今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年

51. 今わかること 1

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 夕闇が迫る頃。
 詰所に五人が戻ってきた。
 ソファーでグーグー寝ているガラルドに気がつくと、さすがに全員がムッとした。

「それで留守番のつもりか!」
 ラルゴが怒りのままボディープレスをかける。
「いくらやることがないからって、誰がそこまでだらけていいと言った! え? ふざけるなよ!」
「人が来れば嫌でも目が覚めるぞ! 休めるときに休んで何が悪い!」

 トウッとラルゴを投げ返してガラルドが堂々と胸を張るので、全員が白い眼を向けた。
 それぞれ王都内やその外をかけずり回って、休む暇もなかったのだ。
 遠征直後なので寝たい気持ちも理解できるが、目の前でやられるとさすがに気分が悪い。
 どこまで自己中心的なんだとムカついていた。

「あ~わかったわかった。俺が悪かった。ほんのちょっとのつもりが、あんまり気持ちよくて本気で寝てしまったんだ。で、どうだった?」
 ボサボサになった頭髪を手でなでつけながら、大きなあくび交じりである。

「こりゃだめだ」
「まったく反省してないな」
 そろってブツブツ言いながらも、届かない説教に時間を割くのは無駄な気がする。

「サリ殿は?」
 デュランが聞いた。
 揺りイスはあるけれど姿が見えない。

「おお、こっちは冷えるからな。ライナに泊るよう頼んで、あのどでかい来客部屋にお二人様だ。ばあさん同士で今夜は仲良く添い寝できるように、用意はしといた」
 国賓も泊まるキングサイズのベッドを提供し、三食食ってよく寝ろと言えば年寄りらしく二人とも素直に従う。
「たぶん大丈夫だ」

 耳をいじっているガラルドに、あんたにしちゃ気が利いてると、とりあえずみんなが褒めた。
 何よりライナに宿泊を頼んだのは異例の気の回し方だ。
 ハッハッハッとガラルドはこの留守番がまんざらでもなかったのか、とても楽しそうだった。

「サリは賢いからな。心配顔でウロウロしてると俺らの気が散るとか、よけいな気を遣わせると思っているんだろうよ。いいばあさんだ」
 それでもここを使えと客間を開けると、二人とも目が点になっておかしかったぞと笑った。

 そりゃそうだろうよ、と全員がそろって思ったが、賢く口を閉じた。
 国賓クラスの外交仕様だし金糸銀糸も使われた高級な寝具なので、見慣れない者からしたら宝飾に埋もれるようなものだ。
 一般人の感覚では場違いな場所だろう。
 少しでも汚したらどうしようと、今頃は二人ともビクビクして青ざめているに違いない。

 嫌がらせか? と聞くのもやめた。
 一番いい部屋にと気を配ったつもりなのだから、水を差してはいけないだろう。
 黙っているのも疲れるが、口を開いて疲れるのはもっと遠慮したかった。

 ハァッとキサルは大きなため息をついた。
 またどこかに消えていて、探しまわるはめになると思っていたのだ。
 だから「良くできました」とちょっとだけ褒めた。
 心がこもらなかったのは仕方ないだろう。

「まぁあんたに留守番ができただけでも上出来だよ。ばあさん二人の相手をして、昼寝をしてたなら、勝手にお出かけしてるよりマシだ」
 まぁなとガラルドはうなずいた。
「お友達や仲間だとサリが言っていたからな。出るのはやめた」

「は?」
 訳がわからなかった。
「まだ寝ぼけてんのか?」
「何の話だ?」
「だいたい出かけたって、おっそろしく目立つ熊には何もできないだろうが」
「バカじゃないのか?」とそろって口をそろえられ、ガラルドは座りなおした。

「そこだ。お仲間は待ってりゃいい。で、どうだった?」
 訳のわからん奴だと、そろって頭を悩ませた。
 説明をしているつもりだろうが足りていないので、何の話かさっぱりわからない。

「自分だけで納得しやがって」と皆がブツブツと文句を垂れたが、ガラルドなりに何か心境の変化があったことは理解した。

 大人しく待っていたなら悪い変化ではないし、そのままにしておくに限る。
 気味が悪くても、いい事に違いなかった。

 後でサリにでも詳しく聞こうと思いながら、それぞれ持って帰ってきた情報の交換を始めた。
 王都の中には特別な動きはまったくなかった。
 ミレーヌの姿を最後に見たのは商店街の人間で、大通りに出てすぐぷっつりと姿を消した。

 とりあえず調べてみた中で、個人的にサリやミレーヌが恨みを買っている話や、トラブルに巻き込まれる要因は一つもなかった。
 それに誘拐される程の巨大な資産も、目のくらむような美貌もない。
 第三者的視点から見て、ミレーヌには価値がないのはハッキリしていた。
 大輪の薔薇ならともかく、コロコロしたアライグマでは誘拐のリスクが大きすぎる。

 次は流派がらみと予想したが、多国間の和平条約が再度締結されたばかりなので、異国の間者も直接ガラルドへ手を出すのは控えている。
 不安定な情勢だからこそ、国際問題に発展する動きはまったくないと結論付けてかまわない。

 国王と流派との親密度が上がったことを快く思っていない輩もいる。
 だが、利害を考えれば互いに損はないので、国内の抵抗勢力も今は身を潜めている。
 それこそ水面下の動きだけだ。

 流派へもガラルド個人へも、対抗する大きな動きは、今のところない。
 むしろこのタイミングでちょっかいをかけることを、慎重なほど周囲が控えている。

 結論。
 ガラルドに対して手を出す者はいない。



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