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「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年
47. 死神 2
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「あの、お腹すきません?」
「何もないよ、悪いけど」
即答だったので、任せてくださいなと胸を張った。
「わたくしが作りますわよ?」
この倉庫の中にも食糧らしき袋がたくさんあるので、材料はたくさんあった。
ちょっと中身を漁ってみようかしらとミレーヌは頭をひねった。
簡単でも美味しく、お腹の膨らむメニューを考えなくては。
ミレーヌが立ち上がってパンパンとスカートのほこりを払うまで、少年はポカンと口を開けていた。
理解不能だったので凍りついたのだ。
「作る? 何を?」
あんまり派手に少年が驚いているので、プッとミレーヌは吹き出してしまう。
「嫌ですわ、食事ですわよ。お腹がすくと必要以上にイライラしますでしょう?」
イライラねぇと少年は眉根を寄せた。
家族と話すような口調に、人質の自覚のなさもここまでくれば立派だと思った。
「一つ教えとくけど、ここから出たらお姉さんはただの女だよ。僕には人質だけど」
あら、とミレーヌは声を上げた。
少年の言い方で、この建物の中には大人の男が何人もいると予想がついた。
無頼者に女扱いされるのは強姦なので、さすがに不安になったけれど、よく考えたらこの部屋の鍵を少年が持っている。
良くわからない無頼者は恐ろしかったが、主導権を持っているこの子といれば妙なことは起こらないと確信を持った。
確かにこの子は何を考えているかよくはわからない。
だけど悪漢とか野盗のように、他人の尊厳を奪って欲で生きる人間とは、全く種類が違っている。
「では、わたくしの安全はあなた次第ですのね? よろしくお願いしますわ! ええっと……わたくし、ミレーヌですの。あなたは?」
ミレーヌがケロッとして笑っているうえに、ほとんどお友達感覚で話を続けているので、図太いな、と少年はあきれ返った。
王都に住み始めたばかりなので、剣豪の情報も少なかった。
住み込み家政婦と聞いて連れて来たのに、とんでもない間違いを犯した気がする。
口数の多い偉そうな女が消えて清々したと、ガラルド一行に無視されたらどうしよう?
少し不安になる。
そのぐらいミレーヌがありえない反応をとるので、オズオズと問いかけた。
「お姉さん、ずっとその調子で生きてきたの?」
「ええ、何か問題が?」
自覚がないのが一番の問題だろうと思いながら、なんとなく会話をつづけてしまう。
「死神」
「え?」
ミレーヌは眼をパチクリさせた。
唐突過ぎて意味がわからなかった。
「僕は、死神なんだよ」
サラッと繰り返されて、名前のことだとようやくわかった。
縁起でもない不吉な呼び名だ。
「少しは怖がってくれた?」
やっと黙った! と確かめるように顔を覗かれて、ミレーヌは眉根を寄せてしまう。
「困りましたわ、呼びにくいじゃありませんか」
他にありませんの? と文句をつける。
名前すらないことは、戦災孤児などにはありふれたことだ。
そういった地域の生まれなのだろうと予想しながら、さすがに死神君と呼ぶのは嫌な感じで嬉しくもなんともなかった。
もっと親近感が持てる呼び方は多いし、他人の名前でもいいから気にいったのを一つぐらい選べばいいのに。
「なんて不器用なの! それはよくないことだわ」
コンコンとミレーヌは説教を始めた。
さすがに少年はプチッと切れた。
「仕方ないだろう、本当なんだから! 他の名前なんて生まれたときからないんだよ!」
気がついたらそう呼ばれてたし、不自由もなかったからどこが悪いんだ! と怒鳴った。
ミレーヌは耳を両手でふさぎ、ひどいですわと口をとがらせた。
「怒らないでくださいな。耳が痛いですわ」
「怒らしてるのはお姉さんだろう!」
好きで怒っている訳じゃないと思いながらも、こうして感情的になるのは何年振りだろうと、意外な自分の姿に戸惑ってしまう。
よく考えなくてもこうした会話が成り立つ相手はいなかったので、誰かに腹が立つとかまともに向き合うことも初めてだ。
この女、死神ではなく、人を相手として話している。
気味が悪かった。
「もう、ガラルド様と一緒で短気なんだから。仕方ありませんわねぇ……名前も決めないなんて、あなたの方が変ですわよ。ああ、そうですわ! オルランドと呼んでもよろしいかしら?」
「は?」
「わたくし、ずっと弟が欲しかったんですの! 素敵な名前でしょう? あなたに名前がなくて、丁度よかったわ。今からそうなさい」
パチンと両手を合わせて決まりだと喜んでいるミレーヌに、思わず少年は両手を壁についた。
勘弁してくれ。
本気で嫌になってしまった。
理解不能な女を誘拐してしまった。
声にしても届かないとわかっていたので、心の中で何度も繰り返すことしかできない。
僕は誘拐犯なんだぞ。
「何もないよ、悪いけど」
即答だったので、任せてくださいなと胸を張った。
「わたくしが作りますわよ?」
この倉庫の中にも食糧らしき袋がたくさんあるので、材料はたくさんあった。
ちょっと中身を漁ってみようかしらとミレーヌは頭をひねった。
簡単でも美味しく、お腹の膨らむメニューを考えなくては。
ミレーヌが立ち上がってパンパンとスカートのほこりを払うまで、少年はポカンと口を開けていた。
理解不能だったので凍りついたのだ。
「作る? 何を?」
あんまり派手に少年が驚いているので、プッとミレーヌは吹き出してしまう。
「嫌ですわ、食事ですわよ。お腹がすくと必要以上にイライラしますでしょう?」
イライラねぇと少年は眉根を寄せた。
家族と話すような口調に、人質の自覚のなさもここまでくれば立派だと思った。
「一つ教えとくけど、ここから出たらお姉さんはただの女だよ。僕には人質だけど」
あら、とミレーヌは声を上げた。
少年の言い方で、この建物の中には大人の男が何人もいると予想がついた。
無頼者に女扱いされるのは強姦なので、さすがに不安になったけれど、よく考えたらこの部屋の鍵を少年が持っている。
良くわからない無頼者は恐ろしかったが、主導権を持っているこの子といれば妙なことは起こらないと確信を持った。
確かにこの子は何を考えているかよくはわからない。
だけど悪漢とか野盗のように、他人の尊厳を奪って欲で生きる人間とは、全く種類が違っている。
「では、わたくしの安全はあなた次第ですのね? よろしくお願いしますわ! ええっと……わたくし、ミレーヌですの。あなたは?」
ミレーヌがケロッとして笑っているうえに、ほとんどお友達感覚で話を続けているので、図太いな、と少年はあきれ返った。
王都に住み始めたばかりなので、剣豪の情報も少なかった。
住み込み家政婦と聞いて連れて来たのに、とんでもない間違いを犯した気がする。
口数の多い偉そうな女が消えて清々したと、ガラルド一行に無視されたらどうしよう?
少し不安になる。
そのぐらいミレーヌがありえない反応をとるので、オズオズと問いかけた。
「お姉さん、ずっとその調子で生きてきたの?」
「ええ、何か問題が?」
自覚がないのが一番の問題だろうと思いながら、なんとなく会話をつづけてしまう。
「死神」
「え?」
ミレーヌは眼をパチクリさせた。
唐突過ぎて意味がわからなかった。
「僕は、死神なんだよ」
サラッと繰り返されて、名前のことだとようやくわかった。
縁起でもない不吉な呼び名だ。
「少しは怖がってくれた?」
やっと黙った! と確かめるように顔を覗かれて、ミレーヌは眉根を寄せてしまう。
「困りましたわ、呼びにくいじゃありませんか」
他にありませんの? と文句をつける。
名前すらないことは、戦災孤児などにはありふれたことだ。
そういった地域の生まれなのだろうと予想しながら、さすがに死神君と呼ぶのは嫌な感じで嬉しくもなんともなかった。
もっと親近感が持てる呼び方は多いし、他人の名前でもいいから気にいったのを一つぐらい選べばいいのに。
「なんて不器用なの! それはよくないことだわ」
コンコンとミレーヌは説教を始めた。
さすがに少年はプチッと切れた。
「仕方ないだろう、本当なんだから! 他の名前なんて生まれたときからないんだよ!」
気がついたらそう呼ばれてたし、不自由もなかったからどこが悪いんだ! と怒鳴った。
ミレーヌは耳を両手でふさぎ、ひどいですわと口をとがらせた。
「怒らないでくださいな。耳が痛いですわ」
「怒らしてるのはお姉さんだろう!」
好きで怒っている訳じゃないと思いながらも、こうして感情的になるのは何年振りだろうと、意外な自分の姿に戸惑ってしまう。
よく考えなくてもこうした会話が成り立つ相手はいなかったので、誰かに腹が立つとかまともに向き合うことも初めてだ。
この女、死神ではなく、人を相手として話している。
気味が悪かった。
「もう、ガラルド様と一緒で短気なんだから。仕方ありませんわねぇ……名前も決めないなんて、あなたの方が変ですわよ。ああ、そうですわ! オルランドと呼んでもよろしいかしら?」
「は?」
「わたくし、ずっと弟が欲しかったんですの! 素敵な名前でしょう? あなたに名前がなくて、丁度よかったわ。今からそうなさい」
パチンと両手を合わせて決まりだと喜んでいるミレーヌに、思わず少年は両手を壁についた。
勘弁してくれ。
本気で嫌になってしまった。
理解不能な女を誘拐してしまった。
声にしても届かないとわかっていたので、心の中で何度も繰り返すことしかできない。
僕は誘拐犯なんだぞ。
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