもいい?」
変な言い方をすると思った。
なんとなく、ガラルドに通じる話の噛み合わなさがある。
そういう部分の足りない子なのかしらと、嫌な想像をして眉根を寄せた。
「聞いてどうするの、お姉さん?」
しゃがんでまっすぐに見つめられ、ミレーヌは眼をパチパチと瞬きした。
「どうって……あら、嫌だ。本当に! どうしようもありませんわね」
思わず笑ってしまった。
そして、この子はどうしてこんなに恐い顔でにらんでみせるのかしら? と頭を悩ませる。
わざと怖い顔をしなくてもいいのに。
「変わってるなぁ、僕といても怖くって泣いちゃったり、怯えてビクビクしてくれないんだ」
少年も眉根を寄せて渋い顔になっていた。
普通なら誘拐された時点で泣いて正気を失うのに、妙に人懐っこく笑っているので気味が悪いと顔に書いてある。
それでも不快感がなさそうだった。
少年と会話が続く気配がしたので、ミレーヌは肝が据わった。
この子はガラルドより会話が成り立ちそうだ。
「変わっている訳ではありませんわ。もっと顔の厳つくて目つきの悪い方々といますから、あなたはとっても可愛らしくてよ?」
こんな若い子と話すのは久しぶり! とコロコロと笑うので、少年は思い切り肩を落とした。
しだいにゲッソリしてくる。
ミレーヌの姿はどこからどう見ても、おびえて助けを待つ人質の姿ではなかった。
「ねぇ、誘拐したんだけど、わかってる?」
人質なんだよ? と念押しをされて、ミレーヌは確かにそうだと眉根を寄せた。
「そうみたいですわねぇ……困りましたわ」
自分が人質なら、黒熊隊の人に迷惑をかけることになる。
誘拐されても、家政婦の仕事はクビにはならないだろう。
でも、問題はそこではないから困ってしまう。
ミレーヌはため息をついた。
助けに来るのが黒熊隊の人ならいい。
ガラルド本人が来たら派手なことをしそうだ。
短気を起こして暴れなければいいのだけれど。
ひどく嫌な想像をしてしまった。
救出前にガラルド様がブチ切れて、この建物ごと破壊したら、わたくしは助からないわ。
あの性格ではありえない話ではなかった。
どうしましょう? などと悩んでいるので、少年もため息をつく。
英雄に来てほしいと思うなら理解できるのだが、英雄だけはごめんこうむりたいと言われても困る。
変な女を人質にしてしまった。
「それだけ? 他に言うことあるだろう?」
「まぁ、お願いをきいていただけますの? 痛いんです。できればほどいていただきたいわ」
ミレーヌの期待の眼差しに、なんだかなぁとぼやいて少年は再びため息をついた。
「ほどいても逃げられないよ?」
「そのぐらいわかりますわよ。嫌ですわ、無駄なことはしません」
無駄ねぇ……と少年は眉根を寄せた。
誘拐されたら普通は逃げることや、自分の扱いを気にするはずなのに、ミレーヌはまったく興味がないようだった。
対等な口の利き方はするのは妙だが、暴れることもないしおとなしくしていそうなので、そのお願いを聞くことにした。
手の縄を切ると、ミレーヌは非常に喜んだ。
ありがとう! なんて瞳をキラキラさせていた。
縛られた痕の残る手首をもんで、やっと楽になったとブラブラと当たり前にふっている。
奇妙な物を観察しているような眼差しに出会い、ミレーヌはちょっと首をかしげた。
少年は未知の生物に出会った表情だ。
どこからどう見ても、ご機嫌から遠い。
身長はそこそこでもやせっぽっちな少年で、ロクな物を食べていないに違いない。
不機嫌を直す手っ取り早い方法が一つある。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる