今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年

50. オルランド 3

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「東の剣豪ってどんな男なの?」

 一〇年以上も英雄と呼ばれているのだ。
 噂だけでもあふれかえり、正しいモノから明らかに眉唾ものまでテンコ盛りである。
 一緒に暮らしている者なら少しは正しい話が聞けるのではないかと思ったオルランドだが、ミレーヌはものすごく困った顔になった。

「あの、立派な話は一つも知りませんの」
「立派ではないところが、僕に似てるんだ?」
 冷めた言い方に、ミレーヌは眉根を寄せた。
「違いますわよ。ひねたこと言わないで。わたくしに見せない顔が、似ているんですわ」

「訳わかんないなぁ……」
 見てないものに似ているのは変だとつっこむ。

「ですから、似ていると思う剣士としての顔は、わたくしはほとんど知りませんの。家の中ではだらしない、とんだスットコドッコイですもの」
「……スットコドッコイねぇ……」

 一瞬だけ絶句してしまった。
 そんな評価は初めて聞いた。

「自分勝手だし子供みたいに我儘。バカみたいにポジティブですわよ? 都合よく話を進めるから、こんなふうにまともな会話になりませんわ」

 フゥンとオルランドは生返事をする。
 これがまともな会話に属するのなら、ガラルドという男は奇人で、英雄や剣豪としては立派でも日常を共にする周りは相当苦労している。

「もっと知りたいなぁ」とねだられて、ミレーヌは「後悔なさらないでね」と前置きしてから、どれほどズボラでだらしないかを語り始めた。
 ズラズラとガラルドの困った行動を上げただけなのに、そのあと数十分、ミレーヌの語りは止まることを知らなかった。
 のんびりおっとりした行動とは全く違って、とても早口で息継ぎをいつしているのか謎だ。
 オルランドがやめときゃよかったと後悔するぐらい、まったく言葉が途切れない。

 どれだけストレスためてんだ? とあきれた。
 ひどいでしょう? と言われても、パンツでウロウロするぐらい大したことではない。
 見たくはないが家の中なのだ。
 いつ何が起こるかわからない立場なのに、そこまで奔放だと英雄らしいかもしれない。
 どこまで自分に自信があるのか、問いかけてみたい気もする。

「そんな意識では絶対にダメダメ! 若いのだからもう少し気を使わなくては!」
 ミレーヌは語気荒く、オルランドにもダメ出しをした。
「僕はしないよ。あんまり意外だったから、驚いただけだよ」

 さすがに武器を手放す勇気はないと否定すると、よかったと安心している。

 オルランドはそんなミレーヌを奇妙な生き物のように見ていたが、う~んと頭を悩ませた。
 よくわからない相手で理解不能だけど、とりあえず従順な気がする。

「携帯食って作れる?」
 試しに問いかけてみた。
「長期保存の物は難しいですわよ。二・三日でよければ、それなりにですけど」
「なら、明日には全部食べちゃうから僕とお姉さんの、三つずつぐらい作っておいてよ」
 ニッコリ笑った。

「どうせお姉さんはおとなしくじっとなんてできないでしょ」
 やわらかに毒づかれて「まぁ!」とミレーヌはニコニコした。
「人質ですもの! ちゃんとそのぐらいの努力はいたしますわ」

 料理をしていると気もまぎれるので、申し出としてもちょうどよかった。
 任せてくださいな、なんてこぶしを握っているのがうれしそうに見えてしまい。

 人質?
 へぇ、人質なのはわかってるんだ、一応。

 は~とかふ~とか言葉を飲み込むための深呼吸をして、オルランドは「そうして」と答えた。
 どこが? なんて言っては、あとが面倒だ。

 食事を食べ終わったオルランドがそのまま席を立つので「ごちそうさまは?」とミレーヌはうながす。
 ものすごく嫌そうな顔を見せたが、反論したら面倒なやり取りが果てしなく続くと予想できた。
 だから、不承不承に「ごちそうさま」とオルランドは言った。
 棒読みだったけれど、ハイハイとミレーヌは満足そうにうなずいた。
 実に不本意なやり取りである。

 オルランドは気を取り直した。
 ミレーヌの側にいるから、自分のペースを乱されるのだ。
 側にいなければ、いつもの自分に戻れる。
 手早く扉や窓を内側から厳重に封鎖していき、最初に座っていた窓枠にひょいと乗った。

「いい? 僕が帰ってくるまで、何があってもここから出たり、開けたりしないでよ。言うこと聞かないと、どうなっても知らないからね」
「まぁお出かけ? わたくし、人質ですもの。おとなしく待ってますわ」

 気をつけて行ってらっしゃいと朗らかに手をふられ、なんだかなぁと眉根を寄せながらオルランドは窓から出て行った。
 そこからヒュウッと風が吹き込んでくる。
 ポツンとミレーヌは取り残された。

 どうしてここだけ開けたままなのかしら?

 何の気なしにその窓を覗いたミレーヌは、ヒッと悲鳴を上げて後ずさってしまう。
 目もくらむような断崖だった。

 ドキドキドキドキ。

 見ただけで心臓が跳ね上がって、ゾッとしてしまった。
 こんな場所から飛び出すなんて、オルランドには翼でもあるのかしらと妙な心配をする。

 ちょっとだけ顔を出して見下ろすと、所々には岩や木が顔を覗かせている。
 目もくらむような切り立った崖で、はるか下に川が流れていることに、ミレーヌは鳥肌の立った腕をなでた。
 落ちたら絶対に助からない。

 傾きかけた太陽に夜が近づいたことを知り、ゴソゴソとランプを探して灯りをつけた。
 台所もあまり使われていないが道具は整っていて、実用的で立派な品物がゴロゴロと転がっている。
 ミレーヌのような素人目にも大きくて石造りの強固な建物だし、古いけれどお城か要塞みたいだ。

 そんなふうに思いながら、フライパンをつかむ。
 とりあえずオルランドに言われたとおり、食事でも作っておきましょうと気を取り直していた。

 自分でも変だと思うぐらい彼を信頼している。
 それに、なんだかほっとけない気がしていた。

 そこまでするかしら? と感心するぐらいオムレツを分解して解剖しながらも、さっきの食事をオルランドはおいしいと思っていた。
 つい顔に出してしまい、ミレーヌがニコニコしていたので、気持ちを読まれて悔しいと感じたらしくコメントはグッと飲み込んでいた。
 作り方もよく観察していたので、手順などを記憶していたのかもしれない。

 一度も本気で笑わなかったけれど。

 根っからの悪人ではないと自分の勘を信じる。
 外は太陽が落ちるとあっという間に暗くなり、チカチカと星が瞬き始めていた。

 早く帰ってこないかしら。
 不安がよぎる。

 まったく知らない場所で一人取り残されたことに、少し心もとない気がした。
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